第37話 ダラムのダンジョン①


 誰もダラムへのテレポートが出来なかったから、真夜中じゅう馬を走らせてミサトがダラムの街まで行ったらしい。そこでコールによってミカを呼んでテレポートできるようにしたそうである。

 だから待ち合わせ場所に現れたミサトは、目の周りのクマがひどかった。


「そんな無理をしなくてもいいんじゃないですか」

「いや、これはみんなのためになることだから。早くランク30からの狩場を確立しておきたいんだ。それにしても疲れた。今日はミスが多くなるかもしれない」

「まあ、いつもミスは多いですから気にしないでください」

「言ってくれるじゃないか、タクマ君」


 確かにミサトはタクマほどゲーム慣れしていない感じがする。だけど真面目だから、コツコツとやっている感じだ。そして面倒見もいいからギルドマスターなどやっているのだろう。


「キャンプの用意もしてありますか」

「一応持ってきたよ」

 俺の質問にミサトは重たくて大変だという顔をしながら答えた。

「じゃあ、俺がキャリードッグを出しますから、重たいものはそっちに入れてください」


 荷物を移して準備を済ませた俺たちは、ミカのマステレポートで港町ダラムに飛んだ。王都ほどではないが、かなり栄えた街並みとレンガ造りで統一された家の壁が綺麗だ。

 俺たちはまず町の人に聞き込みをして、良さそうなダンジョンを聞き出した。すぐに大きなダンジョンが一つあるきりだと教えてもらったので、そこを目指す。


 ダンジョンに入ってすぐにサンドゴーレムとキメラがぽつぽつと現れ、俺たちの期待通りであることをうかがわせる敵の出現を見せた。

 このくらいの相手ならミサトたちも慣れたもので、難なく奥に進んで行ける。そしてサラマンダーやヒドラなども現れて調子がいい。セルッカよりも数が多くて、難易度もいい感じで上がっている。


 これならセルッカの深層くらいの続きといった難易度だろう。これを奥まで行けばちょうどいい狩場が見つかるはずだ。


「おい、ユウサク。こんなガンガン進んで大丈夫なのかよ」

「確かに、もうちょっと慎重にやった方がいいんじゃないかな」

「なにを言ってるんですか。一気に最奥まで行きますよ」


 マップに表示されたダラムのダンジョン低層の文字が変わらないうちに、スケルトンやゾンビなど腐王の墓に出てきた雑魚敵が出始める。聖職者の魔法で倒せば簡単なのだが、それだと休憩が多くなってしまうので普通に倒す。前衛は男しかいないから、気持ちの悪い敵にも文句は出てこなかった。


「ここは本当にいい感じじゃないか。サキュバスとは比べ物にならないくらい良い経験値が入ってくるぜ」

「まあ、ライバルも少ないからな。だけど、せっかくダンジョンまで来てるんだ。もうちょっと効率を上げたいところだよな」

「それにしても広いね。これじゃマッピングするだけでも一仕事だ。深い層に行くのも苦労しそうだよ」

 マッピングなんて、忍者以外の職でやるとなれば何日もかかる。リカを呼んでやらせたいが、ここに呼びつけるのは難しい。色々と準備不足だったことを実感する。

「ダンジョンは気が滅入る」

 とセイジュウロウがふとつぶやいた。

「ホントよねえ」

 ミカもそれに同意する。

「私は平気だよ」

「ハナは子供だから平気なのよ」


 盗賊でもソロでマッピングできないことはないだろうが、逃げる性能が低いから慣れていなければ難しい。初見の敵が出るマップでは無理だろう。

 俺たちは昼飯休憩の他は全部歩きに費やして、なんとか中層への階段を見つけた。それだけ歩いても低層は半分もマッピングできていない。

 ここまでの途中でボスのジャイアントキメラとキングサンドゴーレムを倒している。どちらも対策がいらない程度の敵だった。


 俺たちは中層へは踏み込まずに、手前のキャンプ場でキャンプすることにした。

 今日はダンジョン内で泊るとクレアに連絡したら晩御飯を作ってしまったと怒られた。ついでにリカにも連絡して、ワカナとアイリにクラスⅣの魔法をすべて覚えさせてくれるように頼む。どうせミサトたちが売りに出しているだろう。

