第3話「第一章」その2


 東京・市ヶ谷の防衛省地下。災害に乗じた侵攻に備え、中央指揮所はここに置かれている。統合幕僚幹部もここに集められていた。

 先程までは名古屋市内や浜名湖上空からの映像を基に、全国から集める自衛隊員の規模などについて詰めの協議を行っていた。だが情報本部からの緊急用件とのことで、一時中断となっている。

「実は某テレビ局より、駿河湾の海面上に確認されたものが何なのか、確認を求める照会がありました」

「その付近で潜水艦が航行する予定は聞いていないが?」

 海上自衛隊のトップ、海上幕僚長の発言。情報本部ももちろん既知である。

「なので至急解析を実施しました。──こちらをご覧ください」

 説明を行う研究員の背後に設けられたスクリーンに、CGの画像が映された。同様の画像は各々の手元にあるモニターにも表示される。

「これは提供された映像より、海面を特殊な効果で除去したものです。わずかではありますが、海面下の様子が判ります」

「これは、兵器か?」

 幹部の一人が聞くと、研究員は首を横に振る。

「情報本部でこのような形の兵器は把握してませんし、非公式ルートでアメリカ側にも当たってみましたがやはり知らないと。次の3D再現を見ていただければそれも納得だと思います」

 画像が切り替わると、出席者は皆唖然となった。スクリューなど何もなく、ただ細長く、蛇行している。ウミヘビか、と誰かが呟いた。

「ケーブルでは?」

 再び研究員に質問が飛ぶ。研究員はそれも否定。

「いえ、ケーブルなら浮くとしても全体が浮かぶはずです。それに大きさが合いません。この物体、太さは二メートル、長さは百メートルだと推定されます。ちょうど山手線電車のイメージを持ってもらえれば」

「それは巨大だな……」

 まさに未知の物体だといえる。

「これは一つの説なのですが、研究員の間では『ウナギ』ではないかと」

「ウナギ……?」

 それこそあり得ない、と幹部達は思った。

「実家が魚屋という原市研究員の意見です。ウナギの生態には謎の部分も多くあるので、巨大化も考えられなくはないと」

 そこに、連絡員が割り込む。

「清水港に津波到達、防潮堤を乗り越え市街地に浸入している模様です」

「それは後で対策を立てる。──引き続き検証を進めるように。現地調査は?」

「研究員は行ってませんが──」

「なら、しなければ話にならない」

 そう言うのは陸上幕僚長。研究員は発言の途中で黙らされる。

「潜水艦は出せるか?」

「まさか、不可能に決まっている! もし沈没でもしたらどうするんだ!」

「となると、航空機ですねぇ」

「なら対潜哨戒機を出せば」

「厚木だと、米軍との調整が……」

「未確定事項では伝えられないか……」

「でも海保に頼むのも」

「……救難ヘリを出すとか」

 一瞬室内が静まった。そして

「それだ」

と皆が同意。

「救難なら館山、いや浜松から飛べる!」

「民間で視認可能だったなら、こちらで無理なはずがない!」

「漂流者捜索という名目も付く!」

 早速、航空自衛隊浜松基地と回線が繋がれた。専用ネットワークを利用したテレビ会議方式である。

「統幕より、救難機の出動を命令する。目的地は駿河湾、本来業務じゃなく検索して欲しいものがある」

「あ、巨大生命体ですか? なら既に出してます」

「……話が違うじゃないか」

 非難の視線が研究員に集まる。

「いや、研究員が出てないだけで、航空浜松基地に調査要請は出してます」

「それならそうと──」

 研究員を問い詰める様子を回線越しに見て、対応していた浜松基地副司令・木嶋 憲幸はため息をつく。

「それより、別件の対応をお願いします。特に静岡の由比より西など」

「……解った、善処する。──誰か、安全保障会議の要請を」

(第4回)

 名古屋市中区三の丸、愛知県警察本部。愛知県庁に置かれた災害対策本部と並行して、県警独自に指揮を取る災害警備本部が置かれていた。その最高決定権が委ねられた会議に集まったのは、無論幹部陣である。

「では各部より状況報告を」

 県警本部長が切り出し、まずは災害対策課のある警備部の部長が口を開く。

「東三河を中心に甚大な被害が発生している。豊橋署もかなり損傷が激しいそうだ」

「地域部はとりあえず各署の判断で動くよう指示してます。警戒宣言発令で事前対策が取れたこともあり、津波からの避難もほとんど完了しているそうです」


「交通部、通行規制を継続。東名高速の損傷が激しいため静岡方面の物資輸送は新東名を使うよう誘導をかけている。鉄道は軒並みダウンのようだ」

「刑事部は機動捜査隊を中心に、避難対象地域の見回りを随時行っています。今のところ目立った事件は──」

 続いて地域部・交通部・刑事部と報告があった所に、県警本部長がふと疑問を提示する。

「そういえば機動隊の展開状況は?」

「待機中、だそうですが……」

 警備部長の口は重い。

「出さないと不味いだろ、これは。後から批判を喰らうことになる」

「特車は救助に回すとして、とりあえず庄内川で土のう積みでもさせますか?」

「何だ、堤防でも切れたのか?」

「いえ、そうでもありませんが……」

 そこに、通信指令室から連絡が入る。

『中区金山駅周辺にて、ショーウインドウを荒らす外国人グループがいるとのこと。至急対処策立案をお願いします』

「これだな、機動隊派遣は」

「……ええ」

 この通報によって、遅れた対応が迅速な対応という高評価に覆い被さられることを、彼らはまだ知らない。

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