第3話 チュートリアル③
この世界がゲームであると、もっと肝に銘じておく必要がありそうだ。
夜になる頃にはエイミーも目を覚まして、瀕死だった俺のHPも自然回復だけで満タンに戻っていた。そして呼び出しを受けて、俺たちは食堂に集められた。
「諸君、ご苦労だった。君たちのおかげで無事にこの砦も守られた。それでは報酬とリコールスクロールを与える。特別な働きをした者には、報酬にそれなりの色を付けさせてもらったからな」
壇上に立ち、砦の傭兵たち一同を前にしてそう告げたのはアンである。俺は隣にいたクリストファをつついた。
「なんでアンが代表者のようなツラして、あんなことを言ってるんだ」
「なんでって、そりゃ今は砦の中で一番偉いからね。それにしても、これで終わりかあ。本当に貴重な体験ができたよ。わざわざ参加しに、こんなところまで出てきた甲斐があるってものだね。もうお別れかと思うとさびしいよ。ユウサクも、僕に用事があるときは王都アルカイオスにある屋敷まで訪ねて来てほしい。困ったことがあれば、いつでも力になるよ」
なにが始まっていたのかもわからないうちに終わりが告げられて、俺は何の感慨も湧いてこない。一通りのことをやらされて、まるでゲームにあるチュートリアルのようだなと思った。しばらくすると俺の名前が呼ばれて、アンから金の入った袋と丸められた一枚の小さな紙を受け取った。
「よくやってくれた。報酬にはかなりの色を付けておいてやったからな。もし兵士にでもなりたくなった時には私のところに来い。口利きをしてやる」
アンもお別れのようなことを言う。本当にこれで終わりなのか。訪ねて来いと言っているが、どこを訪ねたらいいのだろうか。ロイヤルガードとあるから、やはり王都の王城あたりで聞けばわかるのだろうか。
もとの位置に戻って、アンから手渡された袋の中を覗いてみると、50000Gと表示される。
たぶん通貨の呼び方はゴールドだろう。金貨が五枚入っていた。三日間泊まり込みで働いて、さらに色がついてこの額なら、日本円くらいの価値なんだろうか。報酬の受け渡しが終わると、周りの奴らはリコールスクロールを破り始めた。破ってしばらくすると、そいつらはテレポートみたいに一瞬で消えていった。
「僕はもう一晩ここに泊っていくけど、ユウサクはどうする」
「俺も泊って行くかな」
この紙を破いたらどこに飛ばされるかもわからないので、俺ももう一晩泊っていくことにした。疲れているので、確実にベッドにありつける方を選ぶことにした。傭兵たちが帰っても、砦の中に兵士たちは残っている。砦の中で売店のようなものを見つけたので覗いてみると、五万ゴールドくらいでは、魔法書一つ買えるかどうかいう程度だった。
武器や防具なども売られていたが、まだどんな職にするかも決めきれていないので買うことはできない。
「メシの実まで売っているじゃないか。そうと知っていれば、あんなにまずいパンとスープなんか食べずに済んだのにな。これとこれを下さい」
そう言って、クリストファがヤシの実のようなものを二つ買った。そのうちの一つを俺に寄こした。果物か何かだろうか。その後、俺たちは空いている部屋を見つけて休むことにする。そこで腹が減っていることに気が付き、何かまともな食いものでも買ってくればよかったと考えた。しかし、すでに眠気が来ているので、このまま寝てしまってもいい。
そんなことを考えていたら、クリストファがヤシの実をひねり始めた。パカッと音がしてヤシの実が割れると湯気があふれ出した。興味をそそられた俺が湯気の中を覗き込むと、そこにはなんと天ぷらうどんがあるではないか。
「こっちの方がよかったかい? 交換してもいいよ」
あまりの出来事に、俺が呆けているとクリストファは天ぷらうどんをすすり始めた。かつおだしの匂いがして、それはまごうことなき天ぷらうどんだ。俺は持っていたヤシの実をひねって開けた。するとそこにはかつ丼があった。ご丁寧に箸までちゃんとついている。しかもアツアツの出来たてだ。どこぞの猫型ロボットの秘密道具を丸パクリしてるじゃねえか!
