出会い
どこだ……ここ。
目の前に広がる闇。目を開けている訳ではない。かといって、閉じているという感覚もない。意識の中で思考だけが動いてるという感じ。食欲も無い、睡魔も襲ってこない……限りなく「無」なのだ。時間の感覚がないので、今が一体何時なのかさえわからない。こんな状況で冷静沈着な俺すげぇ、とさえ思ってしまうほど。そのくらい果てしない「無」が広がっているのだ。
ふと、頭の奥で音が聞こえてくる。正確には、脳味噌の奥で音楽が鳴っている。身体を包み込むような。どこかで聴いたことある音楽。あれはいつだったか。いつ聴いた音楽なのか……。
しかし、それが突然、ハッキリとした「声」に変わる。
「おーい!起きろー!……あれ?」
「にゃー、つまんない。……ね、先輩。こいつ死んでんじゃない?」
「んな訳ないわ。絶対生きてるわ」
「あなたは黙っていて!私、先輩に聞いてるんだもん。ね!先輩!」
「はいはい、そうだなー。死んでる死んでる」
「はぁ……。呆れるわ」
「私は好きですよ~。先輩とにゃんちゃんとのコント」
「にゃふん!?コント!?……コントじゃないわ!」
「じゃあ、何なんだ?」
「にゃ、先輩……。先輩もコントだと……?」
「え……?違ったのか?!」
「むぅー。ひっどい、みんな」
「……?せんぱ、この人生きてますよ~」
「生きてるっちゃあ、生きてるだろ」
「え、だって、せんぱ!この人意識が戻ってませんか~?」
「おお!気がついたか!少年!少年!!聞こえるかー?」
(聞こえてるよ。うるせぇな。)
「おーい」
(なんだよ、この野郎。黙れよ。)
「にゃはー、半目だぁー。初めてみた……キモっ」
(初対面の奴にひでぇな。あと、さっきから、にゃんにゃんうるさいなお前。)
「やっぱり死んでるわ、これ。おーい、死体くん?」
(死んでねぇ。てか、声出てなくねぇか?あー。あー!!……出ないし。)
「え!いやぁ~。さっき動いた気がしますよぉ~?」
(あー!!声出ろぉ……!!未だに真っ暗闇だし。こいつらどこで話してんだよぉ……。)
「気がするんだな」
「気が……しただけ……ですぅ、はいぃ~」
「そんな不確かなこと言うなよ」
「はいぃ~」
ここまで来たあたりで、すぅっ、と意識が掠れていく。暗闇が真ん中から青白く光って、消えていくみたいに。遠のいていく。
(ええー?結局あいつら何だったんだよー)
抗っても無駄そうなので、そのまま流されてみる。時間に乗っかって。身体の感覚のない、空中浮遊のような時間。ふわふわと揺蕩う身体。こんな状況でも、脳味噌って動こうとするんだな。頭だけが活動する不思議な感覚。一体、目が開いているのか閉じているのかさえわからない。
(あー。もう一生このままなんじゃね)
諦めかけた次の瞬間。「せーのっ」と誰かの掛け声。ドンっという鈍い音。プッシャァァアア!、と噴き出す液体。少しだけくらっ、と眩暈が襲う。え……?これ、殺られてるの完全に俺じゃね。そう思考が判断した頃、条件反射的に身体が起き上がる。
「うわぁぁぁぁああ!!!」
痛った!……くない。痛くない?痛くない!どうして!死んでないぞ。俺は生きている!生きているって素晴らしい!なんという事だ!
一人でガッツポーズをする。恥ずかしげもなく。ああ、生きているって素晴らしいことなんだな。
殺られたのはどこだ?!手当り次第にまさぐってみるが、傷口が見当たらない。ただ、ベチャッと服が濡れている音だけ。血の赤で染められてはいない。汗でもかいたのか?ほっとしたのも束の間。床に置いた左手の傍に巨石。
まさか、これで俺を……。この巨石が自分の頭部を抉っている様子が想像される。考えただけで恐ろしい。ゾッとする。
ふと、見上げると人影が四つ。
「あ、起きた」
「起きたにゃ」
「起きたわね」
「起きましたねぇ」
目の前に、女の子が四人。え、ちょっと待って。みんな口を揃えて反応薄くない?俺、多分だけどお前らに殺されかけたよね。奇跡の生還だよ?
