第17話 王都


「とんでもない場所だぜ。20メートル歩いただけで命まで狙われたんだ。アイリの毒消しがなかったらやばかったな。お前たちも近寄らないほうがいいぞ。特に夜はな」

「頼まれたった近寄ったりしないわ。それより、どうして声をかけてくれなかったのよ」

「急だったんだよ。それに毒は割合ダメージだから騎士でも関係ないぞ。相手は相当手馴れてたからクレアなんか連れてったら足手まといだ」

「言うじゃないの。貧弱のくせに」

 可憐な少女に貧弱と言われると堪えるからやめてほしい。


「それで、モーレットのことは放っておくことにしたの」

「だって場所もわからないし、手がかりもないんだからしょうがないだろ。お前が魔法でスラムごと焼き払ってくれたら探してきてやるよ」

 あんな場所で聞き取りするなら、命が何個あっても足りない。

「そんなケンカ腰にならなくてもいいじゃないの。何かあるのかと思っただけよ」

 と言って、アイリはちょっとすねた。


 俺たちは今、王都に向かう馬車の荷台の上である。馬鹿なキャリードッグが馬車から降りて周りを走り回っていた。俺はダイアを枕代わりにして横になっている。

 夜中に歩き回っていたから寝不足だった俺は、いつのまにか寝ていた。目が覚めても周りの光景は変わっていなかった。

 ワカナは何か裁縫をしているし、クレアとアイリは何やら話をしている。リカは外を走り回ってメシの実とノミの竹を集めていた。


「凄い量が集まったな。お前の方が先に農作スキルを上げそうじゃないか」

「全然少ない」


 俺はリカが取ってきた麦茶の竹を開けて飲んだ。よく冷えていておいしい。紙コップのような残ったそれは地面に捨てると消える。

 しばらくして、宿場町のようなところで休憩になった。

 食堂に一つに入って、俺たちは飯を食った。


「あとどのくらいだ」

「もうすぐ着く」

「ほらみろ、山賊なんて出なかっただろ」

「そうね」


 それから二時間も馬車に乗ったら、無事に王都に着いた。

 言葉もなくして、俺たちはただただ周りの景色に見入ってしまった。

 丘の上には見上げるほども高い城に、青の屋根に白の壁で統一された街並み。そして人の多さと活気。街中を流れる水路の水も飲めそうなくらいにきれいだ。

 城の鐘がリンゴーンと鳴り響く。

 街の真ん中にはとてつもない高さの時計塔まであった。


「うわあ、すごいねー」

「さっそくギルドハウスに行こうぜ」

「あまり期待しないで」


 街はずれに、俺たちのギルドハウスはあった。たしかに十二畳くらいの畑が付いていた。ギルドハウス自体は、街の繁華街にも近くて便利そうだ。


「小さいな」

「そう言ったでしょ」


 部屋は俺が一人部屋で、アイリとクレアで一部屋、ワカナとリカで一部屋になった。さっそくクレアに種を植えさせると、二時間もしないうちに芽が出てきた。


「何ができるか楽しみね」

「どうせ日の丸だって」


 そのあとはアイリに言われて、繁華街を歩いた。防犯設備が必要だと言われてだ。

 ダイアを番犬にしようと言ったら反対された。街には感知ロープというのが売っていたのでそれを買う。あとはインスタント落とし穴という秘密道具みたいなやつも買った。

 基本的にギルドハウスは、ギルド員以外はその扉を開けられない。しかし窓などは普通にあるし、開錠スキルで鍵は開けられてしまう。


 鍵のグレードなどもギルドハウスを管理するところに行けば変えられるが、金がかかる。

 踏んだら音がするという感知ロープを部屋の中において、落とし穴は窓の下の茂みのわきに設置した。窓から入ろうとすれば落ちるだろう。

 罠の設置を終えたら、俺は一人で奴隷商館に向かった。

 果たして王都の品ぞろえはどんなものなのかと、一度は見ておきたいと思ったからだ。


 奴隷商館の中に入ると、またしてもゲスを極めたみたいな男に出迎えられる。

「ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件でしょう」

「セクシャルコンパニオンを見せてください」

「承りました。ですが、グループに所属しているメンバーはお見せできません。最低でも契約金の半分は積んでいただかないと会わせられないのです」

 グループというのはテレビで歌ったり踊ったりしているグループの事だろう。そういうプレミアにお金を払うつもりは最初からないのでいい。

「見せられるだけで構いませんよ」

「それではこちらへどうぞ」


 また二階に案内された。一階だと外から目につくので二階に連れていかれるのだと思われる。

 まずは自信の品をご覧に入れましょうと奴隷商の男は言った。そして連れてこられたのは十人ほどの美少女だった。


「いかがでございましょうか」


 俺は息を飲んでしまって、何も答えられなかった。これから変態どもに売られる境遇だというのに、こんな笑顔を人に見せられるのかと、一人の女の子に魅了されてしまった。

 奴隷商がにやりと笑ったのに気が付いて、俺は襟を正した。しかし、もう遅い。これはきっと付け込まれるだろう。

 俺はきっと笑顔に弱いんだなと思う。


「話しかけていただいても結構でございますよ」

「いえ、大丈夫です」

「そうでございますか」

 奴隷商は女の子たちを下がらせた。それでは商談に入りましょうと奴隷商の男は言った。

「二年契約で600万ゴールドになります」

 いきなり金額を切り出された。俺はまだ誰が気に入ったとも言っていない。全てを見透かしたうえで、そう言ってるのだということがわかる。この男はさっきのネコミミの子の値段を言っているのだ。

