第23話 ニャコ


 目が覚めても、昨日のマグマのように熱いコーヒーをかけられたところがヒリヒリと痛む。俺はリビングに出て遅い朝食を食べ始めた。

 リビングにはリカしかいない。みんなまだ寝ているそうだ。


「今日は引っ越しだな」

「そうね」

 リカはいつも通りの様子で変わったところはない。

「今日は用事があるから、みんなと引越しを済ませといてくれ。ここは今日までで契約を切ろう」

「了解。私はコシロはそんなに悪くないと思う」

「なんのことだよ」

「友達が言ってたのを聞いた。避妊できないって」

「ま、そういうことだな。いわば俺なんて感謝されるべき立場なのに、コーヒーなんかかけてきやがるんだぜ。許せねえよな」

「みんなはそのことを知らないから」

「まあいいや。俺はもう行くから、後のことは頼むぞ。俺の荷物はもうまとめて持ったから、食べ物とか頼むな。畑の作物はいつ移せるんだ」

「手続きをすればすぐ。今日中に移す」

「それと、ギルドマスターの部屋は俺の部屋ってことで頼むぞ」

「わかった」


 俺はリカにキャリードッグの召喚ネックレスを渡してギルドハウスを出た。リカなら犬を使うより走って往復したほうが早いかもしれない。

 俺はまず私物を全部持って新しいギルドハウスに行き、俺が使う部屋のチェストに荷物を放り込んだ。ズボンとシャツとブーツ姿になったら、魔剣だけを背負って街に出た。

 市場通りに出たら、金を持ってそうな奴を探す。

 しかし、めぼしいやつが見つからなかった。代わりにコウタの姿を見つけた。

 モーレットの手下にお持ち帰りされたあのコウタだ。


「男の顔になってるな」

「や、やめてくださいよ。どうしてあの時、助けてくれなかったんですか」

「いや、まんざらでもなさそうな顔だったからさ」

「そんな顔してなかったでしょう! 必死で助けを求めてましたよ! ユウサクさんは面白がったような顔をして見過ごしただけじゃないですか。ひどい話ですよ」

「で、どうだったんだよ。トラウマにでもなったか」

「い、いや、そ、そんなこともなかったですけど……」


 コウタはまんざらでもなかったような顔で赤くなった。

 本当にあの二人に食われてしまったらしいが、悪くなかったということだろうか。

 ああいうのが趣味なのか、それとも関羽と呂布にテクニックがあったのかは定かではない。

 俺は、それ以上聞き出すのが怖くなって、その場を辞した。

 そして俺はタクマに連絡を取って呼び出した。


「おいおいおい、大会で優勝かよ。お前はほんとにすげえな。俺は女目当てでパーティー組んでるのかと思ってたぜ」

「そんなわけないだろ。強いのを集めたら、ああならざるを得なかっただけだ」

「今ならその言葉もすんなり信じられるな。もうお前の名前を知らない奴はいないぞ」

「それで、セルッカのダンジョンの最奥は見たのか」

「ああ、凄いことになってたな。だけど、あの場所は恐ろしいボスがいるぜ。俺のところのギルドでも近づくのは禁止されちまったよ。こんど、討伐隊を組むって話してたな」

「ははっ、確かに魔法抵抗が低かったら見える前にあの世行きだな。だけどとどめの攻撃は入りにくいようになってるだろ」

「よくあんなものを倒したよな。本当にお前のパーティはどうなってるんだ」

「そんなことより、お前のギルドで一番金を持ってそうな魔剣士を知らないか」

「うちのギルドマスターが魔剣士だぜ」

「そいつに会わせてくれ」


 タクマに案内されてギルドハウスまで連れてこられた。一番大きいギルドハウスで、収容できる人数は100人を超えているらしい。

 広いホールでは何人もの人が昨日の俺たちの試合を見ながら、スキルなどについて話し合っていた。研究目的だろうか。こんなことをされたんじゃ、来年の大会は厳しくなりそうだ。

