第33話 休日


「剣を二本背負いたいんだよな。オシリスの宝剣とソウルブレードを一緒にさ。そういうふうに改造してくれないか」

「たぶんできると思うよ」

「リカの奴、昨日は本当に帰ってこなかったよな。どこまで行ったんだよ。野宿でもしながら迷子にでもなってるんじゃないのか」

「大丈夫だよ。昨日もちゃんとした宿に泊まったって言ってたよ」

「物好きだよなあ。そろそろ雪が降ったっておかしくないくらい寒くなって来たぜ」


 ワカナの作業を邪魔しながら、彼女の部屋でベッドに横になって話している。他に話す相手もいないし、やることもないからワカナの邪魔でもしているよりほかにない。テレビに飽きたら、もう話をするくらいしかやることがない世界である。ゲームもネットもないのが辛い。

 タクマたちは相変わらずダンジョンから帰ってこないし、クレアも市場に行っている。


 もしかしたらだが、新しく生えてきたメシの実について、俺からごちゃごちゃ言われるのが嫌で出て行ったのかもしれない。

 宝物庫から持ち出したメシの実は、チョコレートケーキやらの甘いものしか生えてこなかったのだ。ノミの竹まで甘そうな飲み物になってしまった。どこかでトレードしなければ、まっとうな食事にならない。


「自分だって食べてるくせに、よくあんなにクレアのことを責められるよね」

「これみてみろよ。生チョコレートって何のことかと思ったら、ただのチョコレートだぞ。こんなものボウルいっぱいに入ってるんだから信じられないよ。こっちの半分は口付けてないから、ワカナも減らすの手伝ってくれないか。甘すぎて頭が痛くなってきた」

 ワカナが皿とスプーンを持ってきたので、俺はそれに半分以上乗せてしまった。

「ダイエット中なんだよね」

「馬鹿言えよ。ダイエットなんかより点滴の方が必要に見えるぜ。そいつを残さず食ったら、一つ大きな人間になれるから頑張れよ。チョコレートじゃ犬に食わすわけにもいかないし、途方に暮れてたよ」

「みんなで食べればちょうどいい量なのに」

「こんなのが毎日生えてくるんだから、お前みたいなのにも生きやすい世界だよ」


「ユウサク君はどんなに甘いものを食べても、糖分が頭に届いてないみたいだよね」

「言うようになったな。その成長は嬉しいぞ。昔は悲しいこともないのに、しくしく一日中泣いてたもんな」

「人の頭をつららで叩くような人がいれば、泣くのに十分なくらい悲しいよ」

「やっぱり俺は、その頃から剣士になる素質が十分だったわけだよ」

「今もゲームに夢中になるくらい子供のままなんだよね」

「昼間から人形なんか作ってるくせに、人を子ども扱いかよ」

「へへへ、確かに私も子供かもね」

「よくこんだけ作ったよな。市場に並べたら売れるんじゃないのか」

「売ったりしないよ」


 ワカナはいろいろ作るのに夢中になっていて、俺の無駄話に付き合うのを嫌そうにしている。枕カバーまで自分で作っているらしく、ワカナのベッドは寝心地がいい。

 ウトウトしてたら誰かが部屋のドアを開ける音がして目が覚めた。ノックもなしに部屋に入ってきたのはリカだった。


「南は行き止まりだった。しかも見えない壁だよ」

「へー、じゃあ閉じ込められみたいになってるんだね」

「ノックもなしに部屋に入ってくるなんて無作法じゃないのか」

 俺の言葉にびくっと反応したリカは、腰の忍者刀に手を伸ばした。

「コシロ、いたの。ワカナはそんなの気にしないから」

「気にするよ。二人ともノックせずに入ってくるんだから。次からは直してよね」

「いきなり入ってこられて困ることがあるのか」

「あるよ」

「そう、次からは気を付ける」

「寂しい夜に自分を慰めたりするんだな」


「そ、そんなことしないってば。何を言い出すの」

「語るに落ちてるな。見られて不味いことってそれくらいしかないだろ」

「そんなことするの」

「しないよ!」

「汚れた下着をベッドの横とかに隠してたりするんじゃないのか」

「ちょ、ちょっとやめてってば。変なところ探さないで。何もないから」

「それより、コシロに話がある」

「世界の端っこを見てきた話か。マップを見せてみろよ」


 リカからマップ情報をインポートさせてもらう。最大まで拡小するとセルッカより十数キロ南で直線的にマップが区切られている場所があった。それがリカの言う見えない壁だろう。


