第42話 休暇の終わり
そろそろタクマにも話せるくらいにはなってほしいのだが、奴はいまだにだんまりを通しているので捨てて帰るわけにもいかないでいた。
なので釣り堀でダブルデートのような形になった。
俺とアイリはタクマたちから離れたところで釣りを始めた。
「あんなに無理するくらいなら、コンパニオンなんて買わなくてもいいじゃないのよね」
「嬉しすぎてどうしていいかわからないんだよ。そんな経験が人生で何度出来ると思ってるんだ」
「じゃあどうして、その嬉しい気持ちを表に出さないのよ」
「どうしてだろうな。お前も俺とデートできて嬉しいなら、その気持ちを表に出せよ」
「生臭いデートだこと。とっても幸せだわ」
「そうだろう。本当は買い物に付き合ってやるだけだったんだからな」
「偉そうね。自分がどれだけ恵まれた立場かわからないのね」
「わからないね」
タクマはメエと並んで釣りをしているが、餌もつけられないほど動揺して、時々こちらに助けを求めるような視線を送っていた。
俺は放っておくしかないと思って無視している。こんなのは慣れるしかないのだ。
「やっぱり蒼天の山脈がいいな」
「急になによ」
「いや、ランクをちんたら上げるのはだるいなと思ってさ。だから次も少し背伸びをした場所がいいだろうと思ったんだ」
後でリカを下見に行かせよう。冬山に行くなんて自殺行為もいいところだが、この世界はゲームなんだから何とかなるはずなのだ。それほどのことにはなっていないだろう。
「私はもう人前で自分のランクを言うのが嫌だわ。すごく驚かれるのよね」
「驚いてもらえるのも俺のおかげだからな」
「この世界に初めて来たときに、ゲームの事ならと思って話しかけたけど、そんな話じゃなかったわね。こんなことは言いたくないけど、ユウサクのためにあるような世界だわ」
「本当は俺が魔導士をやりたかったんだからな。譲ってやったようなものだから感謝しろよ」
「でも、魔王がユウサクでも倒せない相手という可能性もあるわよね」
「可能性? 俺の可能性に上限なんてないよ」
「真面目な話よ。そういう可能性だって考えられるじゃない」
「だから、ないって言ってるだろ。ゲームってのはクリアできるように作られているものなんだよ。このゲームはそんなに酷いゲームじゃない」
「そんなのわからないじゃない。馬鹿にこんな話をしたのが間違いだったわ」
こいつに比べたらタクマの方がまだ可愛げがある。俺に向かって平気で馬鹿なんて言葉が出てくるのはどうかしている。
それから何時間か釣りをしていたら、タクマの方も少しは会話が出来るようになってきた。釣りのやり方を一生懸命教えている。
こっちは黙々と釣りをしているので、鞄が重くなるほどの魚が釣れていた。
「またレアな魚が釣れたぜ。あの湖畔なんか目じゃないくらい釣れるな」
「そうね。こんな釣り堀でもレベルが高いと釣れるのね」
「これでポーションには困らないから、これからは釣り堀に通って、作ったポーションは金にしようぜ」
「そんなめんどくさいこと嫌よ」
「めんどくさいって、そんなこと言ってたらゲームがすすまないだろ」
「私は体を動かすのが嫌いなの」
「滅茶苦茶言うなよ。そりゃ普段から体を動かさないで怠けてるから辛くなるんだろ。若いくせになにを言ってるんだ。もっと普段から体を動かせよ」
「本当にスネちゃまね」
アイリは不機嫌な顔をしてそっぽを向いてしまった。スネちゃまというのは、他人に不平不満ばかり言う俺が小さいころに付けられていたあだ名である。
本当に調子の狂う奴だ。この世界で生きることすら所詮ゲームとでも思っている節がある。
昼ご飯を食べながら釣りをして、とうとう午後に突入した。その頃になると周りに人も増えてきて、アイリとメエが注目を集めている。
周りの奴らがアイリを幸せそうな顔で眺めているのを見ていたら、少し羨ましくなった。確かに美人ではあるがそんなにいいものだろうか。俺も幸せな気持ちになれるだろうかと思って、アイリの横顔を眺めてみることにした。
しかし、いくら眺めていても幸せな気持ちは訪れなかった。
「なに人の顔を盗み見ているのよ」
「な、なんのことやら」
