第3話 さく、高校受験

寒さが一層厳しくなった、十二月のある日。三年生の教室では、近年増えている自己推薦書の作文対策の授業が行われていた。

 文章力に絶対的な自信を持つ大和は、紙が配れると流れるように、書き上げてのんびりと教室を歩き回っていた。

 ところが、奈々美の横を通ったとき、その足がピタッと一瞬静止した。

 彼の目線の先にあったのは、奈々美の書いている自己推薦書の志望校名だった。

 湖南守山高校。

 県内では、ダントツトップの偏差値を誇る、湖北長浜高校に続く、進学校として県内では有名だが、進学実績に関しては、定員四十人の普通科数理情報コースにおいても、湖北長浜の普通科にほとんどかなわない。 唯一、湖南守山高校が湖北長浜高校に優っている部分といえば、吹奏楽部だった。そのことを、思い出した大和は、思わずポンッと手を打つ。

 「なんか、思いつくことがあったの?」

 奈々美が、自己推薦書の紙を裏返して、こちらをきつい目で見ていた。

 明らかに、自分の考えがバレていると感じた大和は、ナンデモナイデスと言いながらその場を立ち去る。

 奈々美ちゃんどうかしたの。背後で、近くに座っている女子が、彼女に声をかけているようだった。何でもないよ、何度もその言葉を連呼する奈々美の声が、何か大和には恐怖の前触れに感じられた。

 

 ドンッ。

 下駄箱で靴を履いていた、大和は誰かに押されて前に飛ばされる。怒って振り向くと、もっと怖い顔でこちらを睨みつける奈々美の姿があった。

 「なんか文句あるの?」

 「ありません。でも、なんで湖南守山高校を受験するの。」

 賭けに出た。噛みつかれても、殴られても、スリッパが飛んで来ても構わないと覚悟を決めた。

 しかし、大和の予想は外れた。いきなり、奈々美は座り込んだと思うと、その場で泣き出したのだった。

 「だって、だって。この前の塾の模試で、ものすごく悪い点数をとっちゃったんだもん。湖北長浜なんて論外。大谷高校の一番下のクラスもやばいって先生に言われたの。親も私立に行かせるわけにはいかないから、湖北長浜は諦めて湖南守山にしなさいって。」

 一人の女の子の泣き声がどこまでもどこまでも広がっていく。大和には、その一つ一つが胸に突き刺さっていくように感じられた。

 「確かにね。奈々美の神経が弱いことは十分分かっているよ。」

 こんなところで泣かないで家に帰ろうと、大和は奈々美の手を取り、校門をあとにする。

 

 


               *

 小学校四年生の二学期の終わりが近づいた十二月。四年一組では、社会の授業が行われていた。しかし、そのときの担任はあまり知識がなく、いつも、教科書を丸写しして黒板に書き、ノートに移させているだけだった。それに気づいていた大和は、仲間と一緒に授業中、紙飛行機を作ったりして、遊んでいた。

 そのとき、突然背後から泣き声がした。

 「勉強に集中でけへん。」

 見ると奈々美だった。彼女は、顔をめちゃくちゃにして大声で泣いていた。

 一瞬にして、教室全体が気まずいムードに支配された。前の席から、奈々美の姿を伺っていた大和が、前を振り向くと担任の女教師も焦りが隠せない様子で、こちらのほうを見ていた。

 「あんた、なにぼーっとしてんの?」

 「えっ?」

 怒り心頭というのは、このことか。明らかに普段の起こりようとは、レベルが違う。確かに、自分の知識不足や指導態度、大和たちの態度を含め、怒りの材料は、十分に揃っている。だが、女教師の口からでた言葉は、マニュアル通りの中身のないものだった。