 タクマが声をかけたら、全員が俺たちの方を振り返った。

 わーとかきゃーとか声が上がるのが恥ずかしくてたまらない。


「ミサトさんに用があるそうなんですけど」

「俺に?」


 そう言ったのは、頭を七三分けににした、一目で元の世界ではサラリーマンだったとわかる男だった。サラリーマンというのも意外にも侮れないものだ。

 俺たちはギルドマスターの部屋に通された。

 ちょっと広いだけの部屋で、簡素なイスとテーブルがある以外は物がほとんどない。隣の部屋は寝室があるだけだろう。


「大会の優勝チームのリーダーが、何の用でしょうかね」

「魔剣を売りに来たんですよ」


 いぶかしむミサトに、俺は背負っていた魔剣を見せた。

 ミサトはセルッカの街で売っていたカーバンクルブラッドソードを背負っている。HP吸収の付いたドラゴン系の魔剣だ。


「そうは言っても、攻撃力の値がねえ」


 そう言ってミサトは、サキュバスクイーンのウイングソードを見ながら渋い顔をする。ここまでは予想通りだ。俺はこれを売り込む自信があってきたのだ。


「実はこれ、めちゃくちゃ軽いんですよ。もうね、羽が生えたみたいに。肩こりとも腰痛ともオサラバ。しかも攻撃力が低いったって、攻撃する回数自体は滅多に変わらないですからね。何時間振り回していても疲れないから、体が楽で楽で。しかも、プレイヤーキラーに襲われても、ピンクミストを出せば簡単に逃げられるという、すべての魔剣士が欲しがる一品なわけですよ」


 俺の言葉にミサトは表情を変えた。一番大きな剣を振り回す職業だから、この軽いという言葉に何よりも反応してしまうのだ。この辛さは魔剣士にしかわからない。


「だけど俺は忍者や弓士と行動することも多いからねえ。解放できる能力の方にはあまりねえ。それにコールだって使えるようになるし」


 忍者は煙玉が使えるし、弓士は索敵能力がずば抜けて高い。確かに、その二人がいればピンクミストなど必要ないだろう。コールは盟友のスキルでギルド員を呼び出す魔法だが、呼び出すにはそれなりの詠唱時間が必要なはずだった。


「ですがね。大手のギルドマスターともなれば、命を狙われることもあるかもしれないですよね。狙われるとなったら、そんな仲間が近くにいる時を狙われると思いますか。当然、一人の時を狙ってくるでしょう。それに、魔法を使うような時間も与えてくれませんよ。絶対に必要になると思いますけどね。それにサキュバスクイーンは難敵だし、一月に一本くらいしか落ちないレアなんですよ」


「そのサキュバスクイーンを、君たちはどうやって倒したんだい」

「あんなもの。ランク30の騎士と魔法抵抗100を超えた前衛がいたら簡単に倒せますよ」

「すごいな。だけど魔法抵抗100なんて、普通だと、とてもじゃないが無理なレベルだよ」


 確かに、市場のコンパニオンやNPCが売ってる装備では無理だろう。全身レアで揃えれば不可能ではないというレベルだ。レアなんてボスくらいからしか落ちないのが問題となる。


「つまりそれだけレアな剣なわけですけど、どうですか。80万」

 俺はウイングソードを持って掲げてみせた。

「た、高すぎるよ。出せて40万だね」

「売った!」

「よし、買おう。……ど、どうしたのかな」


 ミサトがウイングソードに手をかけるが、俺は手が離せない。こいつは本当に使い勝手がよかったのだ。軽くて見た目がよくて、攻撃力も十分にある。

 これよりちょっと攻撃力が高い程度の武器では持ち替える気にもならなかった。しかし、ここはどうしても金が必要なためにしょうがない。

 俺は泣く泣くサキュバスクイーンのウイングソードを手放した。

 これからはアイスソードとかいうアイスクイーンが落としたロングソードを使うしかない。


「これは個人的な買い物になるから、それほどお金を出せないけど、君たちのマップやモンスター図鑑ならギルドのお金も使えるし、喜んで高額買取させてもらうけどどうかな」


 ミサトがそんな提案をしてきた。大した情報はないのだが、俺のモンスター図鑑にはユニークボスの情報がある。それを見せれば、この大手ギルドは必死になってユニークボスを討伐しようとするだろう。これだけはドロップが桁違いなのだ。

