第12話 ダンジョン①_サキュバス
次の日は、朝飯を食べたらワカナが作ってくれた下着を着て、装備を付けてから道具の最終確認をみんなでやった。そして、いざ出発とダンジョンを目指す。
何も考えずに、昨日のサンドゴーレムとアントとスコーピオンの地帯までやってくる。そこから、一応リカの偵察を入れて奥に入っていく。
「なんだかちょっと怖いね。もう周りに誰もいないよ」
「またボスがいたりしないわよね」
ワカナとクレアが不安がっている。確かに、俺もちょっと怖い。周りに人がいなくなるというのは思っていたよりも心細くなった。地下洞窟はとてつもなく広がっていて、それも怖さを掻き立てる要因かもしれない。
しばらくすると、モンスターもまったく出てこなくなった。
通路状の洞窟が続いて、また広い空間になった。視界の端に表示されていたセルッカのダンジョン低層の文字が、セルッカのダンジョン中層に切り替わった。
明らかに、難易度が変わりますよという警告だろう。
最初に現れたのはヒドラという多頭の蛇と、パイアというイノシシのようなモンスターだった。イノシシの突進をクレアが盾で受け止める。しかし、勢いを止められずにクレアは倒れこんで尻もちをついた。
そのクレアにヒドラがアイスランスを放ってくる。
それだけでクレアはHPを二割も減らしている。俺は慌ててクレアを引き起こした。パイアに角で突き上げられて、クレアは盾を構えているだけで精いっぱいになる。
ヒドラの攻撃をまともに食らっているが、対処もできない。俺たちはパイアに攻撃を集めたが、タフで倒すのに時間がかかった。
ヒドラは特に問題なく倒すことができた。どちらのドロップも300ゴールド前後だ。
このイノシシは効率の妨げになりそうなので、こいつが出てこないところを探すしかない。そんなことを考えていたら、パイア三体が同時に出てきた。
それに対しても、クレアは怯むこともなくメイヘムを使った。このハートの強さは本当にありがたい。そう、別に怖がる必要はないのだ。
二体が同時に突進してきてクレアを後ろに吹っ飛ばしたが、しっかりと着地してクレアは盾を構えなおす。
一体を鎖で地面につないで、残り二体からの攻撃を受ける。俺たちは鎖に縛られたのから片づけた。クレアが敵のターゲットさえ受けてくれたら、別に危険なことなどない敵なのだ。
倒すたびに次のを鎖で縛って倒す。倒すのには時間がかかるが、縛ってから攻撃すればターゲットが変わることもない。
もしここで新しいのが出てきても、リカも待機しているのだ。俺たちは、三匹を難なく倒しきった。
「なんか、難易度上がりすぎじゃねーのか。クレアの体が浮いてたぜ」
「ちょっと突進があるだけだろ。こいつは効率よくないから、もっと進もう」
もう三度ほどパイアたちとの戦闘を経て、ヒドラとサラマンダーが現れた。サラマンダーはファイアアローを連発してくる。しかし、動きが素早いだけでHPはそれほどでもない。倒しやすいが、低層にいたモンスターと同じ経験値だったので素通りする。
そこからまた、サンドゴーレムが出始めて、しかもパイアまで出る不毛なゾーンが続いた。
ちょっと進んだら、偵察に出ていたリカがジャイアントヒドラを見つけたと言ってきた。たぶんボスだろう。ヒドラ自体、大した攻撃があるわけじゃないので、俺たちは戦うことに決めた。
少しわき道にそれたあたりだったので、だれにも倒されずに残っていたのかもしれない。
ボス部屋に入り、クレアがメイヘムを使った瞬間、ジャイアントヒドラはヒドラ八体を召喚した。
「召喚系かよ。リカ、任せたぞ」
一瞬、嫌な汗が流れたが、リカがアイリやモーレットをターゲットにしたのから、しっかりと引き離してくれて、八体全部をどこかへ連れて行ってくれた。リカが一発でもアイスランスを受ければ移動阻害効果が現れて終わりだったが、上手く引いてくれたようだった。
