第24話 アイリ


 朝目覚めると、景色の色が違って見えた。心に余裕があるだけで、こんなにも違うものかと驚く。

 しかし、みんなと顔を合わせるのが微妙に恥ずかしい。昨日、行為に及んだことはみんな知ってリるだろう。ここは照れ隠しのハイテンションで行くことに決めた。


「おっはよぉ、キッズのみんなぁ!! 新しく大人の男に生まれ変わった僕は、君たちの目にどんな風に見えているのかなあ!!! このさわやかな余裕が、キッズのみんなにはわかるかい!?」


 クレアとアイリがコーヒーのカップに手を伸ばしたのが見えた。そして、その手から黒龍が放たれたのを確認する。今日の俺はそんなことまでしっかり見えているので、バレリーナのごとく回転しながら、その二本の黒龍を回避した。そしてキメのポーズまでビシッと決めて、どんな審査員でも10.0以外の点数などつけようがないくらいのフィニッシュポーズを披露した。

 満足感に浸っていたら、こちらに背中を向けたままのワカナが三本目の黒龍を俺に向かって放った。


「あ゛、あ゛っ熱づうィイ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!!」


 思わずぺたんと座り込んでしまったが、今日の俺はそんなことくらいじゃへこたれない。すぐさま立ち上がってエアマイクを片手に、みんなを見る。


「それじゃ、キッズのみんなに、大人の男になった俺がどう見えるかインタビューしていくね」


 まずは足を組んで、椅子の背もたれに肘を乗せながら、だらしない格好でサンドイッチを食べているアイリからだ。俺はエアマイクを彼女の口元に向けた。


「そんなことで得意になって。貴方って、本当にガキね」

 きつい顔でこちらを睨みながらアイリが言った。

「あら手厳しい」

 次は、暗い表情で前を見つめているクレアにエアマイクを向けた。

「口もききたくないわ。こんなこと許されないわよ」

「なるほどね!」

 お説教が始まりそうだったので、早々に切り上げて次のモーレットにエアマイクを向ける。

「アタシは傷ついてるよ」

 どうやら、俺のキッズ発言がお気に召さなかったようだ。

「なんでそんなにブラウスのボタンを開けてるんだよ」

「アタシの魅力に気付かないトウヘンボクに見せるためだろ」

 モーレットはブラウスのボタンをへそが見えるほどに開けていた。

「目の毒だから仕舞ってくれよ」

 そう言って、俺はモーレットのブラウスのボタンを全部閉めた。

「それじゃ最後はワカナちゃん! …………、ワーオ、無視だね!」

 ワカナはこちらを見ようともしない。熱湯みたいなコーヒーをかけおいて無視するとか、やさぐれすぎである。


 俺はいつもより大きなテーブルについて、カレーとラーメンを食べ始めた。ニャコも起きてきたので、俺の隣に座らせた。

 狩りに行くかと聞いたら、みんなそういう気分じゃないとのことなので、今日は雑用のための一日にすることに決めた。

 まずは、ギルドハウスのテレビの前にソファを置こうと思って、管理事務局に行くことにした。


「おい、アイリ。ギルド管理事務局まで行くぞ」

「それはデートのお誘いかしら」

「いや、お使いだ。さっさと行って早く済ませるぞ」

「なら、行かないわ」

 なにが気に入らないのか、飲み終わったカップなどいじっていて立ち上がる気配がない。

「どうか卑しい僕めとおデートしてくださいませんか、アイリお嬢様」

「よろしくてよ」

 アイリは俺が差し出した手を取って、優雅に立ち上がった。

「何がよろしくてよだよ。これで行かないって言ってたら首根っこ捕まえて引きずってたぞ」

「この世界ではね、だれもが同じ力を持ってるのよ。ステータスによってね。だから力ずくでなんて無理だわ」

 俺たちはギルドハウスを出て、市場通りに向かった。

「栄養失調のゴボウみたいな体したお前に、俺が力で勝てないってのか」

「そういうこと」

「おい、なんで腕を組む必要があるんだ。歩きにくいだろ」

「そんなことより、どうして私が行かなくちゃならないの」

「俺が勝手に決めると、みんな文句を言うだろ。お前が決めたことにすれば誰も文句を言わないからな」


 ギルドハウス管理事務局で良さそうなソファーを選んで設置してもらう。アイリがごちゃごちゃ注文を付けるが、無視して俺が決めてしまった。こういう手続きはリカがやった方がいいのだが、まあ今回くらいはいいだろう。


