第10話 共同生活


 教会ではローザがこれをどうぞとメシの種を一つくれた。俺たちが寄付したものから出たらしい。

 ギルドハウスに戻ると、鉄の原石をモーレットに渡し、これまでに出た錬金に使えそうな素材をアイリに渡して、俺はリカとともに市場に向かった。


「まずはいらない装備なんかを渡すから、全部売るように設定してくれ。相場はわかるんだろ?」

「大丈夫、毎日見てたから大体の値段はわかる」


 それが終わったら、今度はリカとワカナの装備を見て回った。一番安いものを選んだので、俺がプールしていた金で十分賄えた。これはクレアたちと三人で稼いだ金だが、文句は言わないだろう。

 ワカナにはブーツ、ローブ、スカート、ブラウス、上着を買った。聖職者の服はファンタジーっぽい普通の服という感じだった。

 リカには足袋と下忍の忍者装束の上下だ。こちらは普通のくのいちの格好になるだろう。

 女子にはベルトも必要だと言われたので、それも買った。


 俺もワカナに貰った鞄を付けておくのに欲しかったのでベルトをもう二本買う。モーレットはガンベルトがあるのでいらないが、クレアには剣帯としても必要だろうと思ったからだ。

 アイリの分はいいかと聞くと、リカは持ってると答えた。

 俺の剣も抜き身で持ち歩く以外の方法が欲しい。腰に差しても長すぎて引きずり回してしまうし、手に持って引きずりまわすのも見栄えが悪い。何か作れないか後でワカナに聞いてみよう。


 金が出ていくばかりで、いつになったら俺は魔剣が買えるのだろうか。NPCの店で売っているのは見たことあるが、安いやつでも十数万は平気でする。

 魔法書も十数万するのがいくらでもある。

 後は裁縫と錬金の材料になりそうなもので、安いのを買い集めた。これは毎日する必要があるので、明日からはリカに任せようと思う。

 それ以外にも必要そうなものを色々と買い集めてギルドハウスに戻り、それらをみんなに配った。


「この釣り竿は、暇な奴が使うってことでギルドハウスの中に置いておくからな」

「種はまだ植えたらだめなのかしらね。植えてみたいわ」

「農作のレベルが上がってからじゃないと日の丸弁当になるんじゃないか。まあ試してみてもいいと思うけど」

「このギルドハウスには畑が付いてない」


 そのリカの一言で、種は取っておくことに決まった。

 そのあとは、それぞれが思い思いのことを始めたので、俺は自分の部屋に荷物を置いて身軽になると、釣竿を持って外に出た。

 近くの池で釣りを始めるとレッドフィッシュやらオレンジフィッシュやら色とりどりの魚が釣れた。この分なら、一番スキルレベルを上げやすいかもしれない。


 周りで釣りをしていたNPCであろう人に話を聞くと、夕方と朝が一番釣れるとのことだった。その時間に集中してやれということなのだろうか。俺は日が落ちてきてからギルドハウスに戻った。

