ムギさんとお祭り
秋も深まったある満月の夜。ムギさんと僕がコーヒーを飲んでいると、窓の外が急に騒がしくなった。喫茶店の窓に、貼りついて見てみると、たくさんの花火が次々と打ち上げられ、楽しげな音楽や歓声が聞こえてくる。
「ああそうか。ここはお祭りの国なんだね。1年中毎日、なにかの記念日のお祭りをしている陽気な国なんだ」
「そうなんだ。凄くにぎやか! みんな楽しそうだね」
「いや、そうでもないみたいよ。ほら」
ムギさんが指す方向を見ると、ハッピにねじり鉢巻きをしたお祭り人が、頬杖をつきながらカウンターでコーヒーを飲んでいた。
「こんばんは、ハッピ。なんだかとてもつまらなそうだけどどうしたの?」
「やあ、おめでとう。君は外の国の人だね。ちょっとお祭りにうんざりして逃げだして来たのさ」
「あんなに楽しそうなのに? やっぱり準備とか辛いの?」
「いや、特に辛くはないよ。そりゃあ、ここでコーヒー飲んでいるのよりは大変だけれども、準備するのなんてもう慣れているからね。そうでなくて、毎日毎日変わり映えのしないお祭りばかりの刺激の無い日々に飽き飽きしてさ。ちょっと
ムギさんと僕は顔を見合わせた。
「お祭りばかりで、すごく刺激的だと思うんだけど違うのかい?」
「外から見るとそうだろうね。でも、連日連夜お祭りしていると違うんだよ。しかも長くお祭りをしていると、お祭りに『作法』みたいなのが出てきてね、決められたルールに沿って、ワッショイワッショイしないと怒る人まで出る始末なのさ」
「そうなんだ。じゃあ、たまにはお祭りのお休みを作ればいいのに」
「うん。みんな、なんとなくその事には気づいているんだ。でも、うちの国の人は物事を変える事がすごく下手でね。なにかきっかけや口実があれば、それにかこつけて行動できるんだけどね。こう毎日がお祭りだと、そういうきっかけになる特別な日なんてまるで無いのさ。どういったらいいのかなあ。こう、もやもやとしたガスみたく、"あれしたいなぁ"、"ああすればいいのになあ"というものは充満しているのにね」
ため息とともにねじり鉢巻きがずり落ちてくる。ハッピは、それをキュッと締めなおすと、いくぶんしゃっきりとした表情になった。
「ま、でも仕方ないか。お祭りしている限りは、踊り続けるしかないしね。愚痴聞かせて悪かったね。そろそろ俺は戻るよ。マスター! お勘定はここ置いていくよ! もちろんお釣りなんていらねえぜ! てやんでい!」
ハッピが、勢いよく出て行ったあと、ムギさんと僕は窓の外を眺めてみた。そこには、相変わらず華やかな音や光が溢れている。
「お祭りは、たまにあるからお祭りなのかな」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないね」
「ハッピたちのために、『火打石祭り』とかいうお祭りを作って、その日は絶対にみんなのもやもやに火を着けて行動に移さなくちゃいけない日にする、というのはどうだろう」
「それは順序が逆なような気もするなあ」
「そう言われるとそうだね」
「なんにせよ、きっかけが無くても自分で決めるしかないさ」
「そういうものなのかな」
「そういうものだよ」
窓の外ではハッピが仲間たちと一緒に、ワッショイワッショイとお神輿を担ぎあげて行進していた。
その姿を見ていると、ぽろっと僕の口から言葉が漏れ出した。
「でもいろいろ決める、その日が来たら」
「うん」
「きっとその日が、ムギさんや僕の、新しい記念日になるんだろうね」
ムギさんは、何も言わずにくるんと尻尾をS字に振った。
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