第6話 ロスト


 次の日は、全身の筋肉痛によって起こされた。体を起こせないほどの痛みで、クレアが起こしに来てくれても起き上がれなかった。


「そうなると思って、用意してたのよ。私もなったもの。塗ってあげるわ」


 そう言って、クレアが俺の布団を剥ぎ取った。昨日洗濯をしたままで、パンツ一丁で寝ていた俺の姿に、クレアは一瞬だけひるんだものの、背中を向けなさいよと言われて、その通りにした。

 よくわからない軟膏のようなものを背中から全身に塗りたくられる。薬を塗られたところが滅茶苦茶に熱くなって、意識がもうろうとしてきた。全身から熱が噴き出しているよな感じだ。


「宿は連泊にしておくから、午前中は休んでいるといいわ。午後になれば少しは楽になるはずよ」


 そう言ってクレアは出て行ったので、俺はもうひと眠りすることにした。すぐにモーレットもやってきてだらしねえなとか言っていたが、銃を撃ってただけの奴に言われたくない。

 しばらくすると熱に包まれているようで気持ちよくなってきて、俺は眠りに落ちていた。

 しかし午後になっても動けるほどはよくならず、結局まる一日休むことになってしまった。


 この日、メシの実を三つ食べたら買い置きしておいた食料はなくなってしまった。

 夜になって銭湯から帰ってきたクレアが俺の部屋に顔を出した。クレアとモーレットは二人でモンスター退治に行っていたようである。


「ご飯はちゃんと食べたの」

「ああ。それより、もう一度、薬を塗ってくれないか」


 クレアはいいわよと言って、もう一度薬を塗ってくれる。こんな強力そうな薬を何度も使って大丈夫なのかと不安になるが、どうせゲームのアイテムだ。

 薬を塗られているうちに、また猛烈に熱くなってきて、俺は薬を塗られながら寝てしまった。


 次の日は早めに起きて、一人市場へと向かった。まだ体が痛いので、バスターソードを杖代わりにして歩く。そこで替えの下着になりそうなものと、紐の付いた靴を買う。さすがにローファーじゃ戦いにくすぎる。ブーツですらない安めの靴を選んだのに6000ゴールドもした。しかし防御力は7ある。下着は残念ながら防御力0だ。

 これで俺の防御力は7になったということである。先は遠い。


 昨日は一日中寝ていたせいか、体力だけは有り余っているような感じだった。

 部屋に戻っても何もすることがなかったので、クレアとモーレットを叩き起こした。ブラウスと蜘蛛の糸のスパッツみたいなのしか着ていなかったクレアは、俺に起こされてカンカンに怒った。二度と許可もなく女性の部屋には入るなと仰せつかった。

 俺は怒られながら寝ぐせの付いた彼女の顔を眺めつつ、いつもの凛々しい姿とは違った魅力があるなとか考えていた。


 一階で飯を食べたら、今日もまた蜘蛛退治である。新しい仲間も見つけたいが、そっちの方は難題なので、運を天に任せることにした。後回しとも言う。

 俺たちは、いつもの街はずれにあるダンジョンへと向かった。


「んんっ、ぎょい! はあ、まあ何とか動かせるな」


 最初の一匹を倒して、まあ何とかやれないことはないといった感じである。もうちょっと力を抜いて戦いたいのに、このゲームのシステムがそれを許してくれない。

 こんなことなら最初の片手剣も売らずに残しておけばよかった。


「その変な掛け声はやめてくれよ。モンスターのうめき声みたいじゃねーか」

「最初のうちは辛いのよ。大目に見てあげたらいいじゃない」

「そういや、昨日は二人でやってたんだろ。モーレットはランクいくつになったんだ」

「今、11とちょっとかな」

「昨日は、二人でオルトルスのところに行ってたのよ。ランク上げにはそこがいいと思ったから」

「もう俺に追いついたのか。ずいぶん頑張ったんだな」


「ランク12で最初のスキルが覚えられるわよ」

「うお、マジかよ~。そりゃあ楽しみだなあ」


 スキルの言葉に、モーレットが浮かれていた。

 俺がランク12で覚えるのがアーマーブレイクで、攻撃が相手の防御力をいくらか無視できるようになる。スキルにもレベルがあって、ランクが上がると多少の進化はする。それでも、最初から相手の防御力を50%も無視できるスキルだ。


