第16話 スラム街
朝に起きて、朝飯を食おうとリビングに入ったら、何事かと驚いた。みんな昨日のまま派手な恰好をしていたのだ。
「そんなもの着ていられると、まるで俺が使用人みたいじゃないかよ」
「別にいいじゃないの」
そう言ったアイリが餌を食べさせているダイアウルフには名前がついていた。
「誰がその名前を付けたんだ」
「モーレットに勝手につけられたわ」
「いかしてんだろ」
「どうだろな」
ダイアと投げやりな名前が付けられている。
飯を食べて自分の部屋に戻るとリカがやってきた。
「コシロ、話がある」
「お前、その制服は早くワカナに直してもらえよ。穴開いてるぞ」
「えっ、ど、どこ」
「ほら、ここ」
リカはうっと言ってその穴を抑えた。顔が赤くなったことに俺は驚いた。
「それで、話って」
「王都まで行くことにした」
「そうか。それじゃ、俺とモーレットとお前の防具を買ってきてくれ。全部お前に任せるから、王都とセルッカの市場を見て一番いいやつを頼む。俺のは魔法抵抗重視で、モーレットは物理防御重視だ。それとお前の武器もだな。あとは杖二本と、クローク類とブーツ類も頼む。それにシャツとかそんなのもだ。全部一番高いやつでいい」
「一番高いやつ?」
「もうこれだけレアが出た以上はロスト前提の装備じゃ無理だ。これからはマジの奴を使っていこうと思う」
「了解」
「魔法書の販売も頼むぞ」
「もう始めてる」
「それと、いらなくなった装備も全部売ってくれ。安くても構わないから」
俺が金を渡すと、行ってくると言ってリカは飛び出していった。40万手に入れて、リカは王都で一体何を買うのだろうか。
外に出ると、アイリたちがダイアにまたがって遊んでいる。俺も頼んで乗せてもらったが、とぼけたような顔をしてピクリとも動かなくなった。男の尻は乗せないつもりのようだ。
これからクレアと一緒に森に行くのだとアイリは言った。
俺はワカナとモーレットと一緒にギルドハウスに入った。そしてすることもないのでテレビを見ていた。モーレットは部屋でトンカンやり始めたし、ワカナは何か作っている。
しばらくして、ワカナができたよと言った。
ワカナが見せてきたのは剣を背中に背負うためのベルトだった。俺はそれをサンキューと言って受け取った。
「もうちょっと、レアなものは作れないのか。リカが色々と素材を集めてくれるだろ」
「うーん、そういうのはあんまり売れないからね。今は安いものをたくさん作るしかないよ。それでも蜘蛛の糸が買えるようになってきたから、色々と作れるようになったんだよ。それに動物の皮も市場に出るようになったしね」
周りの奴らも、もうそんな所まで攻略が進んでいるらしい。ランク帯のボリュームゾーンがパイア辺りを狩りだしたということになる。
フルパーティーでもランク20はないとパイアは厳しいはずだから、そのくらいが平均レベルになっているのだ。しかし焦りのようなものは湧いてこなかった。俺たちのように少しだけ先行しているくらいの方が、魔法書のようなものも売れるしいいのかもしれない。
リカはもう王都に着いたらしく、時々連絡が入るようになった。それでいいとか、どうだろうみたいな返事ばかりになったので、伝心の石がもったいない。
夜になってみんなが帰ってくると、リカが買ってきたものを各自に配った。
俺にはダークフォレスタータートルシェルアーマーという黒に近い深緑の鎧で、亀の甲羅のような材質が所々に使われているものだった。布の面積も多く、暖かそうだ。
防御力80、魔法抵抗30とある。軽鎧だってのに、アイリたちの布のドレスに毛が生えた程度の防御力しかない。やはりレアドロップに比べたら見劣りが激しい。
それに黒のコーデュロイのパンツと、鎧と同じ色のブーツと手袋、それに黒のマジックプロテクションクロークだ。わざわざ色を揃えて買ってきてくれたらしい。
クレアが鎧の下に着る服まで、わざわざ鎧に映えるような色のものを選んでいるし、アイリには胸のあいたドレスの胸元を隠せるようなローブまで選んいる。着る人の趣味にまで合わせていた。
俺が適当に選んだのとは違って、非常にみんなの評価が高かった。もう俺が買い物するのはやめよう。全部リカに任せればいい。
「いらなくなった装備はリカに渡してくれ。それと強化ストーンを配るから、各自の装備に好きなように使ってくれ。モーレットは武器にばっかり使わないでくれよ」
