過去の話
坂祝湊の話
坂祝家は代々土地神を護る家系だ。
幼くして怪異を視る力に長けた少年の瞳は、人と怪異の区別もつかない程ハッキリとその姿を捉えていた。それが明らかに人の形をしていないものならひと目見てそれが怪異であると判断出来るが、人と変わらない姿をする怪異を知識の少ない少年が見分けられるはずもない。特に人に化けた怪異というのは上手く化けられる怪異ほど力を持つという。
視えるだけで祓う力のない幼い少年は怪異にとって格好の餌だ。そんな少年の隣に寄り添い、怪異という脅威から少年を護っていたのが
征久は自分の持つ豊富な知識から怪異の見分け方や対処法を教えてきた。その傍らで共に話を聞いていた湊の双子の姉もまた知識を蓄えていき、退魔師としての才能を開花させつつあった。
幼い頃こそ同じことをしてきた双子に変化が訪れたのは、自分たちと同じ境遇を持つ二人との出会い。
この九ノ宮の地において代々坂祝家の右腕として怪異を祓い続けてきた退魔師
姉の
周りからはもっと頑張れと言われた。だが頑張ってどうにかなるのならとうの昔に結果は出ていたのだ。そうならなかったのは努力が足りなかったのだろうかと考えもしたが、これ以上何を頑張れと言うのだろう。
根本的な素質がないのだから努力しても無駄なのだ。鍛えて何になる、自衛の術すら身につけられないではないか。何故こうも差が出るのか。歳も何も同じなのに、何故姉や幼馴染にはその力があり自分にはないのだろう。
怪異が視えるからなんだと言うのだ。視え過ぎるが故に区別もつかないのだからすぐに頭の回る怪異の餌食になるのがオチだ。なのに自分の身を自分で守ることすら出来ない。それがどうしようもなく、嫌だった。
嫌で嫌でたまらなくて、そんな自分に更に嫌気がさして、夜中に一人起きてトレーニングに励んだこともある。けれども何をしても、どうやっても退魔師ならば扱えるはずの初級霊術すらも発動させることは出来なかった。 自身が無能であることを自覚したのはその頃で、その現実を突きつけられたのが父について神社の祭に参加していた時だ。父の姿を探してさまよい神社の裏手に迷い込んだ時、役所の役員が話しているのを聞いてしまった。
「今ならまだ間に合うのだからあんな出来損ない生贄にしてしまえばいいのに」
確かにそう聞こえた。
すぐに誰のことだか理解した。理解した瞬間に、虚無感に襲われた。
それからはよく覚えていない。だが、それを聞いていた父が今まで目にしたことのない剣幕で怒鳴っていたことだけは、うっすらと覚えている。
家に篭りがちになったのはそれからだ。
姉や出雲らの誘いに乗らなくなり、学校から帰宅すれば一日庭を見て過ごす。そんな湊に征久は紙と鉛筆を持たせた。
「きみの見える世界をそこに写してみればいい」
何もしないで過ごすよりは時間を潰せるだろう。初めて絵を描いたのは、そんな理由だった。
難しい技法やコツは征久が丁寧に教えてくれた。見たものを見たままに描くというのは難しいものではあったが、楽しくもあった。その頃は人に見せるのが恥ずかしくてこっそりと描いては征久に見せていたのだが、ある日没頭するあまり父にその姿を見られてしまった。
一息ついてふと気付く。背後からスケッチブックを覗き込んでいた父。咄嗟に隠すもひょいと取り上げられ、父はパラパラとスケッチブックをめくっていた。
「なるほど、お前はこういう事の方が向いてるのかもしれないな」
そう言って湊の頭を撫でる父の顔はとても楽しそうだった。
「征久、お前の仕業か?」
「んーまあね」
「たまには良い事するじゃないか」
「たまには、は余計かな」
「何を言っているんだ。いつもろくな事しないくせに」
笑い合う二人がおかしくて、首を傾げる。
「湊、退魔の力がなくてもお前には素晴らしい能力がある。それをフルに活かす事が出来れば、お前だけじゃなくて葵や出雲の力にもなれる。明日からは征久がそれを教えてくれるから、もう少しだけ頑張れるかな」
「それは、ぼくにもできること?」
「ああ。茜ちゃんにも出雲にも葵にも出来ない。お前しか出来ない事だ」
自分にしか出来ない事がある。それは今まで散々役立たずだの無能だのと罵られてきた少年がようやく手にした希望だった。
四季色奇譚 法月春明 @h_reiran
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