No.19 裁判だの訴えられるだの言っといて結局裁判しないの?
カズが超大金を払って最強の違法弁護士を雇うことができた日の翌日。
俺とカズは二人で再度松浦法律事務所に向かっていた。
「なぁカズ? 俺、別に来なくてよくない?」
「何言ってんだよ。関わってきたのはそっちなんだから、最後まで責任持てよ」
「いや、やっぱり金が無いって言って泣きついてきたのお前だろ!?」
「♪♬〜」
こらこら。口笛吹いて聞こえてませんとかそういうのいいから。
そうこうしているうちに俺たちは再び松浦法律事務所のあるビルの前まで来ていた。エレベーターに乗り、三十四のボタンを押す。高性能なこのエレベーターは高速で三十四階に到着した。チンと音がして扉が開くと、
「昨日ぶりです! 女乃都です! ようこそ!」
「うおっ!......女乃都さん、心臓に悪いですよ」
エレベーターの扉が開いた途端、そこには松浦法律事務所の普通の弁護士さん、女乃都マヤが立っていた。
いやいやだからさ、法律事務所にようこそって言われても嬉しいやつ絶対いないって......。
「先生〜。佐世保さんと高天原さん来ましたよ〜」
「いちいち言わなくても分かってる、うるさいんだよ永遠のヴァージン、早くこっちに連れて来いバカ」
相変わらずの毒舌だ。まぁ、俺としては軽く罵ってくる方が接しやすいけど。この人は軽くじゃないんだもんなぁ。
女乃都は『あのヤロー絶対いつか泡吹かせてやる』とぶつぶつ呟きながら俺とカズを松浦のところまで案内する。
「さてさて、昨日ぶりですね。あら? 昨日いたもう二人の窃盗犯は?」
「あんま大勢で来たら危険だなぁと思いましてね」
「ふっふっふ。いい感じに信用されていないようだな、私たちは」
「え? 先生だけでしょ? 私も!? 嘘でしょ? 私も信用されてないの!?」
「当たり前だろ! お前と私は上司と部下の関係だぞ? 上司が信用されていなければ、部下も信用されないだろ」
「その考えでいくと先生のせいでまた、結婚が遠のくじゃないですかぁ! 私はさっさと結婚してこの事務所を出て行くんです!」
「だったら早く合コンとか婚活してこい! このフォーエバー寝癖頭が!」
「なっ、こ、これはアホ毛です! 私のチャームポイントなんですけど!」
へぇ、アホ毛だったんだあの寝癖。変なとこにピコンと立ってるなぁとは思っていたが。
しっかし、うるせぇ......。ちょっと会話しただけで、すぐうるさくなるのはどうにかしてほしいんだが……。
「あの〜早く本題に入りませんか?」
俺がいまだに言い争いを続ける松浦と女乃都の間に入り話を戻す。
「これはこれは失礼。それでは案件の話に入りましょう」
「よろしくお願いします」
「さっそくですが、確認しておきたいことがあります」
「なんですか?」
ソファに深く腰掛けて偉そうに松浦が訊いてきた。
こいつ、その態度どうにかしろよ。
「あなたはまだ、正式に訴えられてはいないんですよね?」
「はぁ、確かに裁判所にはされてないですね」
カズが言うと松浦は、ニヤリと不適な笑みを浮かべた。
「訴えられていないとすれば作戦は、相手と話し合いをする。これがいいでしょう」
「話し合い?」
「えぇ、相手と相手の弁護士と佐世保さんと私でね」
話し合いか。
つまるところ、裁判所に訴えられる前に解決してしまおうということだな。
「それで、俺たちは何をすればいいんですか?」
カズが首を傾げて訊いた。
さてはお前、話し合いをする意味分かってないな。
「何もしないでください。それがあなた方にできる最善の方法です」
松浦は、またニヤリと笑い奥の部屋に消えていった。取り残された俺とカズはとりあえず女乃都を見つめる。
「あ、あー、えっとですね。先生の言う事は聞いといた方がいいです。今回のような案件は先生にも初なので色々と考えがあると思いますので」
女乃都は『今日はお帰りいただいて良いですよ』と言って松浦を追いかけて奥に行ってしまった。
何もしないでいいか......。頼もしいことこの上ないが逆に心配だ。
そのまた翌日。
