第15話 ダンジョン④_キングパイア


 十時間以上寝てるのに体がだるいなーと思いながら剣を振っていた昼過ぎ頃だった。サキュバスクイーンが登場したので、待ってましたとばかりに倒す。

 メイヘムのタイミングだけはミスれないクレアが冷や汗を流していたが、俺たちは何も気負うことがない。興味はドロップにしかなかった。

 フルヒールの魔法書、ライトニングストームの魔法書、デスペルの魔法書、サキュバスクイーンのランジェリー、サキュバスクイーンのドレス、そして12000ゴールド。


「うっひょう、凄いぜ。宝の山だ」

 モーレットが飛び上がった。

 みんな喜んでいるのにアイリだけははしゃいでいない。まあそうだろう。

「おい、アイリ。これはお前が装備するんだぞ」

「イヤよ」

 アイリは腕を組んで、俺を正面から睨みつけた。

「お前はプライドが高すぎるんだよ。ワカナだって文句も言わずに着けてんだぞ。これはかなり強い装備なんだからさ。装備できるのはラッキーなことだぜ」

「私が裁縫で下が変な風にならないようにするから大丈夫だよ。そしたら普通の下着とそんなに変わらないから」


 ワカナの優しい言葉にも、アイリは首を横に振った。

 本気でキレたような顔をしているアイリの腕を俺は掴んだ。そしてそれをクレアに渡す。


「モーレット頼むわ。クレア、あそこに横穴がある」


 しばらく叫び声と、自分で着るからという懇願にも似たような声が聞こえてくる。

 俺はその間に、サキュバスクイーンのドレスの方を確かめた。探索スキルの鑑定で見ると、材質は革で、魔法耐性+30という、破格すぎるほどの性能が付いていた。普通は布装備にしか魔法耐性はつかない。

 そんなことを考えていたら、顔を赤くしたモーレットが横穴から出てきた。なんだか聞きたくないなと思う俺の前でモーレットが言った。


「あの女、アタシたちに抑えられながら服を剥かれて、下からきったねーよだれなんか垂らしやがった。あいつ、とんでもねード変態だッ――ギャンッ!!」


 横合いから、ロケットみたいにすっ飛んできたアイリの蹴りが、モーレットの顔面に突き刺さった。

 すっ飛んでいったモーレットに入れ替わるようにして、俺の前にはアイリが立つ。


「そ、そんなんじゃないわよ! そ、そんな顔で私のことを見ないで!」

「別に隠すような趣味じゃないだろ」

「ちっ、違うわよ。本当に違うわ」

「そうかよ。わかったって、だれにも言わないから安心しろよ」

「何を面白がってるのよ。違うって言ってるじゃない。貴方って本当にガキね」


 真偽のほどは定かじゃないが、そんなことはどうでもいい。

「それよりさ、このドレスなんだけど、アイリが装備してくれないか」

「は、はあ?」


 レア装備すら、納得しなければ着てくれないのだから、リーダーというのは思いのほか大変な仕事である。

 サキュバスクイーンのドレスはチューブトップのようなものだ。普通は筒状になったものが腹から胸までを隠すが、これはもう腹巻か何かくらいしかない。俺はドレスの有用性を説くことにした。


「ちょっと短い感じだけど、ワイシャツ――じゃなくて、ブラウスを着ていれば胸だって出ないし、有名なファミレスの制服でこんなのあっただろ。そんな感じだと思えばいいんだよ。もこもこしていて温かそうだし、腹も冷えないぜ。それにローブを着てたらスカートの丈も関係ないだろ。それに黒だからさ、お前のその近寄りがたいオーラを演出するのにも一役買ってくれるぜ」


 懸命に説得したが、アイリは俺を睨みつけたまま黙っている。

 どうしたものかと思っていたら、リカに袖を引かれた。


「処女は装備不可と書かれてる」


 そのふざけた発言に、さすがの俺も顔が火照るのを感じた。確かに、説明欄の隅っこにそんなことが書かれていた。服の内側を見てみると、張り型というのか、ディルドというのか、俺ですら初めて見るようなものが付いていた。


「あ、あの、装備できます?」

「無理よ」

「ワ、ワカナは?」

「あっ、ま、まだです」

「私も無理」

「聞いてねーよ」


 俺の売り込みは最初から無駄だった。このゲーム作った奴、本格的に頭おかしいだろ。さすがのクレアやモーレットも何も言わない。関わりたくなさそうな顔をしている。

 それから狩りを再開したが、ものすごい変な空気になって、俺は必死でそれを和ませようと変なテンションになった。


「いやー、ワカナがまだって言ってくれてよかったよ。装備できますなんて言われたら、おじさんショック受けちゃうところだったもんね。さすがナンバーワンヒロインだよな」

「そんな話を蒸し返すの、もうやめなさいよ」

「トロールは男だもん、ドレスは装備できないよなあ」

「ははっ、ユウサクが突っ込んでやれば装備できんじゃん。初めて戦い以外で役に立てるな」

「お前は育ちが悪いなあ。それに、俺は精神的な支柱の役目を立派に果たしてるだろが。節穴みたいな目をしてるよ」


 アイリに蹴られたこともケロッと忘れて、モーレットはいつも通りだ。そのあとは普通に狩りをして、キャンプに戻ってくる。途中で思った以上に強力な罠を踏んで死にかけたりしたが、それだけだった。

