第14話 ダンジョン③


 翌日は朝からモーレットがトンカントンカンやってる音で目が覚めた。

 リビングでワカナが裁縫をしていたので話を聞いたら、クレアとアイリは森に行ったらしい。素材集めとサブ職業のレベル上げのためだろう。休みの日に物好きな連中だ。リカは王都に行くと言って出て行ったそうだ。何十キロもあるだろうに走って行ったのだろうか。


「何か新しいものは作れたか」

「全然だよ。革がないからどうしても駄目みたいなんだ」

「パイアが落とした動物の皮ってのが少しあるぞ。ほとんど素通りだったから二つしかないけど」

「うわ、これでいろいろ作れるよ。革ひもとかだから少しでいいんだよね」

「どうしてこれくらいのものが市場にはないんだろうな」

「まだ誰もダンジョンの奥に入ってないんだよ。友達は、ボスがいるからみんな嫌がってるって言ってたよ」


 俺はリカに伝心の石を使った。

「王都には着いたのか?」

「うん、今は周りの村に向かってる。メシの実が残ってるかもしれないから」

「そうか、頑張れよ」

「言われなくても」


 それで石の効果は切れた。みんな色々と頑張っているようだ。

 NPCで売っていたメシの実は売り切れてなくなっていたから、みんな日の丸弁当を食べているに違いない。まともなものがあれば金になるだろう。俺もそのうち脚気にでもなりそうだ。

 俺は市場に行ってコウタを探した。


「どうも、ユウサクさん。調子はどうですか」

「まあまあだな。蜘蛛の糸はまだ高いのか」

「もう値崩れしちゃって、だいぶ安いですよ」

「動物の皮は?」

「最近、森の方で取れる場所が見つかって、競争が激しくなってきましたね。買いばかりで売りはまだ見ませんよ。中質か上質でもあればみんな飛びつくんじゃないですか」


 パイアから出たのはただの皮だったから下質ということだろう。ならば、ダンジョンにいたあのキングパイアを倒せば中質くらいは出るかもしれない。しかし、あれに挑むのは勇気がいる。絶対に何かしら質の悪いことをしてくるに違いないからだ。あんなところに陣取って、雰囲気だけならラスボスみたいなものがあった。

 今度狙ってみてもいいが、ロストしたら装備がもったいない。もう一度くらいサキュバスだけを狙いに行って、金が出来たら挑んでみるのがいいだろう。


「メシの実で稼いでるやつの話は?」

「ろくな売りすらありませんからね。まだから揚げ弁当のメシの木を作った人が一人いると聞いたくらいです。スキルレベル1でも作れたそうですよ」

 そういえばコウタはいつこの世界に来たのだろうか。最初に来たのはクレアたちだが、あそこは女子高のはずである。だとすれば、一か月か二か月前に来たのだろう。

「コウタは俺がいた学校の生徒だっけ?」

「違いますね。たぶん同じ区の高校で二年です」

 コウタはなかなか装備もしっかりしていて、割と稼いでいるようだ。腰に剣まで指している。

「商店をやってるだけじゃないんだな」

「ええ、日に二度ほどは森で敵を倒してますね。あとはギルドでどこかに行こうなんて言われた時くらいですか。商売だけでも経験値は入りますけど、狩りの方が効率がいいんですよ。装備は商品が使えるんで、まあまあってところです」


 俺のように効率ばかり求めているのと違って、和気あいあいと楽しくやっているような雰囲気がある。そういうのもありなのかと、俺は軽くカルチャーショックを受けた。

 コウタと別れると俺は暇になったので、タクマに連絡を入れた。

 タクマはわざわざ狩りを抜け出してやってきてくれた。

 することもないので、お金を払って釣りをするという釣り堀に入って貸し竿で糸を垂らした。


「ランクはいくつになったんだ」

「28だよ」

 俺がそういうと、タクマはブッと噴き出した。

「すげーな。先行組のトップがまだ30そこそこだっていうのにさ」

「壁役に恵まれたからな。お前の方はどうだ」

「やっと16になれそうなくらいだな。なんかうまい金儲けはないか」

「俺もそれを知りたくて呼び出したんだ。装備を買ってりゃ金なんか貯まらないぜ」

「だな。俺は魔法があるからさらに大変だぞ」

「魔剣だってなくしたら心が折れる額だ」


 確かに、と言ってタクマは笑った。

 さすがに釣り堀だけあって、魚は面白いほど釣れる。俺は冒険者の鞄に魚を収めた。


「ユウサクは、なにか気が付いたようなことでもないのか」

「オークとかゴブリンとかトロールみたいなさ、人型のモンスターは装備を落としやすい気がするな。逆に動物とか昆虫は素材しか落とさないから、レベルの低いうちは避けた方がいいと思う」