それを食べ終わるとクリストファは早々に寝てしまった。
俺も寝ようと月明りで解説書を読みながら眠りが訪れるのを待っている時だった。ドアもない入り口から声をかけられて、そちらを見る。
薄い月明りの中でエイミーが立っているのが見えた。手招きをされて、俺はそのまま部屋から連れ出された。そして空き部屋まで連れてこられる。
「まだ帰ってなかったんだな」
俺の言葉にええと言ったきり、エイミーは本題を話そうとしない。どうせ昼間のお礼を言われるのだろうと考えていたが、どうやら様子が違う。
エイミーはしばらくモジモジしていたのちに、ようやっと本題を話し始めた。
「その、私の姉の話なんですけど、重い呪いにかかっていて歩くこともままならないんです。それで、王都にいる高ランクの聖職者様に治療をしていただかなければなりません。そのためのお金を稼ぐために、この砦にもやってきたのです」
本題はまだ見えてこないが、俺は小さくうなずいて続きを促す。
「そ、それで、その、お金が足りないので、困っていてですね。貴方は報酬も沢山いただいたと思います。それで、その、私の体をですね、か、買っていただきたいなと」
俺は驚きのあまり飛び上がりそうになった。
まだ童貞である俺には刺激が強すぎる申し出だった。そばかすが似合う彼女は、それなりにかわいい方だと思う。昼間に見た金色の茂みが、まだ頭にこびりついている。
「買います!」
気が付いたら俺は、彼女の手を取りながらそう叫んでいた。
いまだ信じられないような夢心地のまま、俺は彼女を月明りの下のベッドに誘導した。そして、お互いに服を脱ぐ。彼女の胸を見たときには鼻血が出そうなほど興奮した。しかし、ベッドの上で裸で向き合いながら、俺はあることが気になった。
「そ、その、避妊とかはどうしたらいいんだ」
「ひにん、ですか?」
「子供ができないように、ほら、あるだろ」
「いえ、そのようなものは聞いたことがありません。経済的に苦しい今、子供ができてしまえばさらに苦しいですが、それでも私にはお金が必要なんです」
いやいやいや、それはまずい。マジでこの世界には避妊具がないのだろうか。知らないところに子供ができるなんて普通に考えて耐えられない。
でも話しぶりからすると、子供ができる可能性まで考えているようだし、本当に心当たりがないようにも見える。かと言って、彼女を妊娠させるような真似は俺にはできない。
はあ……。このゲームを作った奴はとんだ不手際だよ。
そんなことを思いながら、俺は断腸の思いで目の前の女をあきらめることにした。脱いだ服のポケットから報奨金の入った袋を取り出してベッドの上に置く。俺はかっこつけて、やるよと言ってから立ち上がると服を着た。しょうがない。これはしょうがないことなんだ。
彼女はオロオロしているが、このままでは自分に魅力がなかったとか誤解をしそうだったので、俺はちゃんと理由を述べてから、その場を辞した。
部屋に帰る途中の廊下で、おっぱいだけでも触っとけばよかったなとか、今から戻って頼んでみよう、でもそんな恥ずかしいことできるわけないとか、そもそもポリゴンみたいなNPCとの間に子供なんてできるのだろうかとか、色々と悶えながらクリストファのいる部屋まで戻った。
これじゃあ、このゲームを攻略するモチベーションもダダ下がりだよとか思いながら、俺はベッドの上に身を投げた。
「女のところにでも行ってきたのかな」
いつの間に起きていたのか、暗闇の中からクリストファの声がした。
俺はそんなところだと返して目を閉じた。
「あまり娼婦のようなものを買うのはやめておいた方がいい。とてつもなく重い病気や呪いを貰う場合がある」
「呪い?」
「そうさ。解くこともできずに、半永久的にステータスを下げる呪いなんか貰えば、それこそ取り返しがつかないよ」
なんと恐ろしい世界だろうか。
「この世界には避妊具のようなものはないのか。妊娠しないようにするさ」
「聞いたことがないね」
「じゃあ女の楽しみはお預けかよ」
「そんなことはないさ。異人種の娘なら妊娠することはないよ。処女の奴隷を買ってくれば、呪いや病気の心配もない。異人種は嫌なのかい?」
「エルフとか!?」
「いや、エルフなんて妖精の類じゃないか。人間の相手をするには小さすぎる。獣人族なんかが、見た目も人間と変わらなくて人気かな。耳や尻尾は生えてるけどね」
ありがとうございます、このゲームを作った人。本当にありがとう。どうにか明日への希望を失わずに済んだ。この世界、もといこのゲームは人物造形に優れているから美男美女が多い。きっと獣人族というのも俺の希望に沿えるものだ。
「あとは美少年なんかも人気だね。安く買えるんだ」
「いや、そっちは全く興味ねえよ」
クリストファが不穏なことを言い出したので、俺はさっさと寝てしまうことにした。それにしても、おっぱいだけでも揉ませてもらうべきだった。なにをテンパって逃げるように帰ってきてしまう必要があったのだ。自分のふがいなさが本当に腹立たしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。