前に俺がスパイのガブと話をして作戦会議に使った喫茶店で話し合いが行われることになった。
「なあ、やっぱり俺いる必要なくないか?」
「そんなことはないさ。君は詐欺師なんだろう?頭がいいはずだ。私が困ったときは助けてくれたまえ」
「私、先生が困ったところは是非とも見てみたいですね」
女乃都の言い方だと松浦が困ったことは一度もないのだろう。
相手側のやつらと待ち合わせに指定した時間は一時。俺たちはその三十分前から待機していた。
そして現在の時刻は十二時五十五分。そろそろやってくるかと思って、店の入り口を見てみると一人の女とキリッとしたスーツ姿の男が辺りをキョロキョロ見回していた。
「おいカズ。あれじゃないのか?」
「ん?......あぁ、あの子だあの子」
カズは席を立って二人を迎えに行った。話しかけると女の子は嫌そうな目で一度カズを見てすぐに視線をそらした。隣のスーツの弁護士は無表情でカズと何か話をしてこちらに歩いてきた。
「どうも、ア○○○レ法律事務所の
多良見と名乗った弁護士は名刺を丁寧に俺たち一人ひとりに渡した。
隣に立つカズのターゲットだった大瀬戸はきっと普通にしてればすっごいかわいい顔をしているのだろうが、今はふてくされた顔をしている。
女乃都も自分のぶんと横に偉そうに腰掛ける真っ白いスーツにオールバックのクズ上司のぶんまで名刺を渡す。
その際に独身ですと言っていたが、あれいつも言ってるんだ......。
どんだけ結婚したいんだよ。
名刺を受け取った多良見は失礼します、と誰に言っているのかは分からないがキリッとしたイメージのまんま、姿勢良く座った。
横に大瀬戸が座ったのを確認して多良見は話を始めた。
「早速ですが今回の件は、そちらの佐世保和人さんにこの大瀬戸奈々実さんが五百万円を騙し取られた、つまり結婚詐欺に遭ったことについてで間違いありませんね?」
「いやいや間違ってますよ。佐世保さんは結婚詐欺なんかしていませんから」
カズが結婚詐欺師だと分かっているのにも関わらず松浦は平然と嘘を吐いた。
この時点でもう違法なんだよなぁ。
「しかしですね、彼女は結婚しようと佐世保さんにプロポーズを受け、それを承諾。二人で結婚届を書き役所に持って行こうとした時、借金を結婚前に返済しておきたいと大瀬戸さんに五百万円を要求したんです」
多良見は無表情のまま淡々と今回の件について話し始めた。隣では被害者大瀬戸がムスっとした顔でカズを睨んでいた。
「後日、朝起きると一緒に寝ていたはずの佐世保さんはおらず出しに行く予定だった結婚届も消えていたんです。自分がいた痕跡を一切残さないようにする為なのか、服も日用品も全部無くなっていて部屋も綺麗に掃除されていたそうです」
「先日私たちも佐世保さんに全容は聞きました。聞けば聞くほど、結婚詐欺師っぽいですね」
「バカかお前は! 弁護している人を疑うなんて弁護士バッジは川に投げ捨ててきたほうがいいんじゃないか?」
ホントだよ。お前どっちの味方なんだよ。
「まさしくこの行動は結婚詐欺そのものです。人の恋心を利用した詐欺なんて許されるものではありません!」
「そうですよね!! 女性にとって結婚、それは人生の分かれ目。安易に操っていいものではありません!」
「あんたもうあっちの弁護した方がいいんじゃないか?」
女乃都の結婚に対する執着がすごすぎて完全にあっちの味方になっている。
まずいな。こういう場に遭遇したことが無い俺でも分かる。流れが、場のペースが完全にあっちのものになっている。
「大瀬戸さんの要求は一つです。騙し取った五百万はもちろん、恋心を弄んだ賠償金として一千万円を求めます。払わないと言うのであれば即刻訴えます」
ほお~、一千万か。まあ妥当なのかな? しかし、恋心を弄んだって理由で一千万ってなんか笑えてくるな。
「何か意見などございませんか?」
多良見が松浦をじっと見つめる。松浦はその視線に臆することなく多良見を見つめ返す。三十秒ほど間があって皆二人の視線の攻防を見るのも飽きてきた時、松浦がふぅとため息を吐いた。
こんだけ溜めたんだからなんか凄いこと言うのかな?
