第4話

 外に出ると悪臭が押し寄せてきた。それは堀川の方へ近づくにつれ、ひどくなる。それは堀川の水面に浮かぶ巨大ウナギの亡骸が腐敗しているからであるが、今の少女にとってその臭いは「彼がここまで生きてきたという証」のように思えた。そして色々ありながらも、色々旅をしながらも、自分の意思で生きてこられた彼を素晴らしいと思ってしまう。

 少女は堀川沿いに延びる道路へ出た。河岸に生える木々の間から見える巨大ウナギの姿。そんな象徴に近づきたい。そう思った次の瞬間、少女は工事用のフェンスを乗り越え、飛び込んでいた。

 濁った水、服が水を含み、だんだんと体が重くなっていく。自分は何をやっているんだろう。そう思った瞬間、水の中へ沈み、同時に体が軽くなっていた。

 もう生きていないそれに群がる小魚達。大きな栄養分の塊なのだろう。人間が出した汚水で既に栄養豊富となっている堀川で必要なのかは解らないが。その様子を横目に、少女は川を下っていく。水面には丸太が浮かんでいるし、あるいは他の個体の死体なども所々にある。川底はヘドロにまみれているが、所々で銃弾が散乱している部分も見られる。おそらく対ウナギとして使われたものだろう。またある所では、巨大な死体を船で下流へ曳航したりもしていた。おそらく自衛隊だろう。そこは川底を通らなければならず、ヘドロで息苦しくなった。

 下っていくと川が二本に分かれる。熱田神宮の南、七里の渡し付近だと少女は思う。とすると左にいくのは「新堀川」だろう。そんな記憶が少女にあった。そしてここから先の堀川は、干拓の影響で延びることになった部分。だから夢に出てきたウナギは、海までの距離が延びたように感じたのだ。堀川の河口に当たる部分には水門があり、地震や津波で損傷した部分を除き一部は開放されている。その開放されている隙間をくぐり、名古屋港へ。

 名古屋港からさらに太平洋の方へ出ていくと、黒い影が見えた。それは巨大ウナギ、生きている巨大ウナギ。近づくとそれは逃げるように泳いでいく。それを追いかけ、伊良湖水道へ。太平洋に出ると方向を左に変え、まるで彼女を誘導するかのように泳いでいく。

 世界一深い湾、駿河湾の海底に着いたのはいつ頃のことだろうか。深海ゆえ光が届かず、昼と夜の区別はすぐには付かない。ただ感覚から何となく、少女には判ってしまう気がした。

 そこには名古屋に押し寄せたような大きさのウナギが、数百の単位で集まっていた。一旦ここを出たのにも関わらず。それに、この個体数を賄うだけの養分があるのか。少女は不思議に思ったが、確かに栄養分が豊富である。深海魚が多数、付近を泳いである。そして茶色くて細かい粒が、絶え間なく降り注ぐ。

 私は、ウナギになったのだ。少女はようやく理解した。

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