第45話 ドッペルゲンガー②
「どうやって」
倒せると言った俺に、リカが尋ねた。
「MP回復のタイミングがわかっただろ。今リカがMPを減らしておけば、それが回復するころにまたやってくるよ。別にリカのMPを減らさなくても、大体十二分くらいだったな」
「ありがとう」
攻略法を述べた俺に、リカはしおらしくお礼を言った。
「次はブリザードの方がいいだろうな」
「そうね。わかってるわ」
これで次は倒せるだろう。
今度は敵とは戦わずに時間を待った。ここで敵と戦ってHPが減ってしまった場合、危険が増すだけだ。ひたすら待っていたが、ドッペルゲンガーは襲ってこない。たぶん敵と戦っていなければ襲ってこないつもりなのだろう。
きっと今頃、地面に潜って俺たちをつけ狙っているはずだ。
仕方なく俺たちは敵を見つけ出して戦い始めた。そしたら案の定、リカに変身したドッペルゲンガーが姿を現す。姿を現すと同時に俺に向かって手裏剣を投げてきたらしい。
らしいというのは、またしてもクレアに目隠しをされて、俺は全ての手裏剣を体で受けることになったからだ。
素早くリカが駆け寄って、モーレットに変わり、アイリに変わる。そしてブリザードが放たれた音がした。
後はアイリがワンコンで倒しただろうと思っていたら、俺の目隠しをしていたクレアの手が離れた。その直後、視界の中にあった影の中からリカのドッペルゲンガーが飛び出してきた。
俺は忍者刀による攻撃を、持っていた魔剣で防いだ。
どうやら、移動阻害を食らったドッペルゲンガーは地面に潜り込んでアイリの魔法のターゲットから身を隠したらしい。そしてなぜか俺に狙いを定めて襲い掛かってきたのだ。
いきなりのことで俺がどうしたものかと考えているうちに、アイリの魔法が飛んできてドッペルゲンガーは地面に倒れて光の粒子に変わった。
変に攻撃して変わり身の術などを発動させなくてよかった。結果的にはアイリに任せて何もしないのが正解だったようだ。
「見たわね」
「ああ、意外といい体してんだな」
「そう。でも、あれは私じゃないから」
「そうだな」
「でも忘れて」
「ああ」
どうやって心の整理をつけてるのか知らないが、リカはそれだけ言うと普段と変わりない態度に戻った。からかったところでなにもないだろう。
「お前は俺に恨みでもあるのかよ」
「なんのこと」
「お前の俺に対する攻撃が、やけに執拗だっただろ」
「私じゃない。ドッペルゲンガー」
「それはわかってるけど、なにか恨まれてるような気がしたんだよな」
「気のせい」
「お前の手裏剣って、当たるとクソ痛いな」
「あたりまえ」
このあたりからワカナとモーレットの顔色が本格的に曇ってきた。それはそうだろう。次は自分の番に違いないと思うはずだからだ。
ワカナはリカと入念な打ち合わせをしている。しかしワカナのドッペルゲンガーは回復魔法を持っているから相当にタフなはずだ。爆炎の間に倒すなんて可能だろうか。
別にワカナのドッペルゲンガーが出ている間くらい、目をつぶっていてやろうと思っている。回復魔法を使うくらいでは被害が出るような展開が予想できない。
しかし、それを言ってしまってはワカナのうろたえる姿を見ることが出来なくなってしまうので教えずにいた。
しばらくしてモーレットのドッペルゲンガーが現れたのが、この日の最後だった。モーレットのドッペルゲンガーはアイリのコンボによって簡単に倒されてしまった。
あれだけ強気だったモーレットもさすがに恥ずかしいのか「見るんじゃねーよ」とか叫んでいた。
そして、それから三日間ほどドッペルゲンガーが現れることはなかった。
瘴気の森を端から端まで歩いてもユニークボスは現れなかった。そろそろ新しい装備を期待したのに、どうやらここには配置されていないらしい。ここが地上フィールドだからかもしれない。
