『ハナ』
「おーい!猫女ぁー!さっきは意地悪しすぎたよ、悪い謝る!」
あれから、かれこれ一時間はこうして探し回っている。ったく、なんで見つかんないんだよ。てか、校舎広すぎ。正直なところ、迷っている。帰ろうにも帰れなさそうだ。今は取り敢えず、突き進むしかない!
「猫女ぁー!……ちぇっ、なんで俺が怒られたんだよ」
先程のサクラの剣幕を思い出す。何かを必死に守ろうとする表情。今回の場合は、それが「ハナ」だ。自分のパートが俺に取られるとでも思ったのだろうか。……まぁ、気持ちはわからなくもない。
「猫女どこに行ったんだ?おーい!猫女!」
すると、突然
「にゃぁぁあああ!!」
と女の叫び声が廊下を駆け抜ける。
猫女の声。状況はわからないが、ヤバイのは確実だ。
「猫女ぁ!!」
言い終えるまもなく、俺の足は床を蹴り出していた。先程部室を飛び出したよりも速く。
五分ほどで猫女を見つけた。彼女は、階段でひとりうずくまっていた。ガタガタと震える肩を両手で必死に押さえて。白髪の髪は、部室に居た時よりも乱れている。
「大丈夫か?猫女」
食い気味で彼女は俺に抱きつく。しがみつく、の方が適当か。何かに縋るように、俺の両足を抱く。震えが足にまで伝わってきて、大層恐ろしい経験をしたのだろう。
「……帰ろ……」
猫女は、ボソッと呟く。俯いていて、表情が読み取れない。
「ああ、帰ろう。お前部室までの道知ってるだろ?」
「……知らない」
「はぁ?!俺たち帰れないじゃないか!」
「だって、こんな所まで来たこと無いもん」
「ったく、どうするんだよ……」
考えてみれば、学園長でさえ迷う校舎だ。一生徒がわかるだろうか。
「とにかく歩こう」
何かあった。それは確信している。だが、それが何かがわからない。猫女がここまで怯える何かが襲ってきたのだろう。この学校の他の生徒?ヤンキーとか?……でも、猫女なら刃向かうはずだ。刃向かって負ける。そんなこと目に見えている。じゃあ一体何なんだ?
猫女がぐったりと疲れ果てているので、小走りで「何か」から逃げる。こんなんじゃ、すぐに追いつかれそうだ。
「何があったんだ?」
「わかんない……。たくさん人が襲ってきて……。でも、多分……私の記憶」
「記憶って、サクラに取られてるんだろ?」
「にゃぁぁああ!!だからわかんないんだってば!記憶無いのに、私の過去の記憶だって思うもん!」
「どうして?」
「だから!私に聞かないでよ!」
――待て。
「はぁ?なんだ?」
「にゃ?私何も言ってないです」
――待てっつってるだろ!
ドスの効いた低い声。背後から迫ってきている。
「にゃ!」
猫女がその場にうずくまってしまう。
「馬鹿!止まるな!」
また先程のようにガタガタと肩が震えている。まさに、捨てられている仔猫みたいだな。
振り返って猫女の前で両手を広げる。
「これ以上来る……な……!」
目の前の光景に言葉が詰まる。そこには、人がたくさん……。本当にお前の言う通りだ、猫女。しかも、ひとりひとりイカツイ。こんなの俺が相手出来るわけねぇ!
「……そこまでだー」
急に鳴り響くけだるげな声。
声の主は、サクラ!?他のメンバーも揃っている。よく見ると、まだ紹介のないメンバーも。良かった、助けに来てくれたんだな……!
