第28話 代償
まだ追手がいると考えて、タクマは俺たちのギルドハウスに泊めることにした。使ってない部屋が沢山あるので、そのうちの一つを貸すことにした。使ってなくとも家具くらいは付いている。
俺たちはリビングでメシの実を食べていた。
「これで俺の財産も帰ってきたよ。ありがたいなあ」
「いくら盗まれたんだ」
「3万くらいかな」
「お前、そんな額でダークサイドに落ちそうなツラしてたのかよ」
「うるせえ。俺が命がけで貯めた金だぜ」
「今度の金はつまらないことには使うなよ。それで盗みをやってた奴らの狙いもセクシャルコンパニオンなのかな」
「そりゃそうだろ。もう買った奴がいるって噂になってるから、みんな本気になってるんだよ。それよりもお前は今いくら持ってるんだ」
「さっきの稼ぎと合わせて、ちょうど300だ」
「すげーな。それを貸してくれよ。ミサトさんの取り分と合わせればメエちゃんを買える」
「一か月以上たって3万しか金を作れない奴に、誰が金を貸すんだよ。それにミサトさんにも取り分を貰う権利があるぜ。スラム街との取引が出来るようになったのはあの人のおかげだ」
「俺たちがこうしてる今も、犠牲を払ってる所だろうしな……」
「嫌なことを思い出させるな。それにいい女もいただろ。案外喜んでるんじゃないのか」
「そうだよな。あのスラっとした金髪の子なんか、こっちからお願いしたいくらいだった」
「ヒョウ柄の尻尾の子か。だけど全員セットじゃなきゃダメなんだろうぜ。あいつら全員との取引なんだろうしな」
「もうひとヤマやらないか」
「それはやめた方がいい。もし奴らが帰って来た後で、周りのギルドハウスの奴らまで捜索に協力してたらここも見つかってた可能性が高い。たまたま嫌われてた奴らだったから探されずに済んだだけだ。それに俺たちの情報だってもう売られているかもしれない」
「だけど盗みをやってる奴らから盗むんだぜ」
「盗みをやってても外面がいい奴らだっているだろ。そいつらが盗みをやってると知らなかったら、盗人嫌いな奴らも手を貸すことになる。それに、累積でペナルティーもきつくなるらしいしな。とにかく俺たちの情報は売られたと思っといた方がいい。とにかくリスキーだ」
「確かにな。だけど金が欲しいよ」
「魔法も揃ったんだし、地道にやれよ。大体、マステレポートまで持ってるんだ。必要な魔法は揃ってるんだろ」
「マステレポートはギルドで使うために覚えさせてもらっただけだぜ。体のいい足代わりにされてるだけなんだ。自分で買ったわけじゃない」
「フレイムストライクとライトニングストームは覚えてるのか」
「やっと両方覚えたところだ」
「ならもう必要な魔法もないんだし、装備の耐久だって減らない職なんだ。これからは稼げると思うぜ」
会えば金がない金がないと言って、こいつもかわいそうだ。だけど前衛職のように装備を定期的に買う必要がないから、金は貯まりやすいはずなのだ。
最初だけ魔法を揃えるのに大金が必要なだけで、ここからは楽になるはずである。大変だと思っていたところに盗まれる事態が重なって自棄になっていただけだろう。
「そういや、奴隷商のところに新しい子が入ってたぜ。ウサギの子だったな」
「へえ」
俺も見に行ってみようかと考えていたら、警告表示が現れた。犯罪のペナルティーが発生したとの旨が表示されている。罪状は人身売買だった。
「おい、どうなってんだよ」
「チッ、自分たちでスラム街と取引の代償を払わなかったツケかな。めんどくさいシステムになってやがる」
ペナルティータイム自体は30分と短い。罪状の深刻さに比べれば驚くほど短いが、スラム街に行った後でペナルティーが付くのはまずい。この時間だから、天眼のスキルがあれば家の中にいても隠れていることにはならないのが最悪だ。
「ここは離れた方がいいな。金は全部ニャコに預けて出よう。ここだと一回攻撃を受けたら終わりだ」
彼女なら裏切る心配もない。それに罪もないNPCを襲うメリットもないはずだから襲われることもないだろう。しかしニャコに金を渡せなくなっていた。
「これはペナルティータイムが開けるまで逃げ切って金を守るしかないようだぜ」
