No.74 牢屋から愛を叫んだ詐欺師と泥棒?


「あ。アレですアレです! 彼杵さんの拘束されてるとこ!!」

「それはいいんですけど、何で分かるんすか?」

「発信機つけてるんですよ」

「あぁ、なるほど発信機ね............はぁ!? 盗聴器に続き今度は発信機か!!」

「まぁまぁそう怒らないでくださいよ~。今回こういう形で役に立ってるんですから。全く、ホント彼杵さんのこと大好きですねぇ」


 うるせえよ! 実際役に立ったから強く言えないけど、これが日常で発覚したら俺、あんたのこと半殺しにしてるからな!?


「はっ、神哉さん隠れて!!」

「グハっ......」


 勢いよく茂みに突き飛ばされうめき声を上げる俺。春昌さんは彼杵のいる留置所の入り口をじっと見つめる。


「今出て行った職員で最後のようですね。残りは中にいる監視をどう掻い潜るか、これに限ってくるでしょう」

「そっすね......そこは臨機応変に行きましょう」

「了解です!」


 春昌さんがぴっと敬礼し、ウインク。ムカつくことにウインク上手い......。

 俺は腰を低くし足音を立てないように留置所入り口へ。入り口までの距離は二十メートルもないくらいなのだが、腰を低くして移動していることもあってそれなりに時間がかかった。