 今の俺が600万ゴールドを稼ごうと思ったら二年近くかかる。とてもじゃないがそんな金額は無理だ。

「も、もうちょっと安くなりませんかね」

「無理でございます」


 そう言った奴隷商の態度だけで、俺に交渉の余地はないとはっきりわかってしまった。完全に見透かされている。

 ユニークボスなら100万近いゴールドのドロップがある。六体倒せばいけるだろうかと考えて、六人パーティーであったことを思い出す。ドロップを売ろうにも、この世界に買えるやつなど居るのだろうか。


 情に訴えかけたら、もうちょっと値引きしてくれるんじゃないかと考えて顔をあげると、人情などとうにドブに捨てて来たであろう目の前の男の笑顔に絶望感しか抱かなかった。こんな海千山千のゲスを相手にして、俺に何ができるというのだ。

 絶望する俺に、このようなものがございますよと奴隷商の男は紙切れを差し出してきた。

 紙切れには『武道大会、賞金500万ゴールド』とある。


 俺はギルドハウスに帰ってベッドの上に体を投げ出した。

 いくら賞金が500万でも六人パーティーでの参加が条件となる。それでは90万くらいにしかならない。それにモーレットがいなければ、とてもそんな大会で優勝は不可能だ。




 翌日になると、既にメシの木が実をつけ始めていた。ノミの竹も頭を出している。これだけ植えたのに、クレアの農作レベルはまだ上がっていなかった。メシの実はのり弁当二つとから揚げ弁当が一つ混じっていた。他は抜いてしまいたいが、新しい種が入ってからでいいだろう。

 飲み物の当たりは、オレンジジュースとサイダーだけだ。

 すぐに準備を済ませて、俺たちは街の入り口にワープで飛んだ。


「外はほとんど何もないんだな。畑もないし、森があるだけか」

「適当に探索しましょ」


 そう言ったクレアを先頭にして、俺たちは森の中に入った。ゴブリンやオークしか出てこない。王都から離れるように歩いていると、やっとハイオークというのが現れた。

 ハイオークファイター二体、ハイオークメイジ、それに、ハイオークソルジャーという鎧まで着た奴が出た。

 ファイターとソルジャーは槍を持っている。それにメイジはいきなりブリザードを放ってきた。


 かなり広範囲に効果のある魔法で、これは後衛のアイリやワカナだけじゃなく、リカまでダメージを受けた。俺はフルレジストしてダメージはない。クレアも蚊に刺された程度だ。

 そして槍は剣よりもかなり手ごわかった。リーチが長くて戦いにくい。

 しかし物理攻撃ではクレアにダメージは通っていない。装備も強化されているので、かすり傷すら追わない。俺はかすっただけで血しぶきが舞ったというのに、ふざけた話だ。


 そして、ホブゴブリンと、エルダーホブゴブリンも現れた。ホブゴブリンはナイフではなく剣と盾を持っているし、エルダーホブゴブリンはブリザードを使ってくる。

 それによって、前衛の俺たちはそれほどダメージを受けないが、後衛の方がHPを減らすようになった。ワカナは全体回復魔法を回している。アイリたちのHPでは何度も耐えられないから、オーバーヒールになってしまっても回復するしかない。魔法耐性の低い後衛の三人が苦労しているようだった。


「ワカナはマジックバリアを三人に張ってくれ。MPがきつければリカだけでもいい」

「わかった」


 効果時間の短いマジックバリアを維持するのは難しいかもしれない。俺とクレアは何の苦労もなく、ちょっと涼しくて気持ちいいよねみたいな感じなのに、後ろはかなり厳しそうだ。


「リカはそろそろ敵を引いてきてくれないか」

「いいの」

「ワカナ、まだいけるか」

「うん、大丈夫だよ」

「きつくなったら言ってくれよ。リカはワカナの様子を見ながら頼む」


 全体回復はMPを何倍も使うから苦しいだろう。それでも、装備がよくなっているのだから、いけないことはないはずである。


 森の中を歩いていると、氷結の洞窟の入り口というのを見つけた。今はまだ中に入らない。

 午前中を終えて、レアと呼べそうなのはエルダーホブゴブリンの落としたテレポートスクロール一枚と、ハイオークファイターの落とした紺色のワンピースというアバターアイテムだけだ。生地と、ミスリルの原石、アオニウム草、ゲウム草が無数に出て、高級サファイアが二個だ。ゴールドは400前後ほど落とす。