「意見はありません」
......。
え!? 無いの!!?
偉そうにどっかり腰を下ろしてくせになんもないの!?
「ただ、先程多良見先生の話された、彼のした事が結婚詐欺だという確証がどこにもない」
「確かにそうですが......」
「という訳で、今回の話し合いはここまでにしましょう。お互い色々準備したいでしょう? 次回は明日でよろしいですか?」
松浦は多良見が反論する前に話を切り上げてしまった。
多良見と大瀬戸が喫茶店を出て行ったのを見届けてから松浦はまたふぅとため息を吐いた。
「松浦先生。大丈夫なんですか?」
カズが不安げな顔で松浦を見る。
まあ、心配になるのも分かる。今日の話し合いは完全に相手のペースだったからな。
が、松浦は、
「安心しろ。今日相手の有利にさせておくことで奴らは少なからずの油断をする。明日の話し合いでボロが出たその時が狙い目だ。それにもう色々と手はまわしてある」
ニヤリと余裕の表情で笑う松浦。
それを聞いて、女乃都は嫌そうにしながらもこう言った。
「先生のやり方はホント賛成できませんが、結構本気で今回の案件に取り組んでるようなので心配要りませんよ」
松浦の普段がどんな仕事ぶりなのかちょっとばかり気になった。
翌日。
また俺たちは昨日と同じ喫茶店で話をした。その後、松浦法律事務所に戻って仲間内だけで話し合いをすることになった。
「ううーむ。おかしいなぁ」
「おかしいなぁじゃないでしょ! 相手にボロが出るどころかこっちがめっちゃ攻められたじゃないですか!」
そう。実は今日の話し合いで松浦は完全論破されてしまったのだ。
あれだけ余裕の表情で相手がボロを出したときに攻めるとか豪語していたのに。
「アハハハハ!!! いやー、先生のあの論破されたときの顔ったらもう! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「おいこら女乃都ぉ!! ぶっ飛ばされたいのか!」
女乃都はお世辞にも松浦のことを上司として良く思っていないので論破された松浦を見て、大爆笑である。
マジでもう敵だろあんた。
「あんだけ証拠出してくるとは思わなかった......」
松浦はありえないと頭を抱えている。論破されたことが相当ショックなのだろう。
ただスーツがまたも派手な黄色一色といういつかのゲ○ツな芸人みたいで面白い。
「私の作戦が台無しだ......」
「残念でしたねせーんせい! やっぱり正統派のこの私の出番でしょう!」
「しゃしゃんな寝癖」
最初の方は確かにこちら側の優勢だった。
松浦が考えていた作戦は大瀬戸を逆に結婚詐欺師にでっち上げようというものだった。
その為に偽造写真、個人情報の改編、金を払って大瀬戸の周りの人間に嘘の証言をさせるなどなど。
犯罪と名のつく限りのものをいくつもしていたようだ。
が、その努力は虚しくも敏腕弁護士多良見に論破されてしまったのだ。
大瀬戸がいろんな男と飲み食いしている偽造写真を見せれば、
「写真加工の専門家に話を聞いてきたいので、この写真預かってていいですか?」
もちろん専門家に見せれば作り物だとバレるので写真作戦は無かったことに。
生年月日やらなんやらかんやら大瀬戸の個人情報を市のデータから消し、これは詐欺師だから自分の存在を公にしたくない、という意味で情報を市から消したんだと言ったら、
「それはおかしいですね。ここにはちゃんと市から許可を取って大瀬戸さんの出生届などのコピーがたくさんあるのですが......」
先手を打たれていた。松浦が大瀬戸の情報をいじる前に多良見がコピーを取っていた。
大瀬戸の周りの人間の『こいつは昔から怪しい』とか『夜遅くに家から喘ぎ声が聞こえるんだけどそれが毎日別の男らしい』みたいな嘘の証言をカメラに収めた動画を見せると、
「それなんですが、皆さんは私とも知り合いでやっぱりお金は返しますとのことです」
そう言ってバックから札束をいくつか取り出して松浦の前に置いた。
「あと、皆さん証言は無かったことに......、だそうです」
逆に色々結婚詐欺師だという証拠を出されてこっちは劣勢となった。
こうして完全に負けてしまった松浦は生きる気力を無くしていた。
「おかしいぞ、私が負けるなんて~」
