灰色の町

 「今日もパンドラ様とイチャイチャしていたの?」


 食事を作りながら彼がこんなことを言う。イチャイチャではない修行だという私の抗議は彼には届かないのは承知している。


 「うるさい。私の勝手だ。」


 本当にこいつにはなれない。なぜこいつと一緒に住んでいるのか…今でも分からない。


 「ほんと、君とパンドラ様のイチャイチャぶりには砂糖菓子も負けるね。巷では有名だよ。まあ主にメイが言っていることなんだけどね。」


 殺す!


 「あいつ一回黙らせていいか?」

 「物理的にはだめだよ?」

 「…もういい。」


 食事はいらない。もう寝る。話なんて聞きたくない。

 

 「拗ねないで聞いて。何で焦っているのか僕は聞きたい。君は十二分に強いはずだ。少なくとも僕以上は…」


 ほんとに!


 「弱いやつは黙っていろ!」


 そう言って扉を強く締める。

 ただ

 それだけだった。






 頭が痛い。

 しかし不思議と体に高揚感と達成感がある。俺何かしたっけ?

 確か追いかけっこしてたんだ。ものすごく早いやつで、捕まると思ったら消えてて、というか…五樹は!

 勢いよくベットから起きようとし、体がついてこれない現実を分からなかった俺は、勢いよく腰を痛めた。


 「痛って!」


 喉の調子はいいのか声だけはよく出る。

 俺が今いるところは家の中。

 室内は清楚で、簡潔で。まったく普通の寝室のようなものだった。木材を使っているのであろう。木の香りが部屋中に漂っている。そして電球が一つ。

 なぜここにいるか。それだけはよくわかっている。町の外で倒れたのだから、誰かが介抱してくれたというのが正しい。介抱したという事は、俺を食料または攻撃する対象とみていない。つまり友好的な種族に助けられたという事が分かる。

 しかしこう考えてみると不思議の連続である。そして楽しい。五樹が心配だが、あいつなら大丈夫だと思う…さて。

 これからどうするかだな。

 五樹を探すのが先決。しかしこの村にいる可能性も否定できない。もしいた場合は…

 それにしても腹が減った。

 村に着き、どれくらいの時間がたったのかわからないが、少なくとも半日は経っていると思う。所持品は?…ベットの隣の机の上だ。よく見ると一つしかない。俺のだけだ。五樹もここにいるのか?先ほどの可能性も出てきたな。いや、鞄の中の刃物類で取り上げられた可能性もある。

 スマホは無事か?とも思ったが、きちんと体操着の中に感触がある。疑問は全てではないが、まあこれぐらいにしとこう。

 ポケットからスマホを取り出し、時刻を確認する。

 午前9時。

 日付は三日経っている。頭が痛い理由も解決した。

 まあ、とにかく行動しなければならない。が、しかしだ。まだ体中が痛く、こんな時に文化部だったことを自分で責めたくなる。

 少しでも動けるように、腕をゆっくり動かしたり体を捻ったりしているが、それでも痛い。腕の傷は、包帯ではない何か植物のようなもので撒きなおされている。これも町の人がしてくれたのだろうか。

 ある程度なれ、腕のストレッチができるぐらいになった時だ。

 コンコン

 ノックが聞こえる。

 入口らしい扉からだ。


 「大丈夫…ですか?」


 そう言って少女が入ってくる

 ここで俺は、五樹の無事を確信した。だって…

 その少女は

 俺たちが救った少女だった。







 「これ…お水…です。…どうぞ。」

 「ありがとう。」


 妙によそよそしいその少女から水を受け取り一気にあおる。子供というか、中学生を背負って逃げてきたんだからアイツすごいな。という関心が俺の中で起こる。というかアイツはどうした?


 「君と一緒だった男の人は?」

 「五樹…さん…なら…町長の…所です。」

 「ありがとう。名前は?」

 「私の…名前は…イツキ。」

 

 イツキが五樹に助けられるとは。よく見ると五樹に似てはいるが…まあいい。


 「ありがとうイツキ。助けてくれて。おかげで死ななくてすんだよ。」

 「いえ…こちらこそ。ホウタイ…ありがとうございます。五樹さん…から…聞きました。」

 「じゃあおあいこだな。」

 「ええ…。そう…ですね。」


 そう言って微笑みを見せた。そのほほえみには…少しの寂しさが、なぜだか感じられた。なぜだか…

 彼女は、部屋から出ていこうとドアノブを握りしめ、しばらく何かを考えるような、ためらうような素振りを見せ、突如振り向いた。


 「あの…凛さん。一つだけ言わせてください。」

 「何だ?」

 「ごめんなさい。」

 

 そういって扉を閉める。…俺、何かしたか?いや。何かされたか?