 ちなみにここは昼に彼杵が捕まり取調べを受けていた交番の裏に設置されている、小さな留置所。これが警察署内とかだったらヤバかったな。


「あの、神哉さん」

「はい?」


 入り口にまでたどり着いたところで春昌さんが小声で話しかけてきた。


「もしかして、真正面から入り込むつもりですか?」


 春昌さんの言う真正面というのは、入り口から堂々と入るのかということだろう。


「他に入るとこないじゃないですか。一応これ、持ってきてるんで」

「うわっ、ダサいなぁ。私はいつもの怪盗Hの格好じゃダメですか~?」

「目立つからダメ!!」


 監視カメラに撮られたときのことを考えて、昼間に買っておいた目出し帽を被る。嫌々言いつつ、春昌さんも被ってのを確認し、俺は留置所のドアをゆっくりと開けた。

 中には看守がいるから鍵が開いているのだろう。

 そっと中を一瞥。ぼんやりと灯る蛍光灯から感じられるお化け屋敷感に少し鳥肌が立つ。


「どうですか? 誰かいます?」

「えっと看守室みたいなとこに一人おっさんが寝てるだけです」


 時刻は十二時を少し回ったところ。あのいびきのかき方からして、少しくらい音を立ててもばれなさそうだ。

 春昌さんに目配せし、俺は留置所内に足を踏み入れた。続けて春昌さんも。

 と、その瞬間。


「んなっ!?」

「ちょ、どうしたんすか春昌さん。大きい声出さないで」

「ま、まずいですよ!! あの寝てる看守、私が一度捕まっていたときにもいた超メンドイ看守です!」

「あんた一度捕まってたんだ......」

「幾度も逃亡しようとしましたが、あの看守はまるで予知するかのように私の逃げた先にいるんです!」

「やり手ってことすか」

「絶対まずいですって! あの看守じゃない日にしましょう! きっと彼杵さんを独房から出した瞬間に後ろから現れますよ!」

「んなバカな......」


 つばを飛ばし、小声で叫ぶ春昌さん。救い出した瞬間に見つかるなんてそんなタイミング悪いことそうそうないだろ。

 それにあの白髪の量は相当のご老体のはず。見つかっても何とか掻い潜れそうな気がするんだが。


「あの看守を舐めてかかるとイタイ目見ますって、やめときましょうよぉ~」

「でも、彼杵を見捨てるなんてこと出来ませんよ」

「あぁもう! 私は見つかって一緒に独房行きなんてイヤなんですよ!!」

「イヤなら、こなくてもいいっすよ。俺一人でやりますから」


 いいかげんしつこい春昌さんに少し冷たく言い放つ。

 すると、春昌さんは困った顔を見せながらも、


「私はもう、知りませんよ!!」


 そう言って留置所から出て行ってしまった。ちょっと冷たくしすぎたかな......。

 しかし、犯罪者として一番イヤなのは捕まることだ。無理に捕まるリスクを一緒に背負わせることはしたくない。


「うし、行くか」


 俺は気合を入れなおし、一歩踏み出す。

 まずは鍵だな。独房の鍵を手に入れねば。だが鍵の場所を探す必要はない。入ったときから目に付くところにあった。

 看守室の奥の壁にかかっているのだ。


「............」


 今一度、看守が寝ているのを確認して看守室の扉を慎重に開ける。

 難なくクリア。足音を立てずに一歩ずつ一歩ずつそっと歩き、鍵をゲットした。独房の鍵は全部一緒のようで、チリンと小さな金属音を立てる。


「ふゥ~~......」


 鍵を入手し、そのまますぐに看守室を出る。

 あとは彼杵のいる独房を探すのみ。

 独房は長い通路にずらりと左右に設置されていて、数人の人間がベットで寝息を立てているのが分かった。薄暗く歩き難い通路を、彼杵を探しながら歩くのは中々至難の業だ。


 その時だった。微かに誰かがすすり泣く声が聞こえた。


「グスッ、......うぅぅぅ......くらいよぉ」

「あ、彼杵! そこか!!」

「ふぇ......? 神哉くん!?」

「あぁ、そうだ! 助けに来たぞ!!」


 泣き声の正体はやはり彼杵だった。音のするほうに行ってみたら、見事的中。目に涙を浮かべる彼杵がいた。

 俺はいそいそと鍵を鍵穴にさしこみ、独房の扉を開く。

 

「うわぁぁあ! 怖かったんですよぉぉぉ!」

「分かった分かった。もう安心して良いから落ち着け」


 開けるなり飛び出して抱きついてくる彼杵。俺の胸板にこれでもかと頬ずりしてくる。


「もう二度と会えないかと思った......」

「悪かったな、怖い思いさせて」


 小刻みに震えている彼杵の背中を優しくさする。どうやら冗談抜きで怖かったらしい。


「なぁ、彼杵」

「はい、何ですか?」

「こんなとこでなんだけど、ちょっと大事な話が......」


 そこまで言ったところで俺は言葉が止まった。


「し、神哉くん?」

「しっ!」


 彼杵に声を出すなと言おうとしたが時既に遅し。

 奥の看守室の方から足音が聞こえてきた。足音は徐々にこちらに近づいてくる。

 まずい、まずいまずいまずいまずい!

 ホントに春昌さんに言ったとおりになっちまう! 救い出した瞬間、看守に見つかると予言した春昌さんに従っておけば良かった。

 でもそれじゃ彼杵を助けることは出来なかったのだから、結局は二分の一の確立だったのだ。

 その悪い方を引いてしまうとは、俺もホント運が悪い......。


「Is anyone there?」『誰かそこにいるのか?』

「............」


 ダメだ、どんどんこっち来てる! 彼杵をちらっと見やると、先程よりも激しく震えて目に涙を溜めていた。

 クソッ、どうする! 何か手は無いか!?

 やはりノープランでいくのはやめるべきだったってのかよ......!


 コツン、コツンとゆっくりあっちも確認するように歩いてくる。


 絶体絶命! 万死一生! 危急存亡! 油断大敵! 艱難辛苦! 涸轍鮒魚! 窮途末路!


 えぇい!! こんなどうでもいい四字熟語は大量に浮かんでくるのにこの状況の打開策が一切思いつかない!!


 看守が残り数メートルの距離まで近づく。無理だ、逃げられない......!


