吐きちぎられた町

 五日後の朝の事だ。

 その時。俺はイツキと一緒に洗濯物をたたんでいた。二人きりの生活には慣れていなかったが、少しずつお互いの共有できるスペースというものが分かり、五樹からは結婚して五年は経っているよね、と言われるほどは仲良くしている。…不本意だが…。

 そして二人で生活すると、お互いの役割がだんだんと決まっていくようだ。イツキは、歩けるは歩けるが、それでも病人でありもう少し回復が必要である。そうは言うのも、彼女は何か手伝っていないと自分の気が済まないらしい。なのでリハビリという名目を使われ、洗い物や洗濯物のたたみ方など、比較的出来るような作業を手伝ってもらっている。

 居候をさせてもらっている身としては恐縮なことであるが、それを彼女は楽しそうに手伝ってくれているのだ。

 本当にいい子である。


 昨日の事である。

 彼女が風呂に入っている時、五樹がこの家を訪ねてきた。その時。エプロン姿の俺を見ての発言が、「なんか、結婚して五年は経っているよね?」なのだが…


 「生活力が高いもの同士が生活しているんだ。はたからはそう見えるだろうな。」


 という解釈をし、五樹に当たり前だろと言う。


 「いくら生活力があったとしてもさ。相性が悪ければギスギスするだけじゃん?でもそんなものは一切感じないんだよね。」

 「相性がいいと?」

 「これで付き合っていないなんてすごいよね?というか結婚してないっていうのがすごい。」

 「子供に手を出したら捕まるんだが?」

 「大丈夫。そんな疚しさとかは一切感じないから。ほら。太っている中年のおじさんがさ、子供と一緒にいると疚しさはあるけど、あけp的にはそれはないから。」

 「何言ってんのかわからん。」

 「お似合いってこと。」

 「そいつは光栄なことで。」

 「ほんと…うらやましいよ。」


 ボソッとして聞こえない。


 「何か言ったか?」

 「何でもない。それより、村長の所から食材を持ってきたから、これで何か作ってくれる?」

 「お前もここに住む気か?」

 「そんなわけないよ。ただ、ここの住人に餌付けされただけさ。」

 「犬か。」

 「わんわん。」


 高校生が吠えたってエサは出ない…が。まあいいだろう。食材もそろそろ切れるところだしな。


 「イツキの食材が切れるころだろ。と村長に言われてね…はいこれ。お米沢山。よかったねお母さん。」

 そう言って玄関に置いていたものを、机の上に置く。まあ、それは別にいい。しかし…だ。

 「その単語を言うものは弟でも容赦しないんだ。ごめんな?」

 ニタニタと五樹に近づき、そして…


 その無防備な腕を後ろに回す。そしてどんどん上に上に…痛いか?


 「痛い痛い!やめてくれ!わかった謝るから!」

 「嘘かほんとか分からない。なので俺はやめることができない。OK?」

 「OK!じゃない!!痛いからやめてくれ!」

 「お前は先ほどからやめてくれ。痛いしか言っていない。そんな奴を俺が信じられるかと言ったら答えはわかるだろ?」

 「じゃあ僕はこの愛しい腕とおさらばしなきゃいけないのかい?失言如きでおさらばは嫌だよ!」

 「よく言われるだろ?恨むなら無力な自分を怨めと!」

 「何でも言う事を聞くから!放して!」

 

 そうだな…


 「じゃあ…教えてくれるか?」

 「何をだい?」


 とぼけやがって


 「…何でもない。それより買い物に行きたいんだが?力持ちを一人拝借したい。出来れば、俺の知り合いでな?」

 「遠まわしにもなっていないよ。了解。」

 「早く準備しろ。」

 

 今回の報酬も含んでいるらしいそれは、二人で食べるには足りすぎる量である。そして、偏った食事は健康的だはなく、米だけの食事はだめではないが現実的ではない。

 こんな時のための物々交換であるだろう。そしてこれは、俺にとって米であり貨幣なのだ。

 そして俺らは買い物に行った。


 これが昨日だ。


 そして今日。

 洗濯物をたたみながら、俺たちは談笑に耽っていた。夫婦ではなく、兄弟のような感じではあると思う。出会って十日ぐらいではあるが…だ。


 「文化部…といっても、活動自体は文化的ではない。趣味の延長戦みたいな奴だからな。」

 「部活動…。そんなものも…あるんですね…?うらやましい…です。」

 「やらされているだけだがな?」

 「楽しそうで…いいですね。」

 「騒がしいだけだよ。」

 「私も…。いえ…。…何でもないです。」


 二人でやるのは効率がいいらしい。それでなくとも、洗濯物の量は子供二人分。すぐに終わり、あとは自分の部屋に持っていくだけである。


 「今日は歩けそうか?畑の手入れはしとくが…。」

 「歩く…だけならば…大丈夫です…。私も…行きます…よ。」

 「手伝えるのか?」

 「ええ。私の仕事ですから。それぐらいはできますよ。」


 右足は少しばかり痙攣しているが、それでも曲げれるらしい。

 ゆっくりと立とうとし、ふらつく。なので片手を支えて立つのを手伝うと、ありがとうとお礼を言われた。

 