 疑問は尽きないがそれよりもだ。

 この動かない体をどうにか動かせるようにしなければ。このまま介護状態にもいかないしな。

 

 頭の痛さが引いて、多少なりとも筋肉痛らしきものが引いた正午。イツキがおかゆのようなものを持って俺が借りている寝室を訪れた。

 一人で食べれないのであれば、食べさせてやるといったご厚意もあったが、あいにく右手は使えるようになったと丁重に断り、お気遣いを感謝した。

 具材の中にカニのようなものがあり、ここらへんでカニがとれるのかと聞くと、カニ…とは何ですか?と問われた。ここでの言い方は違うのかと思案し、手をチョキの形に二本ともそろえこのような動物だというと、コウミンですかと言われる。中国の薬か何かかと全力で突っ込みたかったが、ここの言語に突っ込んでもしょうがないだろと自分を抑える。

 また、そのコウミンというものを使っているのかと聞くと、いいえ…使っていません。あれは…泥臭くて…使えないんです。と返され、俺は何を食わされているんだと恐怖する。しっぽが長いやつですといわれ、まさかとは思うが、サソリのようなもの?と聞いたら、そうですサソリを使っています。と、サソリは共通語だと認識できた。そのサソリというものは、こんな大きさの物かいと聞くと、成長したら…もっと…これくらい…大きくなりますよ。と返された。一メートル以上は確定と。恐ろしいな。というか見たことが…あるような気もしないが…


 「それで…凜さんは…大丈夫…だったんですか。」

 

 この大丈夫とは何のことなのか。

 けがの具合ならば、多少は大丈夫だと返せるが…ほかのことに思える。


 「この怪我の事か?」

 「いえ…。森で…何かと…会いませんでしたか?」

 

 十中八九ではないが、あの食人鬼のことだろう。この町でも危険な種族とされているのか?


 「人食べてた人?」

 「そう…です!」


 なんか、俺の顔に勢いよく迫ってきた。怖い。

 

 「大丈夫…だったんですか!?」


 言葉は変わらないが、迫力はすごい。ぐいぐい来る。


 「大丈夫だったよ?だから生きているんだが?」

 「山賊に…追われて…生きている?」


 なぜ…そのようなことを言いたそうに一人でぶつぶつ言っていたが、この俺の言葉で驚きに代わった。


 「まあ、頭撃ったら死んじゃったからな。」

 「…っ!!」


 そんなに驚くことか?

 こう思ったが、五樹は絞り出すようにこういう。

 

 「あいつらは…殺せないはずです。」

 「そうなのか?」


 不死身を殺す男。誕生…と言いたいが、ただの偶然だろう。この町の誰もが殺せなかったとかではなく、殺したが他の奴に食われたとかそういう奴だろ?

 残念ながら俺は特別ではない。

 殺せたのも、あの拳銃のおかげだ。俺の実力ではない。


 「偶然て怖いな。」

 「ほんとに…そうですか?」

 「ああ…偶然だ。」

 

 そう。偶然偶然。

 俺は特別ではないのだから。

 

 その日、五樹と会うことはできなかった。






 二日後の朝食は、またおかゆだった。

 理由を聞くと、五樹が吹き込んだらしい。俺はおかゆしか食わない…と。まったく妙なことを吹き込んでくれたものだ。おかゆ以外も食えるものはあるんだ。それなのになぜおかゆだけなのか…嫌がらせだろうがな。腹を満たすのが人の幸せではないだろ。食事をしたことによる幸福感こそが人が生きる意味だろ!

 文句を言っても仕方ない。出されたものはありがたく食べなければならないのが男であり、それが人情である。

 体の調子は昨日よりぐっと良くなった。右手もほとんど気にしないほどよくなったし、全身もよく動く。

 筋肉痛はほぼ治った。頭もいたくない。

 ベッドを抜け出し、少しストレッチ。

 両手両足、そして背骨。首を振る運動も忘れずに。

 全く…筋肉痛になったのはマラソン大会ぐらいだよ。痛い痛い。おかげでいい筋肉がついたとか、そんなポジティブな考えができるなら運動部にいるが、そんな考えにはいたらないので安心してもらいたい。俺は文化部だ。