 モーレットが覚えるのはピアースバレットで、攻撃が相手を突き抜けるようになる。敵が多ければ多いほど効果が出るし、クレアを気にせず撃つことができるようにもなる。味方には攻撃が当たらないので、クレアを突き抜けて敵に攻撃が当たるということだ。


 午前中のうちに、俺たちはさくっとランク12を達成した。

 さっそくスキルを使用すると、視界の端にバフアイコンが表示される。作用時間は30分なので、ほぼ永続的に効果を得ることができる。それはモーレットのスキルも同じだ。

 蜘蛛を斬る手応えすら変わって、劇的にダメージが出るようになった。相手の防御力を超えた分の攻撃力しかダメージになっていなかったので、今までの倍どころではないダメージが出る。


 この仕様のせいでモーレットやクレアは、称号のせいでダメージが必要以上に抑えられていたのだ。自分の攻撃力が相手の防御力を超えていないと、攻撃の全てが最低保証ダメージだけになってしまう。それはもう雀の涙ほどのダメージ量である。

 レベル12になって、俺たちは劇的な殲滅力を得た。このスパイダーくらいなら、本当に難なく倒せてしまう。


「ははっ、こりゃ簡単だな。こんな蜘蛛、アタシの敵じゃねーや。もうちょっと強い敵がいるところに行こうぜ」

 確かに壁役のクレアはまだ余裕があって、蜘蛛くらいではHPが減りもしない。

「どうするの?」

「そうだな。もうちょっと奥に行ってもいいんじゃないか」

「でも、奥の方はものすごい数の敵が出るわよ」

「ここら辺も混んできたしちょうどいいだろ」


 俺と一緒にこの世界に飛ばされてきた奴らを、周りで見かけるようになってきている。四日目にして、ようやくゲーム攻略に動き出したようだ。六人のフルパーティーで、なんとかここのスパイダーを倒している感じからすると、まだレベル10にもなっていないだろう。それも、ここに来られているのは壁役と回復役をしっかりと組み込めたパーティーだけである。


 上手く回るようになってきたところで、調子に乗っている感は否めないが、できる限りの効率は求めたい。なので渋るクレアを説得して奥に向かう。そこではオルトルスとスパイダーが同時に湧いていて、しかもトロールという新しい敵もいた。

 身長は2メートル半くらいだろうか。体毛の濃い緑色の体に、腰にぼろ布を巻いただけの恰好をしている。頭が悪いことの代名詞となっているだけあって、オガッ、オガッ、とひたすら棍棒を振り下ろしてくるだけのモンスターだった。


 それでもこん棒の一撃は重たく、初めてクレアのHPも減り始める。

 ぶっといこん棒がクレアの華奢な頭に振り下ろされたときはヒヤリとしたが、攻撃されたクレアはケロッとしているので、きっと装備があるところを殴られたのと同じ感覚なのだろう。

 俺とモーレットが攻撃したら、難なく撃破できた。トロールのドロップは342ゴールドだった。これならオルトロスを二体倒したほうが確実だし安全である。

 戦いが終わると、クレアはペタッとその場に座り込んだ。


「こ、こわかった~」


 まあ、あんなのを間近でみれば怖くもあるだろう。そのまま狩りを続けてみるが、特に問題は起こらない。トロールがそれほど頻繁には出てこないので、俺たちは難なく戦えている。

 スパイダーとオルトロスがクレアを取り囲むほど出てきているが、特に問題にはならなかった。オルトロスに至っては、俺はもはや一撃で倒せる。

 スパイダーの数も美味しい。インベントリを見ると、二時間程度で50個以上の蜘蛛の糸があった。


「そろそろ飯にしよう。あ、買ってくるの忘れてた」

「じゃあ、私のを一つあげるわ。サンドイッチしかないわよ」


 俺たちは休憩用の横穴を探して、その中に座り込んだ。

 俺はクレアからサンドイッチのメシの実を受け取って、それを食べ始める。

 モーレットも自分の実を取り出して食べ始めた。


「この前の倍のペースで稼げてるから、この調子なら装備も簡単にそろえられるかもな」

「でも危険だわ。トロールが同時に出てこないから、何とかなってるようなものよ」

「二体くらいなら大したもんじゃないだろ。アタシらの敵じゃねーって」


 モーレットはわかってないが、確かに二体を同時に相手すると盾でのガードができなくなる分だけ、壁役の受けるダメージは一気に増えるのだ。それに、攻撃を加えることでスパイダーのターゲットが俺やモーレットに移る現象も起きている。これに対処するには瞬間的な火力を出して被害を抑えることだが、俺たちにその手段はまだない。敵が簡単に倒せているから何とかなっているだけだ。


