第31話 クウコ


「メエちゃんなんてどうだろうな」

 セクシャルコンパニオンを買うと伝えたら、俺の部屋まですっ飛んできたタクマに、開口一番そう言った。そしたらタクマは泣き出しそうな顔になった。実際は小悪魔のような羊娘に興味はない。

「それだけはやめろよ。やっと金が貯まるようになってきたところで、クソドラゴンにロストさせられたんだぞ。なんとか装備だけは帰って来たけどよ。これ以上俺の心を折りに来るようなことはやめてくれ」

「冗談だよ。クウコにする予定だ」

「心臓に悪い冗談やめろよ。やっぱりドラゴンから金を手に入れてたのか。よくあんなもの倒せたよな。それにしても今度は金髪かあ」


「一人で行くと恥ずかしいからお前もついて来いよ」

「そんな人間らしい心が残ってたのか。別に暇だからいいけどよ。このままだとお前が最高級コンパニオンをコンプする勢いじゃねーか」

「やっぱりボスを倒してきたのが大きいな。最初の頃に何度もやられたけど、それで大体のパターンは掴んだから、もう楽勝だよ」

「お前がそれだけ稼いでるってことは、サラシナさんたちも同じくらい稼いでるんだろ」

「ああ、アイリとクレアがしょっちゅうくだらないペットを買ってくるよ」

「お前もすげえ派手な格好になったもんだよな。街じゃ裸電球って呼ばれてるぜ」

「ふっざけやがって。なにが裸電球だよ」

「だけど眩しすぎるだろ。外で見たら相当なものだ」


 熊の毛皮のコートを着ているから、白い金属質な部分が見えるのは前面だけである。360度に光ものを晒して歩いているわけじゃない。


「はあ、俺はもうちょっと周りから恐れられる存在になりたいよ」

「なに言ってんだ。お前の周りにいる奴で、お前の行動を恐れてない奴なんているかよ。今の発言を含めてな」

「ははは、褒めたって金は貸さないぞ」

「褒めてねえよ。もうちょっと人間らしい心を持てって話だ」

「女どもみたいな、つまらない説教はやめろ」

「サラシナさんの女友達の話じゃ、彼女はお前に期待しすぎだって話したぜ。今はもう、誰も期待しすぎてるなんて思ってないだろうけどな。サラシナさんは最初からお前に期待してたんだ」

「よせよ。あいつは人を誉めない女だ」


「それにしても、ニャコちゃんに続いて、あの金髪ショートカットの綺麗なクウコちゃんまでお前のものかよ。キツネの尻尾がゴージャスでいいんだよな。世の中不公平だよ」

「お前は、あと300万くらいの金をさっさと貯めたらどうだ。この一週間でどのくらい貯まったんだよ」

「12万くらいだな。確かに魔法を揃えちまったら貯まるようになってきた。だけどもうサキュバスの相手はうんざりだ。あの穴倉にいると毎日毎日おんなじ景色で気が変になりそうになるんだよな」

「そのペースだと、あと半年くらいかかるじゃないか。絶対、誰かに先を越されるぜ」

「ならいっそのことお前が買ってくれよ」

「だから俺は金髪がいいんだっての」

「どうしてお前ばかり、そんなにいい思いができるんだ。あの時お前が仲間にしてくれてたら、こんな苦労することもなかったのによ」

「俺だってそのつもりだったけど、さっさと糞ステータスにして、他所でやるって言い出したのはお前だぜ。それで仕方なく、俺は今のパティーでやってたんだ。あいつら口うるさくてかなわねーよ。母親とゲームをやってるみたいだ」