 とはいえ、大手に恩を売っておいて悪いこともない。


 しかし情報を売った金はギルドの資金になるが、今のところ俺たちに買わなきゃいけないような装備もないのだ。俺とリカ以外はみんなレア装備だし、リカに装備は必要ない。

 買わなきゃいけないのは俺の魔剣くらいのものである。俺たちのパーティーは攻撃力も十分にあるから、それだって今すぐ必要なわけではない。


 だがサキュバスなどをこのギルドが倒してくれるなら、ウイングソードもいつか買い戻せるかもしれない。独占していいことがあるわけでもないのだ。


「いいですよ。いくら出しますか」

「サキュバスクイーンの倒し方まで教えてもらったし60万だそう」

「じゃあ、情報をエクスポートします」

 俺はメニューウインドウを開いて、情報をミサトに渡した。

「こ、このユニークボスというのはなにかな」

 さっそくミサトはそこに食いついてきた。

「世界に一体しかいなくて、リポップもしないボスですよ」

「技の項目に多段フレアとかいう恐ろしげなものがあるけど、よくこんなのに挑んだね」

「まあ、対策が取れれば、大したもんじゃないですからね」

「この中でおすすめの狩場はどこかな」

「今ならまだサキュバスでしょう。魔法書も落ちるし魔法使いの装備も多いし」


 俺としては魔法書の値段をもう少し落としてほしいので、そう言った。そうすればワカナにもクラスⅣの攻撃魔法を覚えさせられる。


「だけどあそこはサキュバスクイーンがいるよね。ここにも知力23とあるよ」

「俺もテツヤさんがHPを一撃で吹っ飛ばされたのを見ました。あれはとんでもないですよ」

 タクマも話に入って来て、そんなことを言った。

「騎士か聖騎士と遠距離だけで行けばいいでしょう。ドームの中央が騒がしくなったら、壁役を先頭にしてターゲットを取らせます。そうしたら最初の攻撃をしのぐだけでいけますよ。ただ最初に攻撃を受けるのは一人にしないと、聖職者一人では回復が間に合わないでしょうね。それと壁役に聖職者が使うマジックバリアを掛けるのを忘れないでください」

「なるほどね。経験値を失う可能性をかけるだけの価値はあるんだね」


 俺は頷いた。この規模のギルドがやれば一日数十万の稼ぎは出るだろう。すぐに魔法書の値段は下がるだろうが、ボスのドロップと経験値は十分にプラスになる。


「だけどさ、そんなものまで売って金を作って、お前はどうするんだよ」

「へへ、俺は今日、コンパニオンを買うぜ」

「マジ!!??」

 タクマとミサトが思い切り食いついてきた。

「ああ、流れで大会の賞金が貰えることになってな」

「は、早やすぎんだろ。ま、マジで買うのかよ」

「はー、凄いねえ」


 そんなことを言ったら金を貰って帰る段になっても、タクマはついてくると言い張った。

 俺はメシの実をいくつかお土産に貰ってギルドハウスを出た。これからもよろしくということなのか、他のギルドのマスターだから気を使ってくれたのかはわからない。

 ミサトたちは大会の反省会を終えて、今度はセルッカのボス討伐についてミーティングを始めるようだった。

 あんな風に大人数でワイワイやるのは本当に楽しそうだ。


「おい、奴隷商館に行くんだよな。すげー可愛い、おすすめの子がいるんだよ」

「お前はミーティングに参加しなくていいのかよ」

「どうでもいいよ。そんなもん。それより俺のおすすめの子を買えよ」

「いや、俺はもう決めてるから」

「そんなこと言ったって、他の奴に取られるよりはいいから頼むよ」

「やっぱ、あそこにいるのって早い者勝ちなのかね」

「そりゃそうだろ。マジで似てんだよな。俺が押してたアイドルのさあ」


 そんな風に進められても、俺はアイドルにまったく興味がないのでなびかない。アイドルなんてジ〇ニーズと付き合いたい女が目指すもんだろう。そんなものを応援するという行為に対しては、狂気しか感じることができない。

 俺たちは真っすぐに奴隷商館を目指した。


「マジでおすすめなんだ。サラシナさんに声をかけられた時のように、幸福感で満たされるような感じがハンパないんだ。周りの空気まで澄みきっているようなさ」


 アイリの評価については、いつも首をひねらされることになる。俺は今まで殺意と覚悟のこもった瞳で、周りを睨みつける獅子のような印象しかなかった。今では目つきの悪いただの根性なしだと知っているので恐れはない。