 森の中でお昼を食べて、午後にまた当てもなく歩き始める。

 三時間ほどしたら砂漠地帯に入った。今度はリザードマンという、盾と剣を持った敵が現れた。しばらく倒していると、トカゲのしっぽが落ちた。

 アイリがヒーリングポーションLv4の材料だと言って喜んだ。誘惑のささやきと、さっき出たアオニウム草とで作れるらしい。しかしトカゲのしっぽは二時間に一つの割合でしか出なかった。


 誘惑のささやきだけはうなるほどあるので、消費のためにもポーションにするのはいいが、ここまで出ないと厳しい。

 しかし、砂漠に生えていたノミの竹がココアだったので、しばらくは砂漠地帯を回ることになった。砂漠地帯はメシの木やノミの竹が少ないが、最低でも味噌汁や日の丸弁当ではなかった。


「ここがいいわ。しばらくここでやりましょうよ」

「私もクレアに賛成よ」

「私も森よりはここがいいな」


 と、みんながここでやりたがるので、しばらくはここに通ってもいいだろう。敵がちょっとぬるすぎる気もするが、経験値自体は悪くない。

 ランク30になったアイリたちも称号が変わった。アイリは賢者、ワカナは司教、リカは戦術家になった。スキルはアイリが魔法攻撃力上昇+50%で、ワカナは魔法回復力上昇50%、リカは一閃という詠唱阻害に行動阻害の付いた攻撃を得て、移動速度上昇+50%を得た。


 アイリたちは喜んでいるが、俺は特に感動もなく、これからは地道にランクを上げるだけかという気持ちになる。砂漠はリザードマンと、ラドンというプテラノドンのようなモンスターくらいしか出ない。

 ダイアがランクアップして、ランク24になっていた。こいつのせいでクレアはレベルの上りが遅くなっている。

 一日中砂漠を歩き回ったが日に焼けることはなかった。ただひたすら暑かった。


 日が落ちてからギルドハウスに帰ると、なんと最初の実がもうなっていた。

 俺が冷たいシャワーを浴びていたら、外からものすごい悲鳴がした。タオル一枚で慌てて駆けつけると、四人の女性陣から、もう一度大きな悲鳴が上がった。

 何事もないようだったので、俺は服を着た。


「何があったんだ」

「レベルが上がったのよ」

「誰の?」

「農作のレベルよ!」

「マジかよ! 早く種を植えてみろよ」

「一つもないわ」

「アイリ、リカを連れてセルッカの市場だ」

「いいわよ」


 しばらくして二人は帰ってきた。それをクレアに植えさせる。

 次の日になったらチョコレートケーキの実がなっていた。これでもう粗食ともお別れである。クレアは涙を流して喜んでいた。白飯は辛かったのだろう。俺もかなり辛かった。

 でもケーキじゃしょうがない。もっと種が必要だ。


 その日、砂漠の太陽で一日焼かれながら金策を考えていた。

 ストーンゴーレムゾーンに入り、リカが集めて、クレアが引き付け、アイリが魔法で倒すというサイクルが出来上がっているので、俺とワカナはすることがない。

 だから俺は考え事の方に集中していた。


 メシの実が一つ2000ゴールドで売れたとしても、600万稼ぐには3000個も売らなきゃたどり着かない。一日一個しか実らないのだ。どう考えても不可能だろう。

 それにギルドでの稼ぎになるというのもネックになる。金を貯めるのに最大の障害と言ってもいい。何倍も稼がなきゃならないのだ。


 これはもう、心苦しいがギルド員から搾取するという、悪魔の一手しか残されていない。

 ギルドハウスでの晩飯の時に俺は切り出した。


「いいアルバイトがあるんだよな。一日、俺にやとわれてみないか。二万ゴールド出す」


 俺は奴隷商の男のように人情を切り捨てることにした。

 これならば武道大会の賞金を独り占めできる。できる限りの笑顔で切り出した俺に、四人は警戒をあらわにした。

 壁際に寄って、ひそひそと相談を始める。

 体でも売らされるんじゃないかしらと言っているアイリの声が聞こえた。絶対に怪しいよとワカナが言い、裏があると断言するリカの声も聞こえた。


「お断りさせていただくことになったわ」

 四人を代表して、アイリが言った。

「体を売るようなことはさせないし、ほんのちょっと戦ってくれるだけでいいんだ」

「絶対に裏があるじゃないの。何か企んでるんでしょ。顔を見ればわかるわ」


 四人の中で一番付き合いの短いクレアにまで見透かされている。

 諦めるしかないだろう。

 他に方法がないわけではない。

 俺には王都に知り合いが二人いるのだ。明日はそれをあたってみよう。

 明日は休みだとだけ告げて俺は眠りについた。

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