俺は多分こいつらに殺されかけた。それは、俺の左手の傍にある石(岩?)とこいつらの服に付いた血が物語っている。口調から察するに、俺が夢?の中で聴いた声はこいつらと取るのが妥当だ。
「お前ら何すんだよ!!」
赤い髪の女が前に出てきて、俺の前にしゃがみこむ。そして、溜息を一つついて、呆れたように俺の質問に応える。
「お前を起こそうとしただけだがな」
「起こそうとして、殺しかけてるよ!!」
「いやいや、殺意はない」
「殺意は無くてもダメだろ!」
「ダメなのか!?」
出たでた、素っ頓狂な返し。そう来ると思ったよ。こいつら頭イカれてやがる。女の後ろでは、さっきからにゃんにゃん五月蝿かった女が「そうだそうだ!」と騒ぎ立てている。なんか「にゃんちゃん」って呼ばれてたっけな、この猫女。
「当たり前だろ。殺人だぞ?それと……。お前に付いてる血って、全部俺のだよな」
「ああ、これか。さっきトマトジュースを飲もうとしてこぼしてしまったんだ購買で一つしか残ってなかったのに……!」
「紛らわしいわ!!」
「今日はもう飲めないんだぞ!!最悪の日だ!」
「はあ……。……じゃあ、あの音はなんだ?」
意識を失っていた時に聞いた音。明らかに、俺から発せられていた音だと思ったのだが。
「殴ったは殴った。しかし、この世界だと血は無色透明になる」
「はあ?何言ってんだ、こいつ」
「お前が思っていること、全部口からダダ漏れだぞ。疑うなら、試してみるか?」
そう言って俺の傍らにある岩を指差す。
「いいです!遠慮させていただきます!!」
「無色透明っていうか、水みたいな感じかにゃー?」
「そうだな」
「にゃは!そうですね、先輩!」
さっきのこいつらじゃないが……コントだな。これ。しかも、茶番。同じことがリピート再生されているみたいだ。もう付き合ってられない。
「水みたいになるって、痛くないのか?」
「ああ。傷口は出来るが、血は出ない。血は出ないが、水が流れるって感じだな」
「なんじゃそりゃ」
「私もこの世界に来た時は、全く同じ感想をもった。全年齢対象で行こうぜ!って事なんじゃないか?」
「はあ……どうして?」
「さぁ、どうしてだろうな」
こいつらの言うことを信じていいのか疑問に思い始めた。でも、待て。そうなった場合、4対1……。明らかに不利じゃあないか。
「さっきから「この世界」って……。ここは俺の住んでいる町じゃないのか……?」
「少なくとも、そうではないと思う」
辺りを見ると……学校?のような建物が立っている。俺を中心にして、囲むように。ここは、中庭だろうか。でも、俺が通っているはずの学校ではない。俺が通っている学校……?それは……何という名前の学校だったか……。思い出せない……。思い出そうとすれば、自然と浮かび上がるであろう記憶すら、ない。何もない。
戸惑っていると、赤い髪の女が問う。
「大丈夫か?」
「いや、大丈夫じゃない。あの……何も思い出せないんだが」
「おお!すまんな。お前の記憶は、人質として私が預かっている」
「はぁ?!何でそんな大事なこと忘れんだよ!!てか、預かるってどうやって?」
「まぁ、出来るんだよこの世界では」
「それを受け入れろってのかよ!」
「そうだ。過去の記憶が無ければ、お前は私に従うしかなくなる。つまり……」
女は不気味に、ニヤリと無機質な笑顔を浮かべる。そして、俺の襟を強く引っ掴む。深く息を吸い込み、まるで領主が奴隷に告げるように冷酷に言葉を続ける。
「お前は私の思うがまま、なんだ」
先程と打って変わって、真面目な表情を見せる。その表情に少し戸惑う。しかし、脳は今は冷静に考えた方が良さそうだという判断に達した。
「なんだよそれ……」
時間が流れるのがとても遅く感じる。そう言われればそうだ。血が流れないことも、記憶がないことも可笑しい。「この世界」は何かが違う。俺が元住んでいた町とは、何かが。でも、その「元住んでいた町」すらわからない今、俺はどうしたらいいのか。本当にこいつに従ってもいいのか。
「ふっ。ここの学園長に楯突くのか?坊主」
「学園長!?」
オウマイガー。……突然のカミングアウトにもう脳がついて行けない。もう止めてくれ。俺の脳味噌は容量2ギガバイトくらいだから、追いつけねーんだよ。少し整理させてくれよ。
「ん?そうだが、何か?」
「いやいや、「何か?」じゃねーよ!普通有り得ないだろ!?」
「それが、有り得たみたいだな」
「ふざけてんだろ……」
マジありえねー。これが感想だった。でも、記憶のためにはこいつに従った方が良さそうだ。一刻も早く記憶を取り戻して、俺の「元居た世界」に帰る。完璧な計画だ。よし、これでいこう。
「んで?何すればいいんだ?従えばいいんだろ?アンタに」
「飲み込みが早いな、お前。じゃあ、お前には……ギター要員足りてないから、そこに入ってもらう」
「ギター?!……そんなんどうやって」
「え!?いや、どうやってって。お前ギターやってたんじゃん」
「は!?……そうなのか?」
こんなにも早く、過去の自分のヒントを教えてくれるのか……。
「……てへっ。記憶のこと、言っちゃいけないんだった!」
「……アンタそんなキャラじゃないだろ」
「そうだ。すまん」
へぇ、俺ギター出来るんだ。……こいつの様子を見てると、思ったより簡単に帰れそうだな。話せば話すほどボロが出る。
「って、ギターで何すんだよ」
「バンドに入ってもらう」
「はぁ?」
「聞こえなかったか?バンドだ」
「俺が……?」
「もちろん」
「えええええ!?」
「さっきいた奴らもメンバーだから、宜しくな」
女は後ろを指差すが、もう既に校舎に入ってしまったようで、影がない。
「自己紹介忘れてたな。私は、サクラ。宜しく、新人」
「宜しく……」
「お前の名前は?」
「俺の名前……。う……ウチダ……」
「ウチダ?そうか。宜しくな、ウチダ」
「おう……」
女――サクラは、すたすたとその場を立ち去ってしまう。あまりに唐突な出来事で、正直整理が出来ていない。でも、これだけは確実に分かった……気がする。「サクラに従う」。ただ、それだけ。何かが変わる気がする。少なくとも、現在よりは。
「行かないのか?」
「待って!すぐ行く」
2人で校舎へと足を踏み入れる。バンドのメンバーとなる予定のあいつらが待っている校舎へと。
だが、この時の俺は全く予想していない。長く厳しい戦いが、俺を、俺たちを待ち構えていることを。
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