「つまり、ここはどこの世界ともつながってないってことなんだろ。ゲームってのはそういうものじゃないか。驚くほどの事じゃないさ」

「凄い世界だよね。どんな力があったら、そんなことができるんだろ」

「もし魔王を倒せなかったらずっとこのまま」

「俺の前でそんな心配をする奴があるかよ。見くびりやがって、お仕置きが必要だな」


 ケツでも叩いてやろうかと、リカの手を取って引き寄せようとしたら、リカの顔が赤くなった。今までそんなことなかったから驚いた。


「こいつ俺に手を取られて顔を赤くしたぞ。おい、ワカナ。こいつ、もうすぐ俺に惚れるぜ」

「絶対にない。ふざけないで」

 絶対にないと言いつつ、俺から離れようとしているのは危機感の表れじゃないだろうか。

「そういえば、リカってユウサク君と一番仲がいいよね」

「仲がいいっていうか。リカって波長が男に近いから話しやすいんだよな」

「ムカ」

 表情の薄いリカが心情を言葉で表した。

「どうすんだよ。こいつが俺に惚れたらワカナのライバルだぞ。もう仲良くできないな」

「リカ、どうなの」

「ないから」

「俺に惚れない女がいるわけないんだよな。この顔で俺がどんだけ苦労してきたと思ってるんだ。ほら、俺の顔をよく見てみろ」


 顔を近づけて見つめ合っていたら、リカの方が先に視線を逸らした。これは本当に脈があるように見えるのだがどうだろう。そういう感情は本人が思っているより周りからはわかりにくいので何とも言えない。


「ちょっとやばいかも」

「やばいかもじゃないよ。それならユウサク君から離れなよ」

「その得意げな顔がムカつく」

「ホントだよね。女の友情を壊そうとしてるんだよ」

「女の友情なんて言葉はないよ」


 信用できる男なら命を預けても平気だと、男は生まれながらに知っているから友情というものが成り立つのだと聞いたことがある。女はお互い裏切るものだとわかっているから、友情が成り立たないのだ。


「ごめんね、ワカナ。コシロは私のもの」

 そう言って、リカが俺の肩の上に手を置いた。

「頭でも打ったんじゃないの。言ってることおかしいよ」

「俺は俺のものだよ」

「今日から私はコシロの女になった」

 そう言って、リカは俺の足の上に座ると、俺の首に腕を絡めてくる。

「そういうことだな」


 そういうことだぜとか言いながら、そのずうずうしい態度にイラっと来ているので、リカの胸に手を回した。そこにある柔らかいものを掴んだら、リカも負けじと腕で首を絞めてきた。


「凄くぎこちない感じに見えるけど」

「そんなことない。それじゃコシロ、一緒にお風呂でも入ろ」

「マジで!? いいのか」

「なーんちゃって、嘘。コシロは馬鹿だね」

「はあ。嘘かよ」

 リカがぱっと何の未練も感じさせない動作で俺から離れた。

「こういうふうに男を手玉に取ればいいの。ワカナも頑張って」

「手玉にって、思いっきりおっぱい触られてたじゃん。そんなの絶対におかしいよ」

「そうだよ。損しかしてないだろ」

「そうかも」

「かもじゃない。そんな負け犬の生き様でいいのかよ」


「だんだんムカムカしてきた」

「ははっ、そうだろ。やーい、ただで触られてやんのー」

 目の前にあった、仏頂面の額に青筋が浮かんだ。青筋が浮かんでも、何故かリカは無表情だった。

「本当にワカナはこんな男のどこがいいの。顔しか取り柄がない」

「馬鹿なこと言うな。この俺以外に魔王を倒して世界を救える奴がいると思うかよ」

「リカは思慮が足りないし、ユウサク君はいくらなんでもリカに遠慮なさすぎだよ」

 ワカナが怒り始めたので、俺とリカは目くばせで話題を変えることにした。

「それでコシロはいつまで遊んでるの。さっき雪が降ってたよ」

「いつまでって言ってもなあ。目標だった最強パーティーは作れたし、次に目指すもんがないんだよな。レア装備だって揃ってきただろ」

 レア装備と聞いてリカの表情が曇った。そもそも忍者は装備依存度が低いのだから気にしてもしょうがない。


「悪趣味なセクシャルコンパニオン集めはもういいの」

「集めてるなんて言い方するな。だけど、せっかくボスを攻略しても、頭数で割るから金を貯めるのが大変すぎるんだ。もう運しだいだから、シャカリキになってやる気にもならないんだよ」

「でもユウサク君がやる気を出してくれないと、いつまでもこの世界に閉じ込められたままだよ」

「そうだよ、頑張って」


 休みが欲しいと言ってやる気になってないくせに、人に頑張ってもないものだ。だけどしばらくはミサトたちとやってみるのもいいと思っている。俺たち以外のギルドがどんな感じなのか見てみたいのだ。