敵の強さからみればダンジョン扱いでもおかしくないのだが、そうは問屋が卸さない。それでも、さすがにドラゴンなら装備を落とした実績がある。
この森に入って四日目には全員がランク42を達成していた。
「地上だとテレポートでギルドハウスに戻れるから楽でいいよな」
「そうね。ダンジョンなら今ごろ誰かさんが音をあげてる頃だわ」
「ねえ、そろそろボスが復活するころだと思うよ。次の狩場を探したほうがいいんじゃないかな」
「そんなに心配するなよ。お前のドッペルゲンガーが現れた時には、目をつぶってるって約束しただろ」
「そんなの信じられるわけがないよ」
「自信家だな。目をそらせないような体をしてるってことかよ」
「怒るよ」
こんな感じでワカナはずっとカリカリしている。
「ここでもやっぱりランク上げるのに二日くらいかかるんだよな。春になったらすぐにでも山脈の上に行こうぜ」
「そうね。ここも敵が強いとは感じないし、いいと思うわよ」
そろそろクレアのリリープレイトメイルもガタがきている。このままでは遅からず壊れて使えなくなるだろう。この装備があるうちに蒼天の山脈でランク上げをしておきたかった。
これが壊れてしまうと、かなり見劣りする装備にしなくてはならなくなる。そうなると瘴気の森ですら厳しいことになるのではないだろうかと思える。
今の市場で売っている装備など、そのくらいのものでしかないのだ。
「ここのボスも鎧のセットを落すとは思えないよな。春までお前の装備が持つといいけど」
「それはちょっと無理かもしれないわね」
「なるべく攻撃を盾で受けるようにしたらどうだ」
「囲まれながら、そんなことが出来たら苦労しないわ」
ここではデビルの攻撃が一番ダメージが大きいのだが、背中に生えた羽で変に飛び回りながら攻撃してくるのでかなり振り回される。それが面倒なのか、クレアは攻撃を盾で受け止めようとすることすらしていなかった。
真面目なクレアですら横着するほど鬱陶しい動きをしてくるという事である。
そんな風に慣れきってしまった俺たちにも、しっかりと罠が用意されていた。
いつもなら初見で罠を仕掛けてくるのに、今度は気を抜かせてから罠にかけてきたという事である。本当にあの手この手でロストさせようとしてくるゲームだ。
俺が懸念した通り、ドッペルゲンガーは五体で一揃いだったのだ。六体目はいなかったところだけ予想外だった。
「キャーーーーッ!! ユ、ユウサク君、約束だよ!!」
敵が現れるなり、ワカナが狂ったような叫び声をあげた。
「それどころじゃない!! みんな気を引き締めろ。全力で当たらないとやられるぞ!!」
俺たちの目の前に現れたのは、俺、クレア、アイリ、リカ、ワカナに変身したドッペルゲンガーだった。一瞬だけワカナの巨乳に気を取られたが、頬を叩いて気持ちを入れなおす。
これは少しでも油断したら、というより油断しなくてもロストの可能性が高い。
「リカ、煙玉だ! ワカナとアイリはマジックバリア!」
俺の言葉に反応して、しっかりと煙玉が焚かれ、魔法が展開される。煙玉はアイリに変身したドッペルゲンガーが単体指定魔法を使えないようにするためと、敵のリカに手裏剣を投げさせないためである。
俺はクレアの手を引いて煙幕の中に突っ込み、わざとアイリに変身したドッペルゲンガーの前に姿を見せた。
案の定、アイリに変身したドッペルゲンガーは一通りの魔法攻撃を放ってくる。
それによって俺は戦闘不能になるが、すぐにクレアからのリバイバルで復活した。ここでアイリのドッペルゲンガーを倒さずに放っておけば、MPが無くて魔法は使えないはずである。
「クレア、こっちだ」
俺はクレアの手を引いて、今度はクレアに変身したドッペルゲンガーの前に出た。先にこちらを倒しておかなければ、リバイバルを使われてしまう。
しかし、そのタイミングでワカナのドッペルゲンガーが俺にデスペルを使った。レジストできずに俺にかかっていたバフはすべて消え去った。
「きゃあっ!」