 そうだ。

 着替えと思ったけど、きちんと制服が洗って干してある。

 シャツに腕を通しボタンをかける。ズボンをはき、ネクタイを締め、上着を着ると、高校生の完成だ。

 スマホの充電を確かめると、残り52%。

 …頑張ろう。何がとは言わないが…


 しかし、早く帰らないと学校関係がめんどくさいな。

 何にせよ、落ち着いて考えようか。時間はないけど…さすがに体操着とかここに置けないよな…脱いだ奴どうしよう…


 コンコン


 「失礼…します。」

 「イツキありがとう。おかげで元気になったよ。」

 「いえ…それならば…いいんです。ところで…五樹さんに…お会いしなくても…いいんですか…」

 「今日会うつもりだ。あいつには借りがあるからな。」

 「喧嘩は…だめです…よ?」

 「喧嘩はしないさ。」


 トイレやお風呂なので、この家の構造は把握しているが、やはりイツキは一人で住んでいるようだ。寝室はここと別な部屋。イツキの寝室しかなく、しかもここは普段使っていない、客室のようなものらしい。小さいというわけではないが、まだ一人の少女だ。こんな家で一人で寂しいのか。たまに俺の部屋に着て、俺が、俺たちがどこから来たのか聞いてくる。そして、この世界のことも話してくれるのだ。そして話を興味津々に聞いたり、夢中で話してくれる。何か妹とは違うかわいさがあるのだ。養いたい。

 そして、彼女は一人で炊事選択をすべてこなしている。うちの双子ちゃんにも習っていただきたい。

 服はポイするものではない、ちゃんと洗濯機に入れるものなのだ。料理はやったらそのままではない。作ったら骨も野菜の芯も捨てるものなのだ。確かに、まだ小学生かもしれない。しかし…だ。小学生だろうが中学生だろうが出来る事はしなければならないのではないか。そう切実に叫びたい。

 話がそれた。

 イツキの家を俺は出たことがないので、町の様子は分からない。

 いわば初めての街探索なのだ。

 どのような街なのか少し楽しさを覚え、初めての町に胸が高揚する。どんな街なのか、どれくらい人がいるのか。俺は倒れてしまい、外見はあまり覚えてはいないが、少なくとも寂れてはいなかった。期待はしていい。


 扉を開けると、最初に対応のまぶしさが目を突き刺す。

 おはよう太陽。

 俺はお前の下に戻ってきた!!


 町は、やはり木製の家々が中心となって構成されていた。

 しかし、しかしだ。

 その家々は統一感もない、様々な色で町を鮮やかにしていた。ある家は淡いピンク、ある家は紫。さまざまな色、様々な個性。家々にはそれがあった。これが俺の町ではどうだろう。個性はない。すべてが並列化しているのにもかかわらずに、そこに面白みがない。しかしここはどうだ…すべてに個性がある。


 「おお!」


 思わず声が出る。

 個性的な世界だ。ここは俺たちの世界ではない全くの新しい世界だ。


 「珍しい…ですか?」

 「ああ、とても…」


 俺たちとは違う文化。

 商店街のようなところには様々な商品が並び、人々は物々交換でそれを得、そして、そこに信頼関係と日常的な楽しさを作る。すべてに笑顔があった。

 白と黒の髪の人間が、互いを思いやっている。


 売っている物も様々である。

 肉屋らしきところでは、先ほどのサソリがそのまま売っていたり、トカゲや、コウモリなども普通に売っていた。

 八百屋のようなところでは、様々な草花が束ねられ、いろいろなキノコ類もたくさん置いてある。

 そして何より、武器屋なるものまである。

 飾られているのは剣や斧。槍など…盾や鎧まである。RPGの世界に入ったような感覚だ。

 しかしそんな装備を着けている人は見たことがない。そこで、主人に聞いたところ、国に仕えたころの趣味のようなものだそうだ。売っているが、買う人はあまりいないという。趣味の範囲ではないが…

 標高が高いせいか、風が比較的強いが商品が飛ぶ気配はない。理由を聞くと…なんと魔法らしい。

 最初は少し疑ったが、目の前で炎や電気を見せられたら信じるしかないだろう。魔法は、ここでは存在する。


 「それにしても不思議な物ばかりだな。ここは。」

 「そんなに…不思議…でも…ない…ですよ?」


 メモ帳代わりのノートで手に入れた、アイスのようなものを二人で舐めながら、目的地である町長宅を目指す。ロクなことが書いてなくてよかった。


 「それにしても、町長とはどういう人なんだ?」

 「優しくて…強い…人です。」

 「そうか。慕われているんだね。」

 「あの人は…特別…です…から。」


 「ここです。」

 

 そこは、屋敷のようなところであった。


 



 

 



 

 





 






 








 







 

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