すると、何やらコソコソと話し始める。
「いや、だから言ったろ。気まずい雰囲気になるって」
「いやぁ~。いいと思ったんですけどねぇ」
「馬鹿じゃあないのか。ほら、みんなこっち見てるし」
「呆れるわ。さっき、トマトジュース奢ってくれたらやるって言った腐れ脳みそは誰よ」
「……私だ。すまん」
「腐れ脳みそトマトジュース野郎、やるならもっと本気でやりなさいよ」
「でも……」
「あの、もう終わったかー?」
長い。長すぎる。こんな状況なのに呑気なもんだな。いつまでやってる気だよ。
待ちきれずに口を挟む。ヤンキー集団は襲っては来なかった。この茶番を待っててくれていたのだ。なぜ俺たちを襲うのか知らんが、待っててくれてサンキューな。
「ああ、すまんな。さて、ライブするか」
「ライブ!?俺、何も聞いてないぞ!」
「新人、お前は黙って見ていろ!」
「おう。わかった……」
ライブ?何のことだ。この人溜りにどう対応すんだよ。ライブなんかで立ち向かえるかって!
サクラがカウントを始める。すると、先程までは無かったスタンドマイク、ギター、ベース、キーボードが姿を現す。空虚の中に、突然と。それを合図にサクラはみんなに向かって目配せをして声を張り上げる。
「ライブスタート!」
それぞれがバラバラの音を奏でる。
しかし、それがひとつの音楽になっていく。
歌詞が意味をもった「言葉」になっていく。
頭の中に語りかけているような言葉。
すうっと身体に染み込んでいく。
じわじわって。
『君の生きる意味を私が探し出して見せるから』
歌っている時のサクラは、今までに無いくらい最高の笑顔で。
――楽しそう。
これが素直な感想だった。
『暗闇の中でも輝く何かが君にもきっとある』
すると、光のようなものが、サクラたちの周りを漂い始める。
光の玉のようなもの。
淡く光って、サクラを包み込んでいく。
まばゆい光を身体中から出し、「ボクはここにいるよ」って。
その小さな小さな光は、楽器に憑依するように包み込んだ。
『勇気を持って前に進んでいけ』
「いくぞ!」
「「「はい!」」」
それぞれが前に歩み始める。
トウヤマがベースを肩にかけ、演奏を続けたままヤンキーに近づく。
次の瞬間、
「くたばれぇぇぇえ!クソがぁぁあ!」
声にならない奇声とともに、ヤンキーをベースのネックでぶん殴った。
「え……?物理なの……」
驚いた。普通こういう状況に陥った漫画の主人公は、魔法的な力で解決するだろう。それが物理だとは……。
メンバーはみんな、ひとりひとりヤンキーをぶっ倒していく。言葉が悪いな。……お倒しになられる。
ヤンキー達は為す術もなく、その場に倒れていく。
演奏しながらこれは凄いわ。お前達の実力、認めてやるよ。
「今だ!もっとたたみかけろ!」
サクラの合図で演奏は激しくなる。
光の量が心做しか少し増えたように思える。
転調をたくさん繰り返した、今まで聴いたことないような曲。
常識なんて覆すような歌。
張り裂けそうで、でも繊細な声。
独特の雰囲気があって、周りの空気さえも巻き込んでいく。
観客は俺と猫女だけ。
二人のためのオンステージ。
猫女はまだ震えているけれど、大丈夫だ。
何故か確信に近い。
サクラたちなら、きっと。
きっとやってくれる。
猫女を助けてくれる。
「ラストスパートだ!いくぞ!」
『どんな困難だって挫けるな、立ち向かえ』
それは、俺への何かのメッセージのようで。
心に響いては、溶けて消えてしまった。
ふと、猫女が気になりそちらに目線を向ける。
「大丈夫か?猫女。もう少しだ」
まだ少し震えが残る肩をそっと抱きしめる。
ほぼ同時に、
――うぁぁぁぁああああ!!
ヤンキー野郎がひとり、背後から忍び寄る。
「舐めてんなよ!」
振り向きざまに右腕で肘鉄を食らわせる。
――ぐががぁぁぁあああ!!
そいつは、地面に突っ伏した。
後ろからナカハラがとどめを刺してくれた。
「サンキューな」
「いえいえ~、とんでも御座いません」
全ての光の玉はサクラを包み込んだ。
そして……。
マイクをスタンドから外す。
マイクを左手に持ち、スタンドに右手を添える。
「残念だったなぁ!」
最後のひとりにスタンドを振り下ろす。
――ぐぁぁぁぁああああ!!