ジャイアントヒドラは、最後にでかいオリジナル魔法を放ってきて、俺はレジストに失敗して一発で戦闘不能に陥った。
すぐにリバイバルを受けて復活し、ジャイアントヒドラは問題なく倒せた。
もし召喚されたヒドラを放置したまま戦っていたら、戦闘不能から一気にロストしていたかもしれない。そのあとでリカの連れてきたヒドラも倒した。
さすがに八体からの攻撃を受けると、クレアもやばいくらいのダメージを受けて一瞬やられたかと思うほどだった。
ボスのドロップは、祝福された精霊の羽十個、伝心の石(五分)三個、水の結晶石十五個、13000ゴールドだった。レアが出ないこともあるようだ。
「ボスはやっぱ怖いな。かなり意地の悪いことしてくるぜ」
「アタシは、クレアがあんなダメージ受けるの初めて見たぞ」
「危なくないかしら。もっと慎重にやりましょうよ」
アイリが珍しくはっきりと意見を言った。
「確かにな。ボスがやばいってより、装備がちゃんとしてないとダメなんだろうな。それに一回の失敗で全滅もあるから慣れてからの方がいい。装備が揃うまではボスをなるべく避けるか」
さらに奥に進むと、またボスがいるとリカから連絡が入った。ちょうど通路をふさぐように、キングパイアが地面に寝ていた。その手前で、俺とアイリが使っていたライトの魔法の効果が切れるまで待って、ナイトサイトの魔法を使って横をすり抜けることにする。
魔法が使えないクレアは俺が手を取って誘導し、モーレットとワカナはアイリに誘導させる。
気づかれることなく、俺たちはキングパイアの横をすり抜けた。
しばらく進んでから、ライトの魔法を使った。ナイトサイトがまだ切れていないので、やたらと眩しい。それでも日の光の下で見るようなホワイトアウトはない。
キングパイアを抜けたら、キメラとという蛇の尻尾を持つ獅子と、カルキノスというカニのお化けみたいなのが出てきた。どちらも腰くらいまでの大きさしかない。
低層は昆虫ばかりで、中層は哺乳類がメインのようである。
いつも通り倒そうとしたら、キメラが煙の輪を自分中心にして広げるように飛ばしてきた。ダメージは大したことないが後衛にまで届いた。硬い殻をもつカルキノス相手に苦戦していたら、さらなるキメラが集まってくる。キメラは炎の息を吐いてくるので、視界が塞がれてしょうがない。
「メ、メイヘムが使えないわ!」
急にクレアが叫んだ。
俺はリカに合図して、追加で現れたキメラのターゲットを取らせた。
最初に現れたキメラはなんなく倒すことができた。そして、追加で現れたキメラは十体近くまで増えてリカを追いかけまわしている。
その十体に対してクレアがメイヘムを使った。
大した攻撃力がある敵ではないし、大丈夫だろうと思っていたら、クレアのHPが一瞬で半分を切る。キメラの炎は魔法攻撃扱いのようだ。しかし、そこで何故か回復が飛んでこない。
「えっ、あっ、ま、魔法が使えないよ」
ワカナが取り乱しながらそんなことを言い出した。アイリの回復魔法が入って、何とかクレアはHPを半分まで戻した。しかし、次の一斉攻撃を受けて、一割までHPを減らす。
俺とモーレットは敵の数を減らそうと躍起になった。アイリもポーションをクレアに投げつけると、ファイアーボールをキメラのど真ん中に打ち込んだ。もしそれで、キメラのターゲットがアイリに向かえば事態は悪化するがそれは起こらなかった。
そこでやっと、ワカナからグレーターヒーリングオールの魔法エフェクトが現れた。
クレアのHPは四割まで回復する。敵の数は半分まで減らしていた。なんとか持ちこたえられるかというところで、新たなカルキノスが現れる。リカは気が動転しているのか、それに気が付いていないようだったので、俺がファイアアローでターゲットを取った。
