No.63 当たり屋は今後ストーリーに関わりませんよ?
「んで、あんたは自分のアクションのうまさを活かして、当たり屋になったと?」
「えぇ、まぁ何というか......。その時の私はヤケになってましてね」
「そう気を落とさないでください! 若さゆえの過ちってヤツですよ!」
お前、それ言えるほどの年齢じゃねぇだろ。
二十数年しか生きてねぇんだからよ。
しかし、中々に面白い話だったな。やはり私が会ってきた経験から言えば、犯罪者には二パターンあるように感じるな。
何かしらの犯罪を犯す理由があるヤツと犯罪を楽しむヤツ。ま、もっと犯罪を犯す動機はあるだろうが。
「ふぅ、なるほど。いい話が聞けました」
「先生! 何がいい話なんですかぁ。こんな悲しいお話......」
「えぇい、お前はうるさいんだよ!! 一々異常なまでに感情移入しまくりやがって! お前の涙腺はガバガバなのか!? 下の口のようにキツくしとけ!!」
「んなっ!! せ、せせっ、先生!! 今の発言は完全にセクハラです! だいたい私の下の口を味わったことないでしょうが!!」
「黙れ、この永遠のヴァージン! お前のを味わったことなくても処女のマ◯コぐらい経験済なんだよ!」
「あぁ〜! 今言いましたね、はっきりとマ◯コと言いましたね!! セクハラで訴えますよ、この粗チン!!」
「誰が粗チンだ! 見たことないくせに、でまかせを!」
お互いにデコとデコを押し付けるほどに、近接した口喧嘩。目からはマジで火花が散っているんじゃないかと思うほど見開いている。
おのれぇ、女乃都め! 私に言い返すようになりやがって!
すると、当たり屋はそんな私と女乃都の様子をニコニコと楽しそうに見ていた。
「お二人は仲がよろしいですね。長いこと時を共に過ごした夫婦のようです」
「はぁ!? 私と先生が夫婦ぅ!?」
「おい、あんた。言っていいことと悪いことの区別出来ねぇのか!?」
「ハハッ。私もちゃんと俳優として食えていたら、妻とも別れず子供の成長を見守れたのかもしれないなぁ」
天を見上げながらシミジミと噛みしめるようにそう言った。
違法弁護士と呼ばれている身としては、この当たり屋には捕まってほしくないな。三十年も当たり屋としての仕事だけで食っていけたのだから、いずれは俳優にもなれていたのかもしれない。
いや、きっとなっていただろう。
「はぁ、ホント先生引くわー。キモすぎです」
「あぁ!? お前も言っていいことと悪いことの区別ができないよう、だな?」
またも私を罵る女乃都を睨みつけて反論するが、途中であるものを見てしまい言葉がつまる。
「あれぇ? 先生どしたんですかぁ? まさか、もう私に言い返すこともできないんですかぁ〜〜?」
「バカ、んな事言ってる場合じゃねえんだよ!!」
「いたぁ!」
調子に乗って挑発してくる女乃都の頭、というかピコピコ跳ねてる寝癖みたいなアホ毛にゲンコツを喰らわす。
そして顔を窓の外にグイッと回す。
「あれ見ろ!」
「え? な、何ですかあれ!?」
「暴走車、ですか?」
「あぁおそらくそうだ」
窓の外に見えるのは、操縦者を失ったかのように意図しない方向へ曲がりまくる車。
この通りは車の通行の多く、暴走車はたくさんの車を巻き込みながらスピードを上げている。
歩道を歩く人々は、悲鳴をあげて逃げ惑う。
「ちょ、先生あれヤバイですよ! こっちに来てますよ!! って、あれ? 先生!?」
「ふっ、お前は私の命を守れ。お前は私の盾として初めて役に立つのだ」
「は、ちょっと、はな、離せぇ!」
女乃都を背中から羽交い締め状態で暴走車からの盾にする。良かったな、女乃都。初めて人の役に立てるぞ。
「お二人とも、店の奥に逃げてください! 他の皆様も!」
暴走車と店の距離が五十メートルを切ったところで、当たり屋がよく響くダンディーボイスで避難を促す。
反対する理由もないので、指示に従い窓から離れる我々。
が、一人の女性が椅子に足を引っ掛けて転んでしまった。横では年配の女性が転んだ女性を起こそうとしている。親子のようだ。
暴走車はもう店のすぐ近く。衝突するのは間違いないだろう。全面ガラス張りのこの喫茶店に衝突すれば、店内まで入ってくるのは予想できる。
つまり、あの転んだ女は死んだな。
「くっ!」
「あれ、当たり屋さん!?」
そう思った矢先、当たり屋はカウンターから飛び出した。
「うらぁぁぁぁ!!」
「きゃっ!」
逃げ遅れた女性二人を当たり屋は突き飛ばし、暴走車の進行方向から外す。
だが、代わりに当たり屋が暴走車の真っ正面に立つ形となってしまった。
逃げるにしても、時間がないだろう。スピードを上げまくる車は、店の前の歩道に入った。
そして、ガラス窓を突き破り店内に乗り込んでくる。
「当たり屋さぁん!!」
ボゴン!
鈍い音がする。もちろん、当たり屋がはねられた音。それで車が止まれば良かったが、人一人がぶつかった程度では止まらない。
最後には店の壁に衝突し、車はやっと止まった。
「当たり屋さん!! 大丈夫ですか!?」
女乃都が当たり屋に駆け寄り、肩を揺さぶる。
「安心してください、女乃都さん。私は過去何千回と引かれてきたんですから。こんなの擦り傷ですよ」
「あ、あの!!」
「ん、あぁ。あなた方ですか。私は大丈夫ですよ」
話しかけてきたのは、先ほど当たり屋が救った女性二人。
「ホント、助かりました! この御恩は一生忘れません!」
「本当に感謝しております。何かお礼を......」
「ハハッ、そんなに重く考えないでください。私はアクションに長けてま、す?」
「どうしました?」
私が暴走車を見つけた時のように、言葉がつまる当たり屋。目が点になり、口をパクパクさせている。
「そ、それでは。もう会うこともないでしょう。では」
「あ、ちょっと? どこ行くんですか!?」
「追いかけるぞ、女乃都」
突然走り出した当たり屋を女乃都と追いかける。
五十代とはいえ、やはり体力が中々にあるようだ。
追いつけねぇ。やっと止まったのは、喫茶店からだいぶ離れた路地裏だった。
「はぁ、はぁ、はぁ〜。どうしたんだよ、いきなり走り出して」
「あの人は、あの私が助けた二人は......」
ギリっと歯軋りしながら、当たり屋は言葉を続ける。
「あの二人は、私の元妻と娘なんです」
「えぇ!? だったら、な、何で逃げちゃったんですか......? 折角会えたのに」
「ダメですよ。私が妻と娘を助けたという事実はないことにしなければ。私のことを思い出してほしくないんです、妻には」
「どうして?」
「私のこんな落ちぶれた姿見せたくないんですよ。当たり屋をしつつも、私はいつか俳優になって名を轟かせ自分を捨てた妻を見返してやると。そう誓ったんです」
「......そうだったんですか」
「娘の大きくなった姿も見れて、私は満足なんですよ」
目を細めて、心底幸せそうに笑う当たり屋。
「今日はありがとうございました。あなた方に出逢えて、幸せな一日でした!」
「あぁ、私も非日常的で面白かったよ」
「ハハッ、犯罪者がいるのに警察に通報しない弁護士さんは初めてですよ。では、また」
そう言ってクルリと踵を返し、路地裏に消えていった。
「あれで良かったんでしょうか? 私としては、絶対話をした方がいいと思うんですけど」
「自分の考えを人に押し付けるようなことはやめとけよ。自分は自分、他人は他人だ」
「んー、私は先生のように割り切れないんです!」
頬を膨らませ、足踏みする女乃都。私だってそんなに簡単に自分の意見を通せる訳じゃない。
だが、今回の場合はあの男がそれでいいと言ったのだ。我々がどうこう言う筋合いはない。
これで良しとしよう。
「何か腑に落ちませんけど、まぁいいです!」
「あぁ、私たちが無理に関わることじゃないんだよ。うし、んじゃ事務所に帰るか。私はここで待機するから、お前はリムジンでここまで迎えに来い」
「だぁ! そうやってまた私をこき使う! って言うか、今日は別の仕事があったんじゃないんですか?」
「ん? 別の仕事......」
別の仕事か。別の仕事。別の仕事......?
「あぁぁぁぁ! マズイぞ、女乃都急ぐぞ!」
「え!? ちょっと先生!?」
「完全に忘れてた。絶対間に合わねぇ」
「先生! 仕事って、何なんですか?」
「アメリカだ! アメリカのある組織からちょいと呼ばれたんだよ!」
「......はぁ?」
次はあの姿を消した元殺し屋の元へ!?
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