 その時だ。


 地鳴り。

 揺れが襲う。木材の家屋を容赦なく揺らし体が地面から離れそうになった。

 イツキもふらつき、転びそうになる。それを何とか阻止しようと、五樹の手を引っ張り、机の下に無理やり入れる。


 「なっ…。なんですか…!」

 「地震か!」


 グラグラと揺れ、食器や道具などが散乱する。机から状況を確認しようと五樹が顔を出そうとするので、それを慌てて止める。


 「顔を出すな!危ない!」

 「すいません…!」


 揺れはまだ続き、なかなかに収まらない。その間にも訪朝など刃物類や、重い本が落ちていく。揺れは五分ほど続いた。

 外からは戸惑いの声。子供の鳴き声。さまざまな声が聞こえる。

 揺れが収まった時だ。




 「何だこのゆ…うわっ!」

 「キャー!助け」

 「逃げろ!早く死にたいのか!」

 

 家の外からは悲鳴や怒号が聞こえる。祭りの時の賑やかな音ではない。日常的な談笑を壊したそれは、そしてこの町の日常的ではない足音もだ。誰かが、いや何かが集団で走っている音がする。

 悲鳴や怒号も、三十分ほどで終わった。

 それが通りざかり、玄関からはドアが開けられる音が…。

 

 「イツキ。頭下げてろ!」

 

 静かに。しかし、重々しく言う。

 右手に出現させた拳銃を玄関の方に向ける。玄関にいた人の気配はどんどん俺に、俺達に近づいてくる。

 悲鳴は徐々にではあるが聞こえなくなっていった。

 別な方角に逃げていったのか分からないが、それよりもこちらだ。玄関の人の気配はまだ消えていない。幸いにも揺れは収まっている。


 「だいじょぶか!イツキ!凜君!」

 「だいじょぶです。机の下にいます!」


 どうやら普通の人のようだ。

 安心してテーブルから出て、その人のもとに駆け付ける。その声の主は、五樹を直してくれたニ―アさんだった。


 「急に揺れが来たと思ったら。そんな事より早く逃げて!山賊たちが町にあらわれたんだ!」

 「山賊が?」

 「どう…やって…!」

 「分かんない。でも突然現れて…早く逃げたほうがいい!イツキ。歩ける?」

 「私は…歩けます…」

 「そう…よかった!凜君手伝ってくれる?」

 「分かりました。」

 「裏口から出ましょ?表は危険だわ。」


 荷物は…そんなことを考えている場合ではないか。だがしかし。忘れ物はしたくない。


 「手荷物を持ってきていいですか?」

 「いいけど早くして。ここにも来るかもしれない。」


 許可をもらい。自室に向かう。

 幸いにも、机が倒れているぐらいで被害はほとんどなかった。自分のカバンと掛けてある制服を取り、制服をカバンに入れる。

 そして、カバンを背負いイツキたちの所に向かった。



 「入ってきませんでした?」

 「大丈夫よ。それよりも早く移動しましょう。」

 「分かりました。しかし…どこへ?」

 「町長の所。そこならば五樹君と会えるし、あそこなら立て込める。」

 「黒の国はだめですか?」


 幸いにして、俺たちは全員黒髪。それに町長から通行証をもらえば大丈夫ではないか?

 それに町長もイツキの話では、俺と同じ山賊を殺せる…らしい。ならば町長に全員殺せてもらえば…


 「町長ならば、事態を解決できるのでは?」

 「何で?」

 

 イツキの顔。

 まるでそれを言ってはいけないという顔。

 その時。俺は失言だという事を知った。

 

 「冗談です。万能と皆さんおっしゃっていたので、だからそんなこともできるかな…と。」

 「無理よ。いくらあの人がすごくても。ここまで来られたら…」


 ここでは問わないでおくか。

 

 「では行きましょう。二人は私の後についてきて!」


 裏口は風呂のすぐ横。

 その目の前には少しばかりの庭がある。一人で生活できるレベルの野菜を栽培しているそこは、収穫されたばかりで残りの野菜も収穫されるのを待つだけだった。それもこの騒動で、意味の無いものになってしまった。

