No.62 当たり屋の過去は涙無しに語れねぇ?


「おい、あんた」

「な、何だ! お前が金払うのか!?」

「あんた、当たり屋だろ」

「え!?」

「げっ!?」


 不敵に笑う私を見て、男はターゲットを間違えたという顔をした。

 女乃都だけなら騙せていただろうが、私という人を疑いから始める者がいたのは不幸だったな。


「し、証拠は!! 証拠はどこにあると言うのだ!」

「そ、そうですよ! 先生それはいくらなんでも失礼すぎです!!」

「おい女乃都。お前のその発言がフラグになっているとそろそろ気づいても良いんじゃないか?」

「ほぇ?」


 間抜けな声で首をかしげる女乃都。

 ダメだこいつは。ただのポンコツだ。

 

「証拠は、すぐに警察を呼ばない所ですよ。こういった事故の場合、通報するのは定石です」

「......」

「さらに言えば、この場で金の要求をした点。明らかに当たり屋の手口だ。演技が中々にうまかったもんで、気付かない所でしたよ」

「............」

「場所を変えて、話でもしませんか?」

「......はい」




 その後、私たちは女乃都の運転するリムジンで客がぼちぼちしかいない密会には最適の喫茶店へとやって来た。

 以前ある結婚詐欺師とその騙された相手との話し合いにも利用した店だ。まぁ、その騙された相手も美人局専門の詐欺師だったのだが。

 いや、今は過去のことは置いといて。

 目の前に座り、今にも泣き出してしまいそうなほど縮こまった当たり屋の男に集中しよう。


「あのぉ、やはり警察に連絡しますか?」

「いえ、そのつもりはありません。ただ我々もこういう身分ですのでね、本職の当たり屋の方に少し話を聞きたくて」

「あ、私たちこういうものです! ちなみに、ヴァージンです」


 女乃都が慌ててバックから名刺を取り出し、男に差し出す。私は名刺を持たないので、私の分と女乃都の分の二枚。

 受け取った男は、それを見て目を丸くする。


「べ、弁護士!?」

「えぇ。負け無し最強のね」

「先生、それ自分で言いますか......」

「リムジンに乗るような人間、頭の悪い成金野郎だと思っていましたが......。今時は弁護士さんでもリムジンに乗るんですね」

「いや〜、うちが異常なだけですよ」


 女乃都がたははと苦笑する。異常ってお前、言い方他にもあるだろう。

 金を持ってる法律事務所だとか、リムジン変えるほど儲かってる事務所とか。

 ま、なんだって良いんだが。

 話を切り替えるという意味を込めて、私は一つ咳払いをする。


「それでは早速少し話を聞かせてください。あなた、おいくつですか?」

「私は、五十四歳です」

「五十四!? そのお歳で当たり屋なんて危ない仕事をしてるんですか」

「はぁ。何せ、当たり屋として三十年やってますんで。慣れっこです」


 当たり屋だけの収入で三十年も暮らしているのか。中々侮れないな。今のご時世、騙されるようなヤツいるのかよ。


「三十年前、私は俳優を目指していました」

「俳優、ですか」

「はい。小さい頃からジャッキ◯・チェンみたいにアクションも出来て演技もする俳優になるのが夢で、高校を卒業した後すぐに劇団に入りました」

「へぇ、すごいじゃないですか。オーディションとか受けて合格したってことですよね」


 女乃都が手を合わせ、声を弾ませて感心している。が、男はそれまで以上に悲しい顔をして話を続ける。


「いえ、その劇団は劇団員不足でオーディション無しに入ることが出来たんです」

「あ、なるほどなるほど」

「人数も少ないし、私はすぐにステージに上がることが出来ると思いました。しかし、致命的な欠点が生じたのです」

「致命的な欠点?」

「私、アクションを完璧にするあまり、演技がとてつもなくヘタクソになっていたんです!」


 ......そりゃ、舞台に立たせてもらえないわな。アクション出来たとしても、俳優として演技が第一なのは揺るぎない。


「え〜? でもでも、さっきのホントに轢かれた人の演技はすごく上手でしたよ?」

「いや、まぁ、それはもう三十年近くやってることなのでね。その演技だけは体に染み込んでます」


 だったら、俳優としての演技も三十年やってりゃ上手くなったんじゃねぇのかな。


「中々舞台に立たせてもらえない私は、ほとんどマネージャーのような形で劇団にいました。何年も売れずにずっと舞台裏の現実に、私は心を折られ劇団を去ろうとしたんです」

「そ、それであなたは劇団を去ったんですか?」

「いえ、そこで救いの手が差し伸べられたのです」


 いや女乃都、話にのめり込みすぎだろ。そんな動揺するような話でもないから。

 

「同じ劇団にいたある女優さんに、アクションを教えてくれと頼まれたのです! 私は嬉しかった。アクションにしか能が無い私にも出来ることがあるんだと。その後も何度かアクションを教えることがあり、私は彼女に惹かれていきました」

「もしかして、その女優さんと!?」

「えぇ、結婚しました!」

「おぉ! おめでとうございます!!」

「おい女乃都。落ち着け、話に入り込みすぎだ」


 どうしたらそこまで純粋に話を楽しめるんだ。やっぱりアホは常人とは脳の作りが違うのか。


「数年後、私たちの間には子供もできて妻は女優を引退しました。私は、もちろん俳優を諦めきれずその後も稽古に精進しました。ですが......」


 そこで男は声のトーンを落とす。演技ヘタクソとか言ってるが、抑揚のつけ方とか話し方は結構うまい。


「いくら役のオーディションを受けても、合格できず。私はいつまでもマネージャー業。そしてついには、妻にまで愛想を尽かされ......妻は、出て行ってしまいました」


 唇を噛み締めながら、悔しそうに話す男の目からは涙が溢れた。きっと長いこと自分一人で思いつめていたのだろう。こうして誰かに話したことで気が安らいだのかもしれない。


「そして、私は思いついたんです。この無駄にうまいアクションを使えば、当たり屋として食っていけるのでは無いかと!」

「その発想はちょっとよく分かりませんが。ありがとうございます、面白い話でした」

「うぅぅ! 先生何が面白いんですかぁ!! こんな悲しい話、聞いたことないですよぉ〜」

「あぁ、泣かないでください。私もつられてしまいますよぉ〜」


 親子ぐらいの年の差がある男と女乃都の二人は、お互いに肩を叩き合いながらハンカチで目を抑えている。

 男が泣くのはまぁ、分かる。

 だが。女乃都よ。

 お前、話に感情移入し過ぎだろ......。


 次は当たり屋に運命の再会が!?

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