第22話 告白
「こすいよな。本当にこすい手を使うよ。どうして、あんな手を使う必要があったんだ。あんなことしなくても勝てただろ。あれはもう汚い手を使って勝ちたかっただけだよな」
「あれはね、私の心の痛みだったのよ。よくも女の子をナイフで切りつけるような真似ができるものだわ」
「そりゃゲームだから切りつけもするさ。人をサイコパスみたいに言うのはやめろ。大体、賞品は武器だと予想できてたんだ。杖なんか貰ってもしょうがなかったろうが。魔剣を貰うためにも、俺に勝利を譲るべきだっただろ。何を考えてんだよ」
「あんまりしつこく言ったらアイリが可哀そうよ」
「もとはと言えばお前の棄権が原因なんだよ! なんであんなところで騎士道ごっこを始めるんだ。お前の悪い癖だぞ。あそこでアイリに勝てるのはお前しかいなかったんだからな。それを、なにが仲間とは戦えないだよ。わけのわからないこと抜かしやがって」
「でも終わっちゃったことだし、しょうがないよ」
「しょうがなくない! 魔剣がしょうもない杖なんかになっちまったんだぞ!」
俺は烏龍茶とサイダーを混ぜた子供ビールで酔っぱらいのふりをすることに決めた。子供ビール片手に絡み酒だ。
「おうおうおうおう、ワカナちゃんよう。しょうがないって言い分はないだろうぜ」
「近い、近い、近い。近いよ」
ワカナの肩に手を回したら押し返されたので、アイリの方に絡みに行く。
「俺はお前なんか怖くないんだ。だからビシッと言わせてもらうぞ」
「ごめんなさい。謝るからもういいじゃない」
「謝って済む問題じゃないんだよ。クレア、酒をつげ」
「そんな気持ちの悪い飲み物、それしかないに決まってるじゃない」
そんなことをしていたら、おいと声をかけられた。
んっと声のした方を見ると、ケンタという格闘家の男が立っていた。
「アンタ、女の背中に隠れて優勝したそうじゃないか。そんな腰抜けのアンタに決闘を挑むぜ。腰抜けじゃないなら受けて立ってみろ」
なんだろうか、この男は。大会であっさり負けてしまったから不完全燃焼なのか。それとも本物の馬鹿なのか。たぶん腕試しでもしたいのだろうとあたりを付けた。
「へえ、アンタはずいぶん勇敢なんだな。だったら俺なんかじゃなく、この光の守護者様に挑んでみたらどうだよ。勇敢なら出来るだろ」
まさか受けはしまいと思っていたら、その男はいいぜとか言いだした。
「いいわ。私も仲間を馬鹿にされて黙っていられないもの」
そしてなぜかクレアもやる気である。
しかしクレアの手は小さく震えている。何をビビる必要があるというのだろうか。
俺は馬鹿馬鹿しくなって、子供ビールを飲み切る方に集中しようとした。恐ろしく不味いが、残して帰るのは忍びない。
「ねえ、やらせておいていいの」
「別にいいだろ」
「でも、負けちゃったらクレアは落ち込むと思うわよ」
俺はその発言に驚いてアイリの顔をまじまじと見た。
「負けるわけないだろ」
「そんなのわからないじゃない」
本気でわかっていないらしい。めんどくさいが、説明しておいた方がいいだろう。
「いいか、うーん、どこから話せばいいのかな。例えばさ、お前のような魔導士はアサシンタイプだろ」
「魔法使いタイプだわ」
「そうじゃなくて、瞬間的に火力を出すスキルファイターについて言ってるんだ。魔法もスキルと一緒だからな。持ってるスキルをクールダウンにしながらダメージを出すだろ」
「そうね」
「そして持ってるスキルを全てクールダウンにしたら、スキルファイターなんてただの木偶の坊だ。俺が言いたいのはそういうことだ」
「クラスⅠの魔法くらい使えるわよ」
「同じだよ。そんなものでクレアを倒すのに何日かかるんだ。そういうアサシン系ってのは、タンクに勝てないんだ。スキルを全部回しても倒しきれないからな。そのあとは切り刻まれて終わり。そうだろ」
「そうかもしれないわね」
「かもじゃない。かなりのハードカウンターだ。次に俺やモーレットのようなスキルでバフをかけて、持続的にダメージを出すタイプがある。タンクはこのDPSタイプには勝てない。攻撃力が違いすぎるし、防御力を無効にするバフを持っているから、ダメージを受けきれないんだ」