 思わず聞き返した、大和に、女教師は、廊下を指差してこちらを睨みつけた。大和は、仲間とともに、廊下へと向かう。誰ひとりとして、後ろを振り向くものはいなかった。というか、誰も後ろを振り向くことができなかった。ごめんなさいって、心のなかでは言えるのに。そんな後悔を、胸にしながら静かに、廊下に並ぶ。全員が、揃って窓の外を見つめる。聞こえるのは、隣の後悔のにじむ寂しい吐息だけだった。

 恐らく、みんな胸の中で思っていたことを同じだっただろう。俺たちって、最低の人間だって。

               *



 フーー。

 そんな過去を思い出して、大和は吐息をつく。

 「そんなに奈々美のこと心配しなくてもいいよ。安心して。自分のこと考えるほうが大切だよ。」

 「いや、小四のときの思い出が、頭のなかで回っていてね。俺ってバカだなって思って後悔してたの。」

 「ああ、アレね。もういいよ~。気にしなくても、それより今の受験が大切だよ」

 奈々美は、そういうと、小さくもっと点数上げたいなと呟いた。

 「なんかあったん」

 そういうと、思いっきり平手打ちが飛んだ。強いのか弱いのかと分からなかったが、何かが心にグサリと突き刺さった感じがした。

 見上げると、奈々美が右手でハンカチを握りしめて、涙を拭きながら、一枚の几帳面に折り畳まれた厚紙を手渡してきた。

 なんだろうと、思いつつ受け取る。表紙を見ると、塾の模試の結果表だった。恐る恐る、中身を見てみる。目の前に飛び込んできた数字は、塾側を疑いたくなるような数字の数々だった。志望校合格判定欄に並ぶ、英語はどれも眼科検診の時のように、丸がかけた英語ばかりだ。

 「これは、ひどいな。眼科検診やってるみたいや」

 「ホンマやで。どないしたらええんやろ」

 「大丈夫だって、県外受験っていう、手もあるんやから」

 けんがい!?驚く、奈々美の声を聞いてから、思わず自分の口の軽さに、僕は頭を抱えた。言いたくなかったのに、俺って馬鹿だ。そんな声が、脳内を駆け巡っている。しかし、体は立ち上がれと言っている。胸に手を当て、深呼吸をしてから、奈々美の方に向き直る。

 「俺は本気だよ」

 「で、具体的な高校名は?」

 あっさりと、返された。さっきの自分の決心は何だったんだろう。そう思いながら、返答する。

奈々美が塾の模試の成績が悪かったことを話す

大和が、奈々美を励ます

奈々美が大和に自分の過去を思い出させる 

・小学3年生 大和たちが授業中に騒ぎ 奈々美が「勉強に集中できない」といってなきだしたこと

・緊張で文化祭の学級合唱のピアノ伴奏を辞退したこと

二人はそのことを話しながら変える。

途中で、浮浪者の男に襲われる

デートに向かう途中の 亜莉沙と春樹が自転車で男に突進

見事、倒し、 

大和は、亜莉沙に修学旅行後、ふられてから全く姿を見せない雅史の存在を聞くと、

別の高校に親の都合で転向したと聞く。

二人がお礼を言うと「気にするな」とだけ言って、颯爽と立ち去る

奈々美は、そのとき恋の素晴らしさを改めて感じる

二人が見えなくなると 奈々美と大和は歩き出すがどちらもしゃべらない

分かれ道まで来ると奈々美が顔を真っ赤にして「あの・・・、ずっとおもっていたんだけど」というが後が続かず、「ナンデモナイデス」とだけ言い走り去る

その姿を沈みゆく太陽が赤々と照らす




・公立高校の入試願書提出まであと一週間に迫った二月一四日、大和は奈々美ともに私立大谷高校の合格発表に向かった。四方を山に囲まれたひっそりとした空間に色とりどりの制服を着た人が、きっちりと並べられたホワイトボードが前に置かれた一本の桜の木を囲むように群がっている。木の後ろには、橙色に塗られた改装したての綺麗な三階建ての校舎が立っている。屋上には、太陽光パネルが、そして、校門の前にある小さな清流には小水力発電がある。豊かな自然の中の最高の環境で高校生活を楽しめるというのが、この大谷高校の特徴だ。だが、この高校にそのような環境を求めてくる生徒は、ごく少数だ。半数は、滋賀県立浜大津高校などの公立進学校の不合格者が占める。あとは、開校四年目という新しさに惹かれて来るものだけだ。試験の難易度は、県内一ともいわれるほど、それを目当てに県外の京都や大阪、遠くは和歌山や三重から受験に来るものもいるため受験者数は、近畿地方でも群を抜いてる。そのため、合格発表も県外と県内で時間分けがされている。