「そういうもんか。ワカナの方が女らしいと思うけどな」

「アレは小動物的な可愛さだろ。アイドルのような近寄りがたい空気の話だよ」

「俺はアイドルに近寄りがたいなんて感想を抱いたことはないぜ」

「お前は女嫌いなのに性欲だけはあるような男だな」

「お前がミーハー過ぎるんだよ」


 そんなことを話してるうちに、俺たちは奴隷商館の二階まで来ていた。例の男が、こちらが私どもの自慢のコンパニオンですと、一番高いのを10人ばかり連れてくる。

 そのなかで、タクマは目鼻立ちのすっきりした一人がお気に入りだと言った。黒髪のセミロングでヤギのような角が生えている。それがなんだか小悪魔的な顔つきに見えた。


「ほら、メエちゃんが一番かわいいだろ」

「どちらかと言えば、狐の子の方がアイリに似てるだろ」

「コンちゃんの事か?? サラシナさんは、あんなに高圧的な感じじゃないだろ。それに、金髪は気が引けるから俺はダメなんだ」

「俺は猫の子に決めてるんだ」

「無難すぎるだろうが」


 そんなことを小声でやり取りしていると、決まったら声をかけてくださいと、8人はどこかへと連れていかれてしまった。俺たちだけが残されて、奴隷商の男もどこかに消えた。


「はあ、お前が買わなきゃ他の奴が買っちまうぜ」

「自分で買うしかないだろ」

「だけどな、ギルドにも金をとられて、飯だって食わなきゃなんなくて、魔法だって覚えなきゃなんないんだぞ。それに、俺たちが素材を出せば新しい装備も出てくるし、金なんか貯まるわけがないんだ。それこそ、大会で優勝するでもなかったらな」

「ギルドマスターにでもなったらどうだ」

「ギルドマスターなんて余計に金が貯まらねえよ。埋め合わせやらなんやらで、持ち出しになることも多いんだぞ」

「マジかよ。あの魔剣、他の奴に売ればよかったかな」

「あんなものを、お前の口車に乗ってホイホイ買うのはミサトさんくらいのもんだぜ。それにあの人は、ランクも30を超えてる。第一陣でやってきた中じゃ、相当やり込んで金ももってるほうだよ」


 こいつはわかってないが、あの魔剣は本当にいいものだったのだ。特に一日中モンスターの相手をしている魔剣士なら欲しがらない奴はいないくらいだ。


「とにかく俺はニャコって子に決めたんだ」

「お前は女を見る目がねえんだよ。俺に任せておけば間違いないぜ」

「大体、俺に買わせてお前に何の得があるんだ」

「いつでも会いに行けるし、一度くらいなら味見も……」

「それはできませんよ。お客様」


 消えていたはずの奴隷商の男が、いきなり後ろから声をかけてきて、俺たちはその声に驚いて飛び上がった。


「私どものコンパニオンを複数人で使用されることは出来ません。犯罪行為となっておりますので、重たいペナルティが課されることになります。複数人でお金を融通し合って、一人だけ買うというようなことが認められますと、それこそ奴隷のような扱いを受けてしまうでしょうからね」


 人身売買で生計を立てている男の口から、そんな言葉が出てきた。


「じゃあ、お前にも買える可能性が出てきたじゃないか。努力次第だぜ。一人で稼げる額なんてそんなに変わらないんだからさ」

「そうでございますよ。誰しもチャンスは平等です。狩りでの配分を不当に集めるような行為は、嫌われて仲間も離れて行ってしまうでしょう。あくまでも個人で頑張らなければなりません」


 なんだかその言葉は、俺に言われているようでドキリとした。クレアたちは根に持つようなタイプじゃないだろうが、あいつらに見捨てられるのは困る。

 まあ今回は俺が賭けに勝っただけだから、不当な利益ではないよな。


「あの、ニャコって子を買います」

「そうでございますか。二年契約で600万ゴールドになります。まさか本当に大会で優勝されるとは思っていませんでしたよ。素晴らしい活躍でした」


 俺は契約を済ませて、よくわからない儀式を済ませた。俺の血を使った契約で、システムウインドウにもコンパニオンとしてニャコの名前が入った。ペットと同じようなシステムなのが少し気がかりだ。

 食べ物も俺と同じレベルの食事を用意しなければならない、などの項目も契約書の中には書かれている。


「よろしくおニャがいしますね。ご主人様」

「はぁぁぁぁ、いいなあああああ!」

「おい、そんなにまじまじと見るなよ。なんでお前の方が感動してんだ」

「俺はうらやましいぞ!」

「まあ、せいぜいお前もうまくやるこったな。フィギュアなんかで無駄遣いしてたら、何年たっても無理だぜ。俺のようにスマートにやれよ」


 用も済んだので、俺たちは奴隷商館から出ることにする。こちらの服は私どもからのサービスですと、ニャコが着ていたメイド服を一式貰うことができた。そして奴隷商館を去ろうとしたら、職員一同が拍手で俺たちを送り出してきた。