「ちくしょう! どうしてこうなるんだ」
「とにかくここから離れるぞ。ここで見つかったら終わりだ。王城の近くだからシティーガードも多いし、ロイヤルガードが出てこないとも限らない」
タクマのマステレポートでセルッカの街のスラム街に飛んだ。王都では人口密度が高すぎて逃げたり隠れたりできる場所が少なすぎる。ここなら最近は人が減っているはずだし、抗争の後で人も少ないはずだ。
この時間の森など危険すぎるし、それしか思いつかなかった。
しかし飛んですぐに短剣を持った奴が襲い掛かってきた。
浮浪者のような貧相な身なりをした奴らだ。抗争に負けたギルドの奴らかもしれない。
俺はとっさに短剣を抜いて応戦する。俺もタクマも、ワカナが作ったズボンとシャツ、それに革のジャケットしか着ていない。そして武器は俺の短剣だけだ。
浮浪者は武器とも言えないような小さなナイフを手にしている。狙いはもちろん俺たちのドロップだ。失うものがないから、躍起になって俺たちに襲い掛かってくる。
「ひぃいいい! どうすんだよ、これ。ユウサク、テレポートを使うから時間を稼いでくれ」
「やめろ。MPは使うな」
俺の助言むなしく、タクマは魔法を詠唱して詠唱阻害にやられた。テレポートをクールダウンタイムにさせられてMPまで失っている。
「ちくしょうめ!」
「時間内を逃げ切るだけだからMPは回復に使え! そこの路地に逃げ込むぞ」
俺は行動阻害ナイフで相手を切りつけて、足元を凍りつかせてから路地に逃げ込んだ。しかし騒いだものだから、新手の敵が飛び出してくる。そいつにすれ違いざまに斬りつけて逃げる。
タクマは逃げ足だけは速かった。しかしスラムに来たのは間違いだった。木を隠すなら林の中とはいえ、犯罪者システムについて一番詳しい奴らを相手にするのは間違っていた。これなら街はずれのスライムゾーンにでも行ってればよかった。
「駄目だ。あと20分近くも走れねえよ。絶対に無理だぁ」
「あきらめんな。こんなことでロストなんて俺は嫌だぞ。ミサトさんに連絡とってみろ。謝って許してもらったら、罪が許されるかもしれない」
「伝心の石なんかお前の部屋に置いてきちまったよ!」
エンフォースドッジのおかげで俺はダメージをあまり食らわない。しかしタクマはナイフでも致命的なほどにHPを減らしていた。300そこそこのHPで防御力も低いから、ナイフ程度でもシャレにならないダメージだ。
俺はタクマを庇うようにして走っていたが、その分体力を消耗して限界が近かった。
スラム街の路地を縫うようにして走っているが、このままだといつか行き止まりに突き当たって終わりだろう。
「しょうがない。最後の手を使うか」
「さ、最後の手ってなんだよ」
「自首だ」
自首ならアイテムを失うこともないし、経験値を失うこともない。俺たちは今、ミサトをアリスたちに売った罪でしか裁かれるいわれはないのだ。30分ちょっとの罪なのだから、5時間ちょっとの懲役で済むはずだ。
俺たちはガードを探して街の中心部を目指した。
そろそろ走れないというところで、俺たちは槍を持ったガードを見つける。
俺たちは自首しまーーすと叫びながらそのガードを目指した。ガードにたどり着いたところで俺たちのペナルティタイムのカウントが止まる。それによって後ろに付いてきた奴らも引き返していった。
「なるほど、君たちの勇気ある選択を尊重しよう」
そんなことを言ってガードは俺たちを詰め所まで連れて行った。そこで簡易の檻の中に入れられる。今となっては、その檻ですら心強く感じられる。目出し帽をかぶっていたのに、あそこまで追われるとは思わなかった。
殺して犯罪者じゃなかったら追剥ぎでもいいだろうという考えだろう。
俺たちはその日のうちに王都に転送されてロイヤルガードから尋問を受けた。それがアンでなくて本当に良かった。俺たちは泥棒に入ったことは伏せて素直に話した。
「なるほど。つまり知人を騙してゴロツキに売ったということだね」
「はいそうです。牢屋でも何でも早めに入れてください」
「悪いが、このような軽い罪の犯罪で牢屋は使えない。奉仕によって払ってもらうことになる」
「金ならあります」