「デートなのにどこにも寄らないで帰る気じゃないでしょうね」

「まっすぐ帰ろうぜ。俺はテレビが見たいんだよ」


 不機嫌なアイリを引きずるようにして、俺はギルドハウスに帰った。腕を組んでいたのをクレアに見つかって、アイリはギルドハウスの裏に連れていかれてしまった。抜け駆けはしない約束だとかなんだとか聞こえてくる。

 ギルドハウスに入った途端にワカナから一睨みされた。


「やあ、ワカナちゃん。いつも通りかわいいね。だけど今日は台無しになってるぞ」

 そう言って、ワカナの顔をこねくり回していたら、耐えきれなくなったのかワカナが笑い出した。

「ユウサク君は最低だよ」

「知ってるよ」


 今日の俺は余裕がある。何があっても平気な自信があった。もう、こいつらに惚れる心配もないので、スキンシップもへっちゃらである。

 俺はニャコとソファーに座ってテレビを見ていた。テレビではまだ武道大会について話題が出ている。恥ずかしくてたまらなくなるので勘弁してほしい。

 個人戦で優勝したアイリが、魔法で俺を倒すシーンが何度も流されている。何度も見ていたら、恥ずかしいよりも不愉快の感情の方が勝ってきた。


「ちょっと、ヌケサク」

「わぁ、貧弱だけでも俺の心はズタボロなのに、また新しい呼び名を考えてくれたんだぁ」

「ゆうくん、あーん」

 俺は口を開けて、フルーツポンチを食べさせてもらった。ニャコとは本当に恋人みたいになって、ゆうくんと呼ばれるようになっている。

「貴方の名前も呼びたくないのよ」

「いいからここに座れよ」

 俺は手を引いて、クレアを隣に座らせた。

「恋人同士の時間を邪魔するつもりはないわ。だけどね。その子は、もとの世界に」

 俺は手でクレアの言葉を遮った。

「お前も色々と大変だな」


 ニャコのようなNPCはゲームの一部だから、ゲームをクリアしてしまえばもう会えないなどということはわかっている。しかし、そんな心配をしてゲームを楽しまないのは損だ。

 クレアはどうにもならないことについて、俺の分まで頭を悩ませているようだった。真剣な表情で、本当に心配そうな顔をしている。

 俺はクレアの顔をちゃんと見たのはこれがはじめてなような気がした。


「お前ってさ……」

「なによ。また男だとか言ってセクハラするなら、暴力をふるうわよ」

「いや、美人だなと思っただけだよ」

「な、なななななな!」


 クレアは顔を真っ赤にして逃げて行った。

 今日の俺はうるさい奴のあしらいに関しても神がかっている。

 そのまま夜になってアイリがどこからか帰ってきたので、門限は過ぎてるぞと叱ってから晩飯を食べて寝ることにした。


 ベッドの上横になっていたら、リカが俺の部屋にワカナを連れてやってくる。制服を買った時の条件に、これがあったのだ。一緒に寝ろということらしいが、リカが余計なおせっかいをしているだけのような気がする。

 なぜか四人で寝ることになった。


「変なことをしたときは、なるべく苦しまないようにしてあげるから」

 そう言ってリカは、クナイを握りしめている。手を出したら俺を刺し殺すらしい。

「迷惑千万な奴だな。ワカナもこんな奴が友達で大変だな」

「うん」

「それじゃ寝るか」

「うん」

 一緒に横になると、リカに押されて片側にワカナが寄ってくるので、ゆっくり話をすることもできない。

「…………それでさ、コイツは命乞いする俺を弄ぶようにゆっくりと地面まで下したんだぜ。ワカナも気をつけろよな」

「うん」

「思い出したら腹が立ってきた。おいリカ、ケツを出せ、ひっぱたいてやるからよ」

「ごめんなさい。景色を誰かに見せたかったの」

「涙でにじんで何も見えなかったよ」

「臆病」

「チッ、もう寝るか」

「うん」


 ワカナの反応も悪いし、リカに怒っても張り合いがないので見逃すことにする。俺はニャコを抱きしめて寝ることにいした。昨日は入れただけで終わっているので、性欲は全く収まっていない。