 魚をアイリに投げ渡して、ギルドハウス内のシャワーを浴びる。安いギルドハウスだから風呂はついてない。そしてリビングに戻り、食事にする。


「あ、夕ご飯にするんだね。じゃあ、私達も食べようか」

「そうね」

「ちょっと! どうして静かに渡すくらいのことができないのよ。洗っても魚の臭いが落ちなくなっちゃったじゃない。次こんなことしたら許さないわよ」

「アタシもたーべよ」

「また日の丸弁当なのね。さすがに飽きてきたわ」


 それぞれが好き勝手なことを喋っていて、非常に騒がしい。

 俺はワカナとモーレットとという比較的小柄な二人の間に席を取った。右前がクレアで左前がアイリだ。そしてアイリとワカナに挟まれた所にリカが座っている。

 非常に狭くて、窮屈なことこの上ない。リカとワカナはさっき買った服に着替えて、制服はどこかに仕舞込んでしまったようだった。

 俺もなくす前にそうしておけばよかった。


「それで何か作れたのか? アイリはどうだった」

「ポーションが作れたわ。回復と毒消しとスタミナ回復だったかしら。次に魚を投げつけたら一生許さないわよ」

「私はいつもの鞄を作ったよ。剣を背中に担げるようにする装備もあるんだけど、材料が足りなかったの。また今度作るね」

「アタシはインゴットだけだ。革とか布とかなきゃ武器は無理じゃねーかな」


「あっ、今インゴットが売れた」

「マジかよ。なんかうれしーなー」

「そんなことまでわかるのか」

「買い手が来れば映像も見える」


 覗きとかに悪用されそうな機能である。それにしても、だれが買いだめをしたかまでわかる機能があるということは、情報戦みたいなのも想定しているのだろうか。


「まだ装備はちゃんと揃ってないわよね。私はクロークもないし、モーレットにもクロークは必要よね。それに、指輪とかアクセサリーも揃えられてないわ。あと、初期装備は粗悪だから変えた方がいいと思うのよ」


 クレアが周りを見渡しながら言った。


「まあ、そうなんだけどさ。とりあえず装備から揃えるとロストした時にダメージが大きすぎるんだよ。できれば全員がランク30になるくらいまでは、俺とモーレットの武器、あとは魔法くらいでいいんじゃないかと思うんだ。特に魔法ならロストしないしさ」


「私は特に必要なものはないのね」

「強いてあげれば技術だろうな。攻撃を受けないのが基本だろ」

「もう、それほど攻撃は受けなくなった」

「お前、今日着てた制服をもう一度見て来いよ。消し炭みたいになってただろうが」

「イヤらしい」

「一度もそんな目で見てねえよ。心臓に悪いもん何度も見せやがって」

「あとで私が直しておいてあげるよ。もとの世界の服も直せるみたいだから」

「ありがとう」


 あれだけ高いところから落ちたり、頭から地面に激突したりしているのに、リカに恐怖はあまり芽生えてないようだ。普通なら一回で確実にトラウマを抱えそうなものだが、ゲームと割り切れているのだろう。

 たぶん高低差ダメージは装備の重量で変化するとかで、ダメージはどこから着地しても同じ扱いなのだ。生きているのはそのためだ。

 だけど、これで一通りのことは揃ったように思う。


 夜はテレビを見ながら過ごした。ギルドハウスにはテレビもついていて、一つだけチャンネルが映る。ニュースは冒険者向けの情報もそこそこ流れた。

 この世界の奴隷商人はショービジネスまで取り入れているらしく、女の子グループが歌ったり踊ったりもしている。しかも、その子たちも買えるということである。

 値段を吊り上げることに余念がないというか、恐ろしく商才に長けた奴らであるらしかった。グループの子たちが買われていったら卒業ということになるのだろうか。




 翌朝、起きたら隣でモーレットが寝ていた。

 ああそうかと理由を思い出してリビングに出ると、すでにワカナが食事を用意していてくれていた。日の丸弁当の上にエビチリとミートボールが乗っている。

 なんとなく豪勢な感じがする。

 昨日は遅くまで起きていたから、釣りの時間には起きられなかった。テレビが思いのほか面白かったのだ。

 ご飯を食べているとモーレットも起きてきた。


「どうして、ユウサクの部屋からモーレットが出てくるのよ」

 クレアが顔を引きつらせながら言った。

「昨日はユウサクと寝たんだよ」

 なんだか、その言い方はもの凄く奔放な女の子の言い草に聞こえる。


「今日は、午前中に森に行って、午後はダンジョンに、────違う違う、違うって、そういうことじゃねえよ。昨日の夜中にこいつが勝手に布団の中に入ってきたんだ。何もしてないって。それで一晩中こいつが泣いてただけだ。ホームシックにでもなったんだろ」


「そーゆーこったな」

「だからなんにもないからな」

「ユウサクはとんでもねー意気地なしだぜ」

「おい、やめろって」

「ちょっと、パパの胸が恋しくなっただけだよ。泣きむしみたいにゆーな。それになにもねーよ。手なんか出されてたら、ちょん切ってやってたぜ」

「そういうことだぞ。パパの胸が恋しくなったら、お前らも俺のベッドに入ってきていいからな。だけどワカナくらいヒロイン力があると、俺も手を出しかねないから気をつけろよ」

