父との寿司屋の帰り

緑黄色野菜

本編

 ゆったりと夕焼け空が夜へと変わりゆく週末の時間帯のことだった。

 「今日はお母さんに内緒で寿司を食べよう」

 それが小学校から帰宅した直後の僕へ向けられた、父の第一声だった。意気揚々と鼻歌混じりでキーホルダーを回しながら車に向かう父の後を、僕は驚きと喜びを隠しきれないままついていった。

 しかし、到着した回転寿司店は大混雑をしていた。

 「……帰るか」

 父の諦めを悟った声に小さく頷き、帰路に着くことにした。しかし、その道中。

 「いや。やっぱり、今日は寿司を食べなければいけない日だ」

 急に真剣な声色で訳が分からないことを呟いた父は車を近所のスーパーマーケットへ走らせた。僕は車で待ってると答え、父の買い物を待つことにした。十分後、だらしないにやけ面をした父が幸せそうに寿司を持って店から出てくる姿が見えた。この日僕は、大人は寿司の前では子どもに戻ることを知った。

 家に帰ると、母がリビングで夕食の支度をしていた。

 「あれ?今日は仕事が長くなるって……」

 あまりにも動揺を隠せない父に自分もハラハラした。

 「そのつもりだったんだけどね。今日はみんなと一緒にご飯を食べたいなと思って早めに切り上げてきちゃった。あと、これ見て」

 見覚えがある買い物袋が出てきた。

 「じゃーん!お寿司を買ってきました!って、お父さんたちもお寿司買ってきたの?変な偶然ね」

 母がキッチンに向かっている隙をついて父が僕の袖を引っ張り、耳打ちをしてきた。

 「これをあげるから。今日のことは二人だけの秘密な」

 自分の皿を見ると玉子一貫が添えられていた。僕はこれは良い隠し事だと思い、代わりにわさび入りのマグロを父にあげることにした。

 「いいのか?お父さんの大好物じゃん。ありがとな」

 僕の頭を撫でる父の笑顔を見ると、自分も自然に笑顔になった。

 「何?二人でお寿司交換して。何か良いことあったの?」

 「うんうん、何でもない!」

 僕は大好きな玉子を口に放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

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