「なんで考えてることがわかるんだよ。気持ちわりーなぁ」
そんなステータスをしていたら誰にだってわかる。
強化ストーンを使ったら、俺の防御力は92まで上がった。クレアは称号の効果もあって390とぶっとんでる。モーレットは98で、これは魔法抵抗を捨てているにしてはちょっと低い。リカがファッション性を優先させたのかもしれない。アイリとワカナは82と74だ。リカは30しかない。
「リカはアイテムの販売にもう一日使いたいか」
「コウタに買い取ってもらったから平気」
「それじゃ、明日からまたサキュバスだ。今回は長期で行くからな」
「そんなこと言って、貧弱だから一番に音をあげるのよね」
「あの体たらくで、どうして強気な態度でそんなことが言えるのかしら」
まあいいさ、こいつらは剣を振り回すのがどれだけ大変か知らないのだ。俺はもう疲れ知らずの魔剣を手に入れたのだ。ウイングソードと言うだけあって本当に軽いのだ。
この疲れ知らずの魔剣で、目に物を見せてやろうと思う。
「お前はまた布面積の少ないの選んだな」
「お色気担当だから」
「ワカナの靴もセンスいいな」
「だよねー。リカ、ありがとう」
「アタシは、もうちょっとセクシーな方が似合うよな」
「気のせいじゃねーか」
アイリは近寄りがたさが倍増している気がする。そしてクレアはなんともかわいらしい騎士になった。白いと青のクロークが似合う奴なんてなかなかいないだろう。
でもこれだけ色とりどりのクロークを見ていると、裁縫のスキルもすごいんだなとわかる。
「もしかして、ワカナの服があまり売れないのってデザインのセンスが問題なんじゃないのか」
「えー、そんなことないよねえ、リカ」
「そんなことある」
「えー、ひどい!」
「今度から、リカにデザインしてもらえよ」
「そうしようかなー」
「また仕事が増える」
そしてまた、俺たちはサキュバスの相手をすることになる。途中でメテオストライクの威力を見せてもらったが、サンドゴーレムが一撃だった。
もちろんターゲットを変えやすく、魔法抵抗の高いサキュバスに使えるような魔法ではない。
俺たちは簡単に三日ほどを地下で過ごした。もう、半月近く地下で過ごしたことになる。やはりこのあたりから精神的にやられてきた。
しかしみんなの前でああ言った以上、俺からもうやめたいなんて言い出せるわけもない。キャリードッグも魔法書をたくさん入れられているのに、重たそうなそぶりもなかった。
ダイアも立派に育って、アイリを背中に乗せて運んでいた。戦いには参加せず、経験値だけ吸って成長を続けている。
「ユウサク、ちゃんと魔法は使ってるの」
「あ、アーマーブレイクが切れてたわ」
「もう、真面目にやってよ」
「だけどアイリだって真面目にやってないぜ。犬になんか乗っちゃってさ」
「アイリ、真面目にやって」
「やってるわよ」
クレアはコツコツやるのが得意なタイプなんだろう。ワカナもリカもそのタイプだ。モーレットは敵が来ないときに銃をくるくる回す練習をしている。俺も剣をかっこよく動かす練習でも始めてみようか。
そんなことをやりながら、たまにヒドラを倒しに行ったりと気分転換も入れながら続けた。
「キメラも多少は練習しておいた方がいいよな。今日の午後辺り行ってみるか」
「あれは危なくないかしらね。メイヘムが使えなくなったらどうするのよ」
「俺がタゲを取るよ。エンフォースドッジもあるし」
エンフォースドッジは、敵の攻撃も逸れるが、自分の体も勝手に動いて強制的な回避が起こる。なので慣れるまではバランスを崩して大変だった。
「ワカナの回復魔法も増えたし回せば問題ないだろ」
「そうだね」
それで午後はキメラを相手に狩りをした。革系の素材がたくさん出たので、いまだに何に使うかわからない誘惑のささやきとかいうアイテムよりはましだ。
そんなことをしているうちに、俺とモーレットのランクが上がる。俺たちはついにランク30を達成した。
モーレットの称号は伝説の狙撃手となった。生きているのに伝説とは謎だが、クリティカル発生率上昇+30%というふざけた効果がついた。そしてランク30で攻撃力上昇+50%のパッシブスキルを覚えた。
もともと魔銃士のクリティカルなど4%くらいでしか発生しないものだ。それを30%も上げたらとんでもないことになる。