「目の焦点が合ってないんだけど......」
松浦はふらふらしながらずっと事務所内をうろうろ歩いている。
「多良見先生なかなか腕が立つようですしねー。裁判になったら絶対負けますよ」
女乃都は松浦に負けて欲しいのだろう。でも依頼人がいるところでそういうこと言わないようにしたほうがいいと思うよ。
さらに翌日。
一昨日、昨日同様に喫茶店でまた話し合いが行われたいた。
「今日は当事者のお二人にお話を伺いましょう」
すっかり多良見が仕切るのが当たり前になっていた。
「じゃあまず俺から」
カズがコーヒーをコクリと一口飲んで話し始めた。
「俺は確かに結婚詐欺師だと疑われるようなことをした。でも菜奈実から金を騙し取ろうなんて気は全く無かったんだ! ホントに借金があって......、結婚したいほど菜奈実を愛していたのも事実だ! だけど結婚して菜奈実に俺の借金を肩代わりさせたくなかったんだよ!」
うっわぁ......。
カズ迫真の演技に嘘だと分かっていてもカズを信じてあげたくなる。ちなみに女乃都は、ジト目でさすが詐欺師とうったえかけている。
松浦は昨日からずっと放心状態。本日の真緑のスーツに似つかわしくない。
「ふむ、なるほど。だとしたらどうして結婚しようなんて思ったんです?」
「は?」
「ですからあなたの言いたいことは結婚すれば借金取りが大瀬戸さんにまで来るかもしれないと心配したからなんですよね? だったら何故プロポーズを?」
「そ、それは、気持ちが高ぶってしまって......」
苦し紛れにもなんとか反論することに成功した。
こいつ、なかなか痛いところ突いてくるな。まるで詐欺の手口を熟知しているような感じ。詐欺専門の弁護士だったりするのかな?
「気持ちが高ぶったから結婚ですか......。そんな苦し紛れの言い訳で詐欺をしたことを認めないなんて、あなた相当なクズなようですね」
「んだと、てめえ!! ぶっ飛ばされてぇのか!」
「あなたの演技にはもううんざりだ! さっさと自供するんだ!」
「さっきから言ってんだろ! 全部本当のことだよ!」
おーおーおーおー。すげぇ、大の大人がこんなに本気になってキレるとか初めて見たわ。
いや、そんなこと考えてる場合じゃないな。周りからも結構視線が集まってきてる。止めに入ろうと思って立ち上がろうとした、その時、
「もうヤメてよ!」
その悲痛の叫びは店中に響き渡った。
ずっと黙っていた大瀬戸菜奈実が胸の辺りまである艶やかな長い黒髪を掻き毟っている。
「私は、私はお金なんてホントは欲しくない!!」
周りの数人の客たちは見てはいけないものを見たとか思ったのか、居心地悪そうに店を出て行く。
「お金なんかより、和人くんが欲しいのよ! 私が仕事で失敗したときに、優しく頭を撫でてくれた和人くんが!」
大瀬戸の声は完全に泣き声に変わっていた。肩はわなわなと震え、もう誰も信用できないといわんばかりに縮こまっている。
「いつもは優しくて、でも厳しくするときはしっかり説教してくれて......。そんな和人くんとずっと一緒にいたかったのに、どうして......、どうしてなのよぉ!!!」
顔を手で隠して泣き顔を見せないようにする大瀬戸。だがその効果も虚しく、手の隙間からポロポロと涙が溢れくる。
「ただ、もう一度だけ、か、和人くんに会いたかったから、弁護士を雇って和人くんを探してもらったのに......。諦めようと思ったのに顔見たら全然忘れられなくなっちゃって......」
あぁ、そうか。大瀬戸はカズのことが嫌いになったわけではないのだ。
この三日間ずっとふてくされた顔をしていたからてっきり嫌いなんだと思っていたが、そうじゃない。
この状況に満足していないのだ。
愛する人に会いたいがために結婚詐欺に遭ったと嘘を吐き、弁護士を雇った。そしたら見つかったけどなんだか訴えるだの裁判だの話が進んでしまった。
好きな人に会いに行ったら好きな人は不幸になる。
そんなこの状況に彼女のなかでなにかしらの葛藤があったのだろう。ドラマみたいだな......。
「......佐世保さん、あなたはこんなになるまで苦悩していた大瀬戸さんを見てなんとも思わないんですか? あなたは罪を償うべきです。彼女に一千万払ってください。それが嫌ならもう訴えます」
......。あれ?