「悪いが罰金でも済ませられない。奴隷として働くしかないな」
そのあとで奴隷商の男がパジャマ姿で俺たちの前に姿を現した。
「おやおや、貴方でしたか。私どもは、このような小さな取引には興味がないのですがね。その分だけ特権が与えられておることもあるので、あなた方の面倒も見ましょう」
3万の罰金を払うだけなのに、5日も奴隷として労働を課せられるらしい。しかも性犯罪を犯したということで、セクシャルコンパニオンとして売らることになりますと奴隷商の男は言った。
その言葉に俺とタクマは震え上がった。
「へ、へへ、因果応報とはこのことだな」
「冗談だろ。男にでも買われたら終わりじゃないか。それなら関羽と呂布の方がマシだったぜ」
「お前ならすぐに女の買い手が付くだろ。期間が終わったら俺のことを買い戻してくれよな」
タクマが恐ろしいことを口にした。このままだと俺だけが裁かれることになる。
俺たちは奴隷に落とされる契約をさせられて奴隷商館へと連れてこられた。そこで奴隷商の男が言った。
「貴方のような者を買いたがっているお客様がいます。貴方は明日にでも買い手が付くでしょう。ハンサムなお方ですからご安心ください」
「ちょ、ちょちょちょちょっと待ってください。伝心の石があれば今日にでも買い手を自分で探します。連絡を取らせてください」
「知り合いに買ってもらうつもりですね。本来ならそのようなことは駄目なんですが、私どももこんな細かい取引にいちいち時間を取られたくありません。一度だけチャンスを与えましょう」
俺たちはタコ部屋に入れられて伝心の石(5秒)を与えられた。
「おい、相手は慎重に選べよ」
言われなくても最善を尽くす。
俺はここで熱が出るほど頭を悩ませた。アイリでは良い薬だと言って俺を見捨てる可能性があるように思える。しかし、アイリのテレポートなしには誰も王都までは来られない。
つまり、誰に連絡を取るにしてもアイリに知られることになる。
ここはクレアに連絡を取ってアイリを説得してもらうしかないだろう。クレアなら仲間を見捨てるようなことはしないはずである。
俺は覚悟を決めてクレアに連絡を取った。寝ているだろうからと力の限り叫んで用件を伝えた。
こうして俺たちは眠れぬ夜を過ごし、明けて次の日に奴隷商館のテーブルで気味の悪い笑い方をしたアイリとクレア、それに憔悴して別人のようになったミサトを前にすることになった。
俺は土下座をして、二人の意に反することをしてすみませんでしたと謝った。タクマも隣でミサトに土下座をしている。
「話はすべて聞いているから大丈夫よ。私たちは別に怒ってないわ。悪い人たちを懲らしめるためだったと、ミサトさんに聞いたのよ」
クレアがそう言った。しかし顔には気味の悪い笑顔が張り付いている。
「ええ、コシロ君はヒダカ君の助けをしただけだと思いますよ」
「そ、そうなんだよ。悪いのは全部こいつなんだ」
「悪い人たちを懲らしめるためにやったのなら私だって何も言わないわ。泥棒が出るって話は聞いていたもの。これからもそういう活動を続けたらいいじゃない。私たちも応援するわよ」
「じゃ、じゃあなんでアイリは、そんな気味の悪い顔で笑ってんだよ。早く助けてくれ」
「この召使いは言葉使いから教えなければいけないのかしらね」
「教育が必要でしたら我々にもできますが、なにせ値段が値段ですので、ご勘弁願えないでしょうか。もしこちらのコンパニオンが失礼をした時は、取引をキャンセルいただいて構いません」
「なるほどね」
アイリは奴隷商の男にそんなことを言わせた。こいつは俺が奴隷として売られているのが面白くてしょうがないのだ。
タクマはミサトを前にして目の前のテーブルを見つめている。
「君ね。世の中にはやっていいことと悪いことがあるよ。僕にあんなことをしておいて、助けてもらおうだなんて虫が良すぎるとは思わないのかい」
「一体どんなことをしたんですか」
クレアがミサトに対してそんな無邪気な質問をする。さすがにミサトもいやそれはとか言って押し黙った。
「しかし、この罪状ですと普通はこんなに軽い罪では済まないものですけどね。これは被害にあわれた方が、まんざらでもなかったというような特殊な場合だけでしょう。二人とも、今後は気を付けた方がいい」
