第43話 瘴気の森
翌日になって俺が寝ているうちに、リカとアイリがクレアのペガサスに乗って瘴気の森までテレポート出来るようにしておいてくれていた。
そんな便利な方法があったかと、このゲームが始まって以来、はじめて誰かの攻略法で課題をクリアしたような気持になった。
瘴気の森ではグリムリーパーとボーンドラゴン、それにデビルというコウモリの羽が生えた二足歩行のモンスターが出た。
タールのような水たまりがそこらじゅうにあって、これがやたらと滑るから非常に足場が悪い。しかも瘴気からダメージが入るので、森の中に居るだけでHPが減っていってしまう。
敵の魔法抵抗が高く、MPを余らし気味のアイリが全体回復魔法を使えばいいだけなのでそれほど問題のはない。
敵の魔法攻撃も少なくて、クレアは問題なく敵の攻撃を受けられるのだが、午後になる前に俺とモーレットを除いた全員から帰りたいとの申し出を受けた。
敵も倒せるし、腐王の洞窟に比べて敵のHPも低くて経験値も申し分ない。しかし問題だったのはここのボスで、ドッペルゲンガーというボスが出る。
その特性上、ドッペルゲンガーは倒したパーティーに必要なレアアイテムを必ず出すという特性がある。これはもう倒すしかないというような相手である。
「やっぱりここでやろう。一点に目をつぶればここよりいい場所はないよ」
「冗談じゃないわ」
涙をポロポロ零しながらアイリが言った。
「絶対に嫌だよ。もし続けるならユウサク君とはもう一緒にやれないよ」
「そこまで言うほどでもないだろ。魔法使い用のアイテムも沢山出たし、機嫌を直せよ。魔法攻撃力の上がる靴なんて始めて見たぜ」
「別にいいじゃねーかよ。好きな男に見られただけだろ。何が不満なんだよ」
最初に現れたドッペルゲンガーはアイリに変身した。何故かキャストタイムもなく魔法を連発してきて、クレア以外は全員が一瞬で戦闘不能になった。リカですら逃げることもできないほどだ。
しかしリバイバルを受けた俺のデストラクションの一撃で、そのアイリに変身したドッペルゲンガーは簡単に倒すことができた。
問題だったのは、装備自体はコピーできないという事を示すためなのか、ドッペルゲンガーが変身したアイリは一糸まとわぬ姿だったところである。
裸でこちらを睨んでくるアイリの姿は、今も俺の目に焼き付いていて離れない。
当然ながら次は誰に変身するかわからないので、俺とモーレットを除いた全員から帰りたいとの申し出を受けることになったのである。
「こんな男に見られちゃった……」
そう言って泣きじゃくるアイリの肩に手を回してクレアが慰めている。
「そんなことうだうだ言っても始まんねーだろ。べつにいいじゃねーかよ」
「全然良くないわよ! 女のくせによくそんなことが言えるわね!」
「おいユウサク、言ってやれ」
「き、綺麗だったよ……」
「わああああああああああああ」
俺が台詞を間違えたのか、アイリは大声を上げて泣き出してしまった。
「ほら、これでいいじゃねーか。みんな好きな男に見られるだけなんだ。むしろアタシらのパーティーはついてる方だぜ」
「私は、こんな男好きじゃないわ」
「同じく」
クレアとリカがそう反論した。
「そんなのどーでもいいんだよ。アイリも自分だけ見られるのは不公平だと思わねーのか」
「思うわ」
さっきまで泣いていたのが嘘みたいに、アイリは全員を睨んだ。
「そ、そんなのおかしいじゃない」
アイリに睨まれてクレアが後ずさりする。
「えっ、なんかおかしな流れになってないかな。こんなところで続けるのは嫌だよ」
「だけど、他でやるといいアイテムも手に入らないし、時間もかかるぜ」
「こんなのおかしいわ。セクハラよ。セクハラゲームだわ」
クレアはこの世界に向かって不満を並べ立てた。
「別に次はクレアに決まったわけじゃないんだ。またアイリかもしれねーじゃねーか」
「冗談じゃないわ。ユウサクは裸を見たんだから責任を取りなさいよね」
「別にいいぜ。嫁に貰ってやるよ」
「絶対よ」
「わかったわかった」
「私が見られたらどうするのよ。責任を取ってくれるわけ」
「ああ、アイリとクレアだけじゃない、全員俺が結婚してやるから心配するな」