この流れはカズが謝って笑って終わりみたいなオチじゃないの? まだ金のこと言ってくんのかよ。
するとカズは決心を決めたようにこぶしを握った。そして口を開き、真っ直ぐに大瀬戸を見つめて、
「菜奈実、お、俺は、」
「ちょおっと待ったぁ! 佐世保さん、その言葉を言うにはまだ早い」
突如、放心状態から復活した松浦に言葉を遮られた。
「ちょ、先生空気読めなさすぎですよぉ。今良いとこだったんですよ」
「うっせぇ黙ってろ食って寝るだけの無能処女が。そうやって周りの空気に流されて相槌打ってるだけならカウンセラーでもやっとけ」
「うぅぅ......。何もそこまで言わなくてもいいじゃないですか」
ここまでの毒舌を吐くということは完全復活か?
「一体何なんですか。ずっとボーっとしといていきなり人の言葉を遮って。あなたもっと空気を読んでください」
「空気を読むのはあんたのほうだよ、多良見ぃ!」
ビシっという効果音がつきそうな勢いで多良見を指差す。
その表情には余裕が、勝者の笑みが浮かんでいた。
「何が言いたいんですか」
「せっかく大瀬戸さんが腹を割って話をしてくれたのに、まぁだ金のことを言うんですか?」
「それはもちろん。佐世保さんはしっかり今回の件について落とし前をつけるべきです」
そう言ってテーブルに突っ伏している大瀬戸の背中をポンと叩いた。
「大瀬戸さんの苦しみは私にも理解できないほど大きい。こんないたいけな女性を弄んだ罪は重いですよ」
「だったら訴えればいい」
「は?」
今までポーカーフェイスを守ってきた多良見が訴えていいという松浦の言葉に驚いたようだ。
間抜けな声を出してポカンと口を開けている。
「ちょっと先生? 何言ってんですか!?」
もちろん訴えられるカズも驚いている。
「ずっと不思議だったんですよねー。何故さっさと告訴しないのか。昨日あれだけたくさんの証拠を出しておきながらどうして訴えないのか。それがやっと分かりましたよ」
「......どうしてだって言うんですか」
多良見は何か言いたそうにしながらも松浦を睨んだ。
「あんたが絶対訴えられない理由。それは金を手に入れることが目的であって裁判で勝つためではないから。訴えたら金が手に入らないから意味が無い」
そこまで言ってドンと机を叩き立ち上がる松浦。フッと鼻で笑い、
「あんたは。いや、あんた『ら』は、
松浦がニヤッとしながらじっと多良見と大瀬戸を見た。『ら』を強調したところで大瀬戸の肩がピクっと揺れた。
すぐに多良見が観念したといった様に手を上げて、
「降参だ。さすが最強の違法弁護士さんだよ」
ネクタイを乱暴に毟り取った。
キリッとしていた弁護士『多良見』から美人局の『多良見』へと雰囲気が変わる。あ、ちなみに。
「え? え? え? 美人局って本当に!? お二人が!?」
「私も犯罪者を見極めることには自信があったが、君たち二人は手練てだれのようだね」
松浦がドシっと椅子に腰を下ろした。すると、横で突っ伏して泣いていたはずの大瀬戸が、
「そうでーす。この道十四年のベテラン美人局でぇっす」
ペロっと舌を出して軽い調子で答えた。
うっひょー。すげぇ変わりようだ。清楚な女性から一気に詐欺師の雰囲気が出てきた。美人局の演技あなどるべからず......。
美人局も詐欺の一つ。となると、詐欺師の血がうずくぜ。
色々聞いておかねば。
「十四年って言ったけど、あんたらそんなに老けてないよな。いくつからやってるんだ?」
「十歳からだ」
「家が隣通しの幼馴染なんだよーん」
十歳!?