 ダラムの方で魔法書が出せるかと思っていたが、どうやら期待できそうにない。


「今日はボスを二体も倒せただろ。低層にはまだ手付かずになってるボスがいるんじゃないか。中層に行くのは、そいつらを倒した後の方がいいだろ」

「低層のボスは駄目だ。セルッカでもそうだったけど、レアドロップもないし、ゴールドも美味しくない。時間の無駄だよ」

「だけどセルッカでも、中層以降のボスはやばいのがそろってただろ。前情報なしでやるには危険すぎるんじゃないのか。そんなのをやるのかよ」

「そのくらいのがいればいいけどな。たぶん、そんなのはいないだろうな。あれは初心者ダンジョンだから一通りのギミックを見せようとしていただけなんだ。だから、ここのはもっとぬるいよ」


 このギルドでも、キャンプになると最初は女の人から風呂に入る。だから今はミカとハナが風呂に入っていて、ミサトとセイジュウロウは伝心の石で誰かと話しているところだった。

 俺はタクマと晩飯を食っている。俺が持ってきたメシの実はタクマに取られて、天ぷらうどんを押し付けられた。


「ヨウコとはどうなってるんだ」

 ヨウコとはタクマが好きだと言っていた女で、一緒のパーティーでやっていたはずだ。

「その話はするな。こっちに来てつまらない男と付き合い始めたよ。だから俺にはもうメエちゃんしかいないんだ」

「ぐずぐずしてるからだぜ。すっとろいんだよな、お前は」

「さ、さすがにそれはタクマ君がかわいそうだよ。若いうちは思いを募らせて身動きできなくなるなんて誰にでもあることじゃないか」

 仕事が済んだのかミサトが俺たちの話に加わってきた。セイジュウロウはモンスター図鑑を開いて、まだ何か打ち合わせのようなことをしている。大手になるとそんな情報もギルドに報告しなければならないようだ。

「そうだぞ。そこまで悪しざまに言う奴なんて聞いたことねえよ。お前は精神科でも行ってサイコパス診断を受けて来い、ユウサク」

「い、いやいや、友達にそこまで言うのもどうかと思うけどね」


「こいつに対して言いすぎなんてことはないんですよ」

「いや、言いすぎだよ。俺は協力のためにここにいるんだぞ」

「どうせ暇ですることもないし、あとで役に立つかもしれないとか考えてるんだろ」

「驚いた。お前が役に立つことなんてあると思ってるのかよ。ランク31でくすぶってるお前がさ」

「協力する気があるなら、頼むよ、ユウサク。俺に四百万を稼がせてくれ。これでメエちゃんまで誰かに取られたら、もう生きていけねえよ」

「女々しい奴だな。そんなことが軽くできるんなら自分で稼いでるよ」

「へっ、それもそうか。どうやら気が弱くなって藁にすがったらしい」

「本当にお前は気分屋だな。コロコロ態度変えやがって」

「確かに、最近のタクマ君はちょっとおかしいね」

「ミサトさんも見たでしょう。俺はもうこいつのパーティが妬ましくて妬ましくて、そのせいで精神が不安定になってるんですよ」


「そんなこと真顔で他人に訴えることかよ」

「だけど同じパーティーにいるからって、何もないかもしれないよね。それはタクマ君だってそうだったわけだしさ。うらやんでも仕方のないことだよ」

「そうだぞ。下衆の勘繰りってもんだぜ」

「だけど、ほとんどの子はコシロ君に惚れてるわよね。見ればわかるわ」

 そう言ったのは、いつの間にか風呂から上がったミカだった。髪の毛を乾かしながら、俺たちの隣に座った。入れ替わりにセイジュウロウが風呂に入ろうとしているので、俺はまた後に回されるようだ。

「ミカさん!? それマジで言ってるんすか。おいマジかよ、ユウサク」

 タクマがものすごい勢いで身を乗り出してきて言った。

「そ、そんなわけないだろ。ミカさん、こんな嫉妬狂いの前で、変なこと言うのやめてくださいよ」

「あら、秘密だったの。だけどコシロ君を狙ってる女の子は多いから、情報は豊富に流れてくるのよ。間違いのない話なんだから」


 タクマとミサトが「え?」と言ってこちらを見た。どちらも驚愕の表情だ。

「ははは、ま、まさかそんな与太話信じるのか。それにミサトさんまで、なんですか」

「与太話とは何よ。こう見えて若い子と話す機会も多いのよ。こっちに来てからはね」

「おい、ユウサク」

「そんな話はやめようぜ。お前はモテる男の苦労を知らないんだ」

「ちっくしょう。こんな話はヤメだ、ヤメ。お前はもう、さっさと風呂に入って寝ろ。ミサトさんも明日は早いっすよ」

「早いって、急にどうしたんだい」

「俺はね、今日から俺は、こんな奴に後れを取らないような生き方をすることにしたんです。さ、今日は早めに寝ましょう」


 タクマはセイジュウロウの後で風呂に入るとカラスの行水で出てきて、さっさと寝袋に潜り込んでしまった。

 ミサトさんはゆっくり風呂に浸かりたいから後でいいというので、俺も軽く汗を流すくらいで風呂から上がった。


「ミサトさんも早めに寝た方がいいですよ。タクマは、たまにああやって別人のようになることがあるんですよ。すぐに志も折れて元に戻るんですけど、三日くらいは頑張りますから」