「お前が子供過ぎるんだよ。あんまり迷惑かけてやるな」


 こいつまでアイリみたいなことを言うのかと嫌になった。最近、素直に俺のことを誉めたのはアンくらいで、後はコウタの社交辞令だ。


「さて、お前を羨ましがらせてやるから、俺を奴隷商のところまで飛ばしてくれ」

「まだクールタイムだよ。それより飯でも食わせろ」


 俺はワカナに言って、一人分多く昼飯を作ってもらった。最近では皿に盛られた普通の食事になっている。デザートまでちゃんと小皿に盛られて出てくる。

 タクマは女に囲まれてご機嫌な様子だった。


「いやー、こんなにまともな食事は久しぶりだよ」

「なんだよ。まだ飯まで切り詰めてんのか」

「そうじゃない。畑を放置してみんなでダンジョンに入ってたから何もないんだ」

「こいつら、まだあの初心者用ダンジョンでやってるんだぜ」

「へー、今思えばあのダンジョンは楽な方だったよね。たくさん歩かされることもなかったし、驚かされるようなこともないし、凍りついてたりもしないし」

 ワカナが懐かしい思い出を語るような顔をして言った。確かに王都の周りのダンジョンはろくなものがない。

「今日はどうしてきたの」

「こいつが新しいセクシャルコンパニオンを買うっていうからさ」

 リカの質問にタクマが平然と答える。

「そんなことまでバラすなって、反対されたらめんどくさいんだよ」


「みんなこいつには手を焼いているでしょ」

「そうよ。頭のねじが足りないから大変なのよ」

「アイリの言葉を聞いたかよ。ずいぶん上から物を言ってくるだろ。このクレア母さんとアイリ婆さんが、いちいち俺に説教してくんだよな」

「婆さんですって!」

「確かに手間のかかる子供みたいよね」

「二人とも口うるさい母親そっくりなんだ。マジでゲームを楽しめねーよ」


 俺がそう言ったら、アイリがマザコンとか言い出して、そんなわけあるかと返したら、クレアが母親と上手く行ってないのと言い出した。


「母親との関係なんてそんなもんだよ。小さい頃は恋人みたいな感じだけど、中学に上がるころには、母親なんて家来かなんかだと思ってるし、高校を卒業するころには口うるさい恩人くらいの関係になるんだ」

「タクマの言うとおりだぜ。お前らもそのうち、うっせえクソババアとか言われるようになるんだ。それだけ口うるさかったら、子供もかわいそうだな」

「私の子供がそんなこと言うわけないじゃない」

 クレアのその言葉に、俺とタクマは同時に首を横に振って否定する。


「そういえば、さっき王様から使いの人が来たよ。お礼のお茶会に招待したいんだって。奴隷なんか買いに行くのはその後にしなよ」

「奴隷じゃなくてコンパニオンだぞ、ワカナ。それに奴隷なんかとはなんだ。コンパニオンのオーナーになるのは男の夢だぜ」

「その馬鹿な夢をかなえるのは後にしたらって言ってるの。それに、そんな沢山必要なの」

 リカが呆れたように言った。

「いればいるほどいいに決まってるだろ。王様なんか待たしときゃいいんだよ。行くぞタクマ」

「三時までには帰ってきなさいよ」


 ギルドハウスから出ていく俺たちにクレアが言った。俺とタクマはマステレポートで奴隷商館までやってくる。周りの人がこちらを見ていないのを確認してから中に入った。

 俺は、この目立つ鎧をなるべくコートで隠すようにしている。俺たちを出迎えたのは、もうすっかり顔なじみになった奴隷商の男である。


「このたびは王都を救っていただきありがとうございます。私どももドラゴンなどを見たのは生れてはじめての事でございましたから、コシロ様に倒していただかなければ、逃げ遅れていたかもしれません」


 俺たちを奴隷として売っておいてお客様扱いもないものだ。買い手が見つかるまでの奴隷なんて、刑を待つ死刑囚のような心境であった。


「感謝の気持ちで安くなったりはしませんか」

「私どもは商売に私情を持ち込むことはありません。それが商売の秘訣というものです」


 そんなこと言ってるが、ゲームのシステムで値段が決められているだけだろう。NPCが気分で変えることなどできないもののように思える。

 奴隷商の男は俺たちの前に一番高いセクシャルコンパニオンを並べてくれた。


「お客様のようにお金に余裕がおありでしたら、戦闘コンパニオンを買って稼がせるということもできますよ。稼ぎはすべて貴方のものにできます。レアアイテムなどを手に入れてくることもあるでしょう。食事代の他に装備などにもお金がかかりますが、だいたい数か月もすれば元が取れて、利潤もあげられるでしょう」


 ギルドハウスを借りて住まわせるとすれば、それだけで週に数万の出費になる。最初にかかる装備代なども入れれば回収できるのはずっと先だろう。しかも、これは自分も一緒になって狩りに行くという場合のシステムであるような気がした。

 俺は目の前に並べられた少女たちを見回した。やはり金髪のキツネ娘が一番かわいいように思える。色白の肌が雪国生まれを連想させる。


「ふふふ、いい男でよかったわ。この日を楽しみにしてたのよ。よろしくお願いね」

「よろしく頼むよ」


 俺がクウコを買うと告げると、彼女は怪しい笑顔で笑った。人を化かす類の狐ではないことを祈りたい。尻尾を確認すると八つに割れているとかいうことはなかった。

 大きな胸が張り裂けんばかりに飛び出していて、なんとも言えない色気がある。スカートから見える太ももにかなりそそられる。


「ずるいずるいずるいずるいずるい。卑怯者」


 俺は600万払い、例のわけわからない儀式を済ませた。奴隷会館から拍手をされながら出て、帰りこそタクマのマステレポートで帰ればよかったと後悔した。

 俺たちはなるべく人通りの少ない路地を通ってギルドハウスを目指すことにした。しかし今の俺が目立たないようにするということなど不可能なことだ。


「俺も戦闘コンパニオンを雇ってやってみようかな」

「もとを取るまでに何か月もかかるぞ。それに召喚組とやった方がいいと思うぜ」

「それで上手く行ってないんだよ」

「やっぱりさ、普通に敵を倒して稼ぐのが一番早いんだ。特に後衛職をやって少しランクが高い敵を倒すのが一番だな。恨みを買ったりリスクを取ったりしないようにやるんだ。このゲームは教育的というか、苦労しながら地道にやる以外の方法を取ると、失敗しやすいぜ」