ターゲットを取ってすぐカルキノスは、俺にアイスランスを放ってきた。レジストは成功するが、HPは二割ほど削れた。そこからアイスダガーを俺に向かって放ってくる。それを無視して、俺たちはキメラを倒しきった。そして、カルキノスも光の粒子に変える。
戦闘が終わると、俺たちは壁際によって息をひそめた。
「あ、あっぶねーな。おいユウサク、今のは何だったんだよ」
「わ、わかんねーよ。どうなったんだよ。マジでヤバかったぞ」
「なんか、魔法が使えくなったんだよ。こんなこと今までなかったのに」
「私もスキルを使ったつもりなのに発動しなかったわ」
半泣きのワカナと、冷や汗を流すクレアは訳が分からないといった様子である。アイリがいい反応したおかげで何とかなったようなものだ。それがなければ全滅だっただろう。
俺は何となく、何が起こったのかを理解した。
「たぶん、あれだな。あの煙が広がるようなエフェクトの攻撃があっただろ。あれに詠唱阻害の効果がついてたんだ。どんなスキルや魔法にも、発動前の準備タイムがあるだろ。メイヘムにも一秒にもみたない時間だけどあるはずなんだ。その瞬間にあの攻撃を食らったんだよ」
魔法のクラスが上がれば、その詠唱タイムも長くなる。範囲詠唱阻害とはまたチートのような攻撃を持った敵がいるものだ。
「で、どうしたらいいのよ」
アイリが早く結論を言えとばかりに詰め寄ってくる。
「あの攻撃のタイミングを覚えるしかないだろうけど、一度にあんな数が出てきたんじゃ、それも難しいな。気をつけろとしか言えない。もしクールダウンタイムにされたら、違う魔法で何とかするしかない」
「そう、他の魔法を試したらちゃんと使えたよ」
回復魔法が使えずに、全体回復魔法を試してみたら使えたということだろう。
まともに回復できる魔法が二つしかないワカナには厳しい相手かもしれない。
「何度も戦ってたら、そのうち必ずやられるから、なるべく早くここを抜けよう」
「でも、もう疲れたぜー。何時間、歩きっぱなしなんだよ」
「じゃあ休憩所で昼飯にするか。リカ、探してきてくれよ」
「了解」
リカはそのまま壁を登って先の方へと行ってしまった。しばらくして見つけたという連絡が入った。地図に表示されたリカの位置までみんなで移動する。その間に敵に出くわすことはなかった。
昼飯を前にしても、まだ心臓がドキドキしている。もう午前中だけで二度もロストを覚悟するような瞬間があった。
そんなに無理しているとも思えないのに、新しい場所に行くと常に何かしらの罠が用意されている感じだ。
みんなため息をつきながら昼食を食べていた。その顔には疲労の色が濃い。俺だってすでに心底疲れ切っていた。
「早めに、安全そうな場所を探したほうがいいな。こんなの続けてたら心臓が持たない」
「ホントよ。意地の悪いゲームだわ」
心底嫌そうにアイリが言った。
果たして先行組は、このダンジョンの最奥まで行っているのだろうか。とてもそんな感じはしない。もっと雑魚だけを倒して、安全にやっているような気がする。それも一つの手なんだろうと思うが、癖のある敵に慣れておかないと、いつか足元を掬われるという気もした。
慣れておくならランクの低いうちの方が絶対にいい。だけどドロップするゴールドと経験値が難易度に見合っているとは到底思えないから、やるだけの価値があるかは疑問だ。
低層階では過剰戦力になってしまうが、稼ぎ自体には差がないように思える。敵の出現頻度を増やすためと、ライバルがいないというだけのメリットしかない。
それと敵の攻撃が魔法主体になってきているので、クレアの防御力の高さも活かしきれず窮地になることが増えている。だからこれまでとは違って、面白いようにクレアのHPも減るのだ。
