経営者の回帰


 朝六時に出荷。バンズは山梨から中央線沿いの高速で運ばれてくる。社員は三十人。全員学歴は高卒または無名大卒。


 フリータをやっている連中をSNSで選別した。


 資本金は一億。どこから出たのかは言うまでもない。


 代表取締役は俺。取締役にA君。


 某旧帝大卒業後、建設会社で総合職をやっていた。


 株式会社Pumkin BARGER


 給料は一人当たり三十万一律。

 

 もちろん五年契約。


 保険などはなし。


 売上、業績に応じて年間でボーナスを払う。


 逆算して月九百万。年間一億強。


 一日の利益を三十万出さないといけない。


 ハンバーガーを単価二百円で売る。


 原価百五十円。


 五十円の利益


 つまり一日六千個売らなきゃならない。


 十台車を出すので、一つ頭六百個売る。


 いろいろなところを回らせる。


 八時間労働。


 一時間に七十五個売らなきゃならない。


 五分で六個売ることになる。


 だからもうすでにバンズとソースと肉は出来上がっている。


 アイドルやなんかにコネがあるので、そちらの方にお願いをして、イベント会場や大学なんかを回る。


 売るのは昼の部と夜の部。


 十一時から十五時、十七時から二十一時。


 まぁメニューは俺が作る。


 いろいろとシンプルな材料でもレシピ通り工場で作らせる。


 製造職、販売職。


 五年の間に両方やらせる。


「今日は郊外の大学で販売だ!」


 元気そうな笑顔で、出勤してきた。


 会社から車を出して販売に向かわせる。


 東京以外では一切販売を行わない。


 今日は昼休みの繁華街を狙う。


 友達もみんなこの会社に入ってはやめていった。


 それぞれがこの会社で様々なことを学んでは出ていった。


 単純な作業であるのに、誰もが嬉しそうに働いていた。

 

 そして五年経たないうちに去っていく。


 それぞれ何か目的があるのだろうか。


 俺は知らない。


 相変わらず、俺は営業を行っていた。


 社員の面接も時々した。


 そうやって毎日が過ぎていく。


 その間に妻ができた。子供も生まれた。


 妻は家庭で主婦をやっていた。子供は幼稚園に通っていた。


 俺は毎日自宅から車を運転して、仕事場に向かい、あれこれ事務作業やら営業やらに没頭する。


 元来人を動かすのが苦手な僕は取締役のA君にいろいろお願いをしていた。


 A君もこれとは別に都内で数店舗店を経営していた。


 お金も十分に妻は毎日僕に料理を作ってくれた。


 子供を毎日のように寝かしつけて夜にセックスをした。


 そんな風にして春がきて夏がきて、家族で旅行をして、秋がきて、冬がきて、正月を越した。


 一度アメリカに留学もした。


 いろいろな経営手法を学びにいったのだった。


 様々な人が僕のことを知っていた。


 まだ僕がTwitterをやっていたころの話だった。


 静かな秋をペンシルバニア大学の近くのアパートで過ごしていた。


 妻はずっと日本にいた。


 あの頃の僕たちはすれ違うことが多くて、夫婦生活も単純ではなかった。


 彼女はすぐ感情的になるし、僕も些細なことでいらついて物を壊したりした。


 こうして離れた時に感じるのはただ郷愁だった。次に日本へ帰って妻に会うことだけが唯一の楽しみだった。


 今では子供を連れて両親の元へ帰る。


 両親は僕たちの家族を見て、目に涙を浮かべることが多かった。


 いろいろと抱えてきたものがあったのだ。


 会社の窓の外から自然の多い、でも人通りの多い、都心の景色を眺める。


 僕は相変わらず退屈な事務作業に没頭していた。


 こうしていると僕は夢中になって現実を忘れる。


 若い頃はそうしていることが唯一の逃避でもあり、そしてもっと若い時には苦痛に耐えながらだった。


 大学生の頃,某一流私立大学の経済学部に入学した僕はそこで文芸サークルに入った。

 

 ひたすら本を読んでは文章を書いていった。


 たまに仲間たちとテニスをした。


 経済学の理論も方程式もグラフも今ではわずかしか頭に残っていない。


 それでも単位は簡単に取ったし、友達もいたし、そこで現在の妻とも出会った。


 懐かしい日々だった。


 そのあと商社に入社した僕はそこで数年務めて、ためた金を株取引で増やして、その時はちょうど好景気で買えば買うほど儲かった。


 それで長時間働くことが馬鹿らしくなった僕は、仕事をやめて今の仕事を始めた。


 夏。家族と海にいる。


 もう若くない。


 家族の笑顔。


 僕は日が沈んでいくまで海と共にいた。


 海を眺めているとまだ小さかったころを思い出してしまう。


 過去はいつだって僕の中にあり、僕から離れることはない。


 悲しい過去もいつかは思い出に変わるのだろうか。


 沈んでいく夕日を見たいけれど、まだ太陽は眩しかった。


 午後の砂浜は少し落ち着いていた。


 僕はアサヒの缶ビールを飲みながら、静かに波を見ていた。


「お父さん!」


 長女が僕に微笑みかける。


 ふいに時間が巻き戻る。僕は未来の記憶を持ちながら創業したころの時間にいた。

 

 僕の肉体はまだ若く、狭いアパートの中で、彼女の妻とベッドの中で寝ていた。


 ふとTVをつけ、パソコンで音楽を聴く。


 TVもパソコンにある娯楽も全部人の作り出した妄想に過ぎないと僕は気付いてしまう。


「おい、起きろよ」

 

 僕は妻に問いかける。


「ん?」彼女は布団の中で笑っている。


 また僕はここから人生をやり直すことを知らない。


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