それは、声にならない叫びを残して倒れた。
『これは僕が君に送る最初で最後の歌だよ』
演奏が終わった瞬間。
ヤンキー集団は、パッと一瞬で光になって消えてしまった。
「!……消えた!?」
何だったんだよあいつら。この学校の生徒じゃないのか!?
「帰るぞー!」
サクラの声でみんなが帰路につき始める。その頃にはもう、肩にあった楽器は消えていて。
やっと終わったんだ。長い長い時間だったように思える。何も出来なかったけど……でも、とりあえず猫女は守れたんだ。
「にゃ……。ウッチー……大丈夫?」
「人の心配してる場合かよ。てか、そんなあだ名いつ付けたんだ?」
「……今付けた。……さっきはかっこよかったよ、……まぁギターの腕はそんなにだけど……」
ぐったりと疲れ果てているのに、無理して笑って話を続けようとする。
「無理すんなって」
「にゃ……!無理なんかしてないです」
「嘘つけ。バレバレだ。……帰るぞ」
「うん」
疲れて抜け殻のような猫女の身体を背負う。
「大丈夫か?」
「うん。……何かね、記憶のこと思い出せそうだったんだけど、思い出せなかった。先輩はスゴイね……」
「そうだな。俺だって記憶一ミリも思い出せない」
「にゃは。……でもね、思い出さなくて良かったかもって少し思ってます」
「どうして?」
「もしとっても悲しい記憶だったら、立ち直れるかわからないから。今のまま、みんなと暮らして行けるか不安だから……」
「それもそうだな。……でも、お前が何であれ支えるのが仲間だろ?記憶がなんだよ。そんなもんで崩れるのは、本当の友情じゃねぇよ。どんな困難が待っていても、部室の扉を開けると、いつもあいつらが待ってくれてんだ。今この世界でお前が生きていること、証明してくれてるんだよ。別の世界で記憶をもったお前が生きていること、また別の世界では、お前は大人になってるかもしれない。それを証明してくれている人達がたくさんいる。いつも誰かがお前の傍にいるから。安心しろ。お前はひとりじゃない!ひとりにさせないし、ひとりになれない!」
「にゃ……!……ありがとう。ウッチーのこと、仲間だって認めてあげます!」
「それは、こちらこそありがとう、だな」
「にゃは。……ねぇ」
「なんだ?」
「このまま、ウッチーが私に惚れるのがよく見るありがちな展開だよね……。にゃは。まさか、本当に惚れちゃいました?まぁ、当たり前ですよねー。この美貌を前にしちゃ、男達はイチコロです!」
「んなわけないだろ?」
「ふーん。いいにゃ。本当に惚れたら、私の勝ち!」
一体、何の勝負なんだか。まぁ、絶対有り得ないし。
「オーケー。じゃあ、俺がお前に惚れなかったら、俺の勝ちだな」
「うん」
サクラたちのあとをついて行く。その先頭を歩くのは、ナカハラ。全く迷わずに部室を目指す。こんな隠れた才能があったなんて。
「着いたぁ!」
おぉ!凄い。部室に帰ってきたぞ、奇跡の生還だ!