 だから変な気を起こさないように、ニャコをきつく抱きしめる。背中にワカナの体温を感じてとても辛かった。


「こんな男に惚れられるなんて信じられない。まだ好きなの」

 寝ようと思っていたら、リカがぽつりと言った。

「ユウサク君を好きな気持ちは、もう私の一部なんだよ。そんな簡単に変わったりしないよ」


 ワカナは俺の前ではっきりと好きだと言った。それに驚いた。ワカナとの思い出なんて、幼稚園の頃に軒先にできていたつららで叩いて泣かした記憶くらいしかない。

 俺が起きる頃には二人ともいなくなっていたので、本当に何がしたかったのかわからない。少し早めに起きたので庭を散歩していたら、クレアがやってきた。


「あのね。私は少し考えなおしたのよ。確かに、変な人に買われるよりは、ユウサクに買われた方がいいのかもしれないものね。だからって、あまり変なことはしちゃだめよ。ユウサクはゲームの中だけの関係だってちゃんとわかってるのよね。それなのに、ちょっと言い過ぎたわ」


 一晩でずいぶんと考えを変えたものである。クレアは朝の収穫を終えると、メシの実とノミの竹を持って中に入って行った。

 俺は川で釣りをしてから、朝飯を食べた。


「魚を変な風にして、ドアにかけておくのはやめてくれないかしら」

「アイリの錬金はあがったのか」

「あがったわよ」

「ワカナの裁縫は」

「あがったよ。最近は作ったものも売れるようになったの」

「リカのデザインのおかげだな」

「アタシの鍛冶も上がったぜ」

「どうせお金にもならないし、サブ職なんていらないんじゃないかしらね」

 クレアが諦めたような顔で言った。

「だけど、ワカナとアイリの回復で足らないときにポーションがあれば下駄が履けるだろ。それに市場に素材が出てくるのは周りのランクが上がるこれからだ」


 かなりの大金を入れてきただけあって、サブ職も順調に上がっていたようである。俺とアイリの釣りだけがまだ上がっていない。だけど魚は市場で簡単に手に入るようになったから、ゆっくり上げていけばいいだろう。