クレアが背後から、リカのドッペルゲンガーに攻撃されて悲鳴を上げる。遠距離攻撃を封じてしまったせいで、近距離攻撃を仕掛けてきたらしい。
その間に、俺とクレアはチェインリーシュによって地面に繋ぎ止められる。動けなくなったクレアに容赦のない背面攻撃が襲い掛かかった。
「アイリ! なんでもいいから魔法をぶっ放してくれ!」
半ば自棄になってそう叫ぶと、煙幕の中で魔法のエフェクトが暴れまわった。同時に、俺もデストラクションをクレアのドッペルゲンガーに向けて放った。
これで倒しきれずに回復でもされてしまったら、本気で倒せる気がしなくなる。
祈るような気持で見守っていたが、クレアのドッペルゲンガーはアイリの魔法を受けても止まらなかった。
「ワカナ、ありったけの攻撃魔法を使ってくれ。俺の声がする方向だ」
もう一通りの魔法エフェクトが荒れ狂い、なんとか煙幕が切れる前にクレアのドッペルゲンガーを倒すことができた。俺たちを縛り付けていた鎖も同時に消える。
クレアのHPは三割を下回っている。
そのクレアに向かって俺のドッペルゲンガーがデストラクションを放とうとするが、走り込んできたリカが間一髪でそれを受けた。
一撃で戦闘不能になってしまったリカを、クレアがリバイバルで起き上がらせる。それさえ出来てしまえばしめたもので、後はMPの切れている俺とアイリのドッペルゲンガーを倒して、回復の対象を失ったワカナのドッペルゲンガーを倒すだけである。
リカのドッペルゲンガーは、最初に放たれたアイリの魔法によって倒せていた。
無事にすべてを倒し終わる頃、煙が晴れて視界が戻った。
「約束は守ってくれたよね」
煙が晴れるとともに、俺はワカナに詰め寄られた。
「うおっ」
「ちゃんと守ってくれたんだよね」
「いや、それどころじゃなかっただろ。しっかりと目に焼き付いたよ」
「うわあああああああああ!」
そう言うと、ワカナは俺から離れてリカに泣きついた。
「今のはやばかったよな」
「またじっくりと見てたわよね。何度言ったらわかるのよ」
「最低ね」
ワカナと入れ替わりで、クレアとアイリが突っかかってきた。
俺は「それどころじゃなかっただろ」と怒った。
胸をなでおろした俺とは違って、女性陣は不満しかないようである。仕方がないので、その日は夜まで女性陣の愚痴を聞きながら瘴気の森での狩りを続けた。
俺は、もしアイリに変身したドッペルゲンガーが二人とかだったら絶対に勝てなかったよなとかいろいろ考えていたので、彼女たちの言葉は耳に入ってこなかった。
だけど、今日の感じを見る限りは、ダブりで変身されることはなさそうである。もしそれが可能なら、こんな場所では狩りが出来ない。ゲームとして、さすがにそれはないだろうと考えて納得するしかないところだ。
今回ですら、出会い頭に煙玉で敵を分断する俺の判断がなければ、まず間違いなくロストしていただろう。
そんな値千金のファインプレーも、褒めたたえるような声は聞こえてこなかった。
夜には久しぶりにミサトから連絡が入って、順調に狩りが進んでいるとの報告を受けた。やはり情報は広まって、多くの人がダラムの街に押しかけているそうである。
高台を占拠すると息巻いていたタクマは、やっと昨日から狩りに参加し始めたそうだ。それまではずっと宿に引きこもっていたらしい。
本当に借金を返す気があるのか不安になってくる情報である。
とにかく、これで瘴気の森での狩りは確立したと言える。なんとなくゲームに慣れてしまって、罠が用視されていなかったことに疑問を持たなかったのは失敗だった。
まんまと罠にかかって弛みきっていたところに今日の仕打ちである。
ドッペルゲンガーと戦った後は悶々とするので、ニャコとクウコを相手に、十分に発散してからこの日は寝た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。