「ほら、着いたぞ起きろ」
ゆさゆさと背中の方を揺さぶってみたが、返事は無かった。
後ろを見ると、ぐっすりと眠った猫女の顔。
「そうでちゅか~。おねむなんでちゅね~」
少し挑発してみたが、起きることはなかった。きっととても疲れているのだろう。ここは放っておくのがいちばんだ。
「ここに寝かせろ」
部室に入ると、トウヤマがソファを指差す。
俺は、猫女が起きないようにそっとソファに寝かせる。帰ってくる時、背中を相当蹴られたのをみると、多分こいつ寝相悪いな。
「ちょっといいか?」
サクラだ。何だろう。……まさか!愛の告白とか?!んなわけないか。
「おう。今行く!」
小走りでサクラについて行く。廊下を真っ直ぐ歩いた先に屋上へのハシゴがあった。そこを登り、屋上に立つ。
「ハナのこと助けてくれてありがとうな」
「いや……あれは成り行きってかいうかなんて言うか……」
「ははっ。……どうだったか?私たちのパフォーマンス」
「いや……。最初は驚いたけど、とっても良かったよ。……てか、何なんだあの人達。明らかにこの学校の生徒じゃないだろ。そもそも、寄ってたかって女の子いじめるとか、サイテーだな」
「お前とハナは、最近来たからな。知らなくて当然だ。私たちは、あいつらと戦っている。でも、あいつらのことは何も知らない。どこから来て、なぜ私たちを襲うのか……。全くわからない、見当もつかないんだ。ただ、わかっているのは、「音楽を奏でれば光の玉が集まること」。楽器を演奏できる私たちが集められたのも、多分この為。音符が具現化したものなんだ。それが効くんだ。こう……バチコーンと!」
「物理だとは思わなかった。あれは衝撃だったな」
「だろ?あの光が集まらないと、あいつらには何も効かないんだ。何故だかは……やっぱりわからない。でも、あれは何らかの力を持っている気がする。その力が楽器に憑依して攻撃できるって感じか」
「ふーん。俺もやんなきゃいけないのか」
「当たり前だろ?……てか、ハナが私以外でお前にだけ敬語使ってたぞ。惚れてんじゃないのか?」
「あいつが敬語!?」
「気が付かなかったのか。まぁ、いつもの話し方と混ぜてたからな。照れてんだよ」
「そうなのか……」
「お前のこと少しは認めたんじゃないか?」
「そうだといいけどな」
「ははっ。私のこの目に狂いはない」
「……あのヤンキー集団、猫女が私の記憶って言ってたけど……。あれは本当に猫女の記憶なのか?」
「……。……そうかもな。すまんな。詳しくは言えないんだ」
「お前、なんか知ってるのか?」
「……当たり前だろ?記憶を預かっているのは私だ。内容は知れて当然だろ」
「そうか……。じゃあ、俺の記憶もなんだな?」
「まぁ、そうなるな」
「俺の人生は、悲しいものか?」
「何とも言えんな。こっちにだって黙秘権ってもんがあるんだし、ここら辺にしてくれないか」
「オーケー。またお預けってことだな」
「いつか、その時になったら渡すさ」
「ああ。……忘れんなよ?」
「はっ、そんなに言うならわざと忘れてやろうか」
「馬鹿!冗談に決まってるだろ?」
「ははっ、すまんすまん。私からもひとついいか」
「なんだ?」
「校舎が拡大し続けているって言ったろ?あれ嘘」
「はぁ!?そんな大事なこと、もっと早く言えよ!」
「単に校舎の作りが入り組んでいるだけだろ!真面目に信じていたのか!」
「し、信じてねぇよ!あんな子供騙し!」
「ははーん。図星か。まったく、お前は阿呆だな」
「阿呆じゃねーよ!この腐れ脳みそトマトジュース野郎!」
「はぁ!?何言ってんだこいつ!私は学園長だぞ!」
「お前学園長らしいこと何もやってねぇじゃないか!」
「それもそうだな……」
「認めてんじゃないよ!」
「ははっ。……そろそろ帰るか」
「そうだな」
部室に帰る頃には、すっかり日は暮れていた。部室では、みんなが待っていてくれていた。猫女はずっと眠り続けていたが……。その後は、食堂で盗んできたパンをちぎりながら、ナカハラの壮大な夢を聞いた。白馬に乗った王子様と結婚して、皇女として政権を握りたいんだってさ。やめてくれ。国がめちゃくちゃになりそうだ。……新しく紹介される予定だったメンバーは消えていた。サクラ曰くシャイなんだと。後日また紹介が入るだろう。部室で雑魚寝は何だかんだ言って楽しかった。意外とすんなり眠れたもんだから、気がつくと朝であった。
これから楽しくなりそうだな。
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