 しかし、効率を追求したかった俺は何も言わなかった。今のところトロールの出現は、同時に二体でないように制限されているように思える。

 午後も同じように快調に敵を倒して回った。周りには誰もいないし、狩場を独占できている。

 特に今は、この世界に来たばかりの奴が多くて、蜘蛛の糸の需要が高い。もたもたしていて周りの奴らが蜘蛛を狩り始めれば、きっと値段はすぐに下がってしまうだろう。そんな焦りも感じながらやっていた。


 俺に疲れが出てきたころには、200以上の蜘蛛の糸がインベントリに収まっていた。そろそろ疲れてきたなと思い始めた頃だった。最悪の事態が起こった。

 新しく現れたトロールに、クレアがメイヘムを使った瞬間だった。メイヘムには5分のクールダウンタイムが設定されている。遠距離攻撃を持たない騎士にとって、この五分というのはかなり大きな制約だ。


 その瞬間に、新たなトロールが湧いたのだ。トロールキングと表示されたひと回り大きいトロールは、いきなりモーレットに向かって突進した。

 キャーと叫んで逃げてしまったモーレットは、背中を襲われ一瞬で殴り倒されて動かなくなった。戦闘不能状態に陥っている。最悪なことに、モーレットは一瞬でもトロールキングから逃げてしまったために、クレアのリバイバルの可能範囲から出てしまっていた。


 そのままモーレットは、トロールキングからとどめの攻撃を受けて光の粒子に変わる。半狂乱のようになってモーレットに向かおうとしたクレアは、囲まれた蜘蛛に阻まれて動けなかった。

 次にトロールキングは俺をめがけて襲ってくる。俺は防御力7しかないのだ。最初の一撃で半分以上のHPを減らされた。そこで俺もカウンターのように攻撃を放ったが、その攻撃を受けてもトロールキングは怯みもしなかった。


 そのまま押し切られて、俺は戦闘不能状態に陥る。それをリバイバルによって三割ほどのHPで復活した。そして、クレアがメイヘムを使いトロールキングのターゲットを取った。


「逃げて! 私はいいから」

「なんでメイヘムを使ったんだ。どうせロストするなら、ランクも装備も貧弱な俺の方がマシだっただろ」

「私は蜘蛛で動けないから」


 確かに、俺では蜘蛛に囲まれた彼女を逃がすだけの時間は稼げない。俺はバスターソードをロストしないようにインベントリに移そうとしたが、戦闘中は開けない旨の警告が現れた。

 トロールキングの攻撃は、クレアのHPを容赦なく削っているので、考えている時間はない。嫌なものだ。頭で正解がわかっていても、体は動いてくれなかった。俺は彼女を見捨てることができなかった。


 できる限りのことはしようとトロールキングに斬りかかる。しかし彼女が倒されるより早くトロールキングを倒すことはできなかった。彼女がやられてしまえば、一瞬で俺も後を追うことになった。

 意識が暗転して、次の瞬間には真っ白な部屋にいた。その部屋には祭壇が一つあるきりだ。俺が視線をぐるりと回すと、すさまじい叫び声が上がって、肌色が視界に飛び込んできた。


「うわっ」

「キャーーーー!!!」


 俺が慌てて視線を逸らすと同時に、クレアの右ストレートが飛んできて俺は吹き飛ばされた。頭が吹っ飛ぶかと思うほど強烈なパンチだった。俺はそのまま床に叩き付けられて、きゅぅとでも鳴きたくなる。そこに白い服が飛んできた。

 俺がそれを手に取って着ると、同じものを着たクレアがこちらにずかずかとやってくる。


「何考えてんのよ! こういう場合は、背中を向けるのが最低限のマナーってもんでしょうが!」

「いってーーーな! ぶん殴ることないだろうが! わかんなかったんだよ!」


 どうやら俺たちは、ロストして教会で復活したらしい。祭壇の上には白い服がいくつも置かれている。これを着て出て行けということらしく、その一枚をクレアが俺に投げてよこしたのだ。