 それに俺たち以外のギルドが、上手く行っているようには見えないのだ。もしそれを放置しておくと、もしネットゲームでレイドと呼ばれるような大規模な攻略が必要になった時に詰んでしまうことになる。


 そのレベルの攻略が必要になった時には、急ごしらえの編成ではまとめきれないだろう。それには大規模なギルドの力が必要になるはずだ。

 今のところ6人パーティーでどんな敵も倒せているが、そろそろドラゴン以上のボスの存在が出てきてもおかしくない。


「私の布団の上にあんなに堂々と寝転がって、天井なんかにらんでるよ」

「きっとゲームのこと考えてる。それしか興味のない男だから」

「あんな調子で、朝からずっと私の邪魔をしてるんだ」

「二人きりなんだから喜べばいいのに」

「私の部屋にいられたら落ち着かないよ」

「俺の悪口なら他所でやってくれ」

「ここはワカナの部屋」

「この布団を温めたのは俺なんだ。今更離れるつもりはないぞ」


 そう言ったら二人に抱えられて部屋の外に追い出された。ギルドハウス内はワカナの部屋しか暖まっていない。ニャコとクウコが俺の布団の中にいるはずだが、ゴロニャンと猫みたいにすり寄ってくるから、あんまり一緒にいると鬱陶しいのだ。

 それに近くでうろうろされると、短いスカートから太ももがチラチラと見えて性欲が刺激され、ついつい最後までやってしまい体力を失う。


 もう既に体がだるいほど昨日の夜に相手しているので、今日は大人しくしていたかった。どうしたものかと途方に暮れていたら、クレアが帰ってきた。

 今日は市場でコウタに会いに行くと言って出ていたのだ。例のドレスをいくらで買うか話を付けに行ったのだ。


「暖炉に火も入れないで、いったい何してるのよ。寒くないの」

「寒くてこごえてるよ」

「そうなの。コウタに会って来たんだけど、今までに出た売りは一度しかなかったそうよ。やっぱりもの凄いレアなのね。買えないかもしれないわ」


 クレアが暖炉に薪を入れてくれたので、俺が魔法で火を着けた。だけど部屋が広いから暖まるのはいつになるのかわからない。

 どんどん薪をくべていったら空気の通りが悪いのか余計に火が小さくなった。それを見たクレアが怒りだしたので、俺はその場から離れた。クレアが暖炉の中をいじり始めたので、俺はソファーの上で熊の毛皮にくるまった。


 しばらくして部屋が暖かくなってくると、昼飯を食べにみんなが集まってきた。俺は鍋焼きうどんを選んでそれを食べた。そのまますることもなくて、ゲームでもしたいなと思いながらテレビを見て時間をつぶしていた。

 テレビでは、冬でも狩りができるフィールドなんて話をやっていた。雪が降る場所では危険だからやめた方がいいということだった。


 確かに雪で地面が見えないような状態で戦うなど、推奨されないというのもわかる。やるならダンジョンか暖かい地方だろう。テレビでは、なぜかそう遠くないところにある常夏の地方を紹介していた。

 さすがに退屈すぎてどこかに遊びに行ってみるかと考える頃、タクマから帰ってきたという連絡が入った。

 もう夕方になるというのに、俺はミサトたちのギルドハウスに飛んで行った。


 長いキャンプ生活から帰ってきたからか、みんな憔悴したような表情でゾンビが歩き回っているようである。タクマもいつものような元気がなく、歩くのもやっとというほどやられていた。

