電脳世界
意識と自意識。事実と優しさ。時間の流れていくもの。自由の中の束縛。闇の中の光。
音、色彩、分析、あらゆるものが創り上げられた電脳世界。世界の中に一人たたずむ。もしもここから逃れられたらどこへ行こうかなんてことを夢想する。
黒い部屋の中。タイル張りの廊下。一つの電灯。この電脳世界の中のルールはいたってシンプル。ただ生存するだけ。
一人部屋の中佇みながら、頭の中で思考をめぐらす。
ふと思い浮かぶのが、これが過去の世界だということ。本当は知っている。今の世界が現実じゃないと。
だから俺は一人でここを抜け出す決意をした。
朝、目覚めるとテーブルの上に目玉焼きとごはんとみそ汁がおかれている。そう電脳世界にいるのは夢の中だ。相変わらず日常は変わらない。
夢の世界がやけにリアルになり始めたのは高校生の頃から、この時から何か目覚めた後に体に妙な疲れがあることに気付いた。
母親が俺のテーブルにポットから注がれたお茶を置く。俺は一息にそれを飲み干す。退屈な日常が始まる。大学へ行って帰ってくるだけの日々。
茶色のボストンバッグの中に教科書とノートを入れて、俺は家を飛び出す。朝の陽ざしがきらめく。空気が一瞬で心をつかみ、そして風と共に過ぎ去っていく。
蝋燭の火のように微かな恋心を抱えた昔の記憶が蘇る。哲学的な幻想に取りつかれて一人で部屋の中にいた時だ。俺はラジオを聞いていた。そのときに魅了された女の子の声だ。
どうしてそんな記憶が連関するのかわからない。ただ記憶とはつくづく奇妙なものだと思う。どうして僕には記憶が備わっているのか不思議でたまらない。
時間の中に空間の中に、俺は電脳世界で沈んでいった。そして今あるのが、こういう普通の日常だ。
大学の講義室の前で俺は一人端の方へ坐って講義を受けている。白髪の年を取った教授が何やら難しいことを難しく説明していた。
楽しいことなんてあまりない。しいて言えば本を読むことくらいか。本の中に幻影が揺れうごめく。電脳世界へ行ったせいで、俺はおそらく文字に魅了されてしまったのかもしれない。
つくづく奇妙な世界だ。俺は授業の間、妄想をしていた。ずっと右の前の方にいる女の子が気になって仕方がない。
彼女の長い髪が香水のように、甘い感情を湧き立てる。これをなんていったらいいのだろう。
廊下で俺は彼女のあとをつけていた。声をかけるチャンスをうかがう。だけれど、彼女は遠くに中のいい友達と一緒に歩いていってしまう。だから俺は彼女のことを追うのをあきらめて、遠くのレストランまで昼休みの時間を利用して行った。
心の中に湧き立つのは不思議な感情。揺れ動くのは電脳世界の記憶。記憶がすべてだとしたらそれも空虚だ。目の前に立っているウェイトレスの胸に俺の目が惹かれる。
ウェイトレスは俺の目の前にナイフとフォークを置き、注文を聞く。
メニューを開き、スパゲッティとサラダを注文した。
講義室に戻る。友達が俺に話しかけてくる。
「慶介?」
あたかもまるで知らないやつに話しかけてきたみたいだ。俺はいったいどうしてしまったんだろうと思いを巡らす。
「慶介だよな?」
もう一度友達の隼人は俺に聞き返す。
瞬間、俺は電脳世界へと飛ばされた。その意味もわからずに。そしてただ俺は暗闇の中を彷徨っていた。タイルの上に水が滴っている。ごうごうと何かのボイラー音がする。
慎重に先へと進んでいく。日常から急に切り離された夢の世界。いつ目覚めるのかという不安を抱えつつ、とにかくこの電脳世界から抜け出すしかないのだということは知っている。
時間が過ぎ去ると放課後、俺は夜の校舎にいた。時間が巻き戻る。それもこれも電脳世界のせいなのだろうか。自由が制限された世界において、人はそこから抜け出ようと努力する。そして最終的に何かが生まれる。
時間が巻き戻る感覚。あの日々が蘇る。
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