第29話 ドラゴンの王都襲撃


「今日は貴方に部屋を取ってあげたわよ。明日には帰りましょう」

 アイリはいつになく晴れやかな顔をして言った。

「えっ、奴隷の私などが部屋に寝てもよろしいのですか!?」

「アイリも、ちょっと意地悪しただけじゃない。あんまり根に持たないであげなさいよ」

「お前も同罪だからな。レイプされて山に埋められたって文句なんか言うなよ」

 俺の剣幕にクレアは黙り込んだ。

「冗談に聞こえないわよ。馬小屋で寝かされただけじゃない。貴重な体験だと思いなさいよ」

「貴重な体験!? 貴重な体験だと! 馬糞臭いし寒いし、おまけに一日中いびり倒されて貴重な体験だとか言ってるのかよ。お前なら一日と持たないだろ。だいたいペット以下の扱いをされて、自尊心なんか跡形もなく踏みつぶされまくってるんだぞ」

「私はアイリ様を守る騎士なのだ。貴殿とは立場が違う」

 ダイアに跨って腕を組みながら、偉そうにしているアルクが言った。

「うるせえよ。ただのちくわのお化けのくせに馬鹿にしてやがるぜ」


「そんなことより釣りをしましょうよ。今日が最後なんだから頑張りましょう」

 クレアが空気を変えようとしたのか、そんなことを言う。

「ちょっとユウサク、餌取ってくれない」

「アイリは偉そうにするのが、ずいぶんと板についてきたな」

「そんなことじゃないわ。貴方の方が近いんだから取ってって言ってるのよ」

 俺はパンくずを練ったものをアイリの方に投げた。

「これは、どうやってぎゃふんと言わせるか考えてる顔よ。アイリ」

「私は、貴方の言うゲームのルールを尊重しただけなのよ。逆恨みして変なことしてきたら許さないからね」

「許されないからなんだってんだ。許してもらおうなんて思ってねーよ」


「だけど勝手に奴隷として売られてたのは貴方の方じゃないの。ドジを踏んで犯罪者になったのが悪いんでしょ。私は貴方のようにゲームのルールで遊んでるだけよ」

「あのな、奴隷にやさしくしたって犯罪じゃないんだぞ。あれだけこき使っといて俺が悪いみたいな言い方はやめろよ」

「じゃあ、もし変なことしてきたら貴方の秘密を広めるわ」

「どんな秘密なの」

「街を歩いてたら、ヘイお嬢さんお茶しないって声を掛けられたことがあるのよ」

「ナンパにおける、伝統的な声の掛け方だろ。何がおかしいんだよ」

「おかしいことしかないわよ」

「かわいい女だと思ったら、お前だったから、がっかりしていたら、すぐに睨みつけるような顔して逃げてったよな。傷ついた俺は二度と女に声を掛けないと誓ったんだぜ」

「その馬鹿みたいな声の掛け方を広めるわ」


「ははは、じゃあ俺の知ってるお前の秘密を教えてやろう。胸元がスカスカなのに肩揉みなんかやらせるからさ、アイリの黒い乳首が見えてたんだよなぁ。着慣れない胸元の開いた服なんか着てるからだぞ。今日からお前のことをがっかりレーズンって呼んでやるよ」

