No.24 人身売買の契約でもクーリング・オフ使えます?


「仲良うしてやー」


 こいつが人身商人。人さらいがさらってきた人を買い取る、売る仕事。ニヤニヤとして関西弁が何ともイラっとくる男だ。


「ほんで? そちらさんは?」

「俺は高天原、こっちは佐世保でこいつが壱岐だ」

「なんやなんや、苗字だけやなんてえらい不審がられてまんなぁ」


 自分が俺に信用されていないと分かっていながらも、ニヤニヤする雲仙はどことなく平戸さんと似ている気がする。


「悪いけど今時間ある? 聞きたいことがあるんだよね」

「話ぃ? 今はアカン! 俺はオークショニアなんやで? 後や後!」


 そう言って首に付いている蝶ネクタイをキュッと締めて、ステージへと降りていった。

 ちなみにオークショニアとはオークションで競売を進行させる人のことだ。


「仕方ないね。オークションが終わるまで待とうか」


 平戸さんは席にどっしりと腰を下ろし目を瞑った。そしてすぐに寝息を立て始める。


「寝ちまったよ凶壱さん」

「まあ、この人間オークションを見てみようぜ」

「人身売買なんてワタシ否定派デス!」


 イクミは平戸さんを愛おしそうに眺めながら言った。

 確かに売られる身にもなれば地獄だろう。奴隷として扱われるのか、それとも性処理に使われるのか。人権なんてガン無視のこの犯罪が、日本の金持ちたちの間で行われているとは誰も思わないだろうな。


『さあさあ、本日も売りまっせ売りまっせ~! 人間オークション開始十分前やで~!』


 雲仙の声がスピーカーを通して聞こえてきた。

 黒幕もゆっくりと開いていき、真ん中に雲仙がマイクを持って立っている。


『筋骨隆々な男にダイナマイトボディな激エロ女まで、さまざま取り揃えておりまぁす!』


 雲仙のハイテンションなオークション開始前の案内に会場の人間たちはざわざわしてそれぞれに口を開いている。

 開始まで五分前ともなると会場にはどんどん人が流れ込んできた。イクミのようにメイド服を着たメイドさんを軽く十人以上は侍らせている奴、犬のように首輪をつけられた女を引っ張る奴もいた。

 この国の金持ちたちは皆イカれてんのか?

 そんな失礼なことを考えていると、突然会場の電気が一斉に消えた。そして照明がステージにだけ照らされて、そこに雲仙が登場する。


『遠路はるばるお越しいただき、ほんま感謝いたします~! 毎度のことながらオークショニアを勤めます、雲仙です~。本日は最後までお付き合い願います!』


 雲仙は目の前の大勢の客に緊張した様子を一切見せず話している。


『それでは、面倒な前置きはここまでにして。早速! オークションに移りましょう!!』


 その言葉でステージの照明が消え、客席からは拍手が起こる。俺たちもそれに習って拍手をしておいた。

 今度はステージの照明だけではなく会場全体に電気がついた。


『まずはこちら! 元ヘアメイクアーティストの横尾よこお大河たいが! 借金を抱えて身売みうりの契約を結びここに売られに来たそうで~す。なんと哀れ! なんて可哀想なんだ! こちらは一つ目の『商品』ということで特別価格、最初は二十万からいきましょう!』


 ステージの端で雲仙が進行し、中央に『商品』である人間が手枷と足枷を付けられて立っている。

 客席からプレートが上がり、徐々に金額が上がっていく。

 最終的には六十四万円であの『商品』は買われた。借金を抱えて身売りか。

 ん? 身売りってなんだろう? 疑問に思っていると平戸さんがいつのまにやら目を覚ましていて説明をくれた。


「身売りってのはね、売られる方が不利な苦労と危険をある程度、覚悟し了承して契約を結ぶことを言うんだ。あの『商品』は借金取りに追われて生きるよりは金持ちに奴隷として買われて生きるほうが安全だと考えたんだろうね」


 なるほど。

 自ら人身売買される人もいればサヤ姉みたいに勝手にさらわれる人もいるってことか。残酷だな、世の中は。奴隷として生きていくほうが安全だなんてことにはなりたくないものだ。


『さぁてお次はこちら!』


 ヘアメイクアーティストと入れ替わりで女性がステージに出てきた。女性の顔は蒼白で目に精気がない。ボーっとして今にも倒れてしまいそうだ。


『名前は時津とぎつ麻奈まな。まだまだ若い十九歳でっせ~! 就職浪人していたところを、俺の仲間の有能な人さらいが傷一つ付けずにさらってきました! 就職浪人なだけあってはっきりいって無能ですわ。が! この『商品』のプロフィールにはそそられる方もいるのではないでしょうか?』


 雲仙は左手に持っている『商品』の情報の書かれた用紙を読み上げた。


『前の方々はお気づきかもしれまへんが、なんとスリーサイズが上から九十八、五十五、九十というナイスバディ! まさにボンキュッボンです! 無能ですが男性の方々の性処理には使えるんじゃないでしょ~か! ちゅーわけで、まずは五十万から!』