すげぇ、尊敬するわーマジで。大ベテランだよ。
「すごいな。あ、俺ネット詐欺師の高天原だ。よろしく」
「その男が結婚詐欺師だと分かってたからお前も何かしらの犯罪者だとは思っていたが、ネット詐欺だったのか」
「アハハッ。多良見よくエロサイトで引っ掛かってんじゃん」
うん、詐欺師のキャラの二人とは仲良くなれそうだ。
松浦は首をかしげながら多良見と大瀬戸に質問した。
「美人局といえば妻が男と寝て、そこに夫が来て金を要求するものだと思っていたが、何で今回はこんな面倒な手を?」
「なんでってそりゃ、」
「あんたの言うそのやり方がマンネリしてきたからだよ」
まぁ確かに十年以上もおんなじ手で金を取ってても、面白くなくなるだろうな。
「やってた年数はそんなに長くないけどキャリアは抜群にあるって噂の結婚詐欺師をターゲットにしたら面白いかなって思ったんだよ」
「ここまで長かったのになー。あとちょっとだったのに」
つまりこの話し合いの場を起こすことまで想定済みだったということか。
恐れ入るぜ、ベテラン。
あ、そーいえば忘れてたけど当のターゲットにしていたつもりがターゲットにされていた結婚詐欺師はどういう反応を......、
「嘘だろ......。俺が一杯食わされていたなんて」
絶賛落ち込み中だった。それを見て大瀬戸は意地悪く笑いカズの耳元で囁いた。
「ごっ、ごめんね和人くん♡私たちの方が一枚上手だったみたい」
一瞬で詐欺師の『大瀬戸』からカズがターゲットにしていた『大瀬戸』に演技した。
二ヒヒと無邪気な子供のように笑い席を立つと、
「まった会おうね~」
店を出て行った。それに多良見も続いて、
「じゃ、またいつか......」
美人局二人は、街にいる普通のカップルのように腕を組んで歩き、人ごみに紛れて行った。
「今まともなのって私しかいませんよね? 私、犯罪者なんかじゃありませんよね?」
犯罪者が身近にいすぎるのが怖くなったのか女乃都は混乱してしまった。何はともあれ一件落着って感じだな。
「プッハア~~~! ビールうっまあ!!!」
「う~ん、まだ私にはこの味の美味しさが分かりません」
カズの歓喜の叫びに彼杵は首をかしげた。確かにビールは最初飲んだ時苦いと感じたことがある。
あの一件から数日後。
我が家にていつも通りの酒飲み会が開かれていた。彼杵が成人してからというもの回数が増えた気がする。というか、我が家に集まる犯罪者の人数がここ数ヶ月ですごい増えたからかな。
「あ~。やっぱビールはエ○スさまだよねー」
「あっ、御主人様。泡でおひげが出来てます」
平戸さんに泡をつけるような口髭はなかったはずだが、イクミはハンカチで平戸さんの口周りを拭いている。
「それよりも神哉、ホントあんたの行くとこには犯罪者がいるわね。美人局なんて久々聞いたわよ」
「神哉はあれだな。コ○ン君がどこか行くと必ず人が死ぬ、みたいな感じだな」
久々の登場サヤ姉と安定の我が家の居候、椿師匠が俺の犯罪者運勢について独自の見解を述べてきた。
俺だってそのことは変に思ってるよ。
「うし。俺はもう今から一ヶ月は外に出ない。仕事に専念する!」
俺の引き篭もり宣言にウェーイと乾杯する。
これ以上面倒ごとに巻き込まれたくないってのが仕事よりも先に思いついた理由なんだけどね。
次こそ犯罪者たちがのんびりするようです。
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