「まさか……」

 俺の言葉にクレアまで顔をひきつらせた。

「いやクレアの胸元には隙間なんてなかったから安心しろよ。がっかりレーズンは見え透いた泣き真似をやめろ。嘘だとわかってても心配になるだろうが」

「そんなの黙ってないで教えてあげなさいよ。どうして黙ってるの。アイリが可哀そうだわ」

「奴隷の立場でそんなこと言ったらどんな目に遭わされるんだよ。そんな事を口にしてみる勇気は起きなかったね」

「……もう、お嫁にいけない」

「どうだ、これを広められたらお前の人気も終わりだぞ」


「貴方のせいで、もうお嫁に行けないわ!」

「うるさいな。そん時は俺が引き取ってやるよ。だけど秘密は王都中に広めるからな」

「ちょっと、どういうことよ。いつの間にアイリとそんなに親しくなったの」

「いや、そんなに親しくはないけど……、結婚相手なんて特にこだわりないしいいだろ」

 アイリがこんな男嫌だわとか言って、また泣き真似をしている。

「どこまで馬鹿なのよ。それなら私でもいいってことになるじゃない」

「そうだな。……確かにお前の方が優しいし、がっかりレーズンよりはいいかもな」

「でもクレアは暴力を振るうわよ」

「振るわないわよっ」

「現実世界なら、こんな栄養失調に暴力ふるわれたってなあ」

「貴方は、このクレアですら怒らせるのよ。人を怒らせる天才だわ。きっと怒らせて物を投げつけられるわよ。それに当たれば痛いじゃない」


「あ、やっぱりお前の方がいいか」

「そうでしょ。それと、私はそんなに黒くないわ」

「いや、黒かったね」

「光の加減でそう見えただけよ。ねえクレア」

「確かに黒くはないわよね。だけど、そんな話したくないわ」

「きっと貴方の勘違いなのよ。別のものを見たのね。もう忘れなさい」

「違うつーなら、もう一度見せてみろよ」

「キャーーーーーー!」

「なんなんだよ。大げさに叫んじゃってさ」

「それで興奮したの? 嬉しかった?」

「まあな」

 俺は社交辞令でそう返しておいた。実際はなぜか興奮しなかったし嬉しくもなかった。

「そんな話やめなさいよ。アイリもはしたないわ」


 そんな感じで騒がしくしていたからか、最終日は思ったほどの釣果が出なかった。

 その夜、俺はやっと室内に寝ることができてリゾート気分を味わうことができた。次の日になってギルドハウスに帰る。モーレットたちも帰ってきたので、明日からモンスター狩りを再開することにした。


 リカと相談してギルドハウスの防犯だけはグレード5にすることにした。グレード5になるとガラスすら簡単には壊せなくなる。メテオレベルの魔法でも使えば壊せるだろうが、ガードが駆けつけてくるからそれもないと安心できる。

 そしてついでに、俺の部屋にギルドマスター用の最高級な椅子を設置してもらった。むちゃくちゃ豪華な椅子で、座ってるだけで世界を支配したような気分になれるやつだ。


 奴隷生活明けで三等国民のような扱いをされてきた反動だろうか。こんな椅子に座っているだけでも心が癒されるような気がする。

 アイリたちから受けた扱いはコンパニオンではなく、奴隷や召使いだったから心が傷ついていたのかもしれない。


 俺はその椅子に座って、モーレットからお土産でもらった防犯用の銃をくるくる回して遊んでいた。8連発のセミオートマチック拳銃で、モンスター相手には使えないが、動物や犯罪者には使うことができる。弾を作り出したのはモーレットだから、威力だって出るかもしれない。

 しかし使っている弾の大きさは、魔銃士が使うものに比べて小さすぎるから過度な期待は禁物である。これは防犯もかねてニャコに持たせておくのがいいだろうと考えている。


 銃で遊んでいたらクレアが部屋に入ってきたので、俺は「誰だ!」と叫んで拳銃を向けると、素早く撃鉄を起こした。

 部屋に入って来たクレアは大げさな叫び声をあげた。どうやら飲み物を持ってきてくれたらしい。怯えたような顔をわざと作って俺の前までやってくると、テーブルの上にコーヒーを置いた。


「気をつけろ。……もう少しで撃つところだったぞ」

 俺はわざと渋い声を作って言った。

「命を狙われているのね。そんな椅子に偉そうに座っちゃって、何のつもりかしらね」

「男なら常に一人や二人、命を狙う奴を抱えてるもんだぜ」

 クレアはふーんと言って、俺の冗談に笑いもしない。

「畑の作物を、宝物庫から持ってきたものに植え替えたの。それまで生えてたものはストックも十分にできてたから抜いてしまったわ。祝福された種もあったから、今度生えてくるものには期待が持てるわよ」

「ちゃんと誰でも好きそうなものを思い浮かべながらやったのか」

「やったわよ。でも効果があるかは知らないわ」


 それだけ言うと、クレアは俺の部屋から出て行った。今度はリカがやってくる。リカはどこで手に入れたのか、タイツを服の下に着てマフラーのような物を首に巻いていた。そして熊の毛皮で作った袖なしの羽織のようなものを着ている。ちゃんちゃんこという奴だ。

 腰には薪採取用の鉈を吊るって、そんな恰好をしているからマタギにしか見えない。この格好は女子高生として嫌じゃないのだろうか。


「かっこいいマフラーだな」

「12万もした。温かいの」

「薪もずいぶん集めたんだな。売るほどあるじゃないか」

 森に落ちている棒を、大きめのナイフか鉈で二回叩くと薪が収集できる。結構な重労働だろうに、山ができるほどの量を集めて運んだらしい。ひと冬分くらいの量は十分に集まっている。