 キャンプに着くなりワカナはアイリのランジェリーを裁縫でいじっている。風呂にはモーレットが入っていた。同い年くらいの女の子がすぐそこで、衝立のような石の壁の向こうで裸になっているというだけで、ドキドキするしハラハラする。

 また悶々としてきた。本当に困る。


「いつまでサキュバスを相手にするつもりなの」


 相変わらず怒ったような顔をしているアイリが言った。しかしアイリは普段から怒ったような顔をしているし、愛想が悪いのもいつもの事だから、別に変ったことはない。むしろ最近は機嫌のいい顔を見せるようになってきたくらいだ。


「お前たちがランク30になるくらいまでかな。俺とモーレットはもうすぐ30だな」


 クレアはサキュバスを相手にしても、ランクを一つあげるのに一週間近くかかる。さすがにここでランク30より上を目指すのは無理だろう。


「その次は王都の方に行くのよね」

「まあ、そうだろうな。だから、次くらいまでにはボスに挑戦できるようにしときたいよな」

 俺たちの会話にクレアが入ってきて言った。

「無理に倒すことないじゃないの」

「いや、倒しておいた方がいい。慣れるためにもさ。ロストしたってここなら、一週間で装備まで元通りになるだろ。それも、魔法書が高く売れる今のうちだけだぜ」

「四日くらいで泣き言を言い始めるくせに、ずいぶん威勢がいいじゃない」

「そうよ。一番最初に文句を言い始めるわよね」


 クレアとアイリに責められ始めたので、俺は話題を変えた。

「それにしても、可愛げがなくなったな。こいつは」

 アイリの足元にまとわりついているダイアウルフを見て言った。

「そんなことないわ。よく見れば可愛いいわよ」

 そう言って、アイリは獰猛そうなオオカミを撫でている。

「アイリの経験値の入りが悪くなってるから、クレアに所有権を移してアイリが持ってろよ」

「確かにそれがいいわね。私はもうここじゃランクが上がらないから、経験値が減っても同じだものね」


 二人はシステムウインドウを開いて何やらやり始めた。俺は風呂は明日に回して寝ようと決めた。

「さーて、そんじゃリカの風呂でも覗いてっから寝るとすっかなあ」

 風呂の中でガタガタと音がして、リカが殺すわよとか何とか騒ぎ始めた。

 モーレットが、おー豪気だなとか言っている。

 俺は装備を脱ぎ捨てると、寝袋に入った。

 リカはまだお願いだからやめてとか何とか言っていた。


 三日目にして、こんなことをしているのがあほらしくなってくる。緊張感もなく、頭も使わないし、同じことの繰り返しだ。

 さすがにリカですらミスをすることもなくなって、今日は朝からHPを減らしていない。

 魔法書が高いうちは粘るべきだろうが、今回が終わったらボスに挑んで王都の方に向かおう。


 サキュバスの魔法攻撃は最初のバーストダメージこそ高いが、魔法と魔法の間には詠唱のタイムのラグが多少ある。なので、ワカナがその隙に回復魔法を挟めるようになって、もはや何匹でも同時に相手をできるようになった。

 サキュバスの動きを見続けていた成果だろう。

 リカも容赦なく引っ張ってくるので、魔法書がどんどん溜まっていく。


 6日目の朝に、またサキュバスクイーンが出た。フルヒールオールの魔法書と、ライトニングストームの魔法書が出て、そしてなんと、ついに魔剣『サキュバスクイーンのウイングソード』がでた。悪魔の羽のような形の漆黒の刀身に、赤のアクセントが入っている。攻撃力78、そして重さはなんと70である。ロングソードの半分もない。そして明星という悪魔族に対してダメージ1.5倍の効果までついていた。


 飛び上がって喜ぶ俺に、みんなもおめでとうと言ってくれた。

 それで心置きなく帰れると、荷物をまとめてリコールスクロールを使う。

 太陽の日差しを浴びて生き返ったような心地になった。

 それで、今回は買うものもないので、休みは取らずにキングパイアに挑むことにした。俺もモーレットもランク29になっているし、アイリたちも26まできた。これ以上サキュバスはやりたくなくなったというのが理由だ。