「もうちょっと、気楽に考えたほうがいいかもな。どうせ死んでも経験値と装備を失うだけなんだ。それにほら、さっき魔法書が出たんだよ」
キメラが落としたクラスⅡの魔法書であるスローをアイリの前に置いた。ニュートラル魔法だからアイリが覚えても、ワカナが覚えてもいい。だけど、機転が利くだろうとアイリに渡した。
「どうしても駄目なら、オルトロスとゴブリンだけ倒せばいいんだからさ」
「ま、それもそうね」
と、アイリが見た目に似合わず聞き分けのいいことを言う。
あれから結構やっているが、クレアのランクは30のままだ。経験値も5%くらいしか貯まっていない。こんな調子でどんどん必要な経験値は増えていくから、本当に無茶が出来るのは今だけなのだ。
昼飯の後はリカを偵察に出して、先の様子を見てもらってきた。ナイトサイトを使いながら壁を走っていれば、敵に見つかることもない。
リカは三十分くらいで戻ってきた。
「この先は行き止まり。キャンプできそうな場所があった。行き止まりはドームになっていて、サキュバスとかいうモンスターがいたわ。そのモンスターだけランクがちょっと高かそうだった」
ここまで経験値的においしそうなのはキメラだけである。しかし、何度も戦うのは嫌な相手だ。となるともう、そのサキュバスくらいしか狩れそうなやつはいない。
「じゃあ、そこでキャンプしながらサキュバス狩りだな。そんなに硬そうな名前でもないし、変な攻撃してこない限りはそいつでいいだろ」
キメラから逃げるように先を目指すと、確かにドームの入り口のような場所に出る。壁の角度から言って東京ドームくらいは優にありそうだ。ライトの魔法では二十メートルも光が届かないので、全体像はわからなかった。
そしてすぐに、サキュバスが現れた。その姿に、俺は驚きのあまり飛び上がった。紫色した悪魔の羽と尻尾をもつ半裸の女だった。おっぱい丸出しだし、下の毛も見えている。最初は露出狂でも出たのかと思った。お腹だけ黒い体毛に覆われている。
「れ、れれれ冷静になれッ! 見た目に惑わされるな! こいつはただのモンスターだッ!」
「取り乱してるのは貴方だけよ」
アイリが冷静にツッコミを入れてくる。性格の悪い女だ。
「行くぞ! かかりぇぇえ!」
サキュバスはフロストノヴァの魔法とライトニング、それにアイスランスを使ってきた。フロストノヴァは行動阻害付きの魔法で体を早く動かせなくなる。
一通り魔法を使ってMPがなくなると、サキュバスはいきなり殴りかかってきた。
殴りかかってきたのだから、当然ながら目の前で揺れる。その動きに惑わされた俺は攻撃がためらわれて、何度も途中で剣を止めてしまった。
まともに考えることも、周りを見ることもできないでいるうちに、いつの間にか倒せていたようだった。周りが冷静じゃなかったら、かなりヤバかった。
「そ、それじゃ、サキュバス狩りだな」
そう言って振り返ると、冷静な四人分の瞳が俺のことを見ていた。隣からも、刺すような視線を感じる。
「だ、大丈夫だって、す、すぐに慣れるからさ」
「ものすごく精彩を欠いた動きをしていたわよ。本当に大丈夫なのかしら」
「ま、まあ、男の子だもんしょうがないよね。私も見てて恥ずかしかったし」
「イヤらしい」
クラスメイト三人からの冷静な指摘と慰めと誹謗中傷を受ける。
でもサキュバスの顔はかわいかったのだ。動揺したってしょうがないではないか。
それから揺れるおっぱいに囲まれながら戦い続けた。どれだけダメージを受けているのかも、どのくらいの強さの敵なのかも、全く頭に入ってこない。
「ねえ、ユウサク。さっき魔法書が出なかったかしら」
「えっ、ああ、本当だ。出てたんだな。ほらよ」
俺は言われて焦って、インベントリから取り出した魔法書をアイリに渡した。