「宝物庫から出たスクロールは凄い値段で売れてる。札束と同じくらい価値がある。全部売ったらコシロがまた性奴隷を買えそうなくらい。ワカナの作ったクロークも飛ぶように売れてる。これはコシロの分」

 リカが持っていた毛皮のクロークを俺に向かって放って寄こした。魔法抵抗はついていない。

「うお、けっこう重たいな。それで次の狩場はどこがいいと思う。薪も食料も集まってるし、冬の間は冬眠しててもいいくらいだと思うけどさ」

「もとの世界に早く帰りたい。候補になるのは、オーガのいる沈黙の森か、ドラゴンの住む蒼天の山脈、あとは願望の塔ね」

「ドラゴンなんか倒せるかな」


「最近は蒼天の山脈なのに赤く燃えているの。きっと何かある」

「絶対に近寄るべきじゃないだろ。それは」

「かもしれない。ところで奴隷になったって本当なの」

「まあな。盗みのヤマで下手打って、人身売買の汚名を着せられたんだ。罪を償うために奴隷として売られることになってな。タクマと一緒に商館に並べられたんだ」

「波乱万丈ね。冤罪みたいな言い方だけど」

「冤罪に決まってるだろ。本人は喜んでたんだから」

「コシロの言い分なんて信用できない」

「お前を連れて行けばよかったよ。そうすりゃ、あのくらい逃げ切れた」

「その程度のヤマで下手を打つような奴とは組めない」

「うるせえよ」


 その後も、次の候補地について詳しく話を聞いたが、どれも難易度が高そうで決めきれなかった。もうちょっと難易度の低い場所が他にあるのではないかと思える。

 それにしても、ドラゴンの住む山脈が赤く染まっているというのは嫌な予感しかしない。近いうちに何かしらの天変地異でも起こるんじゃないだろうか。

 そんなことを考えていたら、タクマから伝心の石で連絡が入った。悪い予感というものはよく当たるものだ。


 タクマからの連絡は何を言ってるのかわからないうちに切れてしまった。伝心の石が途中で切れることなど今まで経験したことがない。そうしたらミサトやコウタからも連絡が入って、途中で連絡が切れるというようなことが続いた。

 どうやら俺が思っていたよりも早く天変地異はやってきたようである。


「どうしたの」

「王都で何か起きてるな。様子を見てきてくれるか。俺はクレアたちに戦いの準備をさせとくから、何かあればすぐに呼び出してくれ」


 リカはギルドハウスを飛び出していった。俺はクレアたちに装備を付けさせる。ワカナが風呂に入っていたが無理やりに上がらせた。

 タクマたちからの連絡ではドラゴンという単語が何度も出ていた。しかし伝心の石では周りの状況や、使用者の声以外の音は伝わってこないので把握しずらい。

 コウタやミサトからもほぼ同時に連絡が来たから、王都で何かが起きているのは間違いない。


「準備はいいか。もうリカにいつ呼び出されてもおかしくないぞ」

「いったい何なのよ。ちゃんと説明してくれないとわからないわ。まるでボスに挑むような準備をさせて何がしたいの。それにユウサクは、もうちょっとちゃんとした装備はないの」

 クレアが俺のボロボロの装備を指して呆れたように言った。確かに、どれもこれも耐久値ギリギリになった装備ばかりだ。敵がドロップしないのだからしょうがない。

「王都がドラゴンに襲われているかもしれない。もしドラゴンだったら、がっかりレーズンはデスペルを――」

「このっ、馬鹿っ!」


 突然、怒り狂ったアイリに飛びかかられた。モーレットたちの前で、その名前を呼んでほしくなかったのだろう。鎖骨のあたりに思い切り噛みつかれた。

 そのあまりの剣幕に俺は怯えてしまった。


「悪かったって、もう言わないから」

「どうしたんだよ急に、ユウサクを晩飯にするのかよー」

 モーレットはアイリが急に発狂した理由をかわかっていないようだった。確かにモーレットに聞かれたら、いつまでも言われそうだなとは思うし、悪いことをしたとも思う。

「いだい、いだい、痛いって。悪かったよ!」

「急にどうしたの。訳がわからないよ」


 俺から離れたアイリが口から血を流しているのを見て、本気で噛みついたのかと驚いた。真っ赤な顔で目に涙を貯めながらフーッフーッと肩で息をしている。それを見て、俺はちょっとセクシーだなと変なことを考えた。

