No.13 お湯をかぶると犬から人に戻る?

「僕の今日の運勢、凶みたいでーすwwww」


 凶壱はニコニコ笑顔でこっちにピースした。その表情からは死に瀕している状況だとは考えられない。

パンッ!!

 銃声が木々に反射してこだまする。なった途端に我は目をつぶってしまう。

 あの至近距離で撃たれてしまえばさすがの凶壱も確実に死んだか。

 我の頭には凶壱との思い出がいくつも浮かんでくる。

 凶壱......。顔を合わせてすぐに打ち解けたなぁ。お互いに遠慮なくバンバン思ったことを口に出す性格で、初めて言われた言葉は今でも思い出すよ。

 そう、あれは我が自己紹介したときだ......。


「お前がホームレスの凶壱だな。我の名は五島椿。ハッカーをしておる」

「え? 何この子、リアルロリババアキャラとかはじめて見たんだけどwwwwwww」


 あの時は取っ組み合いの喧嘩をしたよな。いや、アレは一方的に我が叩いてただけか。お前の亡骸はしっかり火葬して墓に納めるからな。

 おっと。我としたことが泣いているのか?


「さらば、凶壱......」

「ちょっとちょっと? 僕のこと勝手に殺さないでw」


 なんだ? 凶壱の声がする。そうか、そのまま我もすぐ撃たれたのか......。


「ここはもうあの世か」

「まだここはこの世だよ」


 ここで我はつむっていた目を開ける。そこにはいつも通りの飄々とした凶壱の顔があった。


「死んでない!? 一体どうやって?」

「調教姫がついに目覚めたのさw」


 そう言って凶壱が指をさす方には銃を取り上げられ逆に眉間に銃口を向けられたギャングのボスがいた。そしてその銃を取り上げた人物は、


「イクミか!? ついに調教の魔法から精神を解放したのだな!」

「急に中二病キャラはよしてくれよww」


 イクミは犬と化していた時とは打って変わり、キリッとした目つきになっている。その鋭い眼光に囚われたギャングのボスは突如としてヒットマンに戻った自分の仲間に驚いているようだ。そのうえ銃も向けられている。

 ギャングのボスは言葉も出ないといった感じだ。


「Sorry boss.」『すいませんボス』

「Why Helen! Is it? Why do you keep your side of the enemy?」『何故だヘレン!? 何故敵の味方をする?』


 なんと言っとるのかは分からないが、雰囲気的にシリアスな感じだな......。


「They have kidnapped you.」『奴らはお前を誘拐したんだぞ』

「That is wrong!! They are ...」『それは違います!! 奴らは...」


 顔を一度ギャングのボスから背けるイクミ。しかし銃はしっかり眉間に向けている。そしてすぐに顔を勢いよく上げて、


「No, he is ...」『いえ、彼は...』


 スっと右手で凶壱を指さすイクミ。

 その顔はほんのり紅潮して、綺麗な外国人顔がさらに際だつ。


「He is my master!」


 イクミはこれまで聞いたことないくらいの大きな声で叫んだ。

 ひーいずまいますたぁ?

 どういう意味だ? ギャングのボスはポカンとして開いた口が塞がらない状態。

 一方で凶壱はワァオとか言ってニヤニヤしてる。我だけ意味分からないのは不愉快だったので凶壱に意味を訊く。


「のぉ凶壱。ひーいずまいますたぁってどういう意味だ?」

「wwwあ、ごめwんごめんwツバキちゃん英語ww分かんないんwwだったねwww」


 笑い過ぎて言葉がブッチンブッチン切れている。何がそんなに面白いんだ。


「ヒーイズマイマスターってのは、『彼は私の御主人様です』って意味だよww」

「......は?」


 イクミが? 凶壱を御主人様と? そんな訳あるか。と思いたいのだが、イクミは頰を赤く染めてクネクネしてる。よっぽど言うのが恥ずかしかったのだろう。

 ギャングのボスは、おーまいがぁーって声になってない声を発している。


「Boss, I'm really sorry. But my heart has already been robbed by him.」

『ボス、本当にすいません。でも私の心はもう彼に奪われてしまいました」

「......」


 銃をポイっと捨てて自分の気持ちが本気だとボスに示すイクミ。それを見てしばらく腕を組み考え込むボス。

 その様子を見て、黙って立ち尽くすことしかできない我は、もう何が起こっているのかさっぱり分からない。


「I am grateful that he has brought up to a hit man like this.」

『こうしてヒットマンに育ててくれたのは感謝しています」


 静かに呟くイクミはクネクネするのをやめて真剣な口調で、

 

「You told me that it is painful to live in this world that is bloody in this world.」