「そんなの無理に決まってるじゃない」
その後もモーレットの説得が続き、なんとなくここで続けることになった。最後まで反対していたのはクレアだったが、必ずしも自分が変身されるとは限らないと思ったのか、最後には反対の声も弱まった。
しかし、その思惑も間違っていた。蒼天の山脈の下に広がる瘴気の森は広いので、そこに出るボスも一匹だけではなかった。
次にドッペルゲンガーが変身したのは俺だった。裸でクレアに飛びかかって行く自分の姿を見て、確かにこれは恥ずかしいなと思った。
ボスだからステータスにでも下駄を履いているのか、最初に放たれたデストラクションでクレアは九割ものHPを吹き飛ばされた。
俺とモーレットが攻撃を入れるが、エンフォースドッジによって回避されてしまう。
結構なピンチなのに、クレアはドッペルゲンガーの股間を見つめながら固まってしまっている。アイリとワカナは視線を外しているので、クレアがピンチになっていることに気が付いていない。
そこで俺が機転を利かせてアイスダガーを当てるも、フルレジストされてダメージが入らない。
デストラクションを使っているのだから、あと1ダメージ当てるだけでいいのに、俺に変身したドッペルゲンガーはもどかしいほど攻撃が入らない。
殴られているクレアは今もHPを減らしている。
「アイリ、何でもいいから魔法で攻撃しろ!」
「キャーーーーーー!」
魔法を使おうとして見てしまったのか、アイリはつんざくような悲鳴を上げた。しかし魔法だけは使ってくれたので、メテオによってドッペルゲンガーは倒された。
もし敵が剣でも持っていて、そのまま斬りかかっていたらクレアはロストしていただろう。
「もう少し真面目にやれよ。今のは危なかったぞ」
俺の言葉にも、返事は返ってこなかった。全員が真っ赤な顔でそっぽを向いている。モーレットですらそうだ。
敵が落としたのはフルヒールオールの魔法が使えるようになるネックレスで、相当なレアであると思われた。効果は低いが、MPを余らせている俺が使えば、瘴気によるダメージくらいは気にせずともよくなる。
「凄いレアなアイテムだぜ。やっぱりここは最高なんだ」
「そ、そう……」
「いつまで引きずってるんだよ。それにしてもクレアはずいぶんしっかり見てたよな」
「そ、そんなわけないじゃない! み、見てないわよ!」
「びっくりするから、いきなり叫ぶなよ。わかったから」
ここからのクレアはふわふわしだして、動きに精彩がなくなった。しかし、やめようと言わなくなったので、そのまま放っておくことにした。それはワカナやリカも同じだ。
静かになった連中が、誰の何について考えているのかを思うと、少しだけ嫌な気持ちになる。
瘴気の森は予想以上に広くて、放置されていたボスも二体だけではなかった。まさか木の陰から裸のクレアが飛び出してくるという光景を、目にする日が来るとは思わなかった。
それで驚いたクレアが俺の目を塞ぎに来たので対応が遅れてしまった。最初に俺とクレアがドッペルゲンガーのチェインリーシュによって地面に繋ぎ止められる。
今度のドッペルゲンガーはクールダウンタイムすら無視してスキルを使ってきた。
俺がクレアの手を振り払って、ドッペルゲンガーの動きを確認すると、アイリが捕まり、ワカナまで捕まるのが見えた。
剣を掲げる動作が出来なくなって、クレアのメイヘムは届かない。なので素っ裸のクレアに変身したドッペルゲンガーはワカナに殴りかかった。
ワカナを守ろうとモーレットが場所を入れ替えると、ドッペルゲンガーは入れ替わったモーレットに殴りかかった。
鎖に武器を絡め取られてしまったモーレットは反撃が出来ない。たまにこういうことが起こる。
素手で殴ってくるドッペルゲンガーのダメージは大したことないが、リーシュされたままリカに入れ替われば、リカはロストさせられてしまうだろう。
それはモーレットもわかっているので、リカには入れ替わっていない。
このままだと、ダメージを軽減する手段がないモーレットでは、リーシュの効果が切れる前に倒されてしまう。
「ワカナ、デスペルを使え!」
俺の言葉に反応してワカナが俺にデスペルを使った。本当はモーレットに使ってくれてもよかったのだが、ワカナは俺に魔法を使った。
