第32話「第二章」その18

「とにかく時間を稼げ! 自衛隊の準備が整うまでは!」

 尾頭橋の現場は過酷な状況となっていた。少しずつ巨大ウナギの集結している数が増えているため、一部個体は緊急避難的な対応としてわざと上陸させ、動きを遅くしつつ水面の容量を確保しなければ対応不可能。さらに、雨である。雨は機動隊員達の体力を奪い、巨大ウナギの方は活動をさらに激しくさせてしまう。となるとほぼ人力のみで対処する機動隊にとって荷が重すぎるのは明らかで、段々と負傷者数が増え始めていた。自衛隊衛生科がアスナル金山で展開していた野戦病院の一部設備をこちらへ動かしたことも、その象徴である。

『──一匹取り逃しました!』

 そんな無線連絡が第一中隊長に届けられた時、すでに機動隊員の負傷者数は二十人を超えていた。隊員のほとんどが何らかの怪我をしている状況ですらあった。そんな時に取り逃がした個体を後追いするような余裕はない。迷うことなく、中隊長は部隊運用系から県内系の警察無線に持ち替える。

「一中より名古屋指揮へ。一部個体が尾頭橋突破、自衛隊に伝達願う」

 笹島の指揮本部立ち上げにより、とらのあなに置かれた巨大生物対策本部のコールサインは明確に区別するため『名古屋指揮』となっている。デジタル無線の特徴の一つとなるブロック分けにより愛知県警の県内系は「巨大生物・名古屋指揮系」「巨大生物・大阪指揮系」「災害対策・一般系」の三つに再編成されており混線することは少ないが、念のための措置である。

『名古屋指揮了解』

「なお負傷者多数につき引き続き人員の増強を要請する。以上交信終了」

 部隊運用系無線で交信される現場の生の声は、周波数自体が異なるため直接指揮サイドには伝わらない。しかし愛知県警機動隊第一中隊長・秋山 勝巳警部補は成瀬対策本部長(および警備課長代理)の判断を信じていた。

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