「クソッ......!!」


 そう呟いた刹那、留置所のドアが大きな音を立てて開き、誰かが入ってきた。


「Please come quickly!」『早く来い!!』

「What happened?」『何が起こってるんだ?』

「that guy,A thief H appeared! Please police officers gather」『アイツが、怪盗Hが現れたんだ! 警察官はすぐに集合だ!!』


 という英語の会話が交わされた後、警官二人は留置所を駆け出していった。


「た、助かったぁぁぁぁあ!!」

「Hって、春昌さんのことですよね」

「あぁそうだろうな。ホント、大事なとこで助けてくれるぜ......」


 二つの意味でこのチャンスを逃すなよ、と春昌さんが言っているところが目に浮かぶ。

 あぁ、分かってるさ。ここで言わなきゃ俺も意気地なし過ぎるよな。


「彼杵、さっきの話の続きなんだけどさ」

「あ、はい。 大事な話、なんですよね......?」


 俺の神妙な顔つきに何か重々しいものを感じ取ったのか、彼杵は俺から離れ正座になった。


「その、俺のお前への気持ちというか、どう思っているのかみたいなことなんだけど」

「は、はぁ......」


 ごくっと息を呑み、彼杵の目を見つめて俺は淡々と切り出す。


「彼杵、俺はお前のことが好きだ。............と言い切りたいところなんだが」

「............」

「情けない話なんだけど、俺、自分でホントに彼杵のことが好きなのか分からないんだよ」

「と、言いますと......?」


 少し悲しい顔をしながらも俺に話を進めさせる彼杵。


「初めて会ったときの事、覚えてるか?」

「それはもちろん覚えてますよ」

「俺、あの時正直、彼杵のこと見下してたんだ」

「......?」

「同じ犯罪者だってのに自分のこと棚に上げて、泥棒って仕事そのものを見下してたんだ。サイバー犯罪の多いこのご時世で自分の身体を酷使して人の家から金品を奪うなんて、かっこ悪いと思ってた」


 これは本当のことだ。彼杵が泥棒だと聞いたとき、俺は自分より彼杵という人間の価値を下に見ていた。つくづくクズだと思う。

 俯いて静かに俺の話に耳を傾ける彼杵はどんな顔をしているんだろう。今の話を聞いて俺のことを嫌いになってしまっただろうか。 

 だからといってここで話し終わることは出来ない。

 俺はさらに言葉を繋ぐ。


「だけどな、俺一度見かけたんだよ。彼杵が仕事してるところ」

「............」

「その時、すっげぇかっこいいって思っちまったんだ。屋根の上を軽々しく飛び回って、一瞬で鍵開けて、ものの数分で盗んででてきたのを見た。真剣に、ただ盗むことに神経を研ぎ澄ましてるように見えたって言うかさ。毎日ぼーっとパソコンの前で誰かも分かんないようなヤツを騙して金をこすく稼いでる俺なんかとは違って、彼杵やカズ、サヤ姉もそうだ。自分の捕まるリスクを最大にまで下げて仕事してる俺とは違ってかっこいいと思ったんだ」


 あれ、自分でも何が言いたいのか分かんなくなってきちまったな。これ以上いい訳みたいにダラダラ喋ってても、らち明かねぇな。


「だから、俺のこの彼杵への気持ちは『好き』じゃなくて、『憧れ』なんじゃないのかなって......」


 これが俺のずっと彼杵への告白を躊躇っていた本当の理由だ。

 皆は勝手にとつもないヘタレだと思っているようだが、実際のところ学生時代に勉強に頭を使いまくった結果とも言えるんじゃないかな。恋愛なんて自分とは無縁だと思っていたし、誰かに恋したなんてことも全然なかったから自分で自分の気持ちが理解できていないのだ、俺は。

 

 彼杵は膝の上においた拳をギュッと握り締め、口をもにょもにょと動かしている。

 