 人の声は聞こえない。

 あの足音も聞こえなくなった。

 賑やかさが消えた。無人とも思える町は少しばかりの不気味さで包まれている。この前のサバゲ―から今度はホラゲーである。

 角にニーナさんが顔を出す。

 そして、その顔は二度と見れない事になった。


 飲み込まれた。


 表現としてはこれが正しい。頭を…飲み込み…そして引きちぎった。

 鯨の潮吹きのように。

 その表現が正しい。噴出した血液は前にいたイツキを汚す。そして俺にも少しかかった。生暖かい。そして、ドス黒さと鮮血がはっきりしたものは、彩りよく俺たちを染めた。


 「イツキ!」

 

 逃げろと言おうとした。

 しかし言葉は…突如右手に現れたそれで消える。

 赤い…ナイフ。


 「大丈夫…です。」


 イツキが言った言葉はそれだけだった。

 夢中でニーナさんの頭を食べた癖に、満足していなさそうなそいつは、ニーナさんの腹を噛み、引きちぎり、腸を食べている。

 そいつに、足をどうにかして歩き近づき、五樹は…背中にナイフを刺した。

 

 「おえっ」

 

 山賊が奇妙な音を出す。

 そして、流れ出したのは液体。刺した瞬間。そいつが勢いよく吹き出し、地面を、五樹をまた汚す。

 それでもイツキはそのナイフを引こうとしない。それどころか…奥へ…奥へと…徐々に刺さっていく。山賊は…動かなくなった。

 血しぶきのように続いている。

 それに染められながら、五樹はフラフラになりながらも立ち上がる。そしてこちらを向き…。


 「もう…。邪魔者…には…なりたく…ありません…。」


 塗りたぐられたそれを気にせず、俺の方を向き…笑う。

 俺は、彼女をどう見ていた。

 イツキは優しい少女だ。しかしこの光景は、少しの時間でも普段のイツキを見ていた俺にとっては、非現実的である。


 「イツキ。それはどうしたんだ?」

 「たぶん…。凜さんと…同じ…もの…です。あっ!」


 ひざが落ちた。

 慌ててイツキを抱きとめる。

 その時。イツキの服を濡らしていた液体が俺の服に着いた。汚れっちまったな。俺の体操着。ごめんよ?

 付いたものは洗えばいいとは思うが、何気に臭いがきつい。この匂いを落とすのに、どうしなければならないか。洗剤を使わなければならない。しかし、ここでの生活で分かったことが一つだけある。

 ここの石鹸は、性能が悪い。

 なので、目立った汚れなどが落ちにくい。そして臭いも…

 という洗剤の話ではない。

 

 「イツキ…大丈夫か?」

 「はい…」

 「やっぱり五年は経っているよ。お熱いお熱い。」


 後方から知り合いに似た声。後ろを売り向くと、民族衣装姿のイツキがそこにた。

 

 「五樹!町長の所にいるんじゃなかったのか!!」

 「あけpを心配してきてみたんだよ。そしたら熱々でさ!」

 「これはイレギュラーだ。」

 「知っているよ。ずっと見ていたもん。」

 「…どこからだ。」

 「後ろから。」

 「違う!」


 思わず声を荒げる。


 「…怒鳴らないでくれよ。僕が見ていたのは彼女が刺した後からさ。」

 「そうか…すまない。」

 「あの…私は…。」

 「でもあの後の光景は夫婦だと思ったよ!いやぁ。犬も食わないんじゃなくて食えないんだね!」

 

 「不謹慎だぞ!」

 「災害に…不謹慎などないさ。それよりも早く準備して。早くここを出るよ。」

 「黒の国に行くのか?」

 「それも難しそう。ちょっとこっちに来て?」


 後ろを振り向き、早歩きで町の高台へ向かう。そのあとを、足が不安定なイツキの支えになりながらもついていった。



 「大体の山賊たちはいなくなったから大丈夫。あとは…見てもらった方がいいよ。」

 「なぜこんなことに…」

 「時間がかかりすぎた。だから早くしろと…いや。これが狙いか。🉀とめんどくさい。」

 「何の話だ。」

 「こっちの話。」

 

 高台にある坂道を歩く。

 そこにあったのは、死体死体死体。

 山賊と村人の死体で埋め尽くされており足場を見つけることに苦労をする。

 

 「あけpを巻き込みたくなかったから時間がかかったよ。そのうちにみんな死んじゃった。」

 「どんな光景だよ。こいつは。」

 「あけp。慣れているっていう顔だよ?」

 「まあ。いろいろあったからな。」


 グロイという気持ちよりもどこにどう足を動かすのか考える。これも慣れか。

上り終えると、やっと地面にたどり着く。


 「ここまで来たぞ?それで何を見せたいんだ?」

 「あそこ。黒の国があるところなんだけど、そこを見て。」


 視力は悪い方ではない。

 昔から1.0をキープしているので、黒の国がどこにあるのか多分見えるだろう。よく目を凝らして、そこを注意深く見る。見えた…しかし…


 「なんか。やばくないか?」


 黒の国からは、どす黒い煙が上がっていた。

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