部室でのこと

しばらく校舎を歩いた。異常に馬鹿でかい学校で、迷路のように入り組んでいる。俺、本当にここでやっていけんのかな……と、不安になってしまうほど。どんな設計してんだよ。

「広すぎて迷いそうだろ?実は、私でさえ時々迷うんだ」

「いや、学園長迷っちゃダメだろ」

「そうか……?でもな、お前も迷うと思うぞ」

「来たばっかなんだから、当たり前だろ?」

「そうじゃなくて。……この学校は、今も拡大し続けてるんだから」

「拡大って……えええええ!宇宙じゃないんだから!!」

あるわけないだろ!……そう発声しようとした。しかし、口を開いたところで、この世界では有り得るんだ、と脳が信号を出した。俺は口をすぼめる。

まずは、この世界に慣れないといけないんだ。俺には順応性のカケラもない気がする。取り敢えず、サクラに着いていく。今の俺にはこれしかできない。

……バンド。そんなん入ったことない。まぁ、記憶が無いから、過去はどうだったか知らないが。でも、多分入っていない。入れないと思う。なぜなら、前の通り順応性がないから。しかし、こいつの様子を見てれば、メンバーも快く受け入れてくれそうだ。安心した。馬鹿ばっかりで。

「どうした?」

「いいや、何でも」

サクラは不思議そうに俺の顔を覗き込む。ハスキーな声と相まって、母親のようだ。全く、こいつには、あとどのくらいの仮面があるのやら。この短時間で、たくさんの表情を見せてくれた。俺のことを受け入れてくれてる、ということなんだろう。

「この学校は、誰が造ったのかわからない。だから、私が学園長をやっている。みんなに指名されたのでな。寮がないから、みんな校舎に寝泊まりしている。生徒数は……実際、正確な数字は不明だ」

「そんなんでいいのか?」

「だって、目を覚ます場所なんて人それぞれなんだぞ。お前は運が良かった。裏山で目を覚まして、未だに彷徨っている奴もいるぞ」

こんなヘンテコな世界で、一人裏山を彷徨うのか……。恐ろしい。きっと、死にたくなるだろうな。

「……それは、どうも。てか、そいつら助けないのかよ?」

「だから、把握し切れないんだって」

「そっか……」

俺を拾ってくれたこいつらに感謝だ。散々暴言を吐かれたがな。まぁ、これから仲良くやっていけばいいか。

「着いたぞ。我が部室だ!」

サクラは自慢げに、仁王立ちで扉の前に立つ。しかし、扉には、「吹奏楽部」と可愛らしい字で書かれている。

「あの……吹奏楽部とは?」

「部室を使わせて貰っているだけだ。たくさんの部活があったんだが、次々と廃部になってな。今は軽音楽部オンリーだ!」

「オンリーって、選べないのかよ!選択の自由はないのか!?人権侵害!」

「バカ言うな。この世界に来れるのは、楽器やってる奴らだけだ。だから元々部活動は、軽音楽部か吹奏楽部か二択だ!!」

「楽器やってる奴らだけって、どうして?」

「知らん!」

「はぁ……お前そんなんで大丈夫かよ。学園長辞めたら?」

「……お前さっきから質問多いんだよ!!もっと自分で考えないか!?このイカれ脳味噌野郎!」

えええええ!?逆ギレですか!?

「お前が知らなすぎるからだろ!この学校のこと、なんにも知らないじゃあないか!」

「いや、お前が……」


ガチャッ。


「うるさーい!!!!」


突然、俺らの後ろに佇んでいる扉が開いた。サクラは扉を背にしていたので頭を打ち、今は床にうずくまっている。こんなんが学園長でいいのかよ、こいつら。

扉から顔を覗かせるのは、先程の声の主。こいつ、俺が気を失ってるとき、まったりゆったり話してた奴しゃないか。急に人が変わりすぎだろ!

「にゃんちゃんが寝ているんですぅ!もっと静かに話してください!せんぱ……じゃない、新人さん!せんぱはどこですか!せんぱをどこにやったんですか!?返してください!」

「……いや、下にいるじゃん」

「うわぁ!せんぱ、何されたんですか?大丈夫ですか?男はオオカミだって言いましたよねぇ!」

「あの……何を勘違いしているのか……」

「しらを切るつもりですか!?私、絶対あなたを許しません!」

「え?いや……。それやったの、お前だよ……?」

「ひぇっ……本当ですかぁ?」

「本当だ」

「本当に本当に本当に本当ですか?」

「本当に本当に本当に本当だ」

「うぇぇ……。でも……!」

そろそろ信じろよ。諦め悪いな。こいつ、遊べそうだ。少しちょっかい出してやろうか。

「再現するか?まぁ、お前の大好きなサクラが痛い目に遭うだけだがな」

「せんぱが痛いなら、いいです!」

「いいのかー?このままじゃ、お前がやったことになるぞ」

まぁ、どっちにしろ、こいつがやったことになるけどな。

「はわわわわ……」

戸惑ってやがる。俺の思惑通りだ。ふへへへっ。丁度いいオモチャを見つけたぞ。

ぺチンッ。後頭部に衝撃が走る。

「あんまりこいつで遊ぶな。まぁ、楽しいけど」

「楽しいんかい!」

「せんぱ!無事だったんですね~!」

「ああ、心配してくれてありがとな」

「いえいえ!」

こんな奴にまで気を遣って……。ほとんど、俺と騒いでいるだけだったのに。……優しいな。多分、学園長にサクラが指名されたのも、こういうのがあったからなのかもしれないな。