「わ、わかんないで済む話じゃないでしょう!」

「まーいいじゃねえかよ。見られて減るもんでもなしさ」

 モーレットも白い服を着て、ぼんやりと突っ立っていた。

「よくないわよ!」

「お前、素が出てきたな。まったくゴリラみたいな腕力してるよ。マジで首が取れるかと思ったぞ。大体、俺はなんも見えてねえよ」


「思いっきり、こっち向いてたでしょうが! なにが見えてないのよ!」

「乳首とか陰毛とか、重要なところは何一つ見えてねえよ!」

「こっ、こんの、もう一発ぶつわ!」

 そう言って、ずかずかとこちらにやって来るクレアの姿に俺は怯えた。

「ひぃっ!」

 目の前までやってきて、クレアは拳を振りかぶる。


 しかし拳はやって来ない。クレアは拳を振りかぶったところで止まっていた。

「ま、まあ、知らなかっただろうし、こ、今回だけは大目に見てあげるわ。それに貴方なんかぶっても、弱い者いじめみたいでいやだし」

 その弱い者いじめという言葉に、俺の方がカチンときた。

「お前な、ゲームのステータスを傘に着て何言ってんだよ。何が弱い者いじめだ。言っとくけどな、騎士なんて魔剣士には絶対勝てないんだぞ! 強いつもりでいるんじゃねーよ」


「はあ? どうしてそうなるのよ。意味わかんない」

「もう、どうだっていいだろ。二人ともやめろよ。ユウサクも見てないって言ってんだし、いいじゃんかよ」

「そ、そうね。ちょっと動揺して取り乱しちゃった。ご、ごめんなさいね。私だってこんな風になるなんて知らなかったもの。考えてみたらしょうがないわよね」

「最初からしょうがないことしかないだろ。ぶん殴っといてそれだけかよ!」

「それにしてもユウサクは、結構いいものぶら下げてんじゃねーか」

「お前は何見てんだよ。ホントに育ちが悪いな」

 その流れでクレアの顔が赤くなった。

「お前も見てんじゃねーか。よくそれで俺のこと責められるな」


「それよりどうすんだよ。これから」

「そうだな」

「この格好で外を歩くのは恥ずかしいわね。ロストしちゃったのまるわかりだし……」

「こんな格好で外なんか歩くのは嫌だぞ。見世物じゃねーか」

「ねえ、貴方なんで、鼻血出してるのよ。大丈夫?」

「いや、ちょっとお前の裸思い出しちゃって」

「や、やっぱり、もう一発ぶつわ!」

「やめてやめてやめて!」

「いいえ、駄目ね。仲間同士で争うのはやめましょう。私ももう忘れてあげるから、貴方も忘れなさい。そしたらぶたないであげる。二度と思い出させるようなことも言わないで、わかったの?」

「うん」

「引きずるのはよくないものね。貴方も反省しているんでしょう?」

「うん」


 許してもらうどころか、ハラワタ煮えたぎっているのはこっちの方である。わざと見る気なんて微塵もなかったのに、星が飛ぶほどの勢いで殴られて、口の中は血だらけになった。しかも一瞬すぎて忘れる気なんかなくても、もう思い出せないし。本当にぼんやり肌色が視界の端に入っただけだ。