「なるほどね。じゃあ僕も早めに寝るよ」


 俺の予想通りというべきか、タクマの宣言通りというべきか、次の日はまだ眠気の残るうちに起こされて、俺たちは深層を目指すことになった。

 ひんやりとした洞窟内の空気に、タクマの少し甲高い声がよく響いて神経にさわる。

 洞窟内はもうちょっと温度が一定なものかと思ったが、この季節になると朝方はかなり冷え込んだ。昼間でも息が白くなるので太陽光もあまり届いていないのだろう。


 みんな不満しかないだろうが、タクマに逆らうと面倒なので誰も口を開かない。タクマは一人で張り切って荷物をまとめ、すべてをキャリードックの中に放り込んだ。適当に投げ込んでいるので、犬も少し嫌そうな顔をしている。


「さあ、出発しますよ。ユウサクはいつまで寝ぼけたような顔をしてるんだ。顔でも洗ってこい」

「寝ぐせでソフトクリームみたいな頭してる奴に言われたくねえよ」

 顔はもう洗ってあるというのに、なんという言い草だろうか。

「さあ、いきますよ!」

「ねむーい」

「子供は早寝早起き!」


 タクマは残った朝食のサンドイッチを手でつかんで、無理やりハナの口の中に押し込んで立たせる。俺は立ちながらサンドイッチを食べることになった。

 ミサトも俺と同じように用意しながらサンドイッチをつまんでいる。

 もとの世界では朝飯などあまり食べなかったが、こっちでは体を動かすから抜くわけにはいかない。


 このメンツで、朝に強いのはセイジュウロウだけなようだ。

 俺たちはセイジュウロウを先頭にして、中層に続く階段を下りた。中層は尻の大きい犬みたいなグールという魔物が出た。ミサトの話では、犬ではなくハイエナということらしい。

 この魔物も、やはり物理攻撃しかしてこない。


 セルッカの洞窟よりもよっぽど初心者向きだ。これなら王都の周りのフィールドよりもぬるいくらいだろう。しかし経験値はあまりよくない。

 まっすぐ歩いたからだろうか。俺たちはほぼ最短で深層への下り坂を見つけた。

 寝ぼけた頭だったせいか、俺たちはためらいもせずに深層への通路を進んだ。


 深層はやはり開けたドーム状になっていて、ミノタウロスという敵が現れた。牛のお化けでイノシシであるパイクよりも一回り大きい。クレアほど軽くはないセイジュウロウはしっかりとミノタウロスの攻撃を受け止めて、シールドスタンのスキルを入れた。

 やる気を出しているタクマは、敵の特性を確かめもせずにフレイムストライクの魔法を撃ちこんだ。


「おい、いきなり大技を撃ち込むなよ。ターゲットが移ったらやばい敵だぞ」

「ふん、せこい野郎だ。ちまちまやってられるかよ」

「それでロストするのはお前だけどな」


 俺はモンスター図鑑を確認した。ミノタウロスの知力は1しかなかった。これならターゲットが移ることは皆無だろう。


「で、どうなんだよ。攻撃は移りそうなのか」

「いや、好きなだけ魔法を使え。ターゲットは変えそうにない」


 その後はミノタウロス相手に狩りをしたが、ミノタウロスは一度でもセイジュウロウをターゲットにしたら、絶対にターゲットを変えることはなかった。

 まったく意味が分からないでいたが、どうやらセイジュウロウが首に付けているレッドケープというアバターアイテムが、闘牛士の持つマントの役割をしているらしい。


 そのアイテムは何かとセイジュウロウに尋ねると、以前にハイオークが落としたアイテムをミカとハナに似合うからと勧められて装備しているものらしい。

 マフラーのように首に巻いているが、後ろに長く垂らしていてマントの半分くらいの大きさがあるものだった。

 動くと風になびいてひらひらとするから、それが牛の気を引いて興奮させているのかもしれない。


 俺は周りを見回してちょうどいい高台を見つける。これはもしかしたら、かなり効率をあげられるかもしれないなと思った。しかし、それよりもまずは、この深層にいるであろうボスを退治するのが先である。

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