 サキュバスとキメラがおいしいからといって張り切りすぎな気がする。

 タクマの案内についていくと、ミサトのところへと案内された。


「こいつが一緒にやりたいそうなんですよ。ギルドメンバーに愛想つかされたんすね。俺たちのところに入れたいんですけど、どうですか」

「いや、愛想はつかされてねえよ。ちょっと砂漠の洞窟で精神をやられたんだ」

「ほー、ユウサク君が来てくれるのはありがたいね。それじゃあ、ランク30以上のメンツで新しいパーティーを作ろうか。タクマ君もそっちに入ればいい」

「タクマじゃランクが低すぎて着いてこれないんじゃないのか」

「俺だって30になったんだぞ。それに一通りの魔法は覚えたんだ」

「うちは最高がランク33だから、タクマ君も十分高ランクだよ。テツヤ君たちには僕の方から他のパーティーに入るように言っておくよ」


「じゃあ明日からってことで。場所はどこにします」

「明日!! 休みなしでやんのかよ!」

「任せるよ。一応、聖騎士一人に、僕と君が魔剣士で、聖職者に魔法使いと、あとは盗賊にしておこうかな」

「タクマじゃいざって時に敵が倒しきれなそうだけど、それでいいと思いますよ」

「おい、どうして明日からなんだ。俺を殺す気か」

「騒ぐなって、別に何もやることはないだろ」

「正気かよ!?」

「なんだよ。俺とやればボスだって倒せるんだぜ」

「過労死でロストしたらどうするんだ」

「ユウサク君に加わってもらえるようなチャンスは滅多にないからね。タクマ君も頑張ろうよ」


 新しいパーティーということで慣らしからやりたいが、俺が知ってる雪が降らないフィールドは砂漠地帯かジャングル地帯くらいしかない。あとはダンジョンということになる。ダンジョン内なら一年中温度が一定で、低層に行けばより快適にやれるだろうとテレビでやっていた。

 その後は話だけつけて、どこでやろうか考えながら帰った。


 聖騎士がいて魔剣士が二人なら腐王の墓もいいだろうが、ヒーラーがどんな感じかわからなければ危ういような気もする。

 ギルドハウスに帰ったら、ちょうど夕食の用意が出来ていた。

 この日もモーレットは帰ってこなかった。アリスたちといるのがよっぽど楽しいらしい。悪いことでも覚えて帰って来なければいいのだが、あの二人といてそれはないだろう。


 夜になって景色のいい風呂に入り、夜のお楽しみの方は控えたいなと考えながらベッドに入る。すでに風呂場でニャコに体を洗われながら一回出されてしまっている。

 ソープランドばりの洗われ方をしたら我慢などできるものではない。これ以上は我慢しておかないと、明日は新しいパーティーで狩りに行くのだから、体力が持たなくなってしまう。

 そんなことを考えていたら、アイリが俺の部屋にやってきた。


「そのパジャマはなんなの」

「いいだろ。ワカナに作ってもらったんだ。シルクだぜ。ツヤが違うだろ」

「まあ、貴方が気に入ってるなら何も言わないわ」

「意地の悪い女だな。他人の寝間着をけなすためにわざわざ来たのかよ」

「違うわよ。アルクのランクを上げるのにどうしたらいいかと思って聞きに来たの」

「あんなお化けちくわのランクを上げてどうなるんだよ。ただでさえ経験値が必要になってるんだから、もう犬も猫も連れて行くのはやめてくれよ」

「留守番をさせておくにも、ランクは高い方がいいでしょ。貴方のコンパニオンが泥棒に襲われてもいいの」


 本当に留守番をさせておく気があるのだろうか。これまでは俺が反対しても勝手に連れてきていたというのに、いまさらそんな言葉は信じられない。


「そんなはニャしは明日でいいでしょ。もう寝ようよ。ゆうくん」

「だからひっ付くなって。そういうのはやめてくれよ」

「大変そうね」

「まあな。こいつらを満足させるだけでも枯れそうだよ」

「そ、そんなことより、今思いつくだけでもいいから、いい方法を教えなさい」

「まあ、遠距離攻撃をしてこない敵相手に範囲狩りだろうな。ブリザードとメテオでさ。ちくわが移動にステータスを振ってただろ。あいつに敵を集めさせて、お前が適当に魔法で倒せばいいだけだよ。ちくわがロストしたって、そっちの方が早いと思うぜ」

「それだとアルクが戦いの経験を積めないと思うのよね」

「ゲームなんだから、そんなの必要ないって。適当にランクが上がれば強くなるよ。もしくはダイアの上に載って敵を集めさせてもいいな。出来るならだけど。それにしても、お前は畜生どものランクなんか上げてやって何が面白いんだ。もうちっとマシな趣味を見つけろよ」

「貴方に言われたくないわ。貴重なご意見どうもありがとう。それでは失礼するわね」


 それでニャコたちと寝ようと思ったら、ニャコもクウコも明らかに機嫌が悪い。ニャコたちを放っておいてアイリなんかと話していたからかと思ったら、そうではなかった。


「畜生なんて言葉を使う人とは思わなかったわ」

「そうだよ。ゆうくん、見損ニャったよ」


 どうやら彼女たちにとって、畜生という言葉はタブーであるようだった。ケモノというよりは、普通の人間に、ネコやキツネの耳や尻尾が付いているだけに見えるのだが、心はネコやキツネに近いつもりでいるらしい。

 やれやれという感じだが、まあ今日は無事に何事もなく寝られそうだから良しとしよう。

 そう思って俺はベッドの中に潜り込んだ。


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