「一応言っておくけど、俺の探索と窃盗もレベル2だ」

「やめなさいって言ったのに」

「あきれたわ。やっぱりクレアが暴力で躾けないとダメなんじゃないかしら」

 俺の言葉にクレアとアイリが目くじら立てて大げさに騒ぎ出した。

「わ、私は暴力なんてふるわないわ。変なこと言わないで」

「これからの目標は、とりあえず腐王を倒すことだな」

「でも、あそこは迷宮になってるよ。そんなに簡単にたどり着けないんじゃないかな」

「探索の魔眼を使うと、痕跡のようなものが見えるんだよな。たぶんそれを辿れってことなんじゃないかと思うんだ」

「また泊りがけになりそうね」

 アイリが心底嫌そうな顔をする。


 そこでリカから連絡が入った。いないと思っていたらボスの見回りに行っていたらしい。アイスクイーンが出たと言われて、俺たちは準備を済ませる。

 強制的に呼び出されましたというシステムメッセージのあと、俺たちはアイスクイーンの部屋の前に飛ばされていた。

 すぐに全員で攻撃を始めたが、鎖に繋がれていない弱体化バージョンで大したことはなく倒せてしまった。


 ドロップはつまらないものばかりで、レアアイテムは一つもなかった。洞窟内ではテレポートが使えないので、俺たちは歩いて帰ることになる。

 氷結ゾーンを抜ける頃になってアイリが寒いと言い出した。俺はほうじ茶のノミの竹を渡そうとしたら、足元の氷が砕けて穴に落ちてしまった。

 アイリが手を伸ばしたのでそれを掴んだら二人とも落ちてしまう。


 滑り台のような穴を落ちた先は。氷だらけでモンスターの足音が近くに聞こえた。そこでリカの声が聞こえた。伝心の石だ。


「死んだの」

「縁起でもないことを言うな。だけどモンスターが近くにいるから動けない。助けに来てくれ」

「わかった。動かないで」


 アイリの回復で俺たちが戦っても、ここの敵にはかなわないだろう。助けが来る前に敵に見つかれば、まずロストすることになる。


「寒いわ」

 雪まみれになったアイリが言った。

「大丈夫かよ。怪我はないか」


 小さくうなずいたアイリに付いた雪を払う。寒いのかアイリはガタガタ震えていた。俺が引きずり込んだようなものなので責任を感じたから、俺のクロークを半分かけてやる。


「優しいふりはしなくていいのよ」

「静かにしろよ。この氷の向こうにはモンスターがいるんだぞ。気付かれたらロストだ」

「その時は私を囮にして逃げればいいわ」

「そうさせてもらうよ。そうなったら装備は外してからやられろよ」

「冷たい男ね」

 そういってアイリはぐずぐずと鼻を鳴らし始めた。

「そういうことじゃないだろ。これはゲームなんだ。前衛の方がHPは重要だからな」

「ゲームじゃなかったら何が違うのよ」

「そりゃ、お前を助けようと命がけで頑張るさ。もう同じ釜の飯を食った仲だしな。だけど今は経験値を失うだけなんだ。そしたら、どっちが得かって話になるだろ」

「そう、助けてくれるの。私には動物の耳が付いてないわよ」

「そんなの関係あるかよ」


 尻が冷えるのか、図々しくもアイリは俺の足の上に座っているので距離が近い。クロークをかけてやるために肩に手を回しているのもよくない。変な雰囲気になっている。

 変な空気になるのが嫌で、肩に回した方の手でアイリの胸をまさぐった。ぶ厚い手袋をしているので感触は伝わってこないだろうと思っていたが、意外なほどに感触があった。

 すぐに俺の手はアイリに掴まれて動かなくなった。思ったよりも感触が伝わって来て、ビビった俺の方から手を放してしまっていた。

 いつまでもヒステリーが聞こえてこないので、アイリの方に顔を向けると睨まれた。


「怒ってるわよ」


 ちがうちがう、そうじゃない。そんな甘えたような感じではなくて、ヒステリックな奴を期待したのだ。これでは余計に変な空気になる。

 昔の俺はもっと生粋の女嫌いだったはずだった。それがこんな奴に翻弄されてぐらぐら来ている。俺も焼きが回ったものだ。俺はもう無視を決め込んで、氷の壁を眺めていた。そしたら氷の隙間からリカの顔が見えた。


「イチャイチャしてる」

「してねーよ!」

 クレアが氷の壁を壊してくれたので、俺たちは外に出た。

「こんなところに繋がってたのね」

 とアイリが何もなかった風を装って言った。


 俺たちは氷の神殿のすぐそばまで戻ってきていた。それでもう一度、外に向かって歩いた。

 外に出たらいったんギルドハウスに戻って、もう一度しっかり準備をしてから、俺たちは砂漠の迷宮に向かうことになった。


「お仕事ニャんですか。さびしいです」

「しょうがニャいんだよ。ごめんな」

 ギルドハウス前でそんなやり取りをしていたら、白い視線を向けられる。

「さっさとしなさいよ。先に行っちゃうわよ」


 クレアに急かされて、仕方なく俺はニャコから離れた。すぐにテレポートの魔法で、砂漠に飛ばされる。

 すでにコボルトの相手も慣れたもので、多少進みは遅くなるが問題なく倒せていた。

 探索の魔眼を使うと、壁に印が見えるのでそれを頼りに迷宮の中に入って行く。奥に行くにつれて、すぐに涼しくなってくれたので快適だった。


「ねえ、ウイングソードはどうしたのよ。その剣じゃ攻撃が弱くて駄目だわ」

「売ったよ」


 そう答えたら、俺は思いのほか攻め立てられた。

 リカやワカナまで酷いと言ってくる。あれはニャコを買うために仕方がなかったのだが、だからこそ怒ってるような気もした。


「あれはみんなで出したものじゃない。勝手に売ったらだめよ」

「そうだよ。ユウサク君はひどいよ」

「ゲス野郎」

「悪かったよ。もうしないからさ。それとリカは言い過ぎだからな」

「しょうがないわね。これを使いなさい」

 そう言って、アイリがインベントリからとてつもなくでかい剣を取り出した。

「ど、どうしたんだよ。これ」

「大会の賞品を魔剣に替えてもらったのよ」

「マジかよ」


 受け取るとずっしり重いそれはレッサードラゴンブラッドソードと表示された。攻撃力153でHP吸収まで付いている。


「せっかく交換してきてあげたのに、あんまり嬉しそうじゃないわね」

 とアイリが言った。

「いや、めちゃくちゃ重くてさ」

「貧弱ねえ」


 モーレットをすっぽり隠すくらいの大きさがある。真っ赤な幅広の刀身に、先の方が太くなって、刀身の真ん中はくり抜かれていた。血液が飛び散ったような形で、かっこよさは文句なしだ。


「わざわざ交換してきてくれたのか。ありがとうな」

「どういたしましてっ」


 そういったアイリの笑顔にドキリとさせられて、俺はうろたえた。何か吹っ切れたのか、いつもと雰囲気まで変わっている。さわやかな風を感じさせる笑顔に、タクマの言っていたことの意味がわかったような気がした。