「確かにな。だけど今はみんなゴブリンかオークを倒してるよ」

「あと、ボスは対策さえ立てられたら簡単に倒せるぜ。まあ、初見で挑むと五分五分くらいの確率でロストだけどな」


「たとえば?」

「トロールキングは物理防御の整った壁役とヒーラーさえいればイチコロだ。あとは魔法抵抗のある前衛が必要とか、呼び出された雑魚を引っ張っていける足の速いやつが必要とかさ」

「そんなにボス倒してんのかよ。ボスを倒すのは悪手だって話もあるぜ。どうなんだ」

「まあ、ロストする確率は低くないよ。だけど練習するなら早いうちがいいだろ。ダンジョンの中では否応なく戦うことになるしな」

「そういやさ、ボスの湧き時間が決まってるって話があったぞ。森の中で、いつも同じ場所の同じ時間にゴブリンエリートが出るって話さ」


 それは面白い話だと思った。俺たちはダンジョンの中層で、ほとんど全部のボスを最初の一日目に見た。サキュバスクイーンも一日目にすでにいた可能性が高い。つまり放置されていたか、挑んで返り討ちに合ったかされていたのだ。ということは、一度出たら倒されるまでは消えないということになる。

 ランクの高いボスほど再出現に時間がかかるのだろう。ゴブリンエリートくらいなら、確かに毎日出たっておかしくない。


「それは面白いな。そのうちテーブル表でも作る奴がいるかもしれない。だけど金になる話じゃないな。やっぱメシの実が、今んとこ一番有望そうだ」

「そういや、今日は狩場でサラシナさんを見かけたぞ。かわいい女騎士と二人でさ、森の中にいたんだ。すごかったぜ。魔法の一撃でオークを倒してたからな。あの二人ってさ、できてたりしないのかな」

「それだけはないだろ」

「なんだよつまんねーな。それにしても、よくあんなに魔法を揃えたよな」

「お前もランクが30くらいになったら、ダンジョンの一番奥まで行ってみろよ。魔法書が山ほど出るし、すごいもんが見れるぜ」

「すごいってどんなだ」

「それは行ってからのお楽しみだろ」


 日が暮れてくるまで小魚を釣って、俺たちは別れた。

 ギルドハウスに帰ると、みんなで晩御飯を食べながらテレビを見ていた。俺も一緒になって晩御飯をたべた。リカだけはおらず、深夜ごろになって帰ってきた。収穫があったようで満足げな顔をしていた。

