第十一罪

No.22 人さらいはマジヤベェっす?


 人身売買。

 それは人間を金銭で売買するかのような言葉だが、過去の奴隷制度の時代は別として、現代では文字通りの意味ではない。また管理売春であれば人身売買なわけでもない。

 つまり何が言いたいかといえばこの言葉には二つの意味がある。契約による人身売買と犯罪による人身売買。もちろん俺が話したいのは犯罪の方だ。

この犯罪の方での人身売買は主に『人さらい』と『人身商人』が活躍する。

 『人さらい』は文字通り売買するための人をさらう。

 『人身商人』は人さらいのさらって来た人を買い取り、売る。

 そもそも人身売買には誰に何のメリットがあるのか。

 天下のウィ○ペディア大先生によれば人身売買が行われる目的は、強制労働(奴隷)、性的搾取(売春婦)、臓器移植、国際条約に定義された薬物の生産や取引、貧困を理由として金銭を得る為の手段などらしい。

 犯罪好きで知られる俺だがこの人身売買にだけは賛同出来ない。

 どうして急に俺がこんな話をしだしたかって?

 そりゃもちろん、今から語る話は人身売買が絡んでくるからさ。




「ハァッハァッハァッ!」


 夜になり静まり返った住宅街に、あたしの息切れの声だけが響いている。


「ヤバイわね、このままだとホントにさらわれてしまう......」


 散々走りまくって疲れ果てしまった。また、あいつが現れたら確実にさらわれるわね。

 その時、背後からトントンと足音が聞こえてきた。バッと振り返るとそこには灰色のパーカーにジーパンを履いた一人の少女が迫っていた。


「チッ! 逃げても逃げてもついてくるじゃない!」

「......」


 脇目も振らず、すぐに逃げる。

 おかしい。さっきからずっとこうだ。どれだけ走って逃げても、あいつは歩いてその後ろを追ってくる。決して走りはしないのに何故かいつも追いつかれてしまう。


「契約なんて結ばなければ良かったわね」


 走りながら自嘲気味に笑う。自分のせいでこんな目にあっているのだから仕方がないのだけれど。


「キャッ!」


 履いていたハイヒールの先がポッキリ折れてしまった。

 するとまたトントンと足音が聞こえてくる。マズい。捕まる!


「......」

「あたしはまだ、さらわれる気はないのよ!」


 あたしは履いていたハイヒールをパーカーの少女に投げつけて裸足で走り出す。

 入り組んだ高級住宅街に入り、足を止めて頭を落ち着かせる。このまま何も考えずに走っていてもいずれ体力が尽きて捕まってしまう。

 だったらもう、あそこを目指すしかない......。

 目的地に向かって駆け出そうとした時、


「...大人しく...しろ」

「っ!!」


 女の子のはずなのに背筋がゾクっとするハスキーな声とともに、首元にナイフを突きつけられた。


「商品に...傷、付けたら......商人の奴に、怒ら...れる」

「ならあたしに手荒な真似はできないはずよ。もう、ついてこないでよ!」


 ガブッとナイフを持った手に噛みつく。パーカーの少女が怯んだ瞬間に思いっきり回し蹴りをする。

 が、常人とは思えないような身のこなしで後ろに飛び跳ね、避けられてしまった。


「今はとりあえずあそこを目指す。みんなのたまり場を......」



「じゃんじゃん酒持ってこぉぉぉぉぉい!」

「お前飲み過ぎだって! 少しは自重しろ!」

「うるせぇぇぇ。何のために生きてると思ってんだぁ? 今この時、酒を飲むためだろ!」


 ダメだこれ。マジ泥酔状態。


「いやぁ〜。まさか和人くんより酒癖悪いとはねぇww」

「ホントですよ。俺もなかなか酒癖の悪さには自信があったんですがね」


 実は酔っているのは酒好きダメ人間のカズでは無く、最近成人したばっかりの彼杵なのだ。

 彼杵の酒癖の悪さは前回のお花見中に分かった。アルコールに強いようなので俺たちがハイペースで飲ませた結果、この謎のオヤジ人格が出てきてしまったのだ。

 花見の時はマジで大変だった。春昌さんは椅子がわりにされるし、サヤ姉はその強気なオヤジキャラに罵倒されドMの本性を出し、カズはとにかく殴られ蹴られで寝かしつけるのに苦労した。

 俺なんて危うく逆レ○プされるところだった。


「おぉーさぁーけぇぇぇ!」


 ゴジラのごとくリビングで暴れまくる彼杵はなんとか取り押さえようと俺、カズ、平戸さんで奮闘するがさすが泥棒、すばしっこくて捕まらない。

 が、その時、


「彼杵さん、ゴメンナサイ......」


 トンっとイクミが彼杵の首後ろをチョップした。

 すると糸が切れた人形のようにパタリとソファに倒れ寝てしまった。必殺仕事人かよ!!