 近くにいるだけで、空気まできれいになったような透明感がある。


「顔が赤いわよ。まさか私に惚れちゃったんじゃないでしょうね」

「ち、違うわ。気持ちの悪い顔を俺に向けるなよ」


 照れ隠しでそう言ったら、アイリは泣き出してしまった。そうだ、こいつは見た目の印象とは違って打たれ弱い根性なしなのだ。不遜なイメージしかないから、つい言葉が過ぎた。


「わ、悪かったって。正直に言えば、ほ、惚れかけたよ」

「へへへ、そう」

 また嫌な笑顔を向けられてドキリとした。

「それは私たちの前でやることなの」


 リカが俺たちにツッコミを入れた。

 クレアもこちらを睨んでいたので、俺は魔剣を背負って歩き始めた。どうも調子が狂う。

 このままだと篭絡されそうなので、もうアイリの方は見ないことにする。俺は新しい魔剣の使い心地に慣れるため、戦いに集中することにした。

 魔剣の力を開放すると、ステータスの力+2と攻撃力上昇が5分間というものだった。どこまでも攻撃力に特化した魔剣だ。


 重いと言っても鉄で出来ているわけじゃないから、振り回せないということはない。その攻撃力はとてつもないもので、コボルトの鎧も切り刻んでいるような手ごたえがする。

 しばらく迷宮内を歩いていると、マミーというミイラ男とゾンビが現れた。マミーの方はやたらとタフだが、506ゴールドも落とした。ゾンビの方は攻撃を受けたクレアが弱毒のデバフ受ける。


 ゾンビのドロップはたったの310ゴールドだったが、アイテムを良く落とす。ゾンビの方は俺が魔剣の力を開放して振り払えば一撃で倒せるような相手だった。

 弱毒はワカナのキュアポイズンで簡単に治せる。特にバフの必要がないクレアなら、これが呪いであってもデスペルで直せる。これならコボルトなんかより、こっちを相手にした方がよかった。


「クレアは賞品の盾を使わないのか」

「だって、色が気に入らないんだもの」

「黒なら悪くないだろ。それに魔法ダメージ軽減まで付いてたじゃないか。相当いいものだぞ」

「しばらくはこれでいいわ」


 よくわからないなが何も言わずにおいた。未使用なら売りやすいだろうからそれもいい。

 俺はあっちだこっちだと道を示しながら歩いた。しかし歩けども歩けどもまったく終わりが見えてこない。

 ゴーストやらなにやら敵も増えているが、あまり変わり映えしていない光景が続いている。


「キャーーー!」

「おい、いちいち叫ぶなよ。俺はお前の声に驚くよ」


 クレアはメイヘムも使わずに座り込んでいる。仕方なく俺がターゲットを取った。

 ゴーストと言っても、白い和服を着た髪の長い女の幽霊なので、かなり湿度の高い恐怖がある。しかもギョロリと睨みこむような眼が怖くて、クレアでなくても怖いのはわかる。


「無理かも」


 リカまでがそんなことを言い出した。先頭を歩いているから、最初に敵を見つけるのはリカである。暗闇の中でナイトサイトの緑がかかった視界にこんな幽霊を見れば、そりゃ怖いだろう。

 俺だって出てくるたびにひやりとするものがあるくらいだ。

 しかもスプラッターホラー映画ばりの悲鳴と共に、範囲詠唱阻害まで使ってくる。この叫び声はわかっていても鳥肌が立つくらいのものだ。


 それを近距離で聞いたら、クレアもリカも泣き出してしまった。これではもう役に立ちそうにない。仕方がないから、偵察なしでやるしかない。


「じゃあ役立たず同士で、手でも繋ぎながらやれよ」


 そうアドバイスしたら、本当にクレアとリカは手をつないで歩き始めた。すでに10時間以上歩いているのに、まだ迷宮の終わりは見えてこなかった。

 もしかしたら、魔眼で見えている印のようなものはただの模様ではないのだろうかという気がしてくる。

 そこでキャンプが出来そうな横穴を見つけた。


 キャンプが出来そうな場所を見つけたのは、これで二度目である。これをスルーしてしまったら、たぶん今日中に次は見つけられないだろう。

 なので俺たちはその横穴に入ることにした。

 いつも通りライオンを風呂に設置して、クレアから入らせる。クレアはだいぶやられていて、一人で入るのは嫌だとまで言い出した。

 クレアではないが、こんな場所では寝るのが本気で怖いかもしれないなと俺は思った。


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