第22話「第二章」その8

 名古屋市守山区・陸上自衛隊守山駐屯地。名鉄瀬戸線・守山自衛隊前駅の北側に位置し第十師団司令部が配置されている重要拠点であるが、現在はそれをベースに編成した東海統合運用本部が臨時に置かれている。治安出動に対応する作戦「巨大生物体撃退事案」の指揮を執ることになり、生物学に詳しい地元の大学教授などが集められていた。

「内閣総理大臣より正式に出動命令が出た! 各隊に連絡、準備を本格化させるよう」

 出動は守山駐屯地所属の第三十五普通科連隊を中心に、豊川の第十特科連隊の一部などを組み入れた編成が直接の対処班となる。全体の状況把握は春日井駐屯地の第十偵察隊や明野の第十飛行隊を含む各飛行隊が県警と協力しながら担当し、各隊との交信をスムーズに行えるよう回線の運用に当たるのが第十通信大隊。化学防護隊は既に御前崎原発の手前に当たる航空自衛隊浜松基地まで前進しているため、守山駐屯地所属の戦闘要員は概ね出動していることになった。その他防衛大臣直轄の中央即応集団が海上自衛隊横須賀地方総監部・第四管区保安本部(海上保安庁)などと協力しながら海からの制圧を担当する第二段階も用意されている。

 肝心の使用武器については暫定措置としてまず八十九式五・五六ミリ小銃、六十四式七・六二ミリ小銃、六十二式七・六二ミリ機関銃、五・五六ミリ機関銃(MINIMI)が手持ち武器としての市街地使用が許可された(けん銃も所持)。これらは警察が使用するレベルとみなされた為である。また各種装甲車が守山駐屯地から出動する予定なのをはじめ、豊川駐屯地からは九十九式自走百五十五ミリ榴弾砲などの大型武器も持ち出される。迫撃砲など守山の所管に有るものを含め、これらは許可が下りた手持ち武器での対処が不可能だった場合に備える為。そちらの使用は改めて許可が出てからだったが、それでも前線にとっては心強い。

 既に出動している春日井駐屯地第十施設大隊は自衛隊としての支援施設構築に移行する。堀川・桜橋の南側では水面に向け杭打ちが始まり、最終防御線としての役割を強化する準備の段階。また一部の隊がより南側の錦通りへと移動し、こちらでも施設構築に取り掛かり始めた。

 それでもなお、愛知県警は粘らなければならない。

「うてーっ!」

「潮田班、左から回り込みます!」

「大久保班、三上班のバックアップへ回れ!」

「藤田より中隊長へ、当班対処の個体は撤退する模様!」

 桜橋の下流に当たる尾頭橋では一部個体が上陸し、機動隊と交戦する状況が続いていた。自衛隊が所定位置に到着するまでの間は、引き続き警察の方で抑えなければならない。その限界は着々と迫っており、想定外のルート、 例えば新堀川や庄内川の方から攻め寄せればそれだけで全てが破綻する、綱渡りの状況下にあった。何故そちらに行かないのかは謎だったが、その究明は事件解決後に着手すべき問題である。

『本部より一中隊長、総理より自衛隊出動命令が出た。もう少しだけ粘れるか』

「一中隊長より本部へ。可能だが限界に近い。追加投入をお願いしたい」

『了解、予備確保分を向かわせる』

 しかし憲法判断が分かれる自衛隊を運用するからこそ、壁はある。自衛隊廃止論者の(元)国家公安委員長による事前情報と時間稼ぎ、さらにネットでの呼び掛けが加わり、それは既に作られつつあった。国道十九号・天神橋など、名古屋市街地と守山駐屯地を隔てる矢田川に架かる橋に彼らは集まる。自動車を横に停車させ、一切の通行を遮断しようとする者さえいた。それは救急車など緊急自動車の通行をも遮断し(因みに、自衛隊車両もそれに分類される)、一般市民に対しては迷惑極まりないものではあったが、多少であれ自衛隊出動を遅らせる要因であることは確かである。無論、自衛隊側は情報を掴んでいて、対処策も練っていた。

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