 俺の下半身が大きくなって、そこに手をついていたアイリが短い悲鳴を上げると、飛び跳ねるようにして俺から離れた。


「悪かったよ。そんなに怒ることないだろ。お前だんだん飼い犬に似てきてるぞ。だいたいお前はプライドが高すぎ――――」


 俺がそこまで言ったところで、リカのエンフォースコールオールによって呼び出された。俺はアイリに襲われた衝撃で、持っていたオシリスの宝剣を放り出していたところだった。

 おかげで武器を何も持ってきていない。

 呼び出されたのは、王城に近い青い屋根の上だった。

 リカはHPが減っていなかったので、ダメージは受けていないらしい。


 王城の前には銀色に輝くドラゴンが、取り囲む人垣を蹂躙しているところだった。街中の通りは、戦闘不能になった人々で埋め尽くされている。

 今も王城の前の広場では立派な鎧に身を包んだシティーガードたちがドラゴンと戦っている。指揮を執っているのは見慣れた赤毛だ。ドラゴンがとどめを刺す間も与えないほど、次々とガードがドラゴンに斬りかかっているので、足元には戦闘不能になった人が積みあがっている。


 レアドロップ狙いであろう召喚された勇者たちも戦いに参加しているが、あっさりと返り討ちにされている。ドラゴンは聖職者を優先的に狙っているようで、生半可なパーティーではどうにもならないのだろう。


「モーレット、あの特殊攻撃のタイミングを覚えろ。ドラゴンブレスだ」

「ああ、あのタイミングでワカナを守ればいいんだろ。任せな」

「ワカナもモーションが見えたらリザレクションだから、しっかり見といてくれ」

「うん、首の動かし方で大体わかるみたいだね」

「突進はないようだけど、クレアはなるべく首元を押しながら戦うんだ。そうしないと尻尾での攻撃に陣形を崩される」

「わかったわ」


 一番前に出たガードが首元を押している間だけ、尻尾での薙ぎ払い攻撃がない。薙ぎ払われたパーティーは後衛が吹き飛ばされて陣形を崩し、ヒーラーやリバイバルの範囲から押し出されてしまっている。

 近距離にターゲットがいないと、尻尾で薙ぎ払いに出るのかもしれない。

 どちらにしろ、そんなに難しい攻撃パターンではない。


 街の中心地であるから人の集まり方も凄くて、すさまじい数の魔法やスキルエフェクトが荒れ狂っている。これでは今行ったところで何も見えずにやられてしまうだけだろう。

 それにドラゴンにはダメージを受けているような様子がない。何かしらのバフを受けている可能性もあるが、それにはデスペルで対応するしかないだろう。


 オシリスの宝剣はHP1状態ならとんでもない攻撃力になる。それを置いてきてしまったのは痛い。だけど、それでも何とかなりそうな予感はある。

 ドラゴンにはさらに多くの奴らが群がって、休みなく攻撃を仕掛けている。魔法エフェクトがまぶしすぎてホワイトアウトするほどの攻撃である。


 みんなシルバードラゴンが落とすドロップが欲しいのだろう。凄まじい数の攻撃が飛び交っているので、もうすぐ倒せると思って、みんな突っ込んでいくのだ。

 しかし金属のように輝くホワイトドラゴンの鱗は攻撃が入っているような変化が見えない。もうすぐ倒せそうだと思うこと自体が罠であるように思える。


 アンの率いるロイヤルガードの連中もほとんどやられてしまったようだった。範囲魔法であるリザレクションを使っている聖職者もいるが、尻尾の薙ぎ払いだけで、そのひと固まりが地面に転がされてしまっている。

 騎士のリバイバルも、安い石を使っているらしく復活した奴が薙ぎ払いの一撃で地面に倒されてしまっていた。


 時間がたつにつれ集まってくる奴らは増えて、そいつらはみんな地面に倒されているか、光の粒子となって教会送りにされてしまっている。ホワイトドラゴンに攻撃を加える奴らも次第に減っていき、地面を踏み鳴らすたびにドラゴンの足元で光の粒子が弾ける。