「なら貴方はクレアに勝てるということなのね」
「あの称号はふざけてるから微妙だけど、まあ、そう簡単にはひっくり返らない仕組みだろうな」
「となると、貴方は私のようなアサシンタイプには勝てないってことかしら」
「まあそういうことだ。騎士と聖騎士がタンクで、侍と魔剣士が近接DPS、格闘と魔法戦士は近接アサシンだ。魔導士は遠距離アサシン、魔銃士、弓士は遠距離DPSだな。俺やモーレットはちょっとそこから外れてる面もあるけどな」
「じゃあ、この場合だとクレアは絶対に負けないのね」
「そういうことだ。俺に言わせりゃこんなの弱い者いじめだよ。光の守護者とかいうふざけた称号、剥奪されりゃいいのにな」
目の前では格闘家の男がクレアに攻撃を入れている。盾の上からなのにクレアのHPは凄い勢いで減っている。しかし半分も削らないうちにスキルを出し切って、あとはクレアにちまちま削られ始めた。そのまま格闘家のスキルのクールダウンタイムが解消される事はなかった。
よく素手なんかで鉄の盾を殴る気になるものだ。痛くはないのだろうか。クレアは自然回復で9割まで回復したところで格闘家の男を倒した。
「じゃあ、貴方はあの男に勝てないの」
「そんなわけあるかよ。あんなボンクラくらいならいくらでも勝てるさ」
「やってみせてよ」
「やってみせてって、初見殺しの技で倒すんだぞ。二度も三度も通用する事じゃないんだ。一度見せたら使えなくなっちまうんだよ。こんなところで見せられるか」
「出来るか見てみたいのよ」
「嫌だね」
「じゃ、じゃあ勝てたらなんでも一つだけ言うことを聞いてあげる。出来る範囲でね」
「マジ?」
「出来る範囲よ」
俺はよっしゃこれで当分はオカズに困らないぜと勢いよく立ち上がった。クレアを後ろに引っ込めて、ケンジの前に立った。
「おい、俺が勝負してやるぞ。ちゃっちゃと掛かって来い。おいワカナ、回復してやれ」
「いいぜ。やってやるよ」
俺はインベントリの中から詠唱阻害付きのナイフを取り出した。
しばらくすると決闘が申し込まれた旨が表示されて、俺はそれを承諾した。
このシステムを使用した戦いならロストすることも犯罪者になることもない。
戦いが始まってすぐ、ケンジは腕に青いオーラを貯めて正拳突きを放ってくる。俺はそれを必死にかわしたが青いオーラが思った以上に追尾してきてかわし損ねた。
格闘家の攻撃は魔法扱いなので、視界の端にレジストしましたの表示が現れる。レジストはしていても、ダメージを低減するスキルがないので、全部食らえばクレアのようにはいかない。
次の攻撃は対象指定なので避けることもできない連続突きだ。そのあと拳にオーラを貯めた三段攻撃が来るが、よけずに次の攻撃のタイミングを見計らうだけに集中する。
すでに俺のHPは2割も残っていない。そこに来たのが水面蹴りである。俺は思い切り上に飛び上がった。少しでもかすれば当たった扱いにされてしまうので、本気で飛び上がった。
この水面蹴りで相手の体勢を崩してから決め技の気功波を放つのが、さっきケンジがやっていたコンボである。
俺にも経験があるが、何度も出してきた流れだから、ついつい次の攻撃まで出してしまうというのをケンジはやった。本来なら水面蹴りが当たったのを確認してから気功波を出さなければいけないところなのだ。
気功波は出す前にタメの動作がある。その動作に入ってから失敗を悟っても、俺が倒れていない以上、そこでスキルをやめてもクールダウンタイムに入るから負けが確定する。
だから気功波を出しきるしかないのだ。腕を両方とも体の後ろに回して、その位置で技が出せるようになるまで待たなければならない。
俺は無防備なままこちら側に向けられている背中にナイフを突き立てた。アーマーブレイクの効果で相手の防御力など意味はない。ナイフによる背面攻撃の6倍ダメージによって、ケンジはHPを半分以上減らしているだろう。
詠唱阻害によって、気功波はクールダウンタイムに入っている。俺は魔剣を抜くまでもなく、デストラクションで倒してナイフをインベントリにしまった。
「空気も悪くなったし、ギルドハウスに帰ろうぜ」