そして俺はなぜか『歩み始めた冒険者』という称号になった。特殊効果は何もない。
魔剣士の最終称号は剣聖のはずである。なんで冒険者に巻き戻ってるのか意味が分からない。
得たスキルは攻撃力上昇の+50%のパッシブスキルと、魔剣の力を開放するためのリべレーションだ。
「なんか、よわっちそーなのになったな」
「チッ、どうなってんだよ。クレアやモーレットのだって、職業の称号は入ってたのによ。なんで俺だけ冒険者になるんだよ」
「まあ、いいじゃない。ゲームなんだからムキにならなくても」
アイリは慰めてるのか何なのかわからないことを言う。
一つ思い当たることがあるとすれば、俺だけチュートリアルが用意されていたということである。むしろ、それ以外で思い当たる節がない。
かっこ悪くて焦ったが、デメリットもないならむしろこれはありなんじゃないだろうか。特殊な称号に変化する可能性もある。しかし、そのタイミングはいつになるのだという気もする。
ランク30になったモーレットは狂ったように強くなった。キメラをクリティカルの一撃で倒している。しかも30%なんて簡単に出る。三倍ダメージだと相手の防御力の意味合いが下がってすさまじいダメージだ。一発で二匹を倒したりしている。
その日、モーレットは機嫌よく銃を撃っていた。ここまで称号のせいでやはり苦しい思いをしていたのだ。だから俺も、この新しい称号に耐えようと思う。
新しいスキルでサキュバスクイーンのウイングソードを開放してみる。そしたら、地面からピンクの煙が噴き出してきた。俺の知力の値が低いからか、ダメージはサキュバスクイーンが使ったのとは比べ物にならないくらい小さかった。というよりほとんどない。何の意味もないではないか。
まさか魔剣の解放はこんなものしかないのだろうかと不安になる。一度力を開放したら、魔剣の説明文にピンクミスト・クールダウンタイム5分と表示される。馬鹿にされているような気がした。
気を取り直してモンスター退治に戻る。地下に来てから十日も続けていると、アイリたちもランクが29まで上がった。クレアは34になり、俺とモーレットも31だ。
俺のHPも480まであがり、MPは820まで上がった。魔法抵抗もランクボーナスで100を超えた。
もういいだろうということで、俺たちは地上に戻った。
地上に戻ってから、俺は二日ほど寝て過ごした。
暇になって俺が最初にしたことは、魔剣を背中に背負って市場を歩くことだ。もちろん自慢のためである。クレアもアイリもいやというほど視線を浴びると話していたのを聞きつけての行動だった。
確かに、面白いくらい俺の魔剣は注目を集めている。
このリカの選んだ服が、なんとなく強そうなオーラを出しているのもいい。
「あれ、コシロさん。めっちゃかっこいいじゃないですか」
そう声をかけてきたのはコウタだった。
「だろう。ダンジョンで出したんだよ。ダンジョンの一番奥にいるサキュバスクイーンの翼なんだ。蝙蝠の翼みたいでかっこいいだろ」
へーいいっすねえと、期待通りの反応をしてくれる。
それから市場をひと回りして満足したので、昼飯を食べるためにギルドハウスに帰った。
「自慢するのは気が済んだようね。それなら早く席についてくれないかしら。食べ始められないじゃないの」
開口一番、嫌味な女が嫌味なことを言ってくる。そういえば最近は、ちゃんとした時間に食事するように言われていたのだ。
みんなにならって、俺も席に着いた。
そして、いただきますと言って日の丸弁当を食べる。
「今日はリカから大事な話があるそうよ」
アイリの言葉に、みんなの視線がリカに集まった。
「これからは王都に行くのよね。コシロ」
「ああ、そうだな」
「それで実はもう王都の方にギルドハウスを借りてあるの」
「マジかよ」
あのボスドロップの40万ゴールドをそんなことに使ったのか。
「そんなに驚かなくてもいい。コシロにも出せとは言わない」
たとえ言われても、俺はセクシャルコンパニオン貯金だけは死守するつもりである。
「立地が良くて、畑が付いているギルドハウスはすぐになくなるから、実はもう前から借りていたの。一番大きな畑が付いた、一番小さなギルドハウス」
「また、このすし詰め生活かよ」
「貴方は一人部屋を占領しているじゃないの」
とアイリが言った。