「お前はどうなってんだ。お前ばっかりかわいい子を手に入れやがって」

「それも失敗しながらやってきたからだよ。お前に今できることは、もうちょっと使える奴が集まったパーティーに移動することだな」

「ミサトさんたちのパーティーに入れてもらうか。やっぱり女の子がいると本気じゃないっていうか、慎重になりすぎるところがあるんだよな」

「本気でやらせりゃいいだけだと思うけどな」


 ギルドハウスに着いてすぐに、俺たちは王城に行くことになった。タクマは一人で帰って行った。ギルドハウスから15分も歩かないうちに王城には着いた。

 俺たちを出迎えたアンが手を振っている。

 今回は城内に招き入れられて、必要以上に広い部屋で王様と対面することになった。姫様やアンも席についている。

 別段面白い話があったわけではなく、ただ雑談のような話をするだけだった。


「そこで現れたユウサクは、ポケットに入れた手を出しもせずに、ただドラゴンの横に立っていただけなのです。まさかこの男が王都を救ってくれるなんて、そこにいた皆が夢にも思わなかったでしょう。ボロを着て武器も持たずに立っていただけなんですから。そしてドラゴンの持つ呪法の力を解くと同時に、燃え上がったドラゴンからのダメージを利用して、瞬く間に倒してしまいました。結局最後までポケットから手を出すことなくドラゴンを倒して見せたのです。ドラゴンが倒れるまで一瞬の出来事でした」


 アンが一人で盛り上がって、その話を王様と姫様が熱心に聞いている。俺はと言えば、注がれるがままにコーヒーを飲んでいた。早く帰ってクウコとイチャイチャしたい。

 しかしアンは自分が目を付けただけはあると自画自賛で盛り上がっていてお構いなしだ。ひとしきりアンのお喋りを聞いた後で、王様からいくつか質問が投げられた。


 ガードにならないかとかそんな話で、断るだけでも言葉を選ばなきゃならないから骨が折れた。それが終わると褒美をつかわすという話になって、三つのアイテムの中から一つを選んでいいということになった。

 選択肢は、フレアの魔法書、アブソリュートマジックバリアの魔法書、レッドドラゴンスケイルメイルである。


 レッドドラゴンスケイルメイルは攻撃力を上げる鎧で、モーレットが装備するのにいいだろう。だからアイリとワカナとモーレットでじゃんけんをさせて選ふことにした。

 じゃんけんに勝ったのはアイリで、フレアの魔法書を貰うことになった。

 クラスⅤの魔法で、単体攻撃の最上位魔法である。


 その後で姫様が俺と話したいと言っているとアンに呼ばれて、姫様の部屋で話をした。なぜかアンも一緒である。みんな帰っていたので、俺だけ居残りで適当におべっかを並べるということをやらされる。

