第8話「第一章」その7

 愛知県警本部のとある一室。災害警備本部とは別に、警備部単独で会議が設けられている。議題は「今回の指揮を誰が執るか」。下らないことかもしれないが、責任の所在を明らかにするため当事者にとっては重要である。

「渕野くん、君はどうだね?」

 警備部長が警備部長補佐に向かって言う。警備部はその名の通り「警備」部門と共に、要注意団体の監視を行う「公安」部門も擁している(警視庁については規模が大きいため、公安部として独立しているが)。警備部長は公安畑出身のため、他部門の責任を直接は取りたくないのだ。

「私は、現場から退いて久しいので。公安一課長、誰か適当な人物は?」

 公安第一課は警備部全般の総務も司っている。人事について聞くには適任だった。

「私としては、成瀬警備課長代理に任せるのがよいと思いますが」

「成瀬? 佐田警備課長の方が優秀な結果を出しているはずだが?」

 警備部長が顔をしかめる。実際、成瀬警備課長代理は「マニュアル通りに動かさないため」内部評価は決して良くなかった。

「私も、同意です」

 好評価を受けた警備課長も、成瀬案を支持する。

「確かにマニュアルに沿った訓練では決してよいとは言えませんが、ブラインド方式の訓練では、対応だけ見ればかなり優秀です」

「……なるほど。つまり『マニュアル外』の今回は──」

「成瀬くんにうってつけ、という訳です」

「うむ、解った。じゃあ彼を呼んでこい」

 警備部長が指示したが、公安一課長は顔を逸らす。

「何だ?」

「実は……県庁に派遣中です」

「なら今すぐ呼び戻せ」

「はい」

 公安一課長は部下に指示を出すため、一旦部屋を出ていった。

「でも、本当によろしいのですか?」

 渕野警備部長補佐が警備部長に聞く。

「推したのは君だろ?」

「しかし、もし私がその立場だったらもうちょっと躊躇すると思いますが」

「──こんな事態、引き受ける方が馬鹿なんだ。しかし警察は引き受けざるを得ない。なら、いっそのこととことん馬鹿になればいいんだよ」

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