 しばらくすると、あたりは静まり返り、清流の流れる音だけが校門前の広場に聞こえてくる。ネクタイをしっかりと締めた二人の男性が、丸め込まれた長い長い一枚の紙を抱えてやってきた。一つの横に長い大きなボードに貼られた紙を見つめている。手に握りしめた、紙の数字とその大きな紙に書かれた数字が一致しているのを確認し、感極まって仲間に飛びつくもの、数字が見当たらず肩を落として、駅へと続く長い急な下り坂を降りていくもの様々だ。

 その人混みをかき分け大和と奈々美は、やっとの思いでボードの前にたどり着き、試験番号と照合する。数秒もせず、奈々美があったよと叫ぶ。大和も自分の合格を確認すると笑顔で奈々美とハイタッチをする。

 高校の入学に必要な重要書類を受け取り、二人は駅へと続く、急な坂を下っていく。

 校門を抜けたところで奈々美が、呟く。

 「私、絶対この学校行きたくないな。」

 「なんで、吹奏楽部が下手っぴやでか。それとも、立地条件?」

 「吹部が下手でもええけどさ、私は放送部でもいいと思ってるし。アカンだら、京都の吹奏楽団があるからそこでもいいし。なんぼでも選択肢なんてあるよ。」

 「じゃあなんで。」

 「わからへんの?この急な坂を見て。」

 ちらりと右側を歩く、奈々美の腰を見ると、両手が軽く太もものあたりに添えられていた。周りを確認しながら、小声で大和が尋ねる。

 「スカートのこと?」

 「当たり前でしょ。どっちみち、下に体操服のズボン履くから問題ないんだけどね、変な男とかにつけられたら怖いから。しかも、こんなところ夜遅くに帰るの嫌や。何人乗っても怖いわ。周りは、森と山、あと川しかないもん。電灯なんて今主流のLEDじゃなくてポンコツな古い蛍光灯しかないんやで。どうやって帰れっていうんだろ。」

 「だから、アレだけの環境を整えていても、定員割れすることがあるんでしょ。」

 「なんで、近江高島とか湖西線沿線に作らなかったんだろうね。」

 「それは、ここに作るのと一緒やろ。せめて、堅田とかで勘弁してくれって話になる。草津、栗東、守山、野洲、篠原とかだったら大丈夫だったんじゃないかな。」

 「でも、あそこは湖南守山高校の守備範囲でしょ。ただでさえ、制服とか吹部とかで任期が高くて、いつも倍率が五倍ぐらいになってるんだよ。」

 だったらなぜお前は受けようとしたんだと言いたかったが怖いので大和は口を噤む。

 大谷駅につくと、奈々美は嬉しそうに、発駅証明の切符を発行する機械を二回押して、大和にハイこれっと渡す。ありがとうと言いながら、大和は苦笑いをする。いつもなら、こんなこと絶対にないだろうと思いながら、もらった切符を胸ポケットに入れる。

 ホームの一番先まで来た時、奈々美が後ろを振り向き、ハイコレとバッグからピンクの箱を取り出す。

なにこれと驚く大和に、奈々美が飛びつく。

ちょうどその時、列車が急カーブを曲がってホームに入ってくる。

「一緒に湖北長浜高校に行こうよ」奈々美が笑顔で言う。

そうだねと大和は言いながら、奈々美の手を取り列車に乗り込んだ。


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