『あなたは私に血生臭いこの世界で生きるのは辛いぞと言ってくれました」


 次第に涙声になるイクミ。つられてボスも泣きかけているのか目頭を押さえ、上を向く。

 ......我々は一体なにを見せられているんだ。


「Apparently I seem to have found something I can afford than Hitman's job.」

『どうやら私はヒットマンの仕事よりも熱中できるものを見つけてしまったようです』


 そこまでいい終わり一度呼吸を整える。

 ゴクリと唾を飲みイクミは言った。


「My relationship with him is the most important now.」

『私は彼との主従の関係が今、一番大切です』

「......OK. Your will seems to be real.」

『......分かったよ。君の意志は本物のようだ』


 観念したよといった感じで立ち上がるボス。しっかりとイクミを向いて涙をこらえつつカタコトながらも日本語で、


「シアワセ二ナルンダゾ」


 遺言のようなその言葉はこの庭に染み付くこともなく儚く散っていった。

 ギャングのボスはバージンロードを歩くお父さんのごとくゆっくりと屋敷を後にしたのだった。



 その後、ギャングのボスに連れられて神哉家からギャング一味は帰っていった。

 大方が凶壱にボコボコにやられていて表情は暗かった。ヒットマンを失ったからかもしれない。


「とゆー訳で、僕たちのチームは変に感動できない感じでしたーww」

「それでその凶壱にベッタリのイクミがいるわけか」


 イクミはヒットマンとして生きることをやめ、凶壱のメイド?従者?うーん違うなぁ。なんかとにかく主従の関係となることを望み、日本に残ることにした。


「犬として過ごしてきた時にM性癖に目覚めたってことでいいの?」


 サヤが納得ならないという顔で我に問う。


「あぁ、おそらくな。我も全く納得いかんのだが...」

「なんか、Mばっかりだな。サヤといいイクミといい」


 カズがアザやタンコブだらけの顔をニヤつかせる。その顔は結婚詐欺師として大事な商売道具だろうに。


「Mではないデス! 私は御主人様に仕える忠実なしもべなのデス♡」


 イクミはクネクネ下半身を踊らせる。

 というか初めて会った時と口調がめっちゃ違うんだが......。


「凶壱くんに相当惚れ込んでるようね」

「そのようだなぁ」


 凶壱はさっきからずっと黙ってニコニコしている。自分に仕える者ができて嬉しいのだろうか? こいつはいつだってニコニコ笑顔だから感情が読めん。

 いや、感情なんてもの凶壱にあるのだろうか......。

 そんな凶壱への不信感を抱いていた時、


「ところでさ、神哉くんと彼杵ちゃんはどうしたの?」

「そう言えばそうね、いないわ」

「俺、見た見た! 二階のトイレに隠れに入ってったぜ」


 カズは小学一年生のように手を元気よくあげた。


「きっとまだギャングがいると思って隠れてるんだろう。教えに行こう」



 そして我らは揃って二階のトイレに向かった。二階に上がった途端、小さくだが声が聞こえてくる。


「神哉くん! 早くパンツも脱いで!」

「何言ってんだ! ってうわ、お前もう脱いでんじゃねぇか!」

「恥は捨ててください! 一刻を争います」

「しかしぃ〜。おし、お前立て。やっぱり先に俺がする」

「そんな待てませんよぉ。いいですか? 私が座ってやるんで神哉くんは私の足のこの隙間目掛けて出してください!」

「むぅーぅぅぅ! よし分かった! 一刻を争うんだよな! 恥は捨てよう!」


 何やら騒がしいな。ギャングがまだいたら即行見つかってるぞ。


「おーい! ギャングは帰ったぞー!」


 カズがトイレのドアを勢いよく開ける。


 そして我らは目の当たりにした......。


 神哉と彼杵が下半身を丸出しにして向き合っている場面を。


 ドアを開けられて驚き固まる神哉と彼杵。

 下半身を丸出しにしている男女を見て驚き固まる我ら。


「お、おぉ。お取り込み中だったか...」


 カズが慌てて二人に話しかけるがドアは閉めない。人間マジで驚くと体が動かないものだ。


「あんた達...カギぐらいは閉めときなさいよ」


 サヤは呆れているようだ。さすがはキャバ嬢。こういう状況に慣れているみたいだな。


「ち、違います! いや、神哉くんとはそーゆーことをしたいとは思ってますけど......」

「お前たちは勘違いしているぞ! 全然そーゆーのじゃないから! トイレが我慢できなくなっただけなんだ!」


 神哉と彼杵は必死に弁解する。

 が、イクミが頬を赤らめ、


「ワァオ、尿飲ましプレイということデスネ!」


 さらにひどい解釈をとってしまった。

 おい、イクミ。言いながら凶壱の方をチラチラ見るんじゃない。お前、さすがにそれは引くぞ。


「おい神哉。師匠として我は恥ずかしいぞ。ことをなす時はせめて時と場をわきまえんか」

「師匠までやめてください!」

「私だってホントにヤる時はもっとちゃんとしたとこでジックリします!」

「wwww腹がwwwwwイタwwイタいww」


 ふぅ、ギャングの話はこれで一件落着といったところか。疲れたなぁ〜。


 次は犯罪者たちが休暇をとってバカンスを楽しむようだ。

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