ムギさんとチョコレート

 雪がちらちらと降っては止み、降っては止みしていた日の夜。僕たちは、珍しくホットチョコレートをオーダーしていた。

 とても寒いうえに、だったのだ。たまには凄く甘い飲み物もおいしいよね、なんて言っていると、キューピッドがプリプリしながら隣にとっすんと座った。


「チョコですか。もうすぐバレンタインですもんね。でも私はですね、ああいう、"チョコレートを贈って告白”なんてのは許せないんですよ」

「こんばんは、キューピッド。どうしてなんだい?」

「こんばんは。だってね、あんなのお菓子ギルドの陰謀でしょう。チョコを売りたいからって勝手にを作って、みんな踊らされているだけなんです。決められた日に、型にはめられたみたいに決められたものを贈るなんてね、ちょっとベタすぎてかっこ悪いじゃないですか」

「チョコだからベタベタにベタ?」

 ムギさんが混ぜっ返すと、キューピッドはむっとした。


は、キューピッドを通してくれれば、オリジナリティあふれる特別なドキドキを提供するのに。ほら、現に私は今これだけの数のドキドキを用意しているんですよ」

 キューピッドは羽の中から、「ドキドキリスト」を取り出すと、ぺらりとカウンターへと広げた。そこには10人ほどの名前と、ドキドキの方法のメモ書きの一覧表が書いてある。

「あ、モカの名前もあるんだね」

「はい、モカさんはなかなか手強くてうまくいきませんけど、きっと私が……」

「あら、私の話?」

 と、いつのまにか店に来ていたモカが、後ろから、ひょいと顔を出した。


「やあモカ。君も何か温かいものを飲みに来たのかい?」

「んー、そうしようかしら。でも今日は、別の目的で来たの」

 モカはそう言って、なにやら小さな包みを取り出すと、目を逸らしながらキューピッドへと差し出した。

「モカさん? これは?」

「チョ……チョコレートよ。ほら、もうすぐバレンタインでしょ。当日はちょっとバオム草原の方に行かなくちゃならないから渡しておこうと思って」

「え、私にですか」

「そうよ。いつも相談に乗ってもらっているし、そのお礼」

 モカはキューピッドにチョコを押し付けるようにして渡すと、ちらりとドキドキリストに目を向けた。そして、と小さく鼻を鳴らすと、リストの末尾にキューピッドの名前を書き加えた。


「ねえキューピッド。仕事熱心なのはいいけどね。あなたのに、自分の名前を忘れちゃだめよ。じゃあ、またね」

 結局モカは、何も頼まずに風のように店を出て行った。

「行っちゃったね」

「うん。ねえキューピッド、モカはどんなチョコをくれたの?」

 キューピッドは僕らが声をかけるまで、ぽかんとしていたのだけれども、はっと我に返って、慌てて包み紙を開いた。すると、凄くハート型のチョコレートが表れた。


「こ……これはベタだねえ」

「うん、よく見る奴だね」

「はい……」

 キューピッドはよくあるハート形のチョコをしげしげと眺めていたが、ぽつりと呟いた。

「すごくありがちで、ベタなチョコですけど……本人にとっては凄く特別なんですね、こういうの」

「やっぱりかっこ悪い?」

「はい。かなり。でもそれ以上に特別でドキドキしています」

「ふうん」


 キューピッドは大事そうにチョコを包みなおすと、いつもより少し高い場所を飛んで帰って行った。

 その姿を見ながら、僕は思いついた事をムギさんに言ってみた。


「バレンタインデーに利用されるんじゃなくて、バレンタインデーの普段言えない想いを伝えるってのはアリなのかもね」

「そうだね。ベタでありがちで誰かの陰謀でみんなやってることでも、本人にとっては新鮮で特別で嬉しい物なんだからね」

「そうだねえ。、かあ」

「そもそもチョコレートは美味しいしね。ぼくだってよくいる黒猫だけれども君にとっては特別でしょ?」

「ムギさんみたいな猫はそうそういないさ。いたとしてもやっぱり特別だよ」

「ふうん」

 ムギさんは、そっぽを向いて尻尾をSの字に振った。横目で確認したその位置は、こころなしか、いつもよりも少しだけ高い位置のような気がした。

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