「私の顔に見惚れていたんでしょう」
「自信があるようだけどさ、お前が思ってるよりは遥かにつまらない顔だぜ」
「そう思っているのは貴方だけよ」
美人というのは親から遺伝子を正しく受け継いでいる可能性が高いという事であるらしい。だから人気なのだ。その時代の平均的な顔が美人とされるのはそれゆえだろう。
だからアイリも癖のない整っただけの顔で、実に面白みがない。
平均的という事は、飛びぬけたところがないという事であり、それは俺のようなずば抜けた天才ではないという事に他ならないのである。
「ねえ、ヌケサク。あっ」
「おいおい、どういうことだよ! 今のはなんなんだ! 絶対にわざとじゃないだろ。お前は普段から心の中で俺のことをヌケサクだと思ってて、それがついつい出ちゃったような感じじゃないかよ! お前、まさか……」
「違うのよ。クレアと話してるときは、そう呼んでるから……つい、ね。本心じゃないわ」
「ついレーズンと口にした俺を、お前は噛み殺そうとしたよな」
俺がレーズンと口にしたら、アイリは一瞬で険しい顔になった。
「まあ、いいじゃない。ヌケサクなのは本当でしょ」
「レーズンなのも本当だろうが。獅子をも睨み殺せるような顔だな」
「次にそれを口にしたら、絶対に許さないわ。一生許さないわよ」
そう言ってアイリは、それ以上ないくらい恐ろしい目で俺を睨んだ。少し涙ぐんでいるので、それを言われるのは本当に嫌なのだろう。
「悪かったよ。そんなに怒るとは思わなかった。もう言わないって」
「そう。謝ったのは正解だったわね。もう少しで池に蹴落とすところだったわ」
「やめてくれ。こんなドブ池に突き落とされたら、仕返しするまで夜も眠れなくなるよ」
「そうやって他人のことを悪く言うのは、自分に自信がないからなんじゃないの」
「いや、自信しかないけど」
「ふーん」
そう言って、アイリはにやりと笑った。こんな池に突き落とすつもりだと言ったのだから、全然そんな風に笑っている場合でもないと思うのだが、アイリは天使のような笑顔を見せた。
そのギャップがひたすら怖い。それで俺が目を合わせないでいたらアイリが口を開いた。
「ねえ、私が友達になってあげましょうか」
「なんなんだよ、急に。俺が友達を欲しがってるように見えたのかよ。それとも家来の立場から、対等な立場になろうとする野心でも持ってるのか。やめとけよ、分不相応だぞ」
「理解してくれる人もいなそうだし、なんだか孤立しているみたいで可哀そうに思えるのよね。理解してくれる人が欲しいとは思わないの」
「親分と子分の関係のままでいようぜ」
「貴方の子分になったつもりはないわ。私がなりたい立場は恋人だけよ。だけどそれはいいわ。そのうち体でも使って誘惑して、その立場に収まるつもりなの」
「使うって、そんな貧乳の体じゃ頼りないな」
「そこがネックなのよね」
俺の嫌味にもアイリは笑って返した。どういう心境でそんなことができるのか俺には心底わからない。あの、そびえたつように高かったプライドは捨ててしまったのだろうか。
そんなことをしているうちに、タクマの方は普通に会話が出来るようになってきていた。時々、笑い声までこちらに届くようになっている。
「もうおせっかいは必要ないんじゃないかしら」
「そうみたいだな。あんな玉無しでも時間が解決してくれるんだ。時間ってすげえよな」
「ユウサクと仲良くしてくれる唯一の友達じゃない。そんな大切なことも忘れて悪しざまに言える貴方も十分凄いわよ」
「そうかな。そんじゃ俺たちは帰ろうぜ」
そう言って俺たちが釣り堀から立ち去ろうとすると、タクマが駆け寄って来て宿代を貸してくれとせがまれた。ふざけやがってと思いながら、俺はなけなしの二万ゴールドを渡して、そのままアイリとギルドハウスに帰った。
アイリはギルドハウス前で待ち構えていたアルクに捕まって、そのままどこかへと行ってしまった。ギルドハウスの中では、いつも通りリカとワカナが暇そうにしていた。俺は毛皮のクロークを脱いでソファーの上に陣取った。
しばらくテレビを見ていたら、クレアとモーレットがどこかから帰ってきた。
「へへっ、アタシの方は終わったぞ。色々ありがとなー」