「入れ、新人」

サクラはそう言って、俺が入りやすいように扉を開けてくれる。

「えっと……お邪魔します」

一歩足を踏み入れると、そこは今までの校舎とは全く違う雰囲気で。真ん中にはでっかいソファとテーブル。それを取り囲むように楽器がびっしりと並んでいて……。まさに、軽音楽部の部室って感じだ。け●おん!って感じ!

「どうした?」

気づかないうちに、口が開いてしまっていたみたいだ。

「どうだ?スゴイだろ」

「ああ、スゴイ……」

スゴイ。この一言だけだ。だだっ広い部室に埋め尽くされた楽器楽器楽器。俺を圧倒して、飲み込んでいく。

「ボーカルのサクラだ。改めて、宜しく。にゃんにゃん言ってるのは、ギターのハナ。まったりしてるのが、キーボードのナカハラ。そこに座ってる毒舌な奴はベースのトウヤマだ。他にもメンバーはいるが、今は買い出しに行っててな。まぁ、仲良くやってくれ」

「ああ。というか、仲良くしてもらうのはこっちだ。これから宜しくな。俺はウチダ」

すると、先程紹介があった毒舌の女――トウヤマが返事を返してくれる。

「宜しくお願いするわ、ウチダ。まぁ、私に追いつけるのは、百年後かしら」

続けて、先程まで怒鳴っていたナカハラ。

「ウチダさん、宜しくお願いしますぅ。あとぉ……そのぉ……さっきはスミマセンでしたぁ~!」

「いいよ、謝んなくても。宜しくな」

「はい~!宜しくですぅ!」

本当に元気のいい奴だ。

「にゃー……。よく寝たにゃ……」

ソファの上、トウヤマの傍では、ハナが目を覚ましたようであった。

「……もう挨拶は済んだか?」

そう言い終えると、サクラはその中の一つのギターを手に取る。

「これでいいか?」

真っ赤なギター。しっかりと手入れをされているようで、ピカピカに輝いている。

「よくわからんが……なんでもいいよ」

「そうか……じゃあ、早速弾いてみろ!」

「うぇ!?無理だろ!」

ここで猫女が、

「にゃはっ!ギターの世界は、実力勝負の世界なのよ!あなたに何が出来るの?」

と口を挟む。少しカチンと来た。

「無理じゃない。弾いてみないとわからないじゃないか」

サクラにそう言われて、渋々ギターに手を添えてみる。

ブワッ、と想い出が俺の周りを取り囲むみたいな感覚。

弾けそう……。

正直なところ、そう思った。

「いけそうか?」

「ああ、準備オーケーだ」


ひとつ深呼吸をして。

ギターのネックを握る。

ピックをしっかりと握り直して。

ボリュームはマックスで!



――はぁ、はぁ……。何とかいけた。


パチパチパチ……。拍手が鳴り響く。たった数人の観客は、俺には超満員の観客に見えて……。とっても新鮮な気持ちだ。

「……上手いな、お前……!!」

「期待の新人ですねぇ」

「にゃふぅ!ムムッ……!」

「……まぁ、私には到底及ばないけど、評価するべきだわ」

みんなが賞賛を送ってくれる。……ひとりを除いて。猫女だけが納得がいっていないようだ。

「先輩!こんなの仲間にするの?!」

「ダメか?」

「にゃふん!ダメに決まってる!」

なんだこいつ……。口ぶりから察するに、きっとこいつより俺の方が上手いのだろう。

「はっ、馬鹿だな。実力勝負の世界なんだろ?だったら、正々堂々としてろよ」

先程の意気揚々とした発言はどこいったんだ。腹が立ったから、少し馬鹿にしたように話しかける。猫女は、涙目になって、上目遣いでこちらを睨みつける。そんなのが、俺に効くかよ。

「……もういいにゃ!」

「ちょっ、待て!」

サクラの声も聞かず、部室を飛び出していく。焦ってサクラが追いかけようとしたが、廊下に飛び出した影は、もう無かったようだ。

「そんな奴、ほっとけ」

「はぁ?!何言ってんだよ!」

「だって、自業自得だろ?」

「お前が追え……」

サクラが囁く。出会ってすぐに見せた冷淡な声で。

「はぁ?」

「聞こえなかったか!!お前が追え!!」

しかし、冷淡だけでない。怒りがこもった声。

俺はその声に圧倒される。

「……なんだよ」

「早く追え!!」

キッ、と睨みつける顔は俺を震えさせる。

「わ……わかったから。すぐ行きます!」

音速のスピードで部室を飛び出す。先程ハナが出ていったように。

また面倒なことになった。急いで猫女を探して帰ろう。……帰っても、説教が待ってそうだがな。

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