 三人で夕食を食べてやっと俺は解放された。ギルドハウスに帰ると、もう一度食事の時間になってしまった。

 だけど食事の前にクウコを紹介しておかなければならない。


「紹介するよ。新しく家族の一員になったクウコだ」

「ふふふ、皆さんよろしくね」

 彼女の前ではアイリとクレアも子供に見える。

「で、こいつらは俺が使ってる家来たちだ。好きに使ってくれていいからな」

 みんな押し黙って、責めるような視線を俺に向けるのみだった。

「じゃあクウコはアイリとクレアの間にでも座ってくれよ。ちょっとアイリとキャラがかぶってるところがあるけど気にしないでくれよな」


 飯を食い終わったら、俺はアイリの部屋に行った。飾りっ気は何もないが、部屋の中はどこで買い集めたのだというようなつまらないものが並んでいる。

 アイリは椅子に座ってアルクをブラッシングしているところだった。


「なあ」

「なにかしら」

「お前の下着くれないか」

「やっぱり人間の女は愛せない男なのね。下着を欲しがるなんて異常だわ。悪いけどなくしてしまったから持ってないわよ」

「いや、クウコに着せたいんだよ。ニャコがリカから貰ったいいの付けてるから、クウコにこっちのやつを着せたらかわいそうだろ。たしか黒いやつをチェストに入れてたよな」

「……どうして色まで知っているのかしら」

「だけどやっぱいいや」

「なによそれ。どうして気が変わったのよ」

「いや、よく考えたらサイズが合わないよな。俺としたことがサイズのことを失念してたよ。あの黒いやつがよかったんだけどさ」

「……私の神経を逆なでしに来たの? それとも本物の馬鹿?」

「うるせえな。もういいって言ってるだろ。嫌味が言いたいなら、そのちくわにでも聞かせてやれ。お前こそ他人の神経を逆なでするようなことしか言わないよな」

「私が今どのくらい怒っているか、貴方には想像もできないでしょうね」

「できないね」


 俺はクレアに頼んでみることにした。モーレットはずだ袋を着てたくらいだから服なんて持ってないだろう。殴られそうで怖いなと思いながらクレアの部屋のドアを開けた。

 なにを考えているのか、クレアはレイピアなんか持って素振りのようなことをしていた。

 正気かよと思いながらベッドに腰かけたら、クレアの不満そうな顔を見てノックもなしに部屋に入るなと言われていたことを思い出した。


「なんの用よ」

「なんでそんなもの振り回してんだ。家の中でやることかよ」

「家の中で振り回してるわけじゃないわ。ゲームの中で振り回してるの。人に当たっても魔法ひとつで傷くらい治せるでしょ」

「そういうことはアイリあたりの胸を一突きして、それで死んでなかったら言えよな。そんな気迫で突かれたらアイリなんてひとたまりもないぜ。俺が突き殺されたらどうしてくれんだよ。まあいいや、そんなことよりさ、お前の下着を譲ってほしいんだけど、どうかな」

「それって、まさか貴方なりの愛の告白とかじゃないわよね」

「そんなわけあるか」

「じゃあ僕は変態だから下着を下さいって意味なのね」

「違うよ。クウコに着せたいから寄こせって言ってるんだ」

「嫌よ。殴られる前に出ていきなさい」


「そんなカリカリすんなよ。変なことには使わないって言ってんだから別にいいだろ」

「あのね。私は怒ってるのよ。どうしてニャコちゃんだけで満足せずに二人目を連れてきたのよ。もうちょっと真面目に生きる気にならないの」

「俺は魂の導きに真面目に従ってるよ。それに、お前がその剣でアイリを突き殺して、奴隷として売られることになったらどうだ。その時は俺に買われたいだろ」

「そ、そんな事あるわけないじゃない。あいかわらず思いあがったこと言ってるわね。もっと優しくて紳士的な人がいいわ」

「そんな奴いるか。下心もなく女にやさしくしてくれるのは父親だけだぞ」

「人間なんて、いつ死ぬかわからないのよ。貴方も、もうちょっと悔いのないような生き方をしなきゃだめじゃない」

「人間なんかいつか死ぬんだ。張り切るだけ無駄なんだよ。犬死にしようが天命を全うしようが、結末は変えられないんだ。お前も、もっと気楽に生きろよ」


「神様は見てるわよ」

「無から生まれて無に帰るだけだよ。なじみの場所に帰るようなもんだ。それを必要以上に恐れるから神様とか言い出すんじゃないのか」

「アイリの言うように暴力で躾けなきゃダメなのかしらね」

 冗談のつもりなのか、クレアが笑顔でそんなことを言った。

「神様は見ていらっしゃるぞ」


 これ以上話しても進展はなさそうだから、俺は逃げるようにしてクレアの部屋を後にした。

 こうなるともうワカナしか残っていない。ある意味一番怖いんだよなと思いながら、ワカナの部屋のドアを開けた。


「よう」

「よう、じゃないよ。その顔を見ただけで嫌な予感がするよ」

「そんな言い草があるか。俺はお前の下着を貰いに来ただけだ」

「正気の人間の口から出る言葉じゃないよね。リカに貰ったのだけじゃ足りなくなったんだ」

「そういうことだな」

「私のはリカみたいに高い奴じゃないから」

「値段なんかどうでもいいよ」

「そう、じゃあ変なことには使わないでね」

 予想外なことに、ワカナは布切れに包んだ下着を素直に渡してきた。

「貸し一つだからね」

「ああ」


 こうして俺は、やっとの事でもとの世界の下着を手に入れた。

 自分の部屋に帰ると、すでにニャコもクウコもベッドの上だ。その間に横になるが、ニャコは俺に背中を向けたままで、こちらを向こうともしない。


「なあ」

 と肩に手を置いたら振り払われた。

「ニャんニャのさ! 私だけじゃ満足できニャいの!」

 ここにもめんどくさいのがいたかと、俺はなんだかひどく疲れた。

「そんな子、放っておけばいいじゃない」

 とか言ってるクウコの相手をしたら余計にこじれるのだろうなと思う。

 俺はため息をついてから、ニャコのご機嫌取りにとりかかった。

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