「えっ、えっ?」

 急に話を振られてワカナはうろたえた。


「まるで私たちに、女としての魅力がないかのような言い草ね」

「あぁれぇ、わかるぅ~?」

 ふざけた態度でクレアを煽ったら、彼女は額に青筋を浮かべた。

「はあ?」

「オガッ、オガッ」

「だけど、不健全だしよくないわ。もう、そういうのはやめなさいよ」

「オガオガッ」

「なにそれ、もしかして私に話しかけてるつもりなの? ぶつわよ」

 クレアは右手を振りかぶって俺のことを脅す。しかし、このくらいのことで暴力をふるう奴ではないと知っているので、俺は恐れない。

「オガ、オガ、オガ?」

「そう、よーくわかったわ」

 そんなことをしていたら、出かけていたリカが帰ってきた。

「頼まれてたものが見つかった」

「見つかった魔法は?」

「とりあえず、ファイアボールとライトニング」

 リカはアイリの前に魔法書を二冊置いた。


 ファイアボールがクラスⅡなので数千ゴールド、ライトニングがクラスⅢなので数万ゴールド近くかかっただろう。

 魔法書は本当にふざけた値段がするので、それ以上のクラスとなれば十万を超える。


「私が覚えてもいいのかしら」

「当り前だろ。ファイアボールは範囲魔法だから、使うのは慎重にな。アイスランスで動きを止めてからライトニングを使うんだぞ。それで足りない時だけファイアボールだ」

「わかったわ。ありがとう」

「それじゃ、一通りそろったし、余った分は全員に配るか。クレアとモーレットもそれでいいだろ。ロストのためになるべく貯めといてくれよ」


 二人は快くうなずいてくれた。

 分けると、一人頭三万ゴールドちょっとだった。

 俺はその金をセクシャルコンパニオン貯金として、別枠の袋に入れてインベントリに収めた。まだ五万ゴールドしかないが、これが貯まればあの二次元キャラみたいな女の子を好き放題できると思うとにやけてきてしまった。


「ユウサク君は、まるで何でも最初から知ってるみたいだよね」

 ワカナが不思議そうに言った。

「魔法くらい解説書に書かれてるだろ。どこにでもある、あの黒い背表紙の本にさ」


 クリストファが言っていた通り、この世界には本当にどこにでもある。酒場から雑貨屋、宿に至るまで、本当にどこでも置いてあった。読んでるやつを見たことないが、みんなそれどころじゃないのだろう。


「へー、知らなかったわ」

 リカが驚いたように言った。

「でもそれだけじゃないわよね」

 とアイリが言った。

「あとはゲームの基本的なセオリーで、大体こんな感じだってわかるだろ」


 俺の言葉に、それだけかしらとアイリは訝しんだ。

 それから森に向かって、昨日の続きをやった。スカートを気にする必要がなくなったからか、リカのミスも昨日より減っている。そもそも昨日は靴がまずかったように思う。足袋に替えたから、かなり楽になっただろう。


 それで森での時間を無事に過ごしたら、俺とモーレットはランク23になる。アイリ、ワカナ、リカの三人はランク14になり、順調に育っている。

 午後はダンジョンに入ることになった。


「リカは敵を連れてこなくていい。そのかわり、クレアが引き付けきれないときはそいつらを引いて、俺たちから離すんだ」

「わかった」

「アイリとモーレットは足の速いやつには気をつけろよ。遠距離攻撃持ちは攻撃しなくていい。それとアイリ、クラスⅡ以上の魔法はターゲットがクレアから離れた時に使うんだぞ」

「任せておきなさい」

「あいよ」

「クレアはいつもみたいに慎重にやる必要はないから、どんどん前に出てくれ」

「ええ、わかってる」


 まずはいつものオルトロスとスパイダーゾーンに向かったが、前よりも人が増えていて効率がでない。仕方なく、俺たちはトロールが出るゾーンに移動した。トロールキングも今は怖くない。

