夢の中で会えるなら

「ひどい」

 夢の中で私は複数の男に犯された。静かにしているのは朝の布団の中。あまりにも朝日が眩しくて、それでいて気候が暖かくて、もう1月なのに、こんなにも暖かい。

 窓を開けると外から風が吹き込んでくる。一人暮らしのテラスハウス。小さな庭。白い柵に覆われている。布団からゆっくりと起き上がった私は目をこすりながら、洗面所へ向かう。

 昨日は大学の飲み会で飲みすぎた。用を足して出ると、顔を洗って歯を磨き、髪を梳かす。

 休日の日はいつもこんな感じ。彼氏の悠斗はいまどこにいるのだろう。旅行へ行くといってこの間から授業もバイトもさぼって、いなくなってしまった。

 一人で暮らすには少し広すぎたこの家に彼はよく泊まりにきた。布団の中で一緒に裸で笑いあいながら話をした。

「ここ触られるの好きなんだね」

 彼は笑って少し恥ずかしそうにそういう。

 私はどぎまぎしてうつむきがちに彼の目に視線を合わせた。

 そんな日常の中で急に彼がいなくなってしまってもう1週間が経つ。

「どこに悠斗君はいっちゃったんだろうね」

 テーブルの上に置いてあるぷーさんのぬいぐるみに話しかける。ぬいぐるみが私に話しかけているような気がして。


飛行機に乗って僕はその時、沖縄にいた。

彼女の由利は時折電話をかけてきた。短い着信音がしてぷつりと切れた。僕は相変わらず電話に出ないで、街を歩いてはたまに電車にのって、北は北海道まで新幹線で行ったが、そこから一気に飛行機に乗った。

那覇空港はとても広い。キャリーバッグを持った外国人の姿もあった。僕は一人黒いボストンバッグを肩に背負い、空港の中を歩いていた。

午前8時。今日が何日なのかスマホを見ればすぐにわかるが、今はまだ思い出せない。

もう一度由利から電話がかかってくることを期待している。空港のガラス窓の外にはタクシーだったり、海だったり、木だったりいろいろなものが見えた。

ぼんやりとした意識のまま僕は空港を後にする。夜に北海道を出たせいで、あまり寝ていない。

頭の中が興奮でやけにさえわたっていた。

この旅行で僕は死ぬつもりだった。役目を果たした僕などなんの意味がある。由利とのセックスで十分僕は満足していた。


街の景色は高校の頃にここへ来たときとはずいぶん変わっていた。タクシーを運転しているのは若い女性だった。

なんだか奇妙な光景。沖縄の空は青く、気候は温暖だ。北海道の真冬の積雪とはうって変わっていた。

死ぬ前に日本各地を回ってみるつもりだった。

本当は海外にいくつもりだったのだが、あまり手持ちのお金もない。家賃やら生活費やら学費やらで、大部分の金は使ってしまう。

数十万で旅行できるのなんてせいぜい二週間くらいだろう。一週間が経ったがどうやら多くの金を使ってしまっていた。

白人の観光客の姿が見える。黒いサングラスをこの時期にしていた。まるで春のように温暖だ。

スマートフォンで由利からの着信を眺めるが、今頃由利は何をしているのだろうか。

由利との甘いセックスを妄想する。ぼんやりと僕はタクシーの運転手の女性を気にする。

彼女は確実に僕のことを知っていた。

どこへ行ってもそうだった。


那覇から僕はタクシーに乗って、どんどん田舎へと向かっていた。

疲労が蓄積していた。

運転手の女性が思いのほか可愛くて目が行く。

目の前に死があれば、なんでもできる。

いますぐ彼女を強姦したってかまわないはずだ。

「すみません」

僕は運転手の彼女に声をかける。

「何ですか?」

彼女は前を見たまま僕にそういう。

ふいに由利のことを思いだした。二人で喧嘩をしていた日々を。

僕たちはとても似ていたのだった。

僕は彼女の仕草なんかをよく思い出した。

死ぬ前に最後にセックスがしたい。

僕はそう思いながら、彼女の方を眺めていた。

他愛の会話が始まった。

那覇から恩納村のホテルまで向かっていた。ずっと海沿いの広い道路を走っていた。

午前中の陽ざしがとても眩しい。

それでどこか懐かしい。

「ねぇ」ふいに僕は言う。

「何?」彼女はそう返事をした。

「今夜僕のホテルに……」

「いいよ」

予想外に彼女は僕にそう返事をした。

恩納村のホテルへ着くと、僕はチェックインして、彼女はタクシーを駐車場に停めた。

その後、僕の部屋にやってきた。

一泊二万円の高めのホテルだった。

「シャワー浴びてくる」

「うん」

僕がシャワーを浴びていると彼女が裸で入ってきた。

ふいにキスをする。

甘くて切ないキスだった。

お互いの体を触れ合う。

温もり、人の肌の感覚がした。

鮮明に蘇るのは今まで抱いてきた女の子たちの顔だった。

「どうして僕は生まれてきたのだろう」

「さぁ」彼女はそう言って笑った。

お湯のしたたるシャワーの頭。

湯船の中で僕たちは抱きしめあっていた。

「好きだよ」

僕がそう言うと、彼女は目に涙を浮かべていた。

「ずっと会いたかった」彼女はそう言った。

なんとなく知っていた。

構造主義的な考えを僕はまだ持っていた。

でも僕たちはどこかへ向かっていくのだろう。

彼女もいるのに、こんなことをしている僕。

全てを忘れて、風呂から出ると、僕らはセックスを始めた。

コンドームもなかった。

射精する時、僕は彼女の中に出してしまった。

それから一度毛布の中でじゃれあった後、もう一度僕たちはシャワーを浴びにいった。

そして風呂場の中でセックスをした。

彼女の髪をなでながら、頬を触っていた。

彼女は僕のことを鋭い目で見ていた。

「死ぬのやめる」

「は?」

彼女は僕のことを何かわかったように見てた。


そして彼女はふいに後ろを向く。

僕は視界が狭く、混濁していくのを感じた。

夢の中にいたのはタクシーの運転手の彼女だった。

僕はさっきと同じようにホテルに向かう。ふと彼女が車をホテルに停めて、振り向くと顔が由利だった。

「え?」

「なんで浮気したの?」

「いや、死ぬつもりだったから」

「は?」

「もういいやって」

 タクシーから降りて僕は由利にぶたれた。僕は泣いていた。ずっと誰かにこうしてほしかった。

「正直どうしたらいいかわからないし、誰が好きなのかもわからない」

 僕はようやく本音を漏らすと、視界が開けるのを感じた。

 ホテルも何もない真っ白な空間だった。空間の中に光が差し込む。そして笑顔の人々の姿があった。

「もう苦しまなくてもいいの」

 空から声が聞こえた。

「誰?」僕は空に向かっていった。

「私」

 目の前に現れたのは美しい彼女の姿だった。

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