そしてバフがすべてなくなった俺は、クレアに変身したドッペルゲンガーと壮絶な泥仕合を繰り広げることになった。
なんとか倒し終わると、それまでサイレンみたいに鳴り響いていたクレアの悲鳴も止んだ。振り返って綺麗だったぞと声を掛けようとした俺は、全力で駆けてきていたクレアにぶん殴られて宙を舞った。
ドッペルゲンガーを倒したことでチェインリーシュの効果が切れたらしい。
腰の入ったクレアの右ストレートは、車に轢かれたみたいな衝撃を俺にもたらした。首の骨でも折れたのか、体を動かすこともできなくなった俺の胸ぐらを掴んで、クレアは俺の体を前後に揺さぶりはじめる。
息を引き取る寸前にワカナが回復魔法を使ってくれて、俺はなんとか現世に踏みとどまった。
みんながクレアをなだめにかかったが、俺がクレアから解放されたのはずいぶんと後の事だ。
「下の毛まで金髪なんだな」
俺がそう言うと、クレアは俺をキッと睨みつけて腕を振りかぶった。
「な、なんだよ。また俺の首の骨でも折るのか」
「マナーについては、いつもいつも教えてあげてるじゃない! な、ななな、なんてことをしてくれたのよ。あんな正面からまじまじと見て!!」
「なにを言ってるんだよ。ここまで俺たちと一緒にノコノコ歩いていたのはお前だろうが。それはドッペルに変身される覚悟があるってことだろ。それを承知で歩いてたんじゃないのかよ。大体、目をつぶったまま戦えるわけないだろうが。それなのになんで人様の首を殴り折るようなことをするんだよ!」
「なっ、なにを開き直っているの! 本当ならもう一生口も利かないところなのよ」
「しかも俺は、一生懸命謝ったんだぞ。悪くもないのにさ」
「謝っても取り返せないものはあるのよ。なにが覚悟よ。なし崩し的に話を進めてただけじゃない。変な下心でもあったんじゃないの。それに、一日でそんなにボスが出るなんて、予想できるわけがないじゃない!」
「Dカップくらいはありそうだったよな」
まだ腹立ちが収まらなかった俺は、そうモーレットに話を振った。
「そーだな」
モーレットは能天気にそう返した。
「やめなさいよ! やめないと本気で殴るわよ! 今度は手加減しないからね」
はったりだとは思うが、さっきよりも強く殴られると言われて俺は怯んだ。
「わかった。もうやめるって」
普通ならパーティーメンバーに攻撃は出来ないはずなのだが、何故かクレアのパンチだけはシステムに許されているようである。現に俺は殴られて虫の息となった。
その後はクレアがグスグスと泣き始めたので、俺は慰めながら歩くことになった。別に悪いことはしてないと思うのだが、可哀そうになったからだ。
しかしクレアが泣き止んだら、今度は俺の方が興奮してきてしまった。
「俺が殴り殺されそうになった時、助けてくれたのはワカナだけだったよな。だれも止めようともしなかったよ。一体どういう事なんだ。こいつが情緒不安定なことは皆わかってることだろうが。なんでとどめを刺しに来たこいつを誰も止めなかったんだ」
「死んだってランクが下がるだけじゃない。ちょっと面白かったわよ」
「面白かっただと! おい、アイリ。お前は性格だけじゃなくて頭まで悪いな。それを取り戻すのが、どれほど大変だと思ってるんだ」
「性格は悪くないわよ」
「悪いよなあ?」
「どうかしらね……」
「ちょっと。どうしてクレアは否定しないのよ」
「そんなことどうでもいいだろ。お前はもうちょっと真剣になれよ。俺たちにも迷惑が掛かってるんだぞ。もとの世界に帰りたいとか泣き言を言ってたのはお前じゃないか。それが遠のいてもいいのかよ」
「貴女は、私のことをそんな風に見ていたのね」
「違うわ。興奮してるヌケサクに逆らったらめんどくさいじゃない。だからよ」
「俺の話を無視するんじゃない!!」
そんなことをしているうちに復帰後の一日目は終わった。
その後の俺による猛抗議は、全て完璧に無視されてしまった。クレアは気まずいのか、俺に対してあまり積極的に口を開かないし、アイリは俺の意見など鼻で笑って終わりである。
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