第13話「第一章」その12

「……あの、それは」

 東京・永田町の総理大臣官邸地下、官邸危機管理センター内予備閣議室。ここでは何度目か「駿河・伊勢湾巨大生物対策本部」の会合が開かれていた。それは内容がまとまらないからで、それは総理大臣が地震災害対策本部(中央合同庁舎五号館内)へと一時的ながら抜けてから、運営権が官房副長官に委ねられてからだった。

「だから、自衛隊を出さなくても機動隊で何とか出来ます!」

 彼女は国家公安委員長たる浦野 京香衆議院議員。連立与党の党首の一人だった。彼女の党は公約として自衛隊の縮小を掲げており、そんな「私的事情」が絡んでいるのは誰の目から見ても明らかである。

「いえ、しかし機動隊で抑えられるとは──」

「なら、今全力投入しているの?」

 矛先はそれまで防衛大臣だったが、オブザーバーとして参加していた警察庁長官に替わる。

「愛知県警及び中部管区警察局からの報告では、機動隊は二中隊出動一中隊交代待機中、管区は移動中、第二は準備完了だと。実際に戦闘中なのは二分隊、一小隊が応援に向かっています」

「ブンタイだかショウタイだか解らないけど、全部集中させればいいじゃない!」

「それは出来ません」

 否定したのは警察庁警備局長。警備警察というよりは公安警察のトップだが、一応参加している。

「何故?」

「もしそれで撃破できたとして、別の場所に出現したら元も子もありますん。また、その後はどうするかも問題です。『よく頑張った、だから休んでよし』とは言えません。あとは純粋に火力が足りないってことも」

「ならSATを全部集めて──」

「日本の他都市をテロの危険に晒す気ですか? あれは持っているだけでも抑止力になり得るものです」

「なら秘密裏に動かせばいいだけ! 報道協定でどうにかなるでしょ!」

「報道協定は事後の取材活動を保障しなければなりません。それに今はネットで、誰でも制限なく発信者になれる時代です。危険な賭けは出来ません」

 無論それは責任を回避したいという計算が含まれた、エリート官僚ならではの発言である。しかしそれは正論でもあった。正論に対抗する手段、一つは感情論に持ち込むこと。しかしここでは通用しないことは、浦野には当然解っていた。だから

「警察庁長官、対策の指揮権はどこが持ってまして?」

 押しが弱い人物を攻めることにした。

「確か、愛知県警が持っていたかと……」

「なら警察庁直轄にしなさい、今すぐに。『エリート官僚』なら、うまくやれるんじゃなくて?」

 警備局長は心の中で舌打ちする。事実、未だ県警に指揮権があるのはすぐに自衛隊が出動すると思っていたため、『警察庁が泥を被らないように』するためだった。

「これは国家公安委員長として『指導』します」

「……了解、しました」

 警備局長は受けざるを得ない。あくまで指導とはいえ、その事実は公にされる。それでも従わなければ今度はメディアが、それに乗って一般民衆も警察批判に向かう。そうなると部署こそ違え「地域警察」の業務に支障を来す。さらにこの内閣は『政治主導』を掲げているため更に立場が悪かった。

「なら自衛隊の投入は先送りってことで。いいわね、官房副長官?」

「……ええ、はい」

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