 明日の話は出なかったが、みんなダンジョンに行くつもりでいるようだった。




 次の日は無理やりモーレットに叩き起こされて朝飯を食べた。すでにみんなの準備はできているらしかった。必要なものもリカが市場で揃えてきたと言った。

 仕方なく、俺はまたサキュバスを相手にするのかと、みんなに続いて家を出る。そのまま、みんなが歩き始めたので、俺は疑問に思った。


「なんでテレポートしないんだよ」

 そしたらみんながテレポート?みたいな顔をする。

「アイリが覚えただろ。地上なら一度行った場所にはテレポートできるようになる魔法さ。あの魔法、30万ゴールドはするんだぜ。まさか捨てたりしてないよな」

「そ、そういうことは最初に説明しなさいよ。そんな便利なものだなんて知らなかったわ」


 まさか自分の職業が魔導士で、二十個くらいの魔法すら把握してないとは思わなかった。

 俺たちはアイリのマステレポートでダンジョン入り口まで移動した。

 そこでちょっとアイリの歩き方がぎこちないことに気が付いた。


「おい、お前、何を隠してんだよ」

「な、なんでもないわよ。それより行きましょう」

「おい、クレア、俺はアイリに聞いてんだ。お前が庇うってことはさらに怪しいな」

「ちょ、ちょっと、触らないで、わかった、見せるわよ」

 アイリがローブから出したのは、ペットショップで売られていたダイアウルフの子供だった。

「私たち二人で買ったのよ。反対するなら触らせてあげないからね」


 クレアが真剣な顔で言った。昨日はそんなことのために二人でどこかに行ってたのだ。俺は好きにしろと言った。


「メシはどうするんだ。それに死んだらどうなる。教会で犬も復活するのか」

「ペットショップでドッグフードを買ったわよ。それに犬じゃなくてウルフよ。もちろん復活するに決まってるでしょう」

 何故かアイリは半分きれたように言う。別に俺は何でも反対するわけじゃない。それにどうして反対すると最初から決めつけているのだ。確かに経験値効率がさらに悪くなるのは間違いないので嫌だが。

「お前たちは協力しなかったんだな」


 ワカナたちにそう言うと、ワカナもリカも猫派だと答えた。

 モーレットは子犬を撫でて喜んでいるので、そいつが気に入ったらしい。

 行くぞと言って、俺たちはダンジョンを進んだ。

 途中でアイリたちがランク24になり、新しいスキルを覚えた。アイリとワカナは戦闘中にもMPが回復するパッシブスキルを得ただけだが、リカが隠遁を覚えた。地面に潜り込んで移動ができるようになる。しかも、いかなる敵のターゲットも外すことができるようになるので貴重なスキルだ。そして煙玉も覚えた。

 これでもう、リカは斥候として完全に仕上がったことになる。


「一度倒したことのあるボスは倒していこう」


 そう言ったらクレアが不安そうな顔をしたが、今回は装備もよくなってるからマシに戦えるはずだ。午前中のうちに俺たちはジャイアントヒドラの前までやってきた。

 今回は事前にマジックバリアも使っておける。


 マジックバリアは魔法ダメージを軽減してくれるのでレジスト出来なくても効果がある。しかも信仰の数値によって効果が上がるので、ワカナが使えば効果は大きい。

 俺たちは難なくジャイアントヒドラを倒した。残った召喚されたヒドラも、俺の魔法で少しずつリカから剥がして倒しきった。


 宝石などのつまらないドロップしか出ない。宝石類は、リングやネックレスがまだ作れないので、何に加工できるかもわからない。一つだけ弱毒付与の短剣が出ているが、短剣は色々と付加効果付きのものが多いようで、レアではないと思われる。一応、サキュバスが落とした行動阻害付きの短剣も売らないであるが、珍しいものではないような感じだった。


 ボスを倒したあたりから、アイリとクレアの顔がだんだん陰ってくる。俺にはそれがわかっていたが、わざと何も言わないでいた。子犬くらいだったダイアウルフは、すでにレベル10まであがって、大型犬並みにまで育っている。

 牙は鋭く、獰猛な顔つきになるまでそうはかからないだろう。長い毛におおわれたハスキー犬のようなものだ。しかもハスキー犬の倍くらいには大きくなりそうな感じだった。


 キングパイアが、いまだサキュバスゾーンに通じる手前の通路で門番のように構えていた。その手前の休憩所で、俺たちは昼飯にした。


「やっぱり、あのでっかいイノシシは倒さねーのかよ」

「あんなところに構えてるのは、怪しすぎるだろ。今までのボスより倍くらい大きいしさ。今回はやめとこうぜ」


 クーンクーンと鳴いているダイアウルフは、既にそんなかわいらしい見た目ではない。それでもアイリとクレアがかいがいしく世話をしている。


「飼い始めたからには責任をもって飼えよな。手に余るからって捨てたりすんなよ」

「キャッ。貴方ねえ、ぶっ飛ばすわよ」


 俺が試しにアイリを軽く突き飛ばしてみたら、ダイアウルフは俺に向かってウーウーと低いうなり声を上げ始めた。なかなか狂暴そうな顔つきである。


「犬じゃないんだから、かわいい見た目なのは最初だけだったな。もうこんなに狂暴そうな顔つきをしてるじゃないかよ」

「それは貴方が変なことするからでしょう。ほら、ご飯を食べなさい」

「ペットフードはいくつ持ってきたんだ。絶対に足りないだろ」

「余分に持ってきたから足りるわ」

「メシの実も余分にあるから大丈夫でしょ。昨日、私たちで取って来たもの」

「俺の犬の方がマシだな。飯も食わないし大人しいし」


 今回は最初からキャリードッグを使っている。前回使ってみたら思った以上に使い勝手が良かったので、今回は重たいものを全部もたせていた。MPの回復が極端に悪くなるが、今のところ俺のMPは使う予定もない。