「助かったよ、イクミ」

「お手柄だな、イクミ」

「マジパネェ、イクミw」

「そんなっ、て、照れマスよぉ〜」


 三人の褒め言葉に腰をクネクネして頰を染めるイクミ。

 それよりも、今後彼杵と酒を飲む時は量に気をつけねば......。心の中でおそらくこの場の全員が同じ考えを持った時、玄関のドアが開く音がした。


「おっ、誰かな?」

「サヤじゃないと思うぞ。今日の夜は団体客がどうたらとか言ってたから」


 カズはそう言ったがリビングに入ってきたのは紛れもなくサヤ姉だった。しかし、その様子は明らかにいつもとは違っていた。


「サヤ姉!」

「ど、どうしたんだよサヤ」

「お洋服がビリビリデスヨ?」


 サヤ姉の格好は普段とは違う。おそらくキャバ嬢をしていた服装なのだろう。黄色を基調とした胸元を大きく開いたドレスが所々破れている。

 いや、この切れ方は引っかかったとか言うレベルじゃないな。何か刃物で切られた感じ。だとしてもサヤ姉自身は一切傷ついていないのはおかしい。


「何があったんだい、サヤちゃん」

「ごめんなさいね、ちょっとあんたたちに言っておきたいことがあるのよ」


 ハァハァと息切れしながら言った。

 よく見ればサヤ姉の足は真っ黒になっている。もしや裸足で来たのか?


「とにかく落ち着きなよサヤ姉。何があったのかゆっくり話してくれ」


 明らかに普通じゃないサヤ姉をソファに座らせるため、サヤ姉の手を触れようとしたら、


「そんな悠長にしてる場合じゃないのよ!」

「わ、分かった分かったって」

「いい? よく聞きなさい!」


 バシッと手を払われてしまった。そして俺に向かってよく聞くようにという意味を込めてか人差し指をたてる。


「あたしは今、人さらいにさらわれそうなの」

「人さらい?」

「へぇww」


 人さらいという言葉にカズは首を傾げ、平戸さんはニヤリと笑った。


「なんでまた人さらいなんかに?」

「それは......」


 俺が訊くとサヤ姉は顔をうつむかせてしまった。何か言えないことがあるんだろうか。


「とにかくあたしはそのうち、さらわれる......」

「何言ってんだよサヤ姉」


 暗い顔を、無理やり笑顔を作り明るくした。


「あんたたち優しいからあたしがさらわれたと聞いたらきっと探しに来るでしょう? だからね、絶対...」


 言いかけたところでサヤ姉の言葉が止まった。いや、止められたというのが正しいだろう。突如瞼を閉じ、真後ろに倒れたのだ。


「どうしたサヤ!」


 カズが呼びかけて倒れたサヤ姉に近づく。

 しかし、カズの足が驚きの表情のままで止まる。

 それもそのはず、リビングの開いたドアの暗闇にパーカーの少女が立っていたのだ。

 その少女は右手に不思議な形をしたハンドガンのようなものを持っている。

 倒れたサヤ姉を軽々と持ち上げると、肩に担いで何も言わずに我が家を出て行こうとする。


「おい、ちょっと待てよ!」

「......」


 カズの呼びかけに無言で無視する少女。


「待てって、どこに連れて行く気だ!」

「うる...さ...い」


 少女はボソッと呟き、ハンドガンをカズに向けて引き金を引く。

 すると、銃声も無く不発かと思いきやなんとカズはさっきのサヤ姉のように倒れてしまった。


「おい、お前! サヤ姉とカズに何をしたんだ!」


 今度は俺が少女に近づいて捕まえようとしたら、


「こらこら、落ち着きなよ神哉くん」

「神哉さん近づいちゃいけマセン! あの銃、超小型で超高性能デス」


 平戸さんとイクミに止められた。


「あの子、イクミといい勝負してるよ。同等かそれ以上に強い」

「下手に近づいたらあの銃で殺られマス!」

「......」


 でも、なんとかしないとサヤ姉さらわれちまう。

 いまだ無言のままパーカー少女は我が家を後にしようとしていた。俺たちはどうすることもできずに、ただサヤ姉がさらわれるのを見ていることしかできなかった。


 次は犯罪者たちが人身商人の元へ向かうようです。

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