俺たちは酒場から出ると、アイリのテレポートでギルドハウスに帰った。この狭いギルドハウスも今日でお別れである。
飲み物と食べ物をとって各自食事を始める。
「おい、アイリ。明日は俺と一緒に風呂に入れよな」
「無理よ。……なんなの。そんな顔をされても、私はできる範囲でと言ったでしょ」
「じゃあケツでも触らせてくれよ」
「嫌」
「あのな、ふざけてんのかよ。いまさら何を言ってるんだ」
「出来ない範囲なんだから仕方ないじゃない」
「じゃあ、お前の考える出来る範囲の最大とは何なんだ」
「ほ、ほっぺにチ、チューとか……」
さすがのアイリも最後の方は声が小さくなった。
「お前はどんだけ自己評価が高いんだよ! そんなことされて俺に何の得があるんだ! おい、何の得があるか言ってみろ」
「わ、私は学校一の美少女と言われていたわ」
確かに言われていた。自分で言うのはどうなのかとも思うが、事実ではある。
「おい、モーレット。言ってやれ」
「だいたいよー。そんななりで、どうしておっぱいがアタシの半分しかねーんだよ。それでよくいい女気取っていられるよな。それに、いつもおっかない顔で周りを睨みつけているし。かわいげなんか欠片もねーじゃねーか」
言われて目をやると、小柄な割にモーレットの胸は大きかった。全然そんなイメージがなかったので驚いた。それに、癖のない顔つきで、金髪のショートカットに笑顔がよく映えるきれいな顔立ちをしている。まるで天使のようだ。口さえ開かなければ。
「それにおめーは、女のアタシらに押さえつけられながら服を脱がされて、汚ねーヨダレを垂らすド変態――ムグッ!!」
俺は慌ててモーレットの口をふさいだ。
「もういいって、そのくらいにしとけよ。また蹴っ飛ばされるぞ」
そう言ったら、モーレットは目の前のシチューに視線を落として大人しくなった。アイリとは目を合わせないようにしながら、シチューを食べている。
俺は手に付いたシチューを、テーブルの上にあった紙ナプキンでふき取ると、目の前のビーフカレーに視線を落とした。
とてもアイリと目を合わせる勇気はない。
「貴方も同じように思っているのかしら」
「い、いや。だけどさ、いつも不機嫌そうな顔をしているし、あんまり美人ってイメージはなかったかな。どちらかと言えば怖いと思うよ」
「ねえ、二人はどんな関係なのよ」
「話せば長くなるぞ」
「聞いてみたいわ」
クレアに言われて仕方なく俺は口を開いた。
「俺は昔さ、想像を絶するほどの美少年だったわけよ。クラス中の女子どもが俺の気を引こうと、休みなくちょっかいを出してくるくらいのな。それはもう、ちょっかいというより嫌がらせだった。何もしてこなかったのはワカナとアイリくらいだったよ。当時の俺は内気で大人しかったから、何も言えずにいてさ。学校に来るのも怖くなるほどノイローゼみたいになってたんだ。そしてらアイリが私と付き合ってることにしておきなさいよって言ってくれたわけ。それで付き合ってることにしたんだよ。そしたら、一切ちょっかいを出されなくなったな。こいつは裏で女どもを支配してたんだよ。それで俺は平穏な学校生活を送れるようになったってわけだ。ま、その設定もうやむやになったけどな」
「なによそれ。恩人じゃないの」
「まあ、恩人と言えば恩人だけど、怖い顔で話しかけてくるから、威圧的な奴ではあるよ」
中学校に上がってからは、俺も内気な性格ではなくなったので、もともと話す方でもなかったから今のような状態になったのだ。
「私はね、貴方のことが好きなのよ」とアイリが言った。
ぶーっとクレアとワカナがミルクティーを噴き出して、モーレットとリカが被害にあった。
俺は後ろに誰かいるのかと振り返ったが、ただ壁があるだけだった。
「私はユウサクのことが好きだったのよ。昔から緊張すると不機嫌そうな顔をしてるってよく言われたわ。年頃の女の子が、好きな男の子の前で緊張するのも不思議はないでしょう。別に不機嫌だったことなんて今まで一度もなかったわ。これで謎は解けたかしら」
「…………」
「はい、裁判長! ワカナもコシロのことが好きであるとここに証言いたします!」
いきなりリカが立ち上がって言った。