「私はもう覚えてるわよ。なぜ私に渡すのかしら」
俺はえあっと素っ頓狂な声を上げる。駄目だ。全然集中できていない。気持ちを入れ替えよう。いつまでも無様な恰好は見せられない。俺の信用にかかわってくる。
「出た魔法は、ああファイアボールか。ワカナが覚えてもいいけど意味ないよな。覚えたいなら覚えてもいいけど」
「ううん、いいわ」
「まあ、いらないか。あとで売ろう」
俺は邪念を振り払うように気を引き締めて、次の敵に向かう。魔法を使ってくるだけあって、最初のダメージはかなり重たい。もし一気にたくさん現れたら、クレアですら簡単に落ちるだろう。
それでも視界をふさぐものがない場所だから、ちゃんと一体ずつ寄って来てくれる。移動もそれほど早くないし、リカでも十分に魔法が届かない範囲で引き回せるだろう。
「リカは周りのを少しずつ集めてくれ。一回に引いてくるのは二体までだ。それ以上ターゲットを貰ったら何か合図してくれ。一体は俺が引き受ける」
「やっと正気に戻った。了解した」
「アイリは後ろも警戒してくれ。もし敵が来たらモーレットがターゲットを取るんだ」
「ええ、いいわ」
「マジかよー」
「モーレットがターゲットを取ったら、回復はアイリがやって、ワカナはリザレクションを準備してくれ。アイリは攻撃魔法を撃ってから回復だぞ」
「ええ、いいわ」
「うん、わかった」
「それって、アタシじゃ耐えられないってことじゃねーかよ。ひでーな」
魔法抵抗の低いモーレットでは危なっかしいが、一番レベルが高いからHPで何とか受けるしかない。後衛の後ろまでは、さすがに俺の魔法も届かない。なら一旦は戦闘不能状態になる覚悟がいる。魔法でとどめは刺せないから、サキュバスがモーレットまでたどり着かない限り、とどめの攻撃が入ることはない。
たとえ、アイリの行動阻害魔法がレジストされても、危険はないだろう。
特に危ないこともなく、それから三時間ほどやって一度休憩をはさんでから、また三時間ほど狩りをした。魔法書のドロップが多く、デスペル、ファイアストーム、マジックバリアの魔法書が出た。どれもクラスⅢの魔法書だ。それにクラスⅠとクラスⅡの魔法書もかなり出ている。
クラスⅢはアイリに覚えさせて、他はリカやモーレット、ワカナなどにも覚えさせた。
アイリたちはランク16まで上がっていた。
「そろそろ、キャンプの準備をしようぜ」
「ナイトサイトの魔法っておもしれーなぁ」
「キャンプはこっち」
すでに慣れてしまって緊張感はない。リカに案内してもらってキャンプ出来るという場所に向かった。その場所はドームを出たところから横穴に入ったところにあった。
イスとテーブルのような岩と、風呂だと思われる窪み、そして風呂の目隠しのための壁などがある。いくら目隠しがあっても、それのみで風呂に入るのは勇気がいるだろう。
風呂の排水は、隣を流れる地下水脈に繋がっているようだった。
すぐに魔法のタープを張って、横穴の前にカモフラージュの壁を作る。ただの布だが、モンスターには気付かれにくくなっているそうだ。
そして、寝袋を人数分並べて終わりだ。俺は湯を吐き出すライオンの石像を風呂の窪みにセットした。
「こんなお風呂に入るだなんて嫌だわ。その男が覗かないように交代で見張りましょ」
「誰がトロールの裸を見たがるんだよ。ワカナが入る時だけ、お前が見張ってたらいいんじゃないのか。腕っぷしも強いしさ」
「な、なんですって!」
「ユウサク君、そんな言い方はよくないよ」
目隠しの壁は意外としっかりしていて、そう簡単には覗けないようになっている。それでも不安になる気持ちはわからないでもない。
それで飯を食ってしまったらやることもなく、風呂の順番が回ってくるまで暇でしょうがなかった。それでドロップの確認をしながら、錬金の素材をアイリに渡した。