 一夜明けてから、俺たちは最低限の装備だけを持って、ダンジョン中層のキングパイアを目指した。通路をふさぐようにして、こいつだけはやはり存在感が違う。


「なんだか怖いわ。何か注意することはある?」

「まあ、やられたらやられたで、しょうがないさ」

「しょうがないって、そんな言い方ないじゃない」

「だけど、情報もないんだ。それに倒しておかないと気持ち悪いだろ」

「いいわ、私が失敗しても責めないでよ」

 メイヘムくらいしかやることのないクレアが一番気負っている。

「みんな必要ない装備はしまっておけよ」


 俺の言葉に全員が頷いた。俺も魔剣ではなくロングソードを装備している。ダイアウルフはギルドハウスに置いてきた。俺たちはそろりそろりとキングパイアに近寄った。

 その寝ている顔の前で、クレアがメイヘムを使った。

 すぐにチェインリーシュを発動させて、アイリが持てる限りの魔法を叩き込んだ。

 俺もクレアと共に斬りかかる。

 タフな相手らしく、ダメージが通っている感じはしない。


 最初の突き上げで、クレアは浮き上がって三割ほどのダメージを受けた。

「回復するよ!」

 ワカナの叫び声と共に、クレアのHPは一瞬でもとに戻る。大したことのない相手のように思われた。しかし、しばらくするとキングパイアは吠えながら後ろ脚だけで立ち上がり、二本の牙の先、交差するあたりに光が集まるようなエフェクトを表示させた。

 これはヤバそうだなと俺は思った。


 前足を着地させると同時に、キングパイアは魔法を放った。見たことのない魔法だから、クラスⅤの魔法、たぶんフレアだろう。

 一度に複数の魔法が放たれ、なんと、その魔法はワカナに向かって飛んで行った。

 ワカナは多段フレアの攻撃で一瞬にして地面に倒れてしまった。

 クレアが駆け寄ろうとするが、キングパイアの突進で吹き飛ばされて宙を舞った。

 そのキングパイアの突進に踏みつぶされて、ワカナは光の粒子に変わってしまった。


 俺はなるほどなと思った。タネはわかったが、逃げ出すのは不可能だろう。クレアのHPも半分以下になってるので、時間稼ぎもできない。

 そんな事を考えているうちに、パイアによってクレアも光の粒子に変わる。アイリの回復では、とてもではないが間に合わない。

 どうせやられるなら早く済ませるかと思って、俺はデストラクションをキングパイアに向かって放った。HPが1になった俺は、突進にやられて地面に転がった。すぐに踏みつぶされて景色が暗転する。