その奴隷商の言葉に、ミサトが顔を赤くして押し黙る。
それで話は終わって、俺はアイリに買われることとなり、タクマはミサトが買い取った。そのあとでギルドハウスに行ってミサトにも取り分を渡した。
「まんざらでもなかったのに取りすぎなくらいですよ」
タクマにそう言われて、ミサトは返す言葉もないようだった。二人はそのまま帰って行った。
俺はせめてクレアに買われたかったのに、アイリに買われてしまったせいでこき使われることになりそうだった。
「金は返すって言ってるだろ。どうして正義のために戦った俺を奴隷にしとくんだよ。盗みに入ったことは怒ってないんだろ」
「これからも悪い犯罪者を懲らしめる活動はするの」
「冗談じゃない、散々な目にあったんだぞ。二度とやるかよ。それにしても、お前も21世紀に奴隷を買った仲間になったな。偉そうなこと言ってたくせにさ」
「言葉遣いが悪いわ。頭の悪い召使いは、売ってしまおうかしら」
「やめてくれよ。金は払うって言ってるだろ」
「やっぱり売りましょう。友達も泥棒に入られて困っていたから、今回だけは見逃してあげようと思ったのに、やっぱり罪は償わないとダメよね。貴方も性奴隷として売られるといいわ」
「申し訳ございませんでした。これからは口に気を付けます」
「反抗的な目をしているわ。クレアもそう思わない」
「そうね。反抗的だわ」
「い、言いがかりではないでしょうか」
今回は本当に色々とあって本当に懲りている。それに、もう一度スラムの連中と取引するとなれば自分たちが代償を払わなくてはならないのだ。とてもじゃないが、そんなことをしてみる気にはならない。
それに盗みをしていた奴らも懲りただろう。ミサトやコウタは例外なのだ。普通はあんな思いをしてまで稼いだ金を取り上げられたら、二度とやる気にはならないはずである。
俺は釣りに行くわよと言われて、湖畔に建てられらロッジまで連れてこられた。二人はここを借りて釣りをしているらしい。
二人はバカンス気分でいるというのに、俺はそのロッジの隣に建てられた馬小屋の藁の上をあてがわれて、そこで寝起きすることになった。藁の寝心地は悪くないが、標高の高い湖畔の空気は冷たい。
「アイリ様、ミルクティーを持ってまいりました」
「いらないわ。頭の悪い召使いね」
自分でのどが渇いたと言ったくせに、この女はそんなことを言い出す。
「クレア様、ミルクティーでございます」
クレアはありがとうと言って受け取った。
「私が欲しいのは水よ」
「そいつをいびりすぎると後が怖いわよ。アイリも気を付けた方がいいわ」
俺はロッジに戻って水を取ってくる羽目になった。
俺は二人の隣で釣り糸を垂らすことにした。釣りをしていないとごちゃごちゃ小言を言われ続けるからだ。糸の方に集中していればあまり話しかけられずに済む。
糸が見えなくなるまで釣りをやらされて、それでやっとやめていいと仰せつかった。
二人が風呂に入ったところで、俺は仕返しのためにお背中流しましょうかと叫んでみた。
そしたらガラガラガッシャンとすっころんだ音が聞こえてきたので少しだけ気分が晴れた。このいたずらのせいで翌日からのいびりが増した。
タクマの方もミサトさんが男に目覚めたら俺は終わりだと、訳の分からない疑心暗鬼を募らせて俺に訴えてくる。それでも俺よりは幾分ましだろう。
何日も湖畔で釣りをしていたら、こういうのも悪くないかと思えた。朝から晩まで釣りばかりしていたこともあって、俺たちの釣りはレベル2になった。
レベル2から釣れる魚は、バフの付くポーションにすることができた。滅多に釣れない虹色の魚からは、ダメージリダレクションやダメージペネトレーションなど強力なエンチャントポーションが製作できる。
付与魔術師が使うものほど効果は長くないが、ランクにして10以上も下駄を履けるほどの効果がある。俺が釣った一番の大物からは、アクセレートアクションというヘイストに似た効果を持つエンチャントポーションが出来た。
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