 ぶち殺すぞと思ったが、なんとかその羞恥に耐える。奴隷商館は一等地に立っているので市場にも近く、何人もの通行人がこちらを見ていた。

 俺が奴隷を買ったことはすぐに知れ渡ってしまうだろう。


「太陽の下で見ると、また一段と可愛いなあ。肌なんか透き通るようだぜ」

「もういいだろ。俺はギルドハウスに帰るから、またな」

「もう少し付いてく。こういうのは祝い事だから」


 ニャコのスカートから伸びた足がまぶしくて、俺は心臓が止まりそうになった。こんなに眩しい脚は見たことがない。とても健康的な色合いだ。

 ゲームしか能のない俺が、こんなにいい思いできるなんて、この世界は最高だ。

 こちらを見上げてくるニャコの笑顔も最高である。


「ずるいずるいずるいずるい」

「お前も飽きない奴だな。このまま俺たちのギルドハウスも見ていくのか」

「そんなのはどうでもいい」

「まあそうだろうな」


 ギルドハウスの前までやってくると、さすがにニャコを紹介するのが辛くなってくる。俺は乙女心が怯えているの~とオリジナルの歌を口ずさみながら、新しいギルドハウスの扉を開けた。


「俺はお前の神経の図太さが、十分の一でいいから欲しいよ」


 タクマが後ろでそんなことを言っている。

 ギルドハウスに入ると、みんな勢ぞろいでリビングにいた。偶然ではなく、リカに連絡を取って集めておいてもらったのだ。


「紹介するよ。俺の新しい家族となったニャコだ」

「よ、よろしくおニャがいします。ニャコです」

 みんなは疲れたような顔で全く反応しないので、俺が一人ずつ紹介することにした。

「こいつらは俺が手駒にしてる奴らだ。みんなここに暮らしてるから仲良くしてくれよな」

「手駒ではなくて仲間よ」と、クレアが小さいことに突っ込んでくる。

「この金髪がクレア、騎士道ごっこが好きな変わり者だ」

「よろしくおニャがいします」

「よ、よろしくね」

「こっちの小さいのが、暗黒街を統べる王だったモーレット。そして、こっちの愛想なしがアイリ。こっちの特徴のないのがワカナで、こっちの仏頂面がリカ。それとクレアとアイリが飼ってるダイア。そんなとこかな」


「貴方は今が何世紀だと思ってるのよ。性奴隷なんて認められないわ」

「そんニャことありません。私はご主人様を愛しています」

 文句をつけてきたアイリに対し、ニャコはきっぱりと言い切った。

「な、なんでそうなるのよ」

「ニャんでかわかりませんが、そういうことにニャるのです」

「だ、そうだぜ。俺たちは愛し合ってるんだ。何も問題ないだろ」


 さすが三国一のゲスと唄われた奴隷商人だ。細かいところにも抜かりはない。それともゲームシステムとしてそうなっている可能性もある。


「こんにちは。お邪魔します」

「あれ、日高君?」

「こんにちは、フクハラさん。こっちじゃタクマって呼ばれてるんだ」

「おう、タクマ。俺の部屋はこっちだぞ」


 俺はギルドマスターの部屋に入った。キングサイズベッドと、暖炉、それにソファーが一つ置かれている。そのソファーにタクマを座らせて、俺とニャコはベッドに腰かけた。


「さすが賞品だな。豪華すぎるだろ」

「まあな。川を一望できる風呂までついてるんだぜ」

「げへへ、今日はそこに二人で入るのか」

「ま、まあな。そ、そうだ、メシの実を持って帰れよ。お前のとこのギルドマスターに渡してくれ。そっちにはないものもあるだろうしさ」

「それにしても、よくあのメンツに軽蔑されるような決断ができるよな」

「面倒事もなくなって一石二鳥だ」

「意味が分からねえよ」


 二人きりにしようなんて気遣いがないのか、タクマは一向に帰ろうとしない。帰らないのかと聞いたら、今後のモチベーションを上げるためにニャコを見ているんだなどと言っている。


