解説:能面たちの正体


空船に張り付いた能面たちは、瀧川から連れてきてしまった思念の残滓であり、空船を構成する一部となっています。

彼らは空船と雲児が持

っていなかった『過去の記憶』を持ち、すべてを知るパンドラの箱です。

雲児はそんな面を空船から引き剥がし、彼らの口から過去を語らせることで、空船に過去を思い出すよう促しました。


雲児の目的はいくつかあります。

・空船と記憶を共有すること。

・人魚の呪いを解くこと。友であった巽人魚の行く末。

・人として生きるか、妖として生きるかの最終選択をする。


雲児は記憶を思い出すことで、普通の子供が進路を決めるように、雲児自身の選択をしました。

ただしその選択は、片割れである空船の選択も無ければ定まりません。

雲児と空船は一蓮托生なのです。雲児は空船との決別も覚悟していました。




翁面【おきなめん】

…その起源は、大和朝廷統一以前にまで遡る。天上に捧げられる舞台のために生まれた道具は、神話を演じてきた。舞台の上で助言を与える老爺は、神の変じた化身である。


翁面は、柳が瀧川で歪める以前の『オカミ様』の像です。『足萎えの御子』の到達する『福の神』としての化身であり、瀧川を守護する龍神です。

『翁面はいちばん古い面だ』と、中盤の黄泉の舟の上で空船に面の一人が言いますが、それはこの正体を現しています。




中将面【ちゅうじょうめん】

…平安の歌人、在原業平を模していると伝わる男の面。悲劇の主人公に正しく、憂いを含んで眉をひそめた表情を持つ。負け修羅とも称す。


男面は、柳が生んだ歪みそのものという認識で書いていました。柳自身もそうですし、補陀落の滝に巽の餌となるために流された男たち、彼らを失くしたあとの村人たち。

彼らは消えない怒りを抱え、『男面』として形になり、刀を持っています。




俤【おもかげ】

…金剛流派に伝わる女の面。職人の名を取り、『孫次郎』とも呼ぶ。夭折した妻を偲んで打ったがために『おもかげ』という。


女面。もはやその正体について語ることはありません。しいていうなら彼女は、見るものによって笑っているようにも泣いているようにも怒っているようにも見えるのだと思います。

男面とは当然ながらそりが合いません。



この三枚が、雲児と共に空船のもとを離れた面たちです。




阿漕【あこぎ】


…三重の『阿漕ヶ浦』が舞台の伝説に由来する。

神に供える魚だとして禁漁区であった阿漕ヶ浦で、阿漕の平次なる漁師が、たびたび隠れて漁をしていて捕らえられたという。このことから、阿漕を『しつこくあくどいこと』を指す言葉になった。

能『阿漕』では、この漁師『阿漕』が密漁の罪で阿漕ヶ浦に沈められ、亡霊となって旅の僧の前に現れる。阿漕は自らに課せられた地獄の責め苦を語り、助けを乞いながら波に消えていく。


阿漕こと河津は、水死した亡霊の面です。男面が『歪み』なら彼は『淀み』の象徴で、同じく滝に流された男たちの妄執ですが、男面が柳の作った歪みなら河津は『柳以前からあるもの』がもとになっています。

瀧川の儀式は、玉児と夜叉丸がいたころのものとは様式が変わっています。

その当時の儀式の詳細は、作者自身には『仮定』とするにも不勉強すぎて設定できていませんが、『毎月一人、生贄を捧げる』ようなものではありませんでした。

夜叉丸は玉児を失ったあと、同じく滝に身を投げますが、その後に残った淀みが、時を経て雪玉式に膨れていき、成ったのが河津……というふうにフワッと構想しています。

このへん書けたら良かったのですが、文字数と、作者的にも河津が『よくわからないもの』すぎて、あと何より文字数の関係で、『お好きに想像してください』枠になってしまいました。




そしてもう一人のオカミ様こと『釣眼』。

龍神らしい龍神の面です。

彼は、翁面が進化後なら進化前。翁面≠釣眼。

翁面と相対する『古き神』のかたちをしています。

陰陽の関係が一番近く、翁面との繋がりは、奇しくも雲児と空船に近いです。

克巳を『食べたい』と言った柳は、こいつに憑りつかれていました。


柳は人魚と契約した時点で、人間としての生は終わっています。

『リビングデッド』は、柳のことも指しています。


では、死人から生まれた玖三帆は何か? これは後ほど。



では『河津』と『釣眼』はどうして空船のもとに残ったのか。というか、雲児はどうしてこの二つの面を置いていったのか。


空船は釣眼のことを「面の中で一番手に余る」、河津を「男面のほうがまだまし」と称します。

この認識は雲児にも共有されており、彼らを説得する根拠も、その正体も克巳と玖三帆の記憶を持つ雲児には憶測しかできないので、リスクを減らすため『人間』である三枚を選んで連れて行きました。











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