それに反応したワカナが、ガタンと立ち上がると、リカの胸ぐらをつかんで壁際まで連れて行った。そこでドンと壁に手をついて何やらごしょごしょと喋り始める。いわゆる壁ドンスタイルという奴だ。
そんなことをされても、リカは全く表情を変えていない。
「はい、裁判長!! 私はこのような脅しにも屈っすることなく先の証言を保持します。さらには幼稚園の頃から好きだったとの証言も追加します」
「よろしい。二人とも席に着きなさい」
ワカナが戻って来て椅子に座った。髪の毛で隠れているのでその表情はわからない。
「この際だから聞くけど、リカは俺のことどう思ってるんだ」
「性格の悪いハンサム。まったく良さがわからない」
「よしわかった。じゃあ、クレアとモーレットとアイリとワカナだな」
「な、なんで私の名前が入ってるのよ。私は全然そんなんじゃないわ」
クレアが喚いたが、俺はそれを無視した。
「悪いけど、全員NOだ。俺には夢がある。ハーレムを作るという夢がな。いいか、ゲームってのは楽しんだ奴だけが勝ちなんだよ。何のために最強を目指すか。それは別に魔王を倒すためなんかじゃない。効率よくお金を稼いで、好き放題するためなんだ! そのための最強なんだよ。すべては俺の夢のためだ」
「それは、ああいうののことを言っているのかしら」
そう言ったアイリの視線の先では、テレビでセクシャルコンパニオングループのメンバーが卒業するというような内容をやっていた。今回卒業するのは、一番人気がなさそうな娘だった。
彼女をお買いになったのは、こちらの貴族の方なんですと紹介されたのがクリストファで、俺は麦茶を吹きこぼした。金を貸せない理由とはこれの事か。
「ま、まあ、そういうことになるのかな」
「私たちよりも、あっちの方がいいっていう理由を聞いてみたいわね」
それは人生を棒に振らないために他ならない。避妊するすべがないのだ。こいつらと付き合って、イチャイチャして、それで我慢していられなかったら大学をやめて働かなきゃならない。我慢する自信などあるわけがない。そんな危険など冒さなくても、二次元美少女顔負けのネコミミやキツネミミちゃんたちがちゃんと用意されているのである。
「ま、とにかく、そういうことだから。俺はもう部屋に行くよ」
「貴方には愛がないのよ!」
目に涙をためてクレアが俺のことを糾弾する。
それから逃げるように、俺は自分の部屋に戻った。これ以上リビングにいても気まずいだけである。それよりも明日は記念すべき日になるのだから早く寝ようと、さっさとベッドに潜り込んだ。
さっさと寝たはいいものの、あまり早く寝すぎてしまったために、真夜中に起きることになった。リビングの方がガサガサとうるさくて、その音で目が覚めたらしい。見たら部屋のドアが半開きになっていた。
その狭い隙間からリビングの方を覗くと、クレアとアイリが涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ラーメンやらケーキやらを食べまくっている。
失恋によるヤケ食いという奴だろうか。なんだかとても痛々しい姿で、俺は心苦しくなってしまった。その様子を見ていたら、俺の中の悪い虫が騒ぎ始めた。
昔テレビで聞いたセリフを言いたくてたまらなくなったのだ。
俺は扉を開けると二人の前に歩み出た。
二人はぐしゃぐしゃになった顔を俺の方に向けて固まっている。俺はチェストからコーヒーを二つ取り出すと、ふたを開けて二人の前に置いた。
飲めと顎をしゃくるが、二人はわからないという表情をしている。それでも飲めと表情で示すと二人ともカップを手に取った。
「人生ってのはな、コーヒーのように苦いものなんだ。だけど飲んでるうちにわかるようになるだろ。それだって味わいのうちなんだってことがさ。生きてれば辛いこともあるさ」
キメ顔でそう言った俺は、自分のセリフに満足していた。そしたら、あろうことか二人は手に持ったコーヒーを俺にぶちまけてきた。あまりの熱さに俺は飛び上がった。
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