「その、ごめん。今こんなこと言われてもどうしようもっ!?」


 ないよな、と言いかけて俺は言葉が止まる。

 彼杵の柔らかい唇が俺の唇に押し当てられ、黙ざるをえなかったのだ。

 その後、十秒ほどキスされたままで俺と彼杵は固まっていた。彼杵の唇が離れたのと同時に俺は息を思いっ切り吸い込んだ。


「そ、彼杵!?」

「神哉くん、今、どきどきしてますか?」

「そ、そりゃしてるよ」


 顔が赤くなるのが自覚できる。どんどん体温が上がっていく感じだ。


「だったらそれでいいじゃないですか!」

「え?」

「人を好きになる理由はなんていくらでもあります。神哉くんの言う、『憧れ』から『好き』に変えればいいんですよ!」

「ちょ、ちょっと待て! 俺にはお前が何を言ってるのか分からない!!」

「ちゅーでどきどきしてくれたんですよね? 少なくとも、神哉くんは私のことを異性として見てるんですよ。だったら、今のキスで好きになったことにしましょう」

「な、そんなむちゃくちゃな......」


 彼杵の言ってることは支離滅裂だ。世に言う恋ってのはそういうものなのか?

 いや、そんなわけねぇ!


「じゃあ、神哉くんはイヤでしたか? 私とのちゅーは」

「......全然イヤじゃなかった」

「好きじゃない人とのキスがイヤじゃないわけないと思うんですよね、私」

「ほ、ほぉ」


 あれ、何か彼杵の話も筋が通っているような気がする。


「逆に言いますけど、神哉くん私のこと、嫌い?」

「......全然嫌いじゃない」

「むふふ~、それじゃ神哉くん!」

「はい?」


 彼杵の考え方に圧倒される俺は、つい敬語で返事をしてしまった。

 満足げな顔をして彼杵は人差し指でピストルをつくりこう言った。


「私からキスさせた挙句付き合うのはおかしいって言うんですか?」

「い、いや、そういうわけじゃないんだけど......」

「神哉くん、私は本気ですよ?」

「うっ......」


 しゃーねぇ。彼杵から俺にキスさせといて俺はお前に憧れているだけで好きじゃないとはいえないよな。

 彼杵の肩に手を置き、じっと目を見つめる。

 そして俺は告げた。


「彼杵、俺と付き合ってください」

「ふふっ、やっとその言葉を聴けました!!」

「うおっ!」


 嬉しそうに声を弾ませ、これまで感じたこと無いほど強く抱きしめてくる。俺はそれに負けじと彼杵を抱きしめた。

 憧れを好きに。

 いや、もう既にそれは完了していたのだ。

 人と人の付き合い方なんていくらでもあって、そんな中俺と彼杵の場合はこうだったわけで。

 彼杵と出会って俺は一人の時間が減った。それはいつもそばに彼杵がいて、一番長く時間を共有し多く会話をした相手でもある。

 俺はとっくの昔に憧れから好きに変わっていたようだ。


 とまぁ、これまでいろいろ紆余曲折あったけど。

 俺と彼杵、めでたく付き合うことになったのだった。


「あ、そうだ。彼杵ともしこういう関係になれたら聴こうと思ってたことがあるんだ」

「危険日と安全日ですか?」

「違ぇよ! そんなことよりも気になってることがあってだな......」

「む~、何ですか? じらさないでくださいよ」


 話逸らしたのお前だけどな。というツッコミは控え、彼杵に聞きたかったことを切り出した。


「お前の過去の話を聴かしてくれないか?」

「か、過去の話ですか......」


 やっぱりだ。昔の話を聴こうとすると絶対に口ごもるのだ。

 そんなにまで言いたくないことがあるのだろうか......。


「あ、いや無理に言わなくてもいいんだけど」

「そうじゃないんです............話すことが出来ないんです」

「話すことができない?」


 誰かに口止めされてるとかそういうこと?

 しかし彼杵の話せない理由は、そんな俺の予想とは大きく外れたもっと深刻な理由だった。


「私、過去の記憶が無いんです......」

「............き、記憶喪失?」


 

 次はとりあえずネット詐欺師と美少女泥棒のカップルが日本に帰って一息つくようです。

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