第2話
『なついろへ。ADCPで異常値を記録、経緯度データを送る』
「なついろ、了解」
事態が動いたのは突然だった。調査に参加している同じくJAMSTEC所属の海洋地球研究船「きぼう」に搭載されたADCP(音響式流向流速プロファイラー)が突然、異常な反応を示したのだ。乗り合わせていた専門家により意見交換が行われ、「水中を動く巨大物体」つまり「今回の調査目標である巨大ウナギ」の可能性がある、と結論づける。それを目視で確認するため、無人探査機を持ちハイビジョンカメラでの撮影が可能な「なついろ」に指令が出されたという訳である。それまで使っていた曳航によって調査を行うシステムは使用を継続しつつ、現場海域へ向かう。
「しかし、何故巨大化したんですかね、しかも深海で。栄養なんてないはずじゃ」
その知らせを受け船体後部の甲板から無人探査機のコントロールルームへ向かっている途中、東京セブンのカメラマンが呟く。壮年の男性で、顔の彫りは深い。
「いや、栄養分はありますよ。マリンスノーとよばれる現象で表層から栄養分は供給されますし、熱水が吹き出す場所があればそこが栄養源にもなります」
答えたのはNHKの方の撮影スタッフ。こちらも結構な年だが、若々しい感じも漂っている。こうした海洋調査に同行する仕事が多いため局内の科学文化部との親交も深く、海洋の知識もそこそこ備えているのだ。そして彼は、こう付け足す。
「研究は研究者がする仕事。我々は明らかになった事実を、解りやすく国民に伝えるのが仕事です。──東京セブンさんがあの映像を最初から報道されなかったのは残念ではありますが、それでも都築さんの功績であることは変わりありません」
都築佐之助、彼こそ駿河湾上空を飛ぶヘリから巨大ウナギの姿を最初に撮影した張本人である。それゆえ東京セブンは巨大ウナギについての調査報道番組を制作することになり、極めて学術的なこの調査に同行しているのだ。
ハイビジョンカメラから送られてくる画像を基に、探査機の操作を行うコントロールルーム。コンテナとしてまとめられた内部に六台の大型ディスプレイを備え、調査の様子をリアルタイムに映し出す。テレビクルーが部屋にたどり着いた頃にちょうど「なついろ」も報告のあった海域付近に到着し、探査機を海中に投入する作業を始めた。
まずは曳航による調査が可能なシステムを引き揚げる。その後探査機を格納庫から後部甲板へと出し、クレーンへ付ける段階は無事に通過した。探査機は海面付近まで、船体後部の「Aフレーム」と呼ばれる大型クレーンで誘導され、切り離される。探査機は着水し、深海へと潜っていく。
「百メートル地点通過」
「機器に異常ありません。計器も正常値内」
百メートルずつのカウント、観測機器の異常も見られない。大型ディスプレイには先ほどまでクレーンを操作し降下作業をしていた後部甲板の様子と、水深三千メートルへと潜っていく無人探査機からの映像が映されている。海中の映像では白い泡が下から上へと、断続的に流れていく。
すると突然、映像に一瞬黒い影が映る。もちろん、担当員は見逃さない。すぐに水深のカウントを確認して、報告する。
「黒い物体らしきものを確認、水深千五百二十メートル!」
「降下作業中止、現状維持せよ」
もちろん映像は録画されており、今回乗り合わせたテレビクルーにも提供される予定である。ただ現場のリアル感を伝えるため、カメラは回される。
「ソナーに異常は!?」
担当員の一人がふと気付き、尋ねる。名古屋で確認された個体は電車ほどの大きさがあったため、その体長であれば航行用のソナーで感知されていてもおかしくはない。
「確認してきます!」
無人探査機のコントロールルームと船自体の操舵室(「なついろ」では二つ存在)は離れた所にある。担当員が一人、部屋を飛び出して後部操舵室へ向かう。
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