「お前は暗黒街ともつながりがあるのか」

「いや、モーレットがさ、セルッカのスラムで抗争を収めたってだけだ。関羽と呂布のような二人をボスにしたらしいぜ」

「知ってるよ。めちゃくちゃ有名な二人じゃないか。今じゃ王都の暗黒街すら治めてるよ」

「マジかよ。なんでお前はそんなことまで知ってるんだ」

「誰だって金を作りたいだろ。それで手っ取り早く犯罪だってのは誰でも考える。だけど、暗黒街と関わらなきゃそれもできないからな。それで、あの二人に借りを作ったら、おもちゃにされちまうって話だぜ。だから男どもは誰も暗黒街に近寄れないのさ」


 なるほどと俺は頷いた。

「ところで、ニャコちゃんはなんで付与魔術師なんかになったんだい」

「かっこいいと思ったからです」


 それは俺も気になっていた。付与魔術師の第一称号である、呪術師の響きがあまりにも似合っていない。だけど付与魔術は契約さえ済ませれば、数時間は効果の続く付与魔法を使えるようになる。なにげに役に立つ職業で、ギルドに一人いたら便利である。

 立ってるだけで稼げる職業なので、街に行けば一回いくらで魔法を付与してくれる人がいる。コウタなどもその一人である。


 全員に魔法をかけてもらうとかなりの額になるので、俺たちは利用したことがなかった。最初からダンジョンに行っていたので、付与魔法なしでやるのが当たり前になっていたというのもある。

 そんな話をしているうちに夕方になって、それでやっとタクマは帰って行った。

 そしたらタクマと入れ替わりでリカがやってきた。


「何の用かな」

「ギルドハウスの手続きをしてたら、盟友のレベルが上がった」


 盟友はギルド関連の魔法を扱うサブ職である。これで、コール、コールオール、エンフォースコールオールの魔法が使えることになる。コールはギルド員を呼び出す魔法で、エンフォースコールオールはギルド員に拒否権もなく全員がマスターのもとに呼び出されることになる。

 ダンジョンであれどこであれ使うことができる魔法で、テレポートのような一部地域で使えないといった但し書きもない。


「よし、それじゃボスの見回りの役目を君に与えよう。見つけたら問答無用で呼び出してくれて構わない」

「また仕事が増えた」

「お前にしかできないんだから仕方ないだろ」

「面倒な事は全部私」

「そう、面倒なことは全部お前だ」


 リカはやれやれと言って、ニャコを一瞥すると部屋から出て行った。さてイチャイチャするかと考えていたらリカにによるコールの呼び出しを受ける。承諾を選んだら、いきなり時計塔のてっぺんに飛ばされた。


「ひぃいいいいい!!!」


 俺は必死でリカにしがみついた。壁走りのスキルがあるリカは、俺にしがみつかれてもビクともしない。俺はパニックになった。


「な、なにすんだよ。死ぬって!」

「実験」

「そういうのは死んでもいい奴を使ってやれよ!」

「死んでもいい奴」

「うるせえ! さっさと降ろさないと、いつまでもお前のケツにしがみついたままだぞ!」

「きれいな景色」

「そんな余裕あるか! 汗がやばいって。滑ってきたって。滑ったら死ぬぞ!」


 しばらくすると、リカは俺をぶら下げたまま時計塔を下りはじめた。こいつの呼び出しには二度と応じないと、ケツにしがみつきながら硬く決意する。上から見た景色は、夕焼けに染まる町並みが確かに綺麗だった。


「お前さ、景色を誰かに見せたいと思ったんならワカナでも呼べよ。俺は寿命が縮んだぞ」

「今はケンカ中だから」

「ははっ、そりゃお前が大事な秘密をばらしたからだぜ」

「秘密にしといたら、コシロは絶対に気付かない」

「だからって、勝手にばらしていいもんじゃないだろ」

 地面に降りたら、神妙な顔でリカが言った。

「取引がある」

「な、なんだよ」

「制服を売ってあげてもいい」

「買った!」

「変態だから買うと思った」


 ニャコに着せてあれやこれや楽しめるアイテムだ。

 下着付きで、残りの財産を全部取られた上に変な条件まで付けられた。だけど悪くない取引だ。こっちの下着は味気ないから、それだけでも十分な価値がある。

 それにしても自分の制服をプレイなどに使われて、リカは嫌じゃないのだろうか。

 俺はギルドハウスに帰ると、ニャコと大浴場に入って、みんなで一緒に飯を食べて、やることを済ませてから寝た。

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