「残念ながら間取りは変わらない。次も一人部屋は一つしかない」
「はあ、そこまで切り詰めなくてもいいんじゃないか。お前らのしけたツラを眺めて暮らすのにも飽きてるんだよなあ」
「貴方ねえ。何が不満なのよ。まるでハーレムじゃない。それについては、どう思ってるのよ」
「おうおう、ワカナ。アイリの兄貴が、女一人で荒くれた野郎どもに囲まれてる気持ちはどうなのかってお尋ねだぜ。答えて差し上げろ」
「そういう冗談はよくないと思うな。みんなかわいい女の子だよ」
「今のは、ちょっとムカつく」
リカがほほを膨らませた。
「そこに引っ越したら、ここも引き払わないとな。とりあえず遠いんだろ。アイリがダイアにでも乗って往復してくれたら、俺たちは歩かずに済むんだけどな」
「私が山賊にでも襲われたらどうするのよ」
「自慢のメテオストライクで粉みじんにしてやればいいじゃないか」
「真面目に答えなさい」
でも確かに、スラムの様子を見ると、そんな危険もありそうな気がしてくる。
「そんな危険があるのか。王都までの道に」
「わからない。でも乗合馬車は出てる」
「それじゃ明日辺りに、みんなで行くか」
そのあとで、俺はリカと買いだめするものや、これからもこっちで売るものなんかについて話し合った。アイリのテレポートを使えば、こっちのでの商売は続けられる。
「種はどのくらいになった」
「メシの種が19個、ノミの種が24個」
「ずいぶん集まったな」
「コウタにも協力してもらった。お金もすごくとられたけど」
「でも、全然足りないよな」
「王都の周りにもたくさん生えてる。本当なら馬車じゃなくて歩いて探しながら行くべき」
「王都の方は人が多いんじゃないのか」
王都というからには。NPCというか現地人は山ほどいるはずである。
「王都から離れるとモンスターが強いから」
「じゃあ、しばらくは王都の周りでフィールド狩りだな」
「それがいい。ダンジョンの敵はすごく強いらしいから」
ダンジョンには懲りたので、しばらくはフィールド狩りの方がいい。アイリの魔法で移動もできるし、泊まり込む必要もない。しかしマステレポートの説明には、一部の地上を除くとあったので、それが怖い。どこでも行けるわけではないのだ。
夜になって自分の部屋に引き込むと、モーレットがやってきた。
「重要な話があるんだ」
「なんだよ。愛の告白でもしにきたか」
「アタシにはしなくちゃならないことがある。悪いけど、王都にはいけねーよ」
「おい、急に何を言い出すんだよ」
「今までさんざん足を引っ張ってきたのはわかってる。やっと戦えるようになったのに、居なくなろうなんてひでー話だよな」
「そんな深刻になるようなことがあるかよ。俺が力になってやるから話してみろ」
「話したらユウサクは止めるから話せねーんだ。アタシだって、今まで助けてくれたユウサクの力になりてーよ。でも駄目なんだ。必ず戻ってくるから待っててくれ」
「だけど急にいなくなったら、みんなだってさ」
「みんなにはもう話してある」
モーレットが急に抱き着いてきて、俺たちはベッドの上で抱き合うような形になった。それでひとしきり泣いたのちにモーレットは立ち上がった。
「じゃーな。愛の告白は次に会った時にするよ」
それだけ言って、モーレットは飛び出していった。
本当に飛び出して行ってしまったなと考えて、思い当たる節でもないか思い返してみる。モーレットと初めて会ったのは、確か奴隷会館の隣だ。それよりも、あそこはスラム街の入り口だったはずである。そこでモーレットは世話になったギルドがあるような話をしていた。
だけどモーレットはギルドに所属してなかったから、たぶんNPCのギルドではないかと思われる。しかもスラム街にギルドハウスはないから、スラム街の変な集まりに関係してるような気がした。
放っておいたら面倒なことになりそうなので、俺はギルドハウスを抜け出して、スラム街の方へ向かった。
スラムの入り口部分は風俗街になっていて、ピンクのネオンが光っている。そのネオンが一体何で作られているのかはわからない。やはりここに来ると、犯罪者が近くにいるという警告表示が出る。
風俗店があるのは入り口だけで、そこだけはそれなりに人がいる。
病気や呪いを貰わなくても済みそうな、ライト系の風俗が6000Gと表示されているのを見て、思わず入りそうになった。思いとどまるのに気合を要したほど、一瞬でその気になっていた。
