第11話 休日


「ねえ、アクセサリーショップにいかない?」

 朝飯も食わずに昼過ぎまで寝ていたら、クレアがやってきて言った。

 いつもと違って、高校の制服なんか着ているからドキッとした。

「なんでアクセサリーショップなんだよ」

「ほら、アイリが言ってたじゃない。ダンジョンに必要な魔法があるって」

「ああ、そうか。それじゃ行くか」

 俺がそう言うと、クレアはニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を見せる。最初から少し顔が赤かったし、ちょっと様子がおかしい。

「お前、」

 俺に惚れてんのか、と言おうとしてやめた。

 言ったらまた殴られそうだったので、違うことを口にする。

「お前、無理にそんなうれしそうな顔しなくてもいいんだぞ。何に気を使ってるんだ」

「えっ、そ、そうよね。は、ははは。じゃあ、私は先に行ってるわね」


 嬉しそうと指摘されて顔を真っ赤にしている。これは本当にデートのお誘いではないかという気がしてくるが、どうなのだろうか。

 俺はズボンとシャツを着てリビングに出た。そこでクレアと合流して、俺たちはアクセサリーショップに向かった。


「今日は休みだったのに悪かったわね。急に言い出して、ごめんね」

「何を女々しいこと気にしてんだ。男らしくないぞ」

「私は女ですっっっ!」

「お前は殴って物事を解決するタイプだろうが。ついて来いって言って、嫌だって言われたら、一発殴って動かなくなったのを引きずって行けばいいんだよ」

「私は自分の貞操を守るために、他の方法がなかったから、仕方なく暴力に頼ってしまったの。よくそんなことをいつまでも根に持てるわね」

「そりゃ、マジで痛かったからな」


 さあ行くわよ、と腕を取られたが、その手が震えているのはマジでなんなのだ。そのまま引っ張られるようにアクセサリーを売るNPCの店までやってきた。

 そこでライオンとキャリードッグの召喚魔法が使えるようになるネックレスを買った。ライオンはお湯を吐き出すただの石像で、キャリードックは荷物持ち用の犬だ。犬はモンスターにも狙われないと店の人が教えてくれた。


「このネックレスなんてどうかな」

「シールドの魔法なんて、お前が買ってどうするんだよ。盾があるだろ」

「アクセサリーとしてどうかってことよ」


 どう答えたものかと思案してから、似合ってるんじゃないかと答えた。そしたら、またクレアは一目ぼれしそうなほどの笑顔を俺に向けてきた。

 こいつの笑顔はマジで凶器だ。

 これでもし俺がこいつに惚れでもして、付き合うことにでもなったりしたら大変なことになる。この世界には避妊方法がないのだから、一緒にいてイチャイチャしてて、それで我慢できなかったりしたら、子供ができてしまう。そうなれば俺は。もとの世界に帰っても、大学をやめて働かなきゃならない。人生を棒に振ること間違いなしだ。


「いい女との出会いには、人生を棒に振るだけの価値があるもんだぜ、坊主」


 NPCの商店主が、突然人の心を読んだような訳の分からないことを言う。いやいや、それは駄目だ。こんなわかったようなことを言う男の言葉には従わない。

 俺たちはそれぞれに買った物の会計を済ませた。

 嫌われよう、と思った。それが一番いい。


「お前ってさ、もしかして女だったんじゃないのか」

 そう言って、俺はクレアの股のあたりをポンポンと手で叩いた。

「キッ、キャーーーーーーー!!!」

 俺は両手で突き飛ばされ、開け放たれたドアから転げ出て、店の前まで吹っ飛ばされた。

「なっ、なに考えてんのよ!」


 俺が動く気にもなれないでいたら、クレアは普段から何十キロもある装備を身に着けて飛び回ってる腕力でもってして俺を引きずり始めた。


「頭がおかしいんじゃないの。冗談にしてもやっていいことと悪いことがあるでしょ。そんなこと考えればわかる事でじゃない! 私のことをなんだと思っているのよ。信じられないわ。常識というものが全く通用しないわね。何を思ってそんな事をしてもいいとなるのよ」


 そのままギルドハウスの前まで引きずられて、リビングに放り込まれた。

「悪いけど、そいつ回復してあげて」


 ワカナにそれだけ言い残して、クレアは自分の部屋に入っていった。

 俺は回復を受けてむくりと起き上がると、昼飯を食べることにした。散々である。でもこれで人生を棒に振る危険はなくなったのだから御の字だ。

 そのあとは、リカと相談しながら市場とNPCの雑貨店で必要なものを買い集めた。意外なことに、全部そろえても大した額にはならずに済んだ。

 夕方になってギルドハウスに帰ってくると、革の手袋を持ったクレアに迎えられた。


「また暴力を振るっちゃったから、仲直りのしるしにあげる。ほら、貴方って貧弱だから寒かったり、マメが出来たりすると何もできなくなっちゃうでしょ。そうなると私も困るから」