「何か作れそうか」
「こんなバラバラじゃ無理ね。でも、Lv2のヒーリングポーションが作れるみたいだわ」
「じゃあ、それを作ってみんなに配っといてくれ」
俺はそれだけ言い残して、風呂の排水を流し込んでる地下水脈の方に降りて行った。持ってきた釣竿を垂らしてみるが、どんなにやっても何も釣れなかった。
上に戻ったら、湯上りのリカとワカナが話していたので、やることもないからその会話に入る。
「久しぶりにお湯に浸かれたよー。気持ちよかったー」
「ギルドハウスにはシャワーしかないもんね」
リカがワカナの言葉にしみじみと同意している。
「あれ、服もきれいになってないか? 予備を持ってきてたのか」
「違うよ。お湯と石鹸で洗って、一度インベントリに入れるんだよ。そうすると乾くの。知らなかったの?」
「なんだよ。そんな裏技があんのかよ。俺なんか部屋に干してたぜ」
そんな俺たちの会話に、風呂に入っていたモーレットが驚いた。マジかよ、やってみよーとか言っている。
そしてクレアとアイリも会話に入ってきた。
「魔法書が結構落ちるじゃない。戻ったらいいお金になりそうね」
今日は二度も死にかけたクレアが笑顔で言った。前向きな女だ。
「まあ、覚える分で使っちゃってるから、何日かやればだな」
「私はもうクラスⅢまで、ほとんど覚えたわよ」
「まあ確かにな。だけど金になりそうなクラスⅣの魔法書が出ないんだよな。NPC以外じゃ市場に売りも見たことないし、これが出てくれたらかなりの大金になるんだけどな」
リザレクションだけはNPCが安く売っているが、救済措置のようなものだろう。フルヒール、フルヒールオール、リザレクション、フレイムストライク、ライトニングストーム、ブリザード、マステレポート、クラウドキルと、メインで使うような魔法がそろっているのがクラスⅣだ。
逆にクラスⅤは、NPCの店ですら売っておらず、ハイレア扱いの可能性もある。
モーレットの次にクレアが風呂に入り、そのあとでアイリが入って、やっと俺の順番になった。熱い湯に浸かったら、体の芯まで温まり最高に気持ちがいい。
モーレットが背中を流してやろーかと言い出したが、みんなに止められていた。
そのあとはすることもないので、体が冷えないうちに寝ることになった。みんなくっついて寝ていて、俺だけ離れたところに寝かされるのかと思ったら、モーレットの隣で寝ることができた。
横になって静かになると、モンスターの徘徊する音が聞こえてきて不安になる。寝込みを襲われたら、気が付かないうちにロストだろう。みんな装備を外しているので、対処できるとも思えない。
「なあ、一番外側だから、めっちゃ怖いんだけど。クレアだけでも装備付けたまま寝られないかな。お前の装備があったら時間が稼げるだろ」
「馬鹿言わないでよ。鎧なんか着て寝たら体温奪われて死んじゃうわよ」
「いくじがねーな、ユウサクは。いざって時はアタシが倒してやるってば」
「お前なんか一番最後まで起きないだろうが。絶対寝たまま死んでるよ」
「うるさいわよ。いつまでも喋ってないで寝なさい。死んだら死んだで、こんなゲームどうでもいいじゃない」
半ギレのアイリに怒られたので、俺は黙って寝ることにした。俺にというより、こんな生活をしなくてはならない境遇の方に怒っている感じだった。
俺は物音に驚いてナイトサイトの魔法を使ってみたが、特に何もなかった。
みんなの方を向くとモーレットの頭越しにクレアの顔が見えた。目を開けて上の方を見ている。何をしているのかと思っていたら目が合った。いや、クレアからは見えていないだろう。俺は気まずくなって目を閉じた。そしたらすぐに眠りは訪れた。
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