「アリスたちはどうなったんだ」
「どうもなってねーな。襲ってきた奴らはユウサクが倒しちまったから捕まってるしよ」
「へえ、面倒なことにならなくて良かったじゃないか」
「なら、そろそろ狩りを再開しましょうよ」
生真面目なクレアは遊んでいるのが心苦しくなってきたらしい。
「じゃあ、リカ。蒼天の山脈の周りを見てきてくれないか。今日中に頼むぞ」
「雪山」
「そうなんだけどさ、どこかでやれる場所があると思うんだ」
「冬の山は天候が変わりやすいから危ないんだよ」
「私が死んでもいいの」
「お前なら嵐よりも早く移動できるだろ。雪山くらい秒で駆け下りてくればいいじゃないか」
「そう」
「それに忍者なんてランクは重要じゃないし、死んでもいいだろ」
リカはすっくと立ちあがり、ソファーで大の字になって座っている俺の前にやってきた。何かくれるのかと思っていたら、リカは俺の足の上に飛び乗るようにして座った。
とがったケツが太ももに刺さり、俺は女みたいな悲鳴を上げてしまった。
リカの思惑を知った瞬間、全身の鳥肌が立つほどの恐怖を感じた。しかし俺がリカの思惑に気が付いた時には時すでに遅く、リカのケツが俺の足に触れる直前であった。
それでリカは俺の反撃を受ける前に、さっさとギルドハウスを飛び出して行ってしまった。
「いったい、どれほどの恨みを持ったら、善良な俺にこんなことができるんだろうな」
「ふふっ、善良じゃないからじゃないの」
「大げさすぎんだろー」
「ああ、もう今日は歩けないや。クレア、悪いけど部屋まで連れて行ってくれないか」
「大げさすぎるわよ」
「あの勢いで飛び乗られたんだぞ。どうしよう。もしかしたら一生歩けなくなったかもしれない」
「そう、じゃあ夕ご飯が終わったら部屋に連れて行ってあげるわよ」
「しばらく会わない間に、馬鹿をこじらせすぎなんじゃねーか」
モーレットが呆れたような態度でそんなことを言った。
「お前に言われたくねえよ! お前はあいつのケツの怖さを知らないだろ。すげーんだぞ」
「そうなのか?」
「そうよ。凄いわよ」
ふざけたりしないクレアまで俺の言葉に同意したので、モーレットは本当であるらしいと考えたようだった。
そのままモーレットとクレアに挟まれながら、俺は夕食の時間までテレビを見て過ごした。
テレビ番組は相変わらずアイドルグループが歌ったり踊ったりしている以外は、冒険者のための情報がたまに流れるくらいだ。
素材アイテムが何になるのかとか、それなりに興味をひかれる情報が流れる。甲殻類から出るシェルプレートは炎に対して耐性が高いとか、そんな情報だ。
モーレットにとって重要な情報のはずなのに、彼女は俺に寄りかかってウトウトしていて何も聞いていない。
夕飯を食べ終わって夜も遅くになった頃、俺の部屋のドアをノックする音がして、下見に出ていたリカが部屋に入ってきた。リカの頭の上には雪が積もっている。
部屋の中に入ると、自分の上に積もった雪を振り落として、ベッドの脇にやってきた。
「とりあえず武器を仕舞えよ」
俺の前に立つリカは訳がわからないという顔をする。しばらくの間があってから、やっと理解したのか、なるほどとつぶやいた。
裸のまま眠っているニャコとクウコを一瞥して、リカは俺の隣に座った。それでやっと俺はリカの前に太ももを晒す気になった。
「山脈の下に瘴気の渦巻いた沼地があった。そこなら今の季節でも、そんなに寒くない」
「敵はでるのか」
「骨になったドラゴンがいた。生きているドラゴンより弱そうだからちょうどいい」
「じゃあ、そこに行くか。とりあえず一回は歩いて行かないとな」
用事は済んだはずなのに、リカはニャコとクウコを眺めていて出て行こうとしない。女が女の裸なんか見て、なにか楽しいことがあるのだろうか。
「どうしたんだよ」
「いい暮らしをしてる」
「まあな」
「もとの世界に帰りたくないんじゃないの」
「そりゃそうだよ」
「そう」
それだけ言葉を交わしたら、リカは俺の部屋から出て行った。俺は暖炉にいくらか薪を放り込んでから眠りについた。
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