 トロールが革の手袋を落としたので、モーレットに装備させた。

 敵が少ない上にリカも攻撃に加わっているため、過剰戦力気味だ。これでは練習にもならない。ロストしても痛くないうちに、もう少し練習させたいので奥に行こうと提案した。


 入り口付近を初心者に追われた先行組でゴブリンゾーンも人があふれていたので、さらに奥へと進む。ダンジョンはかなり広くなり天井もライトの光が届かないほどになる。そこではゴブリンとサンドゴーレムが出てきた。

 このサンドゴーレムは防御力が高いくて、モーレットやクレアの攻撃はほとんどダメージを与えられていない。俺とアイリだけで倒さなくてはならなかった。


 このゴーレムは妖精の羽を良く落とす。ヒーリングポーションLv2の材料になるとアイリが言った。それ以外にも大地の結晶を落とした。こっちは多分、鍛冶の材料ではないだろうか。お金は300ゴールドくらいなので、敵のランクはそれほど高くないだろう。


 敵の数は増えたが、効率はむしろ下がっている。魔法戦士や格闘家がいるパーティー向けの狩場だと思われた。さらに奥を目指したが、ゴブリンすらもいなくなって、アントとスコーピオンとサンドゴーレムだけになってさらに効率が悪くなった。


「駄目だな。どんどん効率が悪くなる」

「モンスターの落とすアイテムは悪くないんじゃないかな」


 そんなことを言っているワカナにも、アイスダガーとファイアアローを覚えさせた方がいいだろうかという気になってくる。そのくらい敵が硬い。

 これ以上奥に行くとリコールスクロールなしでは帰れないだろう。奥に進むにしたがって緩やかに下っているので、帰りは上り坂になる。

 この稼ぎでリコールスクロールなどを使ってしまっては、はっきり言って黒字にならない。一枚五千ゴールドもするのだ。


「これ以上先は、泊りがけでもなきゃ無理そうだな。それともリコールスクロールを使う覚悟で、奥まで行ってみるか。七枚あるから帰れないことはないぞ」

「前にテレビで、ダンジョンは何日も泊まり込みで入るものだと言っていたわよ。入り口のあたりで狩りをするのは効率が悪いとも言っていたわね」

「それ、私も見た」

 アイリの言葉をリカが肯定した。

「じゃあ、準備してやってみるか。だけど、こんなに敵が出る中でどうやって眠るんだよ」

「休憩所のようなものが用意してあるそうよ」


 周りのランクも上がっているようだし、やるなら早い方がいいだろう。しかし、全滅するような事態になると本気で心が折れそうだ。

 泊まり込んでまでやってマイナスなんて事態になった時、アイリたちのやる気がもつのかが心配である。

 それでも新しいことを始めるのには、ランクが低ければ低いほどいい。


「一度、軽くやってみるか。奥の方に効率のいい場所があれば、そこに泊まり込んでやってみよう。明日は一日準備して、明後日にダンジョンの奥に行くってことでいいな」

「まだ早いような気がするわ。ワカナやリカはまだ二日目なのよ」

 とアイリが言った。

「お前は知らないだろうけど、このパーティーの壁役は頼りになるんだぜ。この初心者用の洞窟くらいでつまずく心配はないはずだ」

「そうだ、クレアはつえーからな。心配いらねーよ」

「そんなに期待されても困るわ。私はずっと入り口付近でしかやってこなかったのよ」


 しばらく奥に進んでみたが、サンドゴーレムがどこにでもいて、やはり効率は出せなかった。アントやスコーピオンも硬いだけでうまくない。帰りは三時間以上もかかって何とか戻った。奥に行くほど広くなるので、これ以上はリコールスクロールなしでは迷ってしまって、帰れなくなってしまうかもしれない。

 帰るころにはクタクタになっていたので、俺はワカナが用意してくれた晩飯だけ食べてシャワーも浴びずに寝てしまった。

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