 しかも腕力を振りかざしながら、俺が許しを請う形にしている。


「それで、これからどうすんだよ。アタシら武器もなくしたんだぜ」

「そうね、どうしましょうか」

「取りに戻るってのはどうだ。まだ間に合うんじゃないか」

「無理よ。落としたアイテムは5分もしないうちに消えてしまうそうよ」

「マジかよ。つーか、俺ランク1になってるぞ」

 俺の言葉にモーレットも驚いて叫び声をあげた。


「そうよ。大体、一週間分くらいを失うそうだもの。私も27になったわ。でも、一度覚えたスキルは忘れないから、前よりは楽にはなるはずね」


 スキルは忘れないという言葉が、この時は本気でありがたかった。それなら、クレアの防具と俺とモーレットの武器だけで、なんとか元通りにできる。


「ま、まてよ? 俺、財布もポケットに入れっぱなしだった。三千円も入ってたのに!」

「何よそのくらい。インベントリに入れてなかったのが悪いわ」

 ゴールドを失ったことよりも、円を失ったことの方が痛い。俺は本気で落ち込んだ。

「それで、二人の所持金は?」

「私は18万ゴールドくらいかしら」

「アタシは1万もないぜ」

「今日のドロップ合わせて、30万弱か。まあ最低限は揃うな」


「あの……、私が、三か月間、毎日コツコツ貯めたお金なんですけど……。ま、まさか全部出させるわけじゃないわよね」

「騎士殿は仲間のためにお金を使うのが嫌だと?」

「い、言うようになったじゃない。いいわ、使いなさいよ」

 なぜかケンカしたことで、前よりも打ち解けたような気がする。

「随分とキャラクターを作ってたみたいだな」

「ち、ちがうわよ。大体ね、年頃の女の子が、こんな目にあわされたら、取り乱しもするでしょ」

「さて。それじゃ、お前らはその格好で外出るの恥ずかしいだろうし、俺が買ってくるよ」

「いいわ、それじゃこれがお金ね」

「ほらよ」


 二人から金を受け取ると、俺は白い格好のまま外に出て市場に向かった。

 軽視していたが、意外に俺とモーレットの防御力も重要そうである。ターゲットが移った場合、タイマンで倒せないことにはどうしようもない。しかし、それを買うようなゆとりが今はない。


 まずはドロップ品を売り払って、蜘蛛の糸から作られた例のスパッツとシャツのような奴を三人分買った。値段は2万ゴールドくらい。次に攻撃力25レイピアと鉄の盾を買う。そして攻撃力48ロングソードと、攻撃力42のスパロウという銃を買った。ここをケチると効率に響くので、できるだけ安くて良さそうなものを買う。これで、15万もかかってしまった。


 鉄の鎧と鉄の小手、それに鉄のブーツ、これで10万近くかかる。全部装備すればクレアの防御力は90くらいになるだろう。クロークもあるが費用対効果が低いので買わない。最後に革のジャケットを二着、革のショートパンツと布のズボン、革のブーツを二足買った。それでほぼ全財産だ。これで俺の防御力は56になる。

 俺に至っては武器が少し弱くなったが、バスターソードは重すぎて使い勝手がよくなかったからちょうどいい。


 出直しだなと思いながら教会に戻って、中に入ろうとすると泣き声が聞こえてきた。

 守ってやれなかったと言って泣いているクレアと、しょーがねーじゃねーかと慰めているモーレットの声だった。やはり気にしていたようだ。だけど、あれは予想のしようがなかったし、だれに責任があるという話でもない。


 俺はロストまるわかりの格好で、恥を晒しながら市場をもう一回りしてから教会に帰ってきた。そしたら泣き声は聞こえなくなっていたので中に入る。

 俺たちは新しい装備を身に着けて、白い服はちゃんと畳んで祭壇の上に戻しておいた。


「もう、薄暗くなってきたな。だけど、稼がなきゃ宿代もないぜ」

「それなら、いい場所があるわよ。この教会の裏に、無料の宿泊所があるの」

「お前って、結構ゲーム内の事情に詳しいよな。ずっと一人でやってきたんだろ」

「一人で食事してたら、自然と周りの会話が耳に入ってきちゃうじゃない……」


 その発言はさすがにいじる気にもなれないので、何も言わないでおいた。俺たちは教会の裏手に回り込んだ。そこには湾曲したぶ厚い石の壁みたいなのがあって、そこに蜂の巣のような穴が開いている。

 近くに行くと、一人の女性が出迎えてくれた。


「あの、こちらに泊めていただきたいんですけど……」

「あら、いらっしゃい。こちらへどうぞ」


 クレアがおずおずと切り出すと、女性は笑顔でハチの巣みたいに開いた穴の三つを俺たちに案内してくれた。確かに壁と教会に挟まれているので風こそないが、外とつながっている。

 穴の中には布団が一組置かれているだけだ。


「それでは、こちらの部屋をお使いください」


 そう言って女性は、俺たちと握手しながら、デスペルの魔法を一人一人に掛けていった。呪いやデバフなどを解除する魔法で、たぶん戦いから遠ざける的な意味なんだろう。

 見たことないような形のレリーフが付いたペンダントをしていて、宗教までちゃんと設定されていることに驚く。

 デスペルと握手が済むと、俺たちにコッペパンとスープを一皿ずつ持ってきてくれた。

 それきり女性はどこかへと行ってしまった。


「これだけじゃ足らないぜ。なんか食い物持ってないか」

「持ってないわ」

「なんもねーな」


 俺はため息をつきながら、それらを胃に収めた。食べ終わると夜の7時くらいだというのにすることもない。どうしようかなと思っているうちに眠気が訪れた。ロストのおかげで肉体的な疲労は全くないが、精神的な疲れのせいかそのまま寝てしまった。

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