 ドラゴンはついにドラゴンブレスを建物に向かって吐きはじめ、王都を火の海にする気でいるようだった。


 このままいけば王城ごと消えてなくなってもおかしくはない。それどころか王都ごと消えてなくなる可能性もある。


「そろそろ行くか。リカは場所を取ったらエンフォースコールオールで呼んでくれ。尻尾の薙ぎ払いを食らうから、歩いて近寄るのはデメリットが大きい」

「わかった」


 リカは影に潜って移動を開始した。黒い丸がドラゴンに向かって移動していく。あの状態であれば敵にターゲットされることはないし、ターゲットされていたとしても、それを外すことができる。それがドラゴンにも有効かは怪しいが、このゲームはルールに対して厳格である。

 影に入っても範囲攻撃は食らうが、そのダメージはかなり軽減されるので即戦闘不能にはならないだろう。


「本当にやるのね。装備は外しておいた方がいいかしら」

「それよりも地面には動けない奴らが転がってるぞ。スカートを覗かれないか気にした方がいいんじゃないのか」

「そ、そういうことはもっと早く言いなさいよ」

「うわ、ど、どうしよう」

 スカートをはいているアイリとワカナが狼狽し始めた。

「そろそろ呼ばれるぞ。クレアはメイヘムを外すなよ」


 アイリとワカナは足の間にスカートの生地を挟んで、おしっこを我慢しているみたいな格好になった。非常に緊張感のない奴らである。

 すぐにリカによって俺たちはドラゴンの目の前に呼び出された。


「このままでは王城が危ない! 誰か戦えるものはいないか!」

 ドラゴンの近くではガードたちを指揮していたアンが叫んでいた。

「俺たちが倒しますよ。離れていてください」

 クレアのメイヘムが入ったのを確認しながら俺がそう言うと、赤毛の美人がこちらを振り返った。

「ユウサク! 来てくれたのか」

 ドラゴンの尻尾による薙ぎ払いのおかげで、足元は割と地面が見えている。

「王様たちを避難させに行ったらどうですか」

「ガードなしで連れ出すことなどできない。お前はどうして武器を持ってないんだ」

「忘れてきちゃったんですよ」


 この時の俺はボロボロの装備に武器すら持っていないというありさまだった。まさかこんな奴が街を救うとは地面に転がっている奴らも思わなかっただろう。しかし、皆がコシロシステムと呼ぶ俺のチームの組み合わせは、魔剣による攻撃などを期待したものではない。

 見上げるほども大きいドラゴンは白銀に光り、ほとんど傷など負っていない様子である。


 アイリがデスペルを唱えているが、全く入る様子がない。ドラゴンは魔法抵抗も相当に高いようであった。俺に対してですら、アイリのデスペルはそう簡単に入らないのだ。ましてやドラゴン相手となれば、それは運頼みの部分も出てくる。

 クレアはドラゴンを盾で押すのに忙しいらしく、俺は武器がないから攻撃しているのはモーレットだけである。


 しかしドラゴンがブレスを吐くモーションが出たので、ワカナがリザレクションの詠唱に入った。それと同時にモーレットはリプレースポジションのタイミングを計る。

 俺はMPが減ってきたアイリにMPポーションを投げた。

 湖で作ってきたレベル5のマナポーションだ。


 後ろではドラゴンのブレスが一撃でモーレットを戦闘不能にするが、それと同時にワカナのリザレクションが入る。

 アイリのデスペルが入らないので、まだ俺の出番は来ない。

 足元では、野次馬がお前は何をやってるんだと、突っ立てるだけの俺にヤジを飛ばしてくる。しかし俺はドラゴンの横に突っ立ったまま動きもしなかった。


 これだけの人間が攻撃してダメージが入らないのだから、何かギミックを動かさない限り攻撃など意味があるわけない。

 もしそのギミックがデスペルでないのだとすればどうにもならないが、ゲームとはだれにでもクリアできるように作られているはずのものなのだ。その点に関して、俺はこのゲームを作った奴を信頼していると言ってもいい。


 ドラゴンはクレアに噛みつき攻撃をしてくる。噛みつくと同時に炎を吐いているので俺にもダメージが入るし、クレアの受けているダメージもとんでもなく大きい。

 このままではワカナのMPの尽きるのが先かもしれない。周りを見回しても、アンくらいしか動ける奴は残っていないから、周りのヒールは期待できない。

 ワカナのMPが尽きればそれまでだろう。そのMPも残りわずかというところまで来ている。


 俺はアイリにMPポーションを投げながら、間に合うんだろうかと不安になってきた。

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