モーレットを探しに来たのだと思いなおして、俺はさらに奥へと入って行った。すると女の呼ぶような声がする。横道の方からその声は聞こえてきた。
俺はその横道に入って行った。それほど歩かないうちに、俺は攻撃を受けて視界が揺れた。
何事かと思うが、周りに襲撃者の姿はなかった。肩に投げナイフのようなものが刺さっていて、HPが一割ほど減っている。すぐに俺はエンフォースドッジとアーマーブレイクを発動させた。
よく見ると、弱毒のデバフアイコンが見える。毒を使うということは、暗殺者か盗賊だろう。今もどこかで狙っているに違いない。
俺は冒険者の鞄からヒーリングポーションを取り出すようにみせて、一緒に毒消しのポーションを取り出した。HP回復ポーションを姿のない襲撃者にをわざと見せるようにして、手のひらの中に握り込んでいた毒消しポーションを飲んだ。
振りかけずにに飲めばエフェクトも出ないので、これで相手は毒が消えたことを知らない。俺を殺して遺品でも奪うつもりだろう。毒ではHPが1以下にはならない。だから襲撃者は攻撃を仕掛けてくるはずである。
暗殺者か盗賊なら背後を狙ってくるだろう。俺はわざと誘うために背負っていた魔剣を手に持った。そして仕掛けてくるのを待つ。
しばらく待つと、かすかに物音が聞こえた。俺は確かめもせずに魔剣で背中をかばった。すぐに攻撃をはじいたような手ごたえがして、俺は後ろを振り返った。
仮面をつけた男が立っている。俺は斬りかかった。一発二発と攻撃の入った手応えがする。俺の最終攻撃値は200前後だ。防御力が50以下の盗賊や暗殺者であれば、既にHPは半分も残っていないはずである。
目の前の襲撃者は仮面をつけていた。そのせいなのか名前が『―― ――――』で表示されている。名前の認識を阻害する効果が仮面にはあるらしい。対人に毒を使ってきたことや、襲ってくるタイミングなどを見ても手馴れているのがわかる。
そう考えた瞬間、煙幕が焚かれて襲撃者を見失ってしまった。もう一人隠れていたらしい。デストラクションを使えば倒せるなどと考えていたが使わなくてよかった。
どうせ犯罪者だから殺してアイテムを奪えばいいと思ったのだ。犯罪者のシステムについても、NPCから聞き出して既に知っている。そういうことはプレイヤーよりもNPCの方が詳しかった。
犯罪をするとペナルティータイムのようなものが現れ、その間だけ犯罪者として扱われる。その時にロストすると教会でガードに捕まり、牢獄に入れられるのだ。その時のロストはインベントリの中までもその場に落とす。牢獄で過ごす時間は、犯した罪の重さで決まる。
そして犯罪者となると、殺しても罪に問われないためアイテムや装備狙いで狙われることになる。これがNPCから聞き出せた犯罪システムである。
そこで叫び声のようなものが、近くから聞こえた。同じようなことをそこかしこでやっているらしい。一体この町の犯罪者たちは、何をそんなに血眼になって追剥のようなことをやっているのだろう。
そのままスラム街を端まで歩いてみたが、モーレットの姿は見つからなかった。途中で闇市のようなものが開かれているのを見つけた。昼間に外から見た時は、そんなものがなかった場所だ。
そこにはギルドハウスに置いてあるようなチェストまで売っていて驚いた。
「こいつは」
「わからねえ奴に用はねえ。失せな」
盗賊に命を狙われて苛立っていた俺は、いきなり魔剣を抜いた。
「質問に答えるくらいわけないだろ」
「こんな場所で俺を殺して何になる。犯罪者になって牢屋行きだぜ。脅しには乗らねえよ。俺の後ろには大物がついてんだ」
「質問に答えれば死ななくて済むんだぞ」
「チッ、盗品だよ。気は済んだかイカレ野郎」
確かめると、どのチェストは鍵付きだった。開けられる奴が買って行けと言うことらしい。
「夜の間だけやってるのか」
「そうだよ。もういいだろうが。商売の邪魔だ」
俺はその盗品屋から離れた。いくら何でも、こんな場所に長居はできない。
モーレットに伝心の石を使ってみたが、連絡はできなかった。
それにしてもとんでもない場所だ。こんな場所にはもう二度と近寄りたくない。俺はギルドハウスに戻って寝た。
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