 気が付いたらまた教会の祭壇の前だ。また殴られてはたまらないので、俺はすぐさま積まれていた白の服に駆け寄ろうとした。

 そしたら、目の前にアイリが現れる。

 サキュバスクイーンのランジェリーは、確かに重要なところだけは隠していた。しかし、いきなりクラスメイトの半裸が目の前に現れて、俺は驚きのあまり固まってしまった。

 アイリの叫び声で我に返り、俺は白い服を手に取って羽織ると、壁の方を向いた。


 真っ白な肌が頭に焼き付いて離れない。柔らかそうな体だったなと考えていると、後ろからクレアの泣き声が聞こえてきた。


「気にするなって、あんなの仕方ないだろ。それより全員そろったのか」

「もう、いーぜ」


 モーレットの言葉に振り返る。

 なんと、リカまでやられてそこにいた。

 逃げなかったのかと聞いたら、アイリを助けようとして魔法にやられたらしい。

 時間がたてばクレアも気にして悩む時間が増えてしまうだろう。こういうのは早めにケリを付けた方がいい。


「リベンジしに行こうぜ」

「倒し方がわかったのかよ」

「ああ、クレアは前の装備があるだろ。それでいいな。他も古い装備と高校の制服でもいい」

「本当に倒せるの? だって、あの感じだと聖騎士でもないとワカナを守れないわ」

 クレアの赤くなった目が痛々しい。そんなに気にする必要などないのだ。

「いいんだよ。後ろはモーレットに守ってもらうからな。最初からそのつもりだった」

「えっ、どうやんだよー。アタシは何にもできねーぜ」

「それより買い物に行ってくる」


 俺は教会を出ると市場に向かった。足りてない装備を一通り買って、それに着替えてから一度ギルドハウスに戻り、またキングパイアを目指した。

 さすがに二度目の到着は、深夜も過ぎる頃になった。

 作戦は道中で言い渡してあるので問題ない。

 俺は今度はサキュバスクイーンのウイングソードを装備している。


「その剣を使うのはもったいなくないかしら。また失敗するかもしれないわ」

 俺が手にする魔剣を見てアイリが顔をしかめた。

「まあ平気だろ。それよりも手はずはわかってるな」


 みんなが黙ってうなずいたのを確認してから、俺たちはまた寝ているキングパイアに歩み寄った。

 前回と同じく、クレアがまずメイヘムを使う。

 そして、リーシュも攻撃魔法も使わずに、ただ俺とモーレットだけが攻撃をする。

 しばらくしてクレアのHPが減ってきたところで、ワカナのヒールが入った。それでもまだキングパイアは、ただクレアを攻撃するのみだ。


 しばらくして、キングパイアは叫びながら後ろ足で立ち上がった。そのタイミングで、まずクレアがチェインリーシュを使った。キングパイアはまだ魔法を唱えている。

 やはりHPが減ってきたところで、この攻撃パターンに移るようだった。ここからはなるべく早く倒さなければならない。

 ワカナの方を確認すると、リザレクションの詠唱に入っていた。


 キングパイアの詠唱が終わったところで、ワカナに向かって複数のフレアが放たれる。そのワカナに対して、モーレットがリプレースポジションを使った。

 二人は場所を入れ替わって、多段フレアの攻撃を受けたのはモーレットだ。

 モーレットは戦闘不能状態になるが、倒れるよりも早くワカナのリザレクションが入る。

 キングパイアはリーシュによって動きを止められたので、突進はできない。しかし、もう一度後ろ足で立ち上がり、多段フレアを使ってこようとする。


 アイリが全ての魔法をキングパイアに入れて、俺もデストラクションまで使ってダメージを叩き込んだ。それでもまだキングパイアは倒れない。

 キングパイアのフレアが放たれるが、俺は振り返らなかった。後ろではワカナがモーレットにリザレクションを入れていることだろう。リザレクションにもリプレースポジションにも、クールダウンタイムは設定されていない。何度繰り返しても同じことだ。

 その魔法攻撃を最後に、キングパイアは地面に倒れこんだ。


 キングパイアが光の粒子に変わると、視界の端にはユニークボスを撃破しましたと表示された。ユニークボスとは世界に一体しかいなくて、復活もしないボスのことだと思われる。


 ドロップは、クラスⅤの魔法書、メテオストライクが一冊。

 自動排莢機能のついた攻撃力130のキングフィッシャーという銃が一丁。

 全部で防御力180のリリープレートメイルという鎧が一セット。

 防御力45のリリーナイトシールドという盾が一つ。

 防御力45・魔法抵抗30・MP回復+10のプリーストドレスが一セット。

 防御力50・魔法抵抗30・与えた魔法ダメージの一部をHPとして吸収・魔法ダメージ+20のついたヴァンパイアドレスが一セット。

 それに80万ゴールドだ。


 しかも経験値が桁違いに多くて、クレアはランク31、俺とモーレットはランク28、アイリたちも26にもどった。

 リコールスクロールを使いギルドハウスに帰っても、みんな羽が生えたみたいに浮かれていた。ただ、俺とリカだけが浮かれた気分になれず、隅の方でほうじ茶をすすっている。


 白と青を基調にしたプレートメイルは、クレアにとても似合っていた。所々に百合の花があしらわれていて、なんとも可憐な色合いだ。派手な装飾の入ったガンベルトに、銀の装飾が入った深緑の銃を持ってモーレットはご機嫌だ。青をベースに白が入った清楚な感じのドレスもワカナによく似合っているだろう。裾の長い赤と黒のドレスにアイリも笑顔が絶えない。


「メテオストライクって強い魔法なのかしらね」

「まあ最強なんじゃないの」

 そして、このやり取りも十回目である。


「よくこんなに、いつまでも浮かれていられるもんだよな」

「同感」

 ほうじ茶の渋みが身に染みる。俺は浮かれている方に向かって言った。

「おい、イノシシが落とした金は俺とリカで分けるからな」

 その言葉は、好きにしなさいみたいな感じで流された。

「コシロは魔剣が出た」

「おい、80万独り占めはないだろ。それに俺のは明らかに見劣りしてんだろうが」

「まあ、確かに」

「ほら40万。男でも買って元気出せよ」

「そんなに破天荒じゃない」


 まあいい。セクシャルコンパニオン貯金も50万を突破だ。とにかくユニークボスが美味しいことはわかった。落としたアイテムも本当にふざけた性能だし、倒したパーティーに必要なアイテムや装備が落ちるのも確実だ。

 ということは、次は魔剣も期待できる。


 リビングにいても自慢されるだけだから、俺はシャワーを浴びて自分の部屋のベッドにもぐりこんだ。どう考えたって、俺たち二人だけ装備も落ちなかったのはおかしい。俺は安っぽい革のジャケットしかないし、リカなんか煤けた制服でイノシシと戦ったのだ。

 とりあえず、セルッカの街でやることは済ませたが、もう一度くらいサキュバスをやってもいいかなと結論して寝た。

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