α4「現場回り」その3

 七月に自殺した生徒らが通っていた学校は住宅街の中にあった。ただしどちらかといえば区の端に近く、区内でありながら地下鉄を使って通学する生徒も多いという。殺人・そして誘拐の被害者だった少女はその典型だったらしい。少年、そして電車に飛び込んだ生徒は区外から通っていたようだ。

 社会部から提供された取材メモでさまざまなことが判明する。まずは名前。長嶺 紀美子、宇治 弘道、入江 望美。住所もすぐに判ったし、クラスなども把握されている。宇治刑事と何か関連があるのか一瞬気になったが、多分偶然だろう。

 まずは基本、学校での聞き込み。ただ生徒が自殺したという事件であり、取材はより慎重に行わなければならない。情報はこちらの方が多かったが、むしろ大変ともいえる。朝早くから行って、何らかの情報を知ってそうな人物を見定めて声を掛ける。もちろん快く応じてくれる人は少ないので、そこは根気よく。

 最初に捕まえられた女子生徒は偶然ながら、後から亡くなった入江さんの友達だった。

「うーん、あの時、メールが来たんだよね。自殺した理由とか書いてあったし、どうやら広めて欲しいこともあったみたいだけど」

 ここで退いては取材は出来ない。場所を改めて取材を行いたい旨を伝えると、了承の返事をしてきた。

 放課後、高校の近所にあるファミリーレストランで待ち合わせ。全国にチェーン展開する店舗で、人が全く途切れるようなことはない。

 事前に調べてあった授業終了時刻から数十分後、彼女はやってきた。

「今回はこのような取材に応じて下さり、ありがとうございます」

「まあ私も色々知りたかったし、ギブ・アンド・テイクかなって」

 なるほど、情報好きなタイプか。それならば噂なども多く見聞きしているだろう。

「とりあえずメール、見る?」

「ええ、ではお願いします」

 敬語がどうとかは言わない。それより情報を得るのが最優先。

 彼女のスマートフォンの画面に映っているメールの文章は、まさに「遺書」といえるものだった。


ごめん、はーちゃんには迷惑かけるね。でもね、こうしないと気が済まないんだ。

多分警察から何か聞かれると思う。そしたらさ、「わからない」って答えて。でも事情はちゃんと書きます。けど言わないで。

あたしね、一週間前、宇治くんに告白したの。でね、断られた。付き合っている人がいるからって。誰、と聞いても教えてくれなかった。だからね、こっそりついていったの。

付き合っていたのはながみねさんだった。あんな暗い子と何で付き合ってるの、あたしの方が断然いいのに。それだけしか思えなかった。何か弱みでも握られてるのかな、そう思って毎日、ついていってた。ストーカー状態だった。そしたらどうやら本気っぽくて。じゃましてやりたくなった。

あの時嫌みを言わなければ。気にする必要はないかもだけど、あたしには重みになってしまった。それに耐えきれないから、ごめんなさい。

あの子についての変なウワサが流れたら、悪いふうには言わないであげて。それがあたしの、せめてもの償い。


「これは、また……」

 同じ学校内での関連はある。それは確実になったが校長との関連は見えてこない。もしかしたらそんなものはないのかもしれない、そう思えるほど。私の読みは間違っていたのか。

「これがあの子の気持ち、といっても問題はないかな。本人がもういないので断言はできないけど。で、そちらはどのような情報を話してくれるの? おそらくは長嶺さんについてじゃない?」

 彼女の読みに合わせて、殺人事件・誘拐事件の被害者になった少女の話を伝える。話している間は無表情で聞いてくれていたが、それが終わるとドリンクバーのオレンジジュースに口づけ、身をこちらへ乗り出してきた。

「正直言って、期待以上の情報量でした。若干損するかなって思ったのに、逆にお釣りが来るみたいな感じ。ソースはどこからです?」

 急に言葉遣いが丁寧になったのは、説明通りの理由からだろう。天文部長の田沼くんしかり、損得で動く生徒は多いのかもしれない。

「残念ながら相手に迷惑がかかるので」

 公務員としては、特定人物のためだけに動くことはあまりよろしくない。情報もまたしかり、である。

「だとすると警察さんからかな? 刑事さんからじゃなさそうだけど」

 「刑事」というのが刑事課の刑事のみを指すのならば、当たっている。なるほど、彼女は分析力にも長けているらしい。インテリジェンス向きの才能か。

「じゃあおまけついでに教えますね。宇治くんの父親は警察官らしいですよ。確か生活安全課とか」

 え、まさか。その言葉を疑ったのは当然だった。つまり彼は当事者の父親ってことで。そのことには一言もふれず、彼は淡々と語った。そういえば、と思い出す。彼は、自殺した生徒の名前を出していない。

「では、これで失礼しますね」

 彼女は伝票を手に取る。私はつい、その手を掴む。

「ちょっと待って」

「まだ何か?」

 言葉に出そうとするが、何も出てこない。

「……お金はこちらが払うわ」

 やむを得ず、そう言いたかったことにした。元々こちらが出すつもりだったこともある。

「いいんですよ、話を聞けたのはこちらの方ですし、申し訳ないです」

「取材経費から落ちるから大丈夫、私が負担するわけではないわ」

 なら、と安心したように伝票を置く。

「あ、この話はあまり言い触らさないでね」

「解ってます、むしろ警察さんがこのことを知っていたのが驚きですし」

「噂にはなってたの?」

「いえ、初耳です。でもやっと辻褄が合いましたよ。あの子の言動は事件前後に大きく変わったんです。時には犯罪も認めるような発言に。殺人事件の被害者なのに何故そう考えるようになったのかブラックボックスだったんですが、そういうことなら理解できます」

 もう帰りますね。彼女はそう付け加えて席を立つ。今度は止めなかった。

 しばらく経って、ようやく心の整理がつく。まずは本人に確かめるべきだ。この事件の全容を明らかにするための相棒として、それは避けて通れない道。結局いつかは判ったのだ。

 あらかじめ教えられていた携帯電話の番号にかける。聞きたいことがあると告げると、じゃあ明日取材に来て下さいと言われる。非番ではない日に外出するのはかえって不審なのだろう。了承し、電話を切った。

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