 食べ終えたら、俺はエンフォースドッジとアーマーブレイクを使う。モーレットも魔法を発動させて準備を整えた。


 ライトの効果時間も終わっているので、俺たちはキングパイアの横を通り抜けて、サキュバスのいるドームに入った。最初に確認しに行ったが、クイーンは出ていなかった。

 だからまたドームの周りを歩き始めた。

 一週目から早くもうんざりしてくるが、慣れているという安心感は悪くない。


 アイリのMPにも余裕が出てきて、クレアがチェインリーシュを使った敵には魔法で攻撃している。サキュバスの魔法耐性が高いのか、それほどのダメージはないようだが、敵を倒すのは早くなっていた。

 これでリカも攻撃できるようになれば、かなりの効率を取り戻せるかもしれない。今回出た魔法書はほとんど売りに回せるので、前よりも稼ぎだってよくなるだろう。


 なんとなく疲れが出にくくなっていたので、俺が何も言わずにいたら、八時間はサキュバスを狩り続けることになった。リカとクレアが戦いやすいように整えてくれるので、俺は剣を振り回しているだけだ。

 後ろから敵がやってきて、モーレットが一度だけ戦闘不能になっていたが、ダイアウルフが噛みついて引っ張ったこともあり、とどめまではもらわずにリザレクションが入った。


「次に後ろから来たときは、アイリがマジックバリアをモーレットに使ってやってくれ」

「そうするわ」


 そのくらいで一日目は終了し、俺たちはキャンプの準備に入る。魔法のタープで入り口を隠し、犬はいったん仕舞って奥にある湯船にお湯を張る。

 ライオンは温度調節と湯量調節ができるので、熱めのお湯にした。お湯が溜まったら一番汗をかいていたクレアが入り、そのあとでリカが入る。その次は順当に言って俺のはずなのに、なぜかワカナ、アイリ、モーレットあたりが次々と入って、俺が最後になる。


 俺なんて、風呂にはささっと入って、すぐに寝たいのに、最後まで起きてなきゃならない。晩御飯は豆腐とワカメしか具のない味噌汁と日の丸弁当だ。あとはほうじ茶が飲み放題。

 これ以上質素にはならないところまできた。


「まだ農作のスキルは上がらないのかよ。さすがにひもじいぞ」

「だって、森にも行かなくなっちゃったじゃないの。アイリと行ったらオークのところまで、他の人たちに取られちゃってたわよ。どうにもならないわ」

「最近は日の丸弁当の実ですら売れるようになった」

 とリカが言った。そしたらクレアがインベントリからノミの竹を一つ取り出して言った。

「じゃあね。特別にこれをあげるわ。変な意味はないのよ。貴方が一番、貧弱だし辛そうにしてるから」

「カプチーノじゃねーか。隠し持ってたのかよ」

「人聞きの悪いこと言わないで。昨日、森で見つけたのよ。オフの日に見つけたんだから、私のものでしょ」


 また変なツンデレが出ているような気がしないでもないが、俺はありがたくそれをもらって飲むことにした。スチームされた牛乳の甘みと、コーヒーの苦さが相まって美味しい。


「私はチョコレートミルクが飲みたい」

「今となったら相当高いだろ、それは」

「投資用に買えたのが一つある」

「ホ、ホントに!?」


 ワカナが叫んで、アイリとクレアまでもがリカの発言に食いついた。

 何故かみんなが俺の方を向いたので、好きにしろよと言った。リーダーになるとは言ったが、戦い以外の事には興味がない。許可なんか求められても困る。風呂から上がったモーレットまで混ざって、一杯のチョコレートミルクに夢中になっていた。

 俺は風呂に浸かってから。早々に寝てしまった。

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