第八罪

No.14 詐欺師の休暇はスパイに奪われる?

 チクタクチクタクと一定のリズムを刻む時計の音が心地いい。二階の洗面所からは洗濯機が回る音、外から微かに聞こえる車の走行音。そんな何気ない日常の生活音に加え俺は今、朝からコーヒーを飲んでいる。こんな一般的な朝の風景が久々すぎて泣ける......。

 こんなにも充実した朝があっていいのだろうか!

 そんなことで何をはしゃいでいるのかって?

 少し思い返して欲しい。

 ホームレスのサイコパス、平戸さんに初めて会ったのが一月。そしてすぐに二月になり、彼杵の誕生日。プレゼントのために師匠のとこまで行き、警察にまで追われる羽目になった。

 で、帰ったら数日後には怪盗Hに会いに博物館に侵入して、次々といろんなイベントがあったんだ。

 殺し屋が来たり、ギャングとの鬼ごっこだったり休む暇が一切なかった!

 それに加えて、うちにはいつも腹を空かせた泥棒とホームレスが週六の割合で我が家にやって来ていた。そして、不登校のJCハッカーも我が家に来てからネット依存症で外に出られない。

 つまり俺の周りには必ず何かしら面倒ごとが起こっていたんだ。

 そんなめんどくせぇ奴らが今日はいない!

 彼杵は仕事らしいし師匠は俺が買ってあげたポケットwi-fiで少し外に出られるようになって散歩中。

 平戸さんにいたってはもう知らん!

 今我が家には誰もいないということだ!

 完全に自由! Free!  ひとり最高!


「俺は自由ダーーー!」


 この貴重な休暇を、バカンスを何としても死守せねばならぬ......。

 現在、月は変わって三月。イベント盛り沢山だった二月を振り返ることもなく三月。

 久々の休暇、何しよっかな〜〜。


「......」


 ヤバイな。これはアレだ。

 これまで色々ありすぎていざ休日となると何していいか分からない状態になってしまっている。

 よし! 悩んでいても仕方がない。俺も師匠と同じ、散歩に出かけるとするか。



 そして、部屋着からジャージに着替えて家を出る。目指す場所は全然決めてないけど散歩ってこんなもんだろう。

 あてもなくブラブラすること三十分くらい。基本的に家に引きこもっている俺の足はだいぶへばってきた。

 休憩がてら自販機で炭酸飲料を買い、近場の公園のベンチに座る。

 公園は遊具の数がそれなりに多く、子供が5人くらいで隠れんぼして遊んでいる。三メートルくらいの感覚でベンチが置かれてあり、左横にはおじいさんがその子供たちの遊ぶ風景を微笑ましく見ていた。


「これぞ、平和な休日って感じだな〜」


 俺は呟いてゴクリと炭酸飲料を飲み干す。

 その時だった。

 公園の入り口に一人の女が立ちつくしている。ピシッとした女性用のスーツに背筋の伸びた綺麗な姿勢。その風貌はこの平凡な日常風景を醸し出す公園という場所には不似合いだった。

 女はキョロキョロと辺りを見渡し、真っ直ぐ俺の方へと向かって来る。

 何なんだ。警察か?

 徐々に近づいて来る女の顔がはっきりと見えてきた。よく見れば黒髪をしているが日本人じゃなかった。どこの国かは分からないがイクミのように整った外国人顔をしている。

 ピシッとしたスーツ、姿勢からは思っていたのと違うおっとりしたほんわかオーラのまん丸い大きな目をしていた。

 そんなほんわかオネェさんは俺の目の前までくると、ぐっと顔を近づけて俺の顔をまじまじと見つめてきた。

 うぉぉ。ちけぇ、顔がちけぇよ。めっちゃいい匂いするじゃん。

 そんじょそこらの童貞ならここで理性を保てなくなり強姦するだろう。だが俺はプロの童貞だからこの程度で理性は崩壊しない。彼杵で鍛えられているからな!


「あの〜どうしましたか?」


 あくまで紳士な感じで話しかける。外国人だから道に迷ったのかもしれない。英語で話されたら答えられないけど......。

 と、思ったら、


「あ、これはすいません〜。あなたで間違いありませんよね?」


 意外にも流暢な日本語だった。

 ん? 待て待て。「あなたで間違いありませんよね?」ってどーゆーことだ。

 誰かと待ち合わせしてたのか?


「あ、いや俺は......」

「すいませんすいません〜。こんな当たり前のこと聞いちゃってすいません」


 俺の言葉を遮り頭を下げてくるほんわかオネェさん。


「いやだから俺は......」

「存じておりますよ〜。日本唯一の諜報機関でスゴ腕スパイなんですよね〜」


 ......は? 日本唯一の諜報機関? こいつは何を言ってんだ。


「あっ、申し遅れました。ワタクシ、イギリスの諜報機関MI6、新人諜報員のガブリエル・ライリーと言います」

「あーなるほど......。が、がぶりえるさんですか...」

「ちょっと堅苦しいですね。ワタクシのことはガブと呼んでください」

「は、はぁ。ガブ......」


 おい、俺は今、聞いてはいけないことを聞いてしまっているのではないか?

 社会知識に乏しい俺でもMI6って知ってるぞ。スパイだろスパイ。『007』のやつだろ。この人俺のことを日本の諜報機関の諜報員だと勘違いしている!

 俺の険しい表情に気づいたのかガブは、


「あっ、これはすいません〜。こんなトップシークレットな話をこんな公共の場でしてしまって。一般人に聞かれたら即、殺さなきゃいけないんですよね」

「は、ハハハ! そ、そーだぞ。気をつけまえ!」


 ..................。

 言えねぇーーーー! 今更人違いですとか言えねぇんだけど! 今言ったら即殺されるんでしょ⁉︎ 俺一般ピーポーだもんね! パンピーだもんね!

 マジどうすんだよ......。スパイと間違われるとか俺どんだけ犯罪者運が強いんだよ〜。


「とりあえず、明日の作戦のためにも今日は再確認ということで、どこか人目のつかないところに行きましょう」

「ぉぉお! そうだぁなぁ!」


 マジで最悪だ......。俺の貴重な休日がスパイに奪われるなんて......。

 えぇい! もうヤケクソだ!

次はスパイとして俺が大活躍してやろうか⁉︎

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