 ツンデレだろうか。真っ赤な顔でそんなことを言ってるクレアに、昼間の作戦は失敗だったのかなと思った。俺は手袋をひったくるように受け取って自分の部屋に戻った。

 早くセクシャルコンパニオンを買う必要がある。オカズがないから、あんなトロールに女を感じてしまうのだ。そんなことを考えていたら、タクマから連絡が入った。

 俺たちは噴水の前で待ち合わせた。


「これ見てみろよ」


 そう言われて見せられたのは、人形のような大きさをした妖精だった。最初はフィギュアかなと思ったが、生きているし動いている。

 タクマはペットショップで買ったと自慢げにしていた。もともとフィギュアを集めていたタクマにとっては最高の一品だろう。


「スゲーだろ。脱がせたら本当に女の子だかんな。もうフィギュアなんていらないぜ」

「セクシャルコンパニオンは目指さないのかよ」

「あんなの高いだろ。金が貯まるまではこれで繋ぐんだよ」

 なるほど。そういうことなら俺も欲しい。

「ちなみに、もう売ってないぜ」

「マジかよ」

「でも、似たようなのはまだあったかもな」


 その一言で、俺はタクマを連れてペットショップに向かった。

 そのペットショップで、何故かアイリと鉢合わせる。


「なんだよ。こんなところに来てたのか」

「ええ、何か役に立つものはないかと思って。これなんて貴方はどう思うかしら」

 そういって見せられたのは、ケットシーという長靴を履いて剣を持った二足歩行の猫だ。値段は50万ゴールドとある。

「いれば便利だろうけど、高すぎるだろ」

「じゃあ、こっちはどうかしら」

 アイリの指の先にいるのは、ダイアウルフと書かれた子犬のような何かだ。10万ゴールド。

「まあ、いればいたで役には立つだろうけどさ。それでもレベルが上がって経験値に余裕が出てきてからのもんだと思うぜ」

「そうよね」


 それきり子犬に見入ったように動かなくなったアイリを放っておいて、俺は妖精のような何かを探す。そしてピクシーという蝶々のような妖精を見つけた。


「まさかこれの事か」

「そうだ。それよりも、なんでサラシナさんと普通に話してんだよ」

「同じパーティーだし、同じギルドだからな」

「マジかよ。うらやましすぎんぞ」

「それよりも、何が似たようなのだよ。これじゃちっちゃすぎるだろうが。顕微鏡でもなきゃ顔もわかんねーぞ」


 しかも値段は俺の全財産である5万ゴールド。説明には回復魔法が使えるとある。さすがにこんなものを買う気にはなれない。馬鹿馬鹿しくなって俺はペットショップを出た。

 そのあとはタクマと酒場に入った。酒場と言っても飲むのは普通のアイスコーヒーだ。


「そっちは順調にやってるのか」

「まーな。女の子が多かったからあんまり無茶はできねーよ。まだランクも12だ」

「どこでやってるんだ」

「森ばっかだな。まだやっと六人のパーティーが組めるようになったところなんだぜ。大きなギルドに入れてもらって、それで何とかやってる感じだな。でも最近は調子がいいんだ」

「他のクラスの奴らはどんな感じだよ」

「大きなギルドが出来てきて、大体はそれに吸収されたかな。みんなこれからだろうけど、さすがにパーティーも組めてないようなのはいなくなったな。大きなギルドの中には、ギルドハウスを王都に移したところもあるらしい」


 ということは、これからはどんどんランクを上げてくるだろう。狩場が混むということだ。早いところ、30くらいまで上げて、俺たちも王都の方に行きたい。先行組の中には、もうそこまでランクを上げた奴らがいるのだろうか。


「お前はなんでサラシナさんとパーティーを組めてるんだよ。誰とも組まないって有名だったのに。どうしてそんなに信用されてんだ」

「まあ、小学校からの付き合いだしな」

「話してるの見たことないぜ」

「そりゃ、高校に入ってからは、あんまり話してないさ」


 俺はアイスコーヒーを飲み終わって、カプチーノを注文した。酒場とは名ばかりで、どんな食べ物だって飲み物だって出てくる。


「それより、本題を忘れてた。何かいい金策はないか」

「ないな。色々やってるけど、結果が出ない。お前の方は?」

「ロスト耐性付きの下着が大売れだってよ。あんなもの売ってるやつは殺した方が世のためだ」

「そんなのもあるのか」

「あの教会で配ってる白い服から簡単に、それもたくさん作れるらしいぜ。まあ安いから大した儲けは出ないだろ。あとは武器を作るくらいか。みんなロストを恐れて武器しかまともなもんを買わねーんだ。そのかわり武器だけは高くても売れるぜ」