 スリーサイズの発表により客席の男性陣がうぉー! と湧き上がる。

 皆次々に、


「五十五万!」

「六十!!」

「俺は七十出す!!」

「八八八!!!!!!!」

「九十九万だ!」

「なら私が百万!!」


 と、価格はバンバン上がっていった。

 その時だった。


「ああああああああああああああああああ!! いやいやいやいやいやああああああ!!!!!!!」


 喉が張り裂けんばかりの叫び声が会場内に響き渡った。『商品』の女性が膝を付いて泣き崩れたのである。


「もうイヤよ! イヤだイヤだイヤだイヤだイヤアアアアアア! 助けてよ、誰かお願い! 誰かぁ!」

「うっわww本気でイヤなんだwww」


 そんな彼女の断腸の思いを聞いて平戸さんはニヤニヤ笑っている。


「うわぁーーー!」


 客席の前のほうから悲鳴が聞こえた。ステージを見ると女性は頭を床に激しく叩きつけていた。後ろのほうにいる俺たちのところまでゴンゴンと、骨の床に当たる鈍い音が聞こえてくる。

 相当強い勢いで叩きつけなければそんな音はしないだろう。


「まさか、死ぬ気か?」

「多分そうデショウネ。もう顔中血で真っ赤デス」


 さらわれてここで『商品』として扱われることにとてつもない恐怖があるのだろう。彼女は無意識なのだ。その恐怖から逃れるかのように叫び声をあげ、ひたすら頭を打ち付ける。

 きっとさっきのヘアメイクアーティストとは全くの逆で、売られるくらいなら死のうと考えているんだ。


『こりゃほんまにアカン。対馬はん!』


 スピーカー越しに雲仙は誰かを呼んだ。

 よく見ると客席の中央からトントンとステージに歩く少女がいた。あのパーカーは......、サヤ姉をさらったやつか!?

 パーカー少女は無言でゆっくりとステージに上がり、頭を打ち付け暴れる女性の前に立ち尽くしポケットから例の小型銃を取り出した。


「なんなのよ、や、ヤメテよぉ。お願いだからもう助けてよヤメっ...」

「......」


 パーカー少女は例によって音のしない高性能な銃で女性を撃った。女性は頭を打ち付けるのやめてぐったりと倒れてしまった。

 それを軽々しく持ち上げ、肩に担ぐとパーカー少女は無言でステージ裏に消えていった。


『さ、さあそれでは残念ですが先ほどの商品は無かったことに。ですがご期待ください! 本日の大目玉はこの後でますよ~!』


 雲仙が明るい調子で進行すると客たちはつられてうぉー!と湧き上がったのだった。




「いっや~あの自殺行為にはほんま驚いたで!」


 人間オークションが終わり、客もほとんど帰っていったところで雲仙が話しかけてきた。


「あーゆーの、よくあることじゃないんですか?」

「ないない! アレが見れたんはなかなかのレアや!」


 まあ、そりゃそうか。あんなのが頻繁に起こっていたら集まる客も来ないだろうな。と、ここでカズが本題に入った。


「あの、今日ここに来たのは友人があのパーカーの女の子にさらわれたからなんです」

「ほお? 対馬はんにさらわれたか。そりゃ良かったなあ~」

「は? 良かった? どうゆうことです?」


 カズが予想もしていなかった返答に少し面食らう。

 

「対馬はんは人さらいの中でも超プロフェッショナルなんやで? きっとその友人は傷一つ無かったと思いまっせ」

「問題はそこじゃないんだよ! 友人がどこにいるのか知りたいんだ」

「それを知ってどうするんや?」

「もちろん助けに行く」


 カズは即答した。

 するとニヤニヤ顔を一瞬で真顔に変えて雲仙は言った。


「それはあきませんわ。人身商人じんしんしょうにんとして人に売ったものを盗まれるなんて許されへん」

「でも、そいつは大事な友達なんだよ! 絶対連れ戻したいんだ!!」

「じゃあ聞きますが、その人はほんまに連れ戻して欲しい思てるんか?見たやろ、さっきのオークションでも幸せそうに売られていく『商品』を!」

「お前......!」


 カズは今にも雲仙に掴みかかりそうだったが、なんとか思い留まったようだ。

 ギリっと奥歯を食い縛った。


「だいたい、そーゆう売られる側のことは平戸はんが一番分かってはるやろーに」

「どういうことですか?」

「なんや、平戸はん話しとらんのかい」

「わざわざするような話じゃないからねwww」

「御主人様、過去に一体何が?」


 イクミが心配そうに平戸さんの顔を覗き込む。しかし平戸さんは何も言わず雲仙が変わりに答えた。


「平戸はんは昔、人さらいにさらわれて人間オークションで奴隷として買われたことがあるんや」




 コンコンと二回ノックすると、どうぞと声が聞こえた。


「失礼します」


 あたしはそう言って主の部屋に入った。主はあたしを舐め回すかのようにじっくりと見て、


「うん。その服も似合っているねサヤ。結婚できる歳になったらすぐに私の元へ来れば良かったんだよ」

「えぇ、そうかもしれませんね」


 表面上は主のご機嫌取りのためにも意見をあわせておく。

 でも本心は違う。

 覚悟はしていたことなのにやっぱり一生この人と一緒にいるとなると寒気のようなものを覚える。

 あたしは主に聞こえないようにボソッと呟いた。心の中で思っていればいい事なのだがどうしても口に出して言いたかった。


「また逢いたいな、皆と......」

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