「まあ、そうだろな。ああ、メシの実を買い占めるのはどうだ」

「それか。俺のとこのギルド員の奴も買い占めてたな。でもあれは一番先行してるギルドの奴らが買い集めてたから、もう駄目さ」


 タクマは大きなギルドに所属してるだけあって、色々と情報が入ってくるようだ。

「サブ職のレベルの上げ方はわかったのか」

「いや、裁縫とか錬金とかはアイテムを作ったりするだけだろうけど、農作とか探索は想像もつかねーよ。まだ誰も上げてないだろ。お前はどうやったら上がると思う」

「罠を踏んだり、森で収穫したりを、一人に集中してやってるけど、まだ上がらないな」

「なるほど、確かにそれしかないかもな。いいことが聞けたよ」


 そのあとはつまらないことを話してタクマと別れた。俺は教会に寄って白い服を貰おうとしたら、教会から女の子ばかりの六人組が白い服で出てきたところだった。

 みんな泣いているし、なんだか痛々しい雰囲気だった。パーティーが組めるようになって、みんな本格的にやり始めたから、教会も繁盛しているらしい。

 ローザのところになんとなく顔を出したら、ちょうど白い服を作っているところだった。あの服は彼女が作っていたのだ。生地をいくらか売ってもらい、俺はギルドハウスに帰った。


 生地をワカナに渡し、リカにワカナが作った例の下着を売ってくれるように頼んだ。

 その間、やたらとトンカントンカンうるさい。


「あれは、なんなんだ」

「モーレット師匠が刀を作ってるんだよ」


 ワカナがうるさいよねという顔をする。

 何年も修業がいりそうなものを女子高生が作るという響きがすでに面白い。

 金床とハンマーは、この前に俺が釣り竿と一緒に買ってきた。鉄を溶かす炉などは必要ないようだった。


「市場で一本売れたら、急に張り切りだしたの。コシロ、止めてきて」

 リカに言われて仕方なく、俺はモーレットの部屋に入る。

「おい、晩飯にしようぜ」

「もうそんな時間かー。すぐ行くよ」

 部屋にクレアの姿はなく、アイリたちの部屋に避難しているようだった。

「その音は、もうちょっと何とかならないのか」

「音があった方が雰囲気出るだろ」

「うるさくて気が狂いそうだよ。もう少し静かにやってくれ」

「努力するよ」


 そのあとで晩飯を食べながら色々と話し合ったが、召喚のネックレスはMPが余っている俺が持つことになった。

 そして、ロスト耐性付きの下着の話が出て、みんな喜んでいた。

 後はワカナがクロークを作ったとみんなに配った。クレア、アイリ、ワカナ、モーレットはプロテクションクロークで、俺はマジックプロテクションクロークだ。マジックプロテクションクロークは、俺が装備していたケープから作ったらしい。ドロップ品の改造まで出来るとは驚いた。

 ロストが怖いが、ダンジョンの中は寒いから必要になるだろう。


「勝手に改造しちゃったけど、よかったのかな」

「いや、ありがたいよ。そういや、ワカナは蜘蛛の糸のシャツなんかは作らないのか」

「あれは大手のギルドが買い占めてるから無理。他の素材まで買い占めてる」

 リカが不満そうに言った。

 なんだかネットゲームっぽくなってきたなと感じた。きっと買い占めなんかしても、そのあとの値下がりで酷い目に合うのだ。

「なんだか悔しいよね」

「コシロも、ギルドとして動いたりとか、考えないの」

「特にないな。大体、買い占めとかそんなのは、間違ったことをコツコツやってるだけだから放っておけばいいんだよ。俺は正しいことを適当にやる質だからな」

「何が言いたいのかわからない」


「いいか、砂漠の中で迷子になったら、いくら走るのが早くても意味がないだろ。きっと同じところをぐるぐる回ってるだけなんだ。必要なのは、進むべき正しい方角を知ることで、その正しい方向に踏み出した一歩だけが前進なんだ。つまり正しい目的と、正しい手段が重要ということだな。そんな小銭をむきになって稼いでも意味ないだろ」


「その正しい目的とは」

「今のとこ、失敗をすることかな」


 リカはがっかりしたような顔をした。だけど失敗するなら、今のうちの方が絶対にいい。それにもう正しい方向に進んでいると俺は思っている。しかし、その